第53話「追憶:喰人種・業魔」
「満身創痍のところ悪いが、今度は儂の相手をしてもらうぞ」
凄まじい勢いで接近してきた喰人種・業魔。雷斗が消耗するのを遠方から待っていたと見るべきか。
「惟月、離れていろ」
雷斗に力を譲った分、惟月の戦闘能力は低下している。
惟月は、雷斗にとって数少ない守るべき他者だった。
「霊剣・雷公花」
言霊で剣を呼び戻す。
そして、異形の喰人種・業魔と向かい合う。
「断劾――
視界を覆い尽くすほどの紫電の奔流。それが一本の剣から放たれた。
雷斗の真の力を初めて見る春日は驚愕する。
「これが本来の力……! こんなの食らったらひとたまりもないじゃないか!」
これほどの力の持ち主が、先ほどまで自分が戦っていた相手だということに戦慄しているようだ。
ほとばしる光が収まってくると、地面にも大穴が穿たれているのが見えた。
敵は跡形もなく消し飛んだかと思いきや。
穴の底から一つの影が飛び出してきた。
「戰戻――
業魔の低い声が響く。
紫電に飲み込まれた業魔は傷一つ負っていなかった。
その全身は戰戻によって生み出された岩石を思わせる鎧に包まれている。
霊魂回帰の錬度が上がることによって実現された、溢れ出す霊気が固形化してできる強力な武具だ。
「なっ……、あれを食らって無傷!?」
「ああ、あの時の小僧に感謝せねばな。まさかこれほどの防御能力を儂に与えてくれるとは」
春日は業魔の鎧から懐かしい霊気を感じた。これは、秋夜の力だ。
喰人種は喰らった魂を組み替えていくことで対人属性を生み出す。おそらく業魔は、これまで無数の喰人種を討伐してきた雷斗に対して有利な属性を用意していたのだろう。そして、その中核に秋夜の魂を使っている。
それは秋夜に防御の術に関する優れた才能があったことを意味するが――。
「貴様! 秋夜の力で!」
怒りに震える春日だが、業魔からは相手にされない。
「月詠雷斗! まずは貴様から喰らわせてもらうぞ」
征伐士として名を馳せた者は喰人種の対人属性の対象となりやすい。それは強者故の弱みだった。
業魔の大斧を雷斗は細身の剣で受け止める。
「断劾を以ってしてもこの鎧を破れん以上、貴様に勝ち目はないぞ」
雷斗の剣が業魔の斧を弾く。
「霊戦技――
剣から霊気の刃による突きを放つ。
業魔の腹に直撃するが、全く効いている様子はない。やはり属性の効果で雷斗の攻撃は効きづらくなっているようだ。
(まずはこの鎧の霊子構成を見極めるべきか)
攻撃同様、防御にも霊子構成の概念はある。その穴を見つけ出すことができれば――。
こちらも戰戻を使って、力押しで叩き潰すという手もあるが、寿命を縮める術をこの程度の敵を相手に使う気にはなれない。
かなりの体格差だが、霊力によって膂力を強化することで雷斗は業魔と対等に渡り合っていた。もっとも雷斗としては、このような喰人種と対等というのは屈辱であるが。
戦況を見守りながら春日は思う。――雷斗の断劾すら防ぐあの鎧の力は凄まじい。だが、斬鉄能力を使えばあるいは。
二人が再び刃を交えた隙に春日は業魔の背後から斬りかかる。
刺し違えてでも。そう思いながらの一撃だったが――。
「む? ふん!」
一瞬のうちに反応した業魔の攻撃で春日は太刀を折られてしまった。
――頼みの綱だった斬鉄能力が。
「う、あああああ!」
絶望の中であがく春日は、素手で業魔の鎧を殴りつけた。
「無駄なことを。――ッ!?」
断劾ですら破れなかった鎧が殴られた箇所から崩れ始める。
慌てて距離を取る業魔だったが、その背後には――。
「断劾――電迅争覇・
雷斗が電迅争覇の力を一筋に圧縮した斬撃を放ち、業魔の身体を両断した。
数多の魂を喰らってきた喰人種・業魔はここで息絶える。
「な、何が起こったんだ?」
鎧を破壊した春日自身が混乱していた。
そこへ惟月が説明を加える。
「おそらく秋夜さんの心の影響でしょう。大切な人を拒絶することができなかった、ということではないでしょうか」
霊力というものには相性がある。人と人との精神的な関係、それは時に対人属性以上に戦いに影響を及ぼすことがある。
(業魔……。その名から察するに生来の喰人種か)
両親の一方でも喰人種化を発症していると、生まれてくる子供も喰人種となる。
『業魔』などという名前は、まっとうな家庭で生まれた子につけられるものではないだろう。
本人にせよ、親にせよ、堕ちた羅刹として追われる身になって心が荒んでいたのではないか。
剣を納める雷斗。
「喰人種・業魔。貴様のような者と相争ったことを強く恥じる」
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