第94話「復活」

 和泉の話を聞き終えた明日菜は、自分の考えが間違っていたことに気付く。

 百済が最期に任せると言ったのは、人間たちを討つことではなかった。

 おそらく百済は騎士団が敗れることを悟っていたのだろう。任せたのは戦争に勝つことではなく、革命が起こった後の新たな騎士団で民たちを守っていくこと。

 隊長が副隊長である自分に遺したものを知った明日菜の目からは涙がこぼれていた。

「あ……あ……」

 悲しみのためではない。喜びとも違うかもしれない。

 ただ、何かに胸を打たれた気持ちだった。

「ああああっ……!」

 百済は絶望の中で死んでいったのではなかった。自分はまだ彼の遺志を継ぐことができる。

 涙を流す明日菜を、皆、静かに見守っていた。



 数日後。瑞穂宅。

「ねこさん、今日のご飯はねこさんが大好きな『ねこまん』だよ~」

 リビングで飼い猫と戯れている穂高。

 瑞穂宅の隣は小さな駄菓子屋だが、時折、穂高のために変わったペットフードを仕入れることがある。ちなみに向かいは風呂屋である。

 穂高の姿を見守りながら、瑞穂は考える。

(この子、アタシより猫の方が好きなんじゃ……)

 穂高は姉の瑞穂よりも飼い猫を大事にしている節がある。惟月は別格として、沙菜にも懐いている穂高だが、実の姉にはあまり懐いていない。

 両親が残した借金を返済するために、瑞穂は忙しく働いている訳だが、そのせいで穂高と遊んでやれる時間はあまり取れなかった。副隊長になって、ようやく少し余裕ができたものの、たまの休みに一緒にいてもこの様である。

 なんとかこちらにも気を向けてもらえないかと思案していたところ、チャイムが鳴るのが聞こえた。

 玄関の扉を開けると。

「先日はお世話になりましたので、お礼に伺いましたわ」

「藤森副隊長」

 四角い包みを持った明日菜の姿があった。

 微妙に雰囲気が変わっているようにも思える。

「あ、髪切ったんですね」

「ええ、心機一転という奴ですわ」

「それにしては中途半端に切りましたね……」

 以前の明日菜は腰まで届く長い黒髪だったが、今はセミロングといった感じ。バッサリ短く切ったというほどではない。

「あー、明日菜ちゃんだー」

 明日菜の声を聞いて穂高もやってきた。

「穂高さんも、お世話になりましたわ」

「明日菜ちゃんが元気になって、きっとくらら隊長も喜んでるよ」

 舌足らずなしゃべり方で、穂高は明日菜の回復を喜ぶ。

「百済隊長ですわ」

「くらら隊長」

「…………」

「言えた?」

「言えてませんわ」

 そんなやり取りを聞いていて、瑞穂は微妙に違和感を覚える。

 違和感の正体にはすぐ気付いた。

 明日菜は旧家の令嬢で、普段からお嬢様言葉を使っていたが、百済の死に落ち込んでいた間は使っていなかったのだ。

「藤森副隊長。そのお嬢様言葉、あんまり評判良くないですよ」

「そんなことはどうでもいいですわ。これ、お礼の品です」

 明日菜は瑞穂に菓子折りを差し出してくる。

「明日菜ちゃん。開けてもいい?」

 目を輝かせて手を出してくるので穂高に菓子折りを渡してやる。

「わ~、高そうなお菓子だ~」

 瑞穂たちの家は貧乏なので高級な菓子は普段食べられない。

 逆に明日菜の家はお金があり余っているようなので、以前、同じ副隊長のよしみで借金を代わりに返してくれないかと頼んだのだが、『公私混同はしませんわ』と断られてしまった。

 そんなこんなで、第二霊隊副隊長・藤森明日菜は復活した。騎士団再建に一歩近づいたのだった。

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