第37話「悪徳商人」

「今は商談中なの。お引き取り願いたいものね」

 淡々と告げる城崎。

 彼女の振舞いからは後ろめたさのようなものは感じられない。

「てめえらが人間界に行って人を喰うってんなら見逃す訳にはいかねえな」

 涼太の鋭い視線を受けても城崎は平然とした態度のまま。

「私は人間界になんて行かないし、人も喰わないわよ?」

「ふん……。化物はあたしだけだって言いたいみたいだね」

「そう聞こえたかしら?」

「まあいい。こっちは人間界までの道さえ用意してもらえれば――」

 城崎と浅黄のやりとりを横目に、沙菜はさらに説明を続ける。

「この城崎という女は、いわゆる悪徳商人、あるいは詐欺師って奴ですね。他にも色々やってきたみたいですが、最近は『人間界に渡ってしまえば絶対安全だ』と騙して喰人種から金を巻き上げているとか。実際には人間界に出張ってる征伐士もいるというのに」

 小屋の傍らにある装置は界孔を制御する為のもので、これを使って城崎は界孔を不法に管理している。

 本来、羅仙界の法律では界孔の使用には許諾が必要で、沙菜が使った空の欠片についてもその所持にライセンスが要求されるのだが。

「なんだと?」

 沙菜の言葉を聞いた浅黄は目を見開いた後、城崎を睨みつけた。

 だが結局、詰問するでもなく視線をそらす。

「――いいさ。どうせこっちにいたって居場所なんてない」

 予定通り人間界に渡る為、邪魔者を排除すべく浅黄は身の丈を超える大太刀を抜き放った。

(……!)

 それを受けて、優月たちも身構える。

「喰人種の方は私が引き受けましょう。城崎は任せましたよ」

 刀を抜いた沙菜は浅黄に対して流身で突撃。刃を合わせたと思えばそのまま敵を連れていずこかへ飛んでいった。

 残されたのは、優月と涼太、そして城崎。

「なんで人間がここにいるのか知らないけど、商売の邪魔をするなら容赦しないわよ」

 城崎が片手を掲げるとその上に電撃が槍のような形を成して出現した。

「霊法三十九式・雷槍らいそう

 優月たちは慌てて飛び退き電撃の槍を躱す。

「霊法十五式・炎弾」

 今度は無数の火球が襲いかかってくる。

 ――やるしかない。優月は自らの魂に意識を向け、羅刹としての力を呼び覚ます。

「――ッ!?」

 優月の身体から閃光がほとばしり、それを見た城崎は驚きに目を見開く。

 月白の羅刹装束を身に纏った優月は霊刀・雪華を構えて城崎と向かい合う。

「あなた、羅刹だったの? 一体何が……」

 優月は問いかけには答えず、霊戦技――氷柱撃を放った。

 修行の成果で強度を増した氷の槍、これで敵を貫けるかと思ったが――。

「……!」

 城崎の前に薄い壁のようなものが出現し、それに当たった氷の槍は優月のもとへ跳ね返ってきた。

 間一髪、刀で打ち払うことができたが不意を突かれて危ないところだった。

「今は羅刹の姿をしてるみたいだけど、本物の羅刹って訳じゃなさそうね。劣血れっけつって奴かしら? いずれにせよ、私の『霊撃反射れいげきはんしゃ』の前じゃどんな攻撃も無意味よ」

 どうやら城崎は攻撃を反射する能力を持っているらしい。

 攻撃を跳ね返した城崎は、さらにいくつもの霊法を放って優月たちを追い詰める。

 火の玉、雷の槍、水の塊、無数の術が飛び交う中、反撃の隙をうかがい、こちらも技を放つが能力によって反射されさらに危険な状況に。

「気に入らねえな。喰人種になった奴らを金儲けに使おうなんて」

 涼太は城崎を鋭く睨みつける。

 喰人種と化した者たちは、それぞれ必死に生きようとしていた。そんな彼らの立場をこの女は利用しているのだ。

「何か問題がある? 喰人種化してしまったら、もうお金なんて持ってても意味がないじゃない。それを有効活用してるだけよ」

 城崎に悪びれた様子はない。

「――でもこの前送り出した赤毛はしけてたわね。ま、一応界孔は使わせてあげたけど、もう人間界で始末されてるかしら」

「……!」

 優月の脳裏に以前聞いた言葉が浮かんだ。

『ちっ、騙しやがったなあの女』

(赤烏さん……)

 優月は赤烏のことを思い出し目を細めた――。

 涼太の振るう刃が城崎の髪をかすめる。

「黙れ」

 身長のこと以外で怒っている涼太を見るのは珍しい。赤烏に対する思いは涼太も同じのようだ。

 涼太は反射壁を避けるように刃を曲がりくねらせ城崎を狙うが、そこへ雷の槍が迫る。

 優月は大急ぎで涼太のもとへ駆け寄り敵の攻撃を弾く。

 その後も霊法と反射された攻撃から涼太を守りながら戦うことに。

 このままでは――。

「涼太……。あの……」

 本当はこんなことは言いたくない。おこがましいにもほどがある。

「――分かってる。足手まといだってんだろ。悔しいが確かにそうだ」

 涼太は素直に優月の考えを察してくれた。

 少し前まで全てにおいて涼太の世話になりっぱなしだったというのに、ここにきて足手まとい扱いすることになるとは。

「ごめん……」

「後で呼びにこいよ」

 怒りを見せることもなく、戦域から離脱することを認めた涼太。

 涼太が十分離れたことを確認した優月は、霊刀・雪華の刃に霊気を集中させる。

「一人で私と戦う気? 随分なめられたものね」

 冷ややかな視線を向けてくる城崎と対峙し――。

「断劾――」

 全力で戦えるようになった優月は、切り札を出す。

「霜天雪破」

 霊力の奥義であり、優月にとって最大の力、これならば反射壁を破ることができるのではないか。

 優月の背後から激しい吹雪が敵目掛けて雪崩れ込む――。

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