第87話「プレゼント」

(ん……)

 優月が目を覚ますと、龍次の綺麗な顔が間近にあった。

「あ、優月さん。目が覚めた?」

「あっ……! え……!?」

 眠る前の状況を忘れていた優月は、あわてて飛び起きる。

「す、すみません……! わたし何を……」

「ジェットコースターで酔っちゃったみたいだから一休みしてたんだよ。覚えてない?」

「あ……、そういえばそうでした」

 周りを見てみると既に日がかたむき始めていた。

 ずいぶん長く眠っていたようだ。

「すみません……。わたしのせいで龍次さんに負担を……」

「気にしてないよ。それよりデートの続きしよ」

 そこで優月のお腹が鳴った。

「あ……」

「ここに来てから何も食べてなかったね。何か食べにいこうか」

「は、はい」

 ずっと眠りこけていた優月は自業自得だが、龍次まで何も食べられずにいたというのは申し訳ない。

 二人で場内にあるフードコーナーに向かった。


「龍次さんは何にしますか? わたし買ってきます」

「もしかして、またお金払うって言うんじゃ……」

 見抜かれている。優月としては当然龍次の分の食事代も払うつもりでいた。

「いつも迷惑ばかりかけているので、せめてお金ぐらいは出させてください……! お願いします……!」

「俺の方こそ優月さんに守ってもらって、何かお返ししないと」

 確かに人羅戦争の時は優月が龍次を守った。

 しかし、そもそも自分が戦いに巻き込みさえしなければ龍次は安全に暮らしていけたのだ。

 それどころか、百済との戦いでは、彼に瀕死の重傷を負わせてしまった。

「龍次さんを守るのはわたしの義務なんです……! それすらもちゃんと果たせてなくて……。お願いです、払わせてください……!」

 こういう面では、優月も意外と頑固だ。龍次には一銭も払わせる気がない。

 龍次は渋々といった様子で、メニューの中で一番安いラーメンを頼んだ。


「優月さん。けっこう豪華なの頼んだんだね」

「龍次さんにおすそ分けしようかと思いまして」

 優月は、自分に遠慮して安いものを注文した龍次にいいものを食べてもらいたいと考え、ステーキセットを注文していた。

「優月さんって、どうしてそこまで俺に気を使うの?」

「え……?」

「俺たち恋人だよね? 対等の関係じゃないの?」

 龍次の言っていることの方が正論だ。

 だが、卑屈さが染みついてしまっている優月には、目の前の美男子が自分ごときと対等だとは考えられなかった。

「わたしは……、対等じゃない場合もあると思うんです……。たとえば雷斗さまとわたしたちは仲間ではあると思うんですけど、なんというか……格が違うって感じがしますし……。恋人でもやっぱり……」

「俺はそんな大層な人間じゃないよ」

 種族でいえば、半分でも羅刹となっている優月の方が格上だろう。

 それでも優月は自分が下でないと気が済まなかった。

 この話題を続けるのは、優月にとってつらかったので、別の話題に切り替えることに。

「あっ、その、実は龍次さんにプレゼントを買ってきたんです」

 そう言って、ラッピングされた一つの箱を手渡す。

「気に入っていただけるといいんですけど」

「ありがとう。開けてもいいかな?」

「はい」

 龍次は丁寧に箱の包装を解いていった。

「あ、ハンカチ。いいデザインだね。やっぱり優月さんセンスあるよ」

「ありがとうございます……! そういう風に言っていただけるだけで、わたしは満たされますので他のことは気にしないでください」

「俺からもプレゼントがあるんだけど、まさかそれもいらないとか言わないよね……?」

「い、いえ、それはいただきます」

 さすがに、せっかく買ったプレゼントの受け取りを拒否してしまうのは気が引ける。

 ここは素直に受け取ることにした。

 包装をといてみると中身は、携帯けいたい霊子端末れいしたんまつのケースだった。

 携帯霊子端末――人間界でいうところのスマートフォンのような機器だ。主な違いは霊力で稼働しているという点と、霊力戦闘に活用できる機能を搭載している点。

 優月は、沙菜からこれを渡されて以降むき出しのまま使っていたので、保護ケースがもらえたのはちょうどいい。

「ありがとうございます。大切に使います」


 食事を終えた二人は最後に観覧車に乗ることにする。

 優月が寝ていたせいで、あまりたくさんは回れなかったが、そのことについて龍次が不満をこぼすことはなかった。

 龍次は、優月がどんな失態をしても怒ることがない。それがありがたくもあり、心苦しくもあった。

(龍次さん、本当はどう思ってるんだろう……? わたしにあきれてないかな……)

 観覧車の中から、夕日に照らされた霊京の街並みを一望する。

 人間界にいた頃は見ることのなかった世界。ここで自分たちは戦ってきた。

「なんか遠くまで来たんだって感じがするね。でも、人間の世界にずっといたんじゃ経験できないことを色々できたし、俺は巻き込まれたなんて思ってないよ。優月さんの居場所がこっちにあるっていうなら、俺も一緒にいたいって思う」

「龍次さん……。わたしも、龍次さんのそばにいたいです」

「俺たち同じ気持ちじゃない。優月さんが気に病むことなんて何もないんだよ」

 見ると観覧車はちょうど頂点に来ているところだった。

 こんな景色も龍次と一緒でなければ、見てもなんとも感じなかっただろう。

 涼太は家での自分を救ってくれたが、龍次は自分にとっての外の世界を変えてくれた。感謝してもしきれない。


 観覧車を降りると、外は暗くなっていた。

 名残惜しいが、そろそろ帰らなくてはならない。

 といっても、優月も龍次も共に蓮乗院家で生活しているので帰りは一緒だ。

 四番街から五番街につながる街道を歩いていく。

「きょ、今日はありがとうございました。生まれて初めてのデートを、それも龍次さんとできてうれしかったです」

「俺の方こそ、優月さんと遊びに行けて楽しかったよ。また行こうね」

「は、はい……! ぜひお願いします……!」

 今回は途中で寝てしまうという失態を演じたが、次からはもっとうまくやろうと思う。

 龍次とのデートという夢のような時間が、これから何度も過ごせるかと思うと胸が高鳴った。

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