第38話「霊子構成」

「断劾――霜天雪破」

 優月の切り札・断劾――魂を浄化する力を帯びた霊力の奥義。

 城崎の操る反射壁を破れるとしたらこの技しかない。

 刃と化した無数の雪片が城崎のもとへ雪崩れ込み――。

(……っ!?)

 城崎の身体から閃光が放たれたかと思うと、雪片の刃は使い手である優月のもとへ弾き返されていた。

 この一撃で決めるつもりでいた優月は、躱すこともできず自身の断劾で右腕をズタズタに斬り裂かれる。美しかった着物の袖も破れて地面に落ちた。

(痛い……)

 痛みもさることながら、それより深刻なのは――。

 ――断劾ですら反射されてしまったということだ。

 頼みの綱だった断劾を反射されてしまったのでは、優月に打つ手はない。

「危なかったわ……。霊魂回帰しなかったら反射し切れないところだった」

 城崎の全身から霧状の霊気が吹き出している。優月の断劾が着弾する前に、その手にはめた指輪型の魂装霊俱と融合したようだ。

 沙菜のように吹き出した霊気が固形化していないということは『戰戻せんれい』と呼ばれる域には至っていないようだが、それでも優月の断劾を反射できるまでに能力が強化されていた。

「断劾とか言ってた気がするけど、あなた本当に何者? 完全な羅刹でもないのに断劾なんて使えるはずが……」

 そこまで言った城崎は、何か思い当たることでもあったのか口をつぐんだ。

「わたしは……」

 今の自分が何者なのかは、自分でも分からない。完全な羅刹になれた訳でもなければ、普通の人間でもない。

 ただ一つ分かるのは、この不完全な力で目の前の女を倒さなければならないということ。

 相手は本物の羅刹だ。喰人種のように他者を喰らって力を増している訳ではないものの、そもそも力の差はあって当然だろう。

 勝ち目は見えないが、血の滴る手で刀を握り直した。



 一方、沙菜と喰人種・浅黄は――。

「おらおら、どうした!? 逃げ回ってるだけかい!?」

 闘気とでも呼ぶべき猛々しい霊気を全身に纏った浅黄は、大太刀を乱暴に振り回して霊気の刃を飛ばしている。

 危険度B級と認定された喰人種の強大な力に優月たちを巻き込まない為、場所を移してここまできた沙菜。流身でフワフワと宙を舞いながら、浅黄の放つ強烈な斬撃を躱していく。

「苗字を持っている程度の身分でありながら喰人種化とは情けない限りですね」

「…………」

 沙菜の指摘を受けて、浅黄は露骨に顔をしかめた。

 喰人種化は羅刹特有の病気の一種だが、その発生原因は霊力を制御する技術の未熟さにある。身分が低くまともな教育を受けられなかった者ならともかく、そうでなかったにも関わらず喰人種化を発症したのは堕落していたせいだと沙菜は言っているのだ。

 怒りを露わにした浅黄の振りかざした大太刀から霊気が吹き出し膨れ上がり、再び凝縮されて刃の形を成す。

 空中にいる己めがけて疾走する霊気の刃をのけ反るように避ける沙菜。

「っと、危ない危ない」

 刃が鼻先をかすめており、かすかな血の臭いを感じながら沙菜は呟く。

 そして、何を思ったかゆっくりと地面に降り立った。

「確かに逃げ回るのにも飽きましたね。相手してやりましょう」

 沙菜は、上に向けた指先を前後に振って浅黄を挑発する。刀は腰の鞘に納めたままだ。

「なめるのも大概にしな!」

 流身で一気に距離を詰めた浅黄は、大太刀を沙菜に向かって力一杯振り下ろす。

 巨大な霊気も纏ったその一撃は大地を大きく引き裂いたが――。

「な……ッ!?」

 沙菜の立っていた地面は背後に向かって確かに抉り取られている。しかし、直撃を受けたはずの沙菜本人は無傷のまま浮いていた。

 それどころか、浅黄の大太刀を指一本で受け止めている。

 沙菜が指を緩やかに折り曲げると、それだけで刀身が砕けた。

「くそッ!」

 慌てて飛び退く浅黄。

 浅黄は混乱している。――いくらなんでもここまでの力の差があるはずがない。一体何が起こったのか。

「どうやら根本的に霊子学を理解してないみたいですね。あまりに単調な攻撃を繰り返すんで罠かと思って様子見してしまいましたよ。でも、さっき隙を見せてやったのに、それを突くことができなかった時点でただの馬鹿だと確信しました」

