第54話「追憶:弟の遺志」
「喰人種・業魔。貴様のような者と相争ったことを強く恥じる」
業魔を撃破し雷斗は剣を納めた。
「そうだ! 秋夜は!? なんとかならないのか!?」
春日は叫ぶ。
魂を喰らった業魔が死んでしまえば、秋夜の魂も消えてしまうのではないか。
「霊法百二十式・
惟月が術を発動すると、辺りから光が溢れ出しその掌に集まった。
集められたのは断劾を受けて一度バラバラになった秋夜の魂だ。
惟月は秋夜との面識はなかったが、業魔の鎧の中核ということで見極めることができた。
「雷斗さん。少しだけ話をさせてあげてもいいのでは?」
「……好きにしろ」
惟月は業魔の死体に歩み寄り、秋夜の魂をそこに込め治癒の霊法をかけた。
すると、先ほどまで業魔の上半身だったものが、春日の弟・秋夜の姿に。
羅刹の肉体は魂から発せられる霊力に支配されている。すなわち魂が変われば肉体の姿も変わるということだ。
「秋夜……。秋夜……!」
「姉……さん……?」
春日は愛しい弟のもとへ駆け寄る。
「姉さん、ありがとう。僕の為にこんなにも傷ついてくれて……」
「ごめん……秋夜。結局、あたしだけじゃあんたを助けられないとこだった……」
秋夜を抱きしめ涙をこぼす春日。
「悲しむことはないよ。僕はずっと姉さんの助けになりたかったんだから」
秋夜は春日を庇って業魔に魂を喰われた。その結果、春日はこうして生きているのだ。秋夜はそのことに満足していた。
「そうか……。良かった……」
安堵の声を漏らす春日に、秋夜は意外な願いを口にする。
「姉さん、一つお願いしてもいい?」
「なに?」
「姉さんの為に死んだ僕のことを、ずっと忘れないでいてほしいんだ」
「え……?」
願いの内容を聞いて春日は目を見開く。
「正確には、あなたを守った秋夜という少年のことを」
「どういう――」
目の前にいる秋夜の姿をした少年は、自分が秋夜ではないかのようなことを言う。
「……貴様の弟は貴様を守って死んだ一人だけだ。代えは利かん」
春日の疑問には雷斗が答えた。
元より雷斗は喰人種に喰われた者を救い出すなど戯事だと考えていた。そして、それは間違っていない。
「そんな……! だって秋夜はこうして生き返ったんじゃ……」
「生き返る――ということはありえないんです。一度死んだ魂を再構成したところで、それは全く同じ個性を持った別人を新たに生み出すだけ。その人を秋夜さんの代わりにしてしまっては、あなたを守った本物の秋夜さんの存在をなかったことにしてしまいます」
憂いを帯びた表情の惟月が春日に真実を告げる。
死んだ者本人が生き返ることはないと知りつつ魂を再構成したのは、秋夜の遺言を春日に伝えさせてやる為だ。
「命を救うことだけが人を救うことじゃない。秋夜は十分救われているよ。同じ人格を持っている僕が保証する」
「秋夜……」
最早、『秋夜』と呼ぶべきではないのかもしれない。しかし、すぐには割り切れそうもなかった。
「そろそろ時間だね……」
秋夜の姿をした少年が寂しそうに呟く。
「え……」
極致霊法による魂の再構成といえども永続するものではない。残酷だが、二度目の死が近づいていた。
「気に病むことはないよ。春日さんが立ち直ってくれたら僕も嬉しい。それに雷斗様が断劾で喰人種を倒してくれたおかげで、僕は無事天界へ行って転生することができるんだ」
「秋……夜……」
声にならない声で弟の名を呼ぶ。
少年の姿は次第に形を失い、光の粒となって消えていった。
「帰るぞ、惟月」
そのまま歩き出そうとする雷斗を惟月が呼び止める。
「待ってください。傷の治療をします」
雷斗は平然としているが、全身に深い傷を負い、左腕に至っては斬り落とされているのだ。
惟月は周囲に治癒の結界を張り、雷斗と春日双方の傷を治した。
円蓋状に霊気の膜が作られ、その中を優しい光が満たす。
普通の人間であれば、失った腕がまた生えてくるなどということはないが、羅刹の場合、霊力が肉体を支配していることの恩恵で、治癒の術さえ受ければ元の状態に戻ることができる。
治療の合間、雷斗は少しだけ春日に声をかけていた。
「……貴様は一人の命を犠牲に生き残り、一人の命を犠牲に弟の心を知った。――その遺志を守る為にも、喰人種如きに後れを取るな」
「――! ああ。……ありがとう」
春日はそっと目を伏せ、冷血だと思い込んでいた青年に対し感謝を示した。
羅刹の強大な力を以ってしても失われた命は戻らない。
偽りの希望に囚われず、死は乗り越えていかなければならない――。
第八章-偽りの希望- 完
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