第52話「追憶:姉の覚悟」

「秋夜を助ける為なら、あたしは何だってする!」

 春日は力強く宣言する。

 一方、雷斗は冷めた態度を崩さない。

「……ならば、その覚悟の程、見せてみろ」

 雷斗に促され、春日は太刀を構え直す。

「ああ、いくよ」

 刀身から激しい霊光が溢れ出した。

 春日は太刀を振りかぶる。

「断劾――剛刃獣牙吼ごうじんじゅうがこう!」

 振り下ろすと同時に霊気の刃が渦巻き、雷斗に襲いかかった。

 この断劾にも斬鉄能力が乗っている。つまり防御不能だ。

 いくつもの刃に斬り裂かれた雷斗。多量の出血だが、倒れはしない。

「二年で断劾を会得したか。大したものだ」

 とは言っても断劾なら雷斗も会得している。惟月から力を譲り受けて間もなく。

 断劾とは浄化の力。この少女は断劾を使えば喰人種に喰われた魂を救い出せると思い込んでいるのかもしれない。

 ――これ以上見るべきものもないか。

「霊戦技――迅雷」

 雷斗の能力の真髄、恐怖を司る紫電だ。素手で放つ分には霊法ほどの威力は出ないが――。

「ぐああああッ!」

 紫電が春日の身を焼く。

「どうした。こんなものか?」

「く、くそ……! なんなんだい、あんた!? あんたもう並の羅刹ならとっくに死んでるような重傷を負ってるじゃないか! なんでそんな余裕なんだ!?」

 雷斗よりも傷の浅い春日の方が狼狽えてしまっていた。

「肉体の痛みなど些末なことだ」

 そう言い捨て、春日に向かって歩を進める雷斗。

「くっ……」

 無意識のうちに後ずさる春日。

「どうした。下がってどうする? 私を斬るのではないのか?」

 雷斗は力を譲り受けてすぐに霊極――霊力を極めし者――となった。元々霊力障害さえなければ霊極となれるだけの実力を持っていたのだ。

 雷斗が司るものは『恐怖』。今の雷斗は、自らの放った紫電を受けた者に根源的な恐怖を与えることができる。それは力や勇気で乗り越えられるものではない。

「……このまま心が壊れるまで挑むか?」

「うあああああッ!」

 雄叫びと共に再度断劾を放つ春日だが、その力は雷斗に素手で軽くかき消されてしまう。

「うそ……」

 雷斗に対する恐怖に心を支配された今の春日が放つ霊力は、最早、雷斗には一切通じないものとなっていた。

「終わりだな。霊法百十二式・御雷みかづち

 百一式以降の霊法は極致霊法と呼ばれ、汎用霊法とは桁違いに複雑な構成式である代わり、威力もまた桁違いである。

 無手の羅刹が放てる攻撃としてこれ以上のものはないだろう。

 天からの鮮烈な雷に打たれ地に伏す春日。

 躱すことも防ぐこともできるはずがなかった。

「負けたのか……? 丸腰の相手に……。秋夜を助けることもできずに……。いや、それだけは……!」

 春日の脳裏には愛しい弟と過ごした日々が蘇っている。――あの頃のような時間を取り戻したい。なんとしても。

「……悪くない戦いだった」

 春日に背を向ける雷斗だったが。

「まだ立ち上がるか」

「業魔は、あたしが先に見つける……」

 雷斗との戦いに勝つことを諦めたらしい春日は、それでも弟を救おうと、太刀を支えにして歩き出した。

 仮に喰人種を見つけることができたとしても、戦える状態だとは思えないが――。

「待ってください。業魔の気配が……、一気に近づいてきます!」

 それまで静観していた惟月が声を上げる。

 と、巨大な斧が雷斗の背後から襲いかかった。

 流身で素早く身をかわす雷斗。

 斧の大きさに見合った巨体の喰人種が笑う。

「満身創痍のところ悪いが、今度は儂の相手をしてもらうぞ」

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