第86話「デート開始」
デート当日。優月と龍次は、二人で霊京・四番街にあるテーマパーク『キサラギランド』に来ていた。
「こうやって優月さんと一緒に遊びにくるのって久しぶりだね」
龍次はそう言って笑いかけてくれる。
その端整な顔立ちは、自分にはもったいないぐらいだと思う。まだ信じられない気分だが、これが現実なのだ。
龍次の言う通り羅仙界に来てからは戦いが続いていて、こちらの世界でまともに遊びに出かけるのは初めてのことだ。
人間界にいた頃は、クラスメイトと一緒に遊びにいく機会があったが、二人きりというのはなかった。
「はい……! 今日は一緒にきてくださって本当にありがとうございます……!」
深々と頭を下げて感謝の意を表す優月。
「そんなにかしこまらなくても。俺だって優月さんとデートできるのはうれしいんだから」
男子からこんな風に言ってもらえる日がくるとは、少し前までだったら考えられなかった。
ましてや、学園一の美男子であり人気者でもあった彼に言ってもらえるなどとは。
「ほら、行こう」
二人並んでテーマパークの入り口に向かう。
「あれ、けっこう混んでるんだね……」
チケット売り場には行列ができていた。
羅仙界では限られた娯楽施設だけあって人気も高いようだ。
「あっ、チケットならもうあるので大丈夫だと思います」
「そうなんだ」
「実は、沙菜さんに今日のことを相談した時に売ってもらったんです」
「タダではくれないんだ。――あ、だったらチケット代払うよ。いくらだった?」
「あ、いえ。デートしていただけるだけでもありがたいのにお金までいただく訳には……」
優月はあくまでも自分と龍次が対等だとは考えない。
「だからデートしたいのは俺も同じだってば」
優月も龍次も、それぞれ羅仙界での活動である程度の収入は得ている。
お互いチケット代を払うぐらいの余裕はあるのだが――。
「と、とにかく、ここはおごらせてください。そうでないと申し訳なさすぎて……」
このまま譲り合っていてもらちが明かないと判断した優月は、先にゲートの方に向かって歩き出す。
「優月さん!」
少々強引だが、さっさと入場することにしてしまった。
龍次は困惑気味な表情でついてくる。
普段控えめな優月だが、謙譲については譲らないという矛盾したような性質を持っているのだ。
「じゃあ、気を取り直して。どこから回ろうか」
場内には、ジェットコースターやおばけ屋敷、急流すべりなど人間界の遊園地でも見たことがあるようなアトラクションがたくさんあった。さすがに沙菜が人間界から娯楽を輸入してきただけのことはある。
加えて、それぞれのアトラクションにアニメやゲームのキャラクターなどが関連付けられている。
沙菜の趣味なのだろうが、美形の男性キャラが多い。
「あの……! 色々とデートコースを考えてきたので、良かったら任せてもらえないでしょうか?」
「そ、そう……? 優月さんがそこまで言うなら……」
いつにも増して気合を入れている優月に、龍次の方が気おされてしまっている。
場内を歩いていると、周りから色々な声が聞こえてきた。
「わっ、あの人かっこいい! 声かけてみようかな」
「でも、隣に女の子いるじゃん。彼女じゃないの?」
「えー、あんな地味な子が? 妹とかじゃない? 似てないけど」
普通の人間に比べると美しい姿をした者の多い羅刹から見ても龍次は魅力的に映るようだ。
優月に対する評価も人間界にいた頃と変化なし。散々な言われようだが、こういう反応には慣れている。
自分がどう見られているかはともかく、皆から称賛されている美男子が自分の彼氏だということは誇らしかった。
最初に来たのは、沙菜もおすすめしていた『モンスターシューター』。
「弾数に制限はなくて、撃ったときに光が出るので、ほとんどずっと撃ち続けながらモンスターの弱点に射線を向けていけばいいらしいです」
優月は龍次にゲームのルールとテクニックを丁寧に教えていく。
「ありがとう」
順番が回ってきて、優月たちの乗り物も動き出した。
巨大な猿型のモンスターやドラゴンなどが次々に出現する。
かなり迫力があり、モンスターの登場シーンには驚いてしまった。
しかし、今まで喰人種や騎士団員と戦ってきた優月の能力なら、敵の弱点を狙い撃ちすることもそれほど難しくはなかった。。
(龍次さんは楽しんでくれてるかな……?)
優月に比べると苦戦しているようだが、龍次もゲームに夢中になっているようだ。
興味を持ってもらえなかったらどうしようかと思っていただけに一安心。
終点に着くと各人の得点とランキングが表示された。
「さすがだね、優月さん」
ランキングをよく見てみると、自分が今日の最高得点だったらしい。
「わ、わたしなんかが一番じゃ、他の人たちに申し訳ないです……」
「なんで? もっと自信持ったらいいのに」
記録更新した人に対する景品も用意されていた。
ゲーム中に登場する武器をかたどったキーホルダーだ。
二人分もらえたので、おそろいで持っておくことにする。
その後は、急流すべり、ジェットコースターと回ったが、慣れないものに乗った優月は酔ってしまった。いざというとき羅刹化できる自分が龍次を助けるはずだったのに、この体たらくだ。
「大丈夫? 優月さん」
「はい……、なんとか……」
ベンチに座って休むことに。
「横になった方が楽じゃない?」
「あ、でも……」
横になれた方が助かるが、空いているベンチは一つしかない。
「わたしが寝たら龍次さんは……」
座るスペースがなくなってしまう。
そこで龍次は。
「じゃあ、ここ。頭乗せて」
自身のひざを軽く叩いてみせる。
ひざまくらをしてくれるということらしい。
「い、いいんですか……?」
「うん。遠慮しないで」
「あ、ありがとうございます……」
好きな人のひざに頭を乗せるなど、そんなことを許してもらえるなどとは少し前までは考えることすらできなかったことだ。
好意に甘えて、龍次のひざの上で目を閉じる。
ものすごく緊張も興奮もする状況だが、ここまで力みすぎていたせいかかなり疲れており、しばらくすると睡魔がやってきた。
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