 先ほど沙菜は、実際にはギリギリ躱せるが、相手には一撃で仕留められると思わせるような隙を見せていた。浅黄の攻撃はかすりこそしたが、致命傷は余裕を持って避けられた。沙菜の狙い通りだ。

「霊剣・霊刀というのは腕力で振るうものじゃない。技の霊子構成の読み合いこそが霊力戦闘の基本ですよ」

 霊力を用いた技は無数の霊子によって構成されている。自身が持っている中でどの霊子を使うか、どのような順序で組み上げるか。そうした選択によって同一の技であっても微妙に違う性質を持つことになる。

 技が持つ性質の微妙な差こそが戦いの鍵を握るのだ。

「霊子構成の穴さえ突けば、どんな強大な力でも無効化するのは容易い。心配しなくてもあなたは弱くはありませんよ。頭が悪いだけです」

 うすら笑いを浮かべた沙菜は、左手で鞘を握り――。

「断劾――煌刃月影弾こうじんげつえいだん守天しゅてん

 刀を抜き放つと共に、薄い三日月型の霊気の刃を放つ。

 金色に輝くその刃は、凄まじい霊力波を振りまきながら虚空を駆け抜け、喰人種・浅黄の身体を両断した。

 浅黄の死体は倒れる間もなく塵となって消える。



「はぁっ……、はぁっ……」

「為す術もないわね。まあ、人間と羅刹なら当然の実力差だけど」

 霊魂回帰した城崎を相手に手も足も出ない優月。

 体力が底をつきかけており、早く決着をつけなければならないにも関わらず、敵の反射能力のせいで下手に攻撃することができない。

 八方塞がりだった。

「私が稼いだお金が何に使われてると思う? 孤児院の運営費よ。どんなお金であれ恵まれない子供たちが助かるならそれでいいじゃない」

 またか、と優月は思う。どうして自分が戦う相手は皆いい人ばかりなのだろう。

 赤烏は優月のことを対等の存在として認めてくれた。玄雲も必要以上の殺生は好まず、人質だった龍次を自ら解放した。

 悪を倒して正義の味方になりたい訳ではないが、これでは勝ったとしても心が痛むばかりだ。

 ――あるいは、戦いとは、生きることとは、この痛みを抱えていくことなのだろうか。

 感傷に浸るような気分になっていた優月は、不意に惟月の教えを思い出す。

 霊力戦闘は身体ではなく頭で行うものだと。

(そうだ……、よく見て……考えて……)

 優月はあえて威力を抑えた氷柱撃を放つ。

「随分弱々しい攻撃になってきたわね。そろそろ限界なんじゃないかしら?」

 反射されてくる氷の槍と城崎の霊法で身を斬り裂かれる。

 傷を負いながらも必死に反射壁を見つめる優月。――これはどんな霊子で構成されているのか。その霊子に対して有利な霊子属性は何か。

 防戦一方だった優月だが、意を決して城崎の懐へと飛び込む。

 接近するにあたって霊法を躱す余裕はなく、電撃をその身に受けながらの突撃だった。

 とはいえ以前雷斗から受けた紫電の威力に比べればどうということはない。重要なのはこれからだ。

 霊刀・雪華を振り上げ、城崎に直接斬りかかる。

「馬鹿ね、どんな距離でも反射壁は出せるのよ!」

 至近距離でも反射壁が出現するのは予想通り。刀を振る力を弱めて軽く弾かれる。

 そして、左手の人差し指に、この壁に対抗する為厳選した霊子を纏わせる。

 反射壁の一番脆そうな部分を探し出し、そこに指先を突っ込んだ。

「……!!」

 素手の一撃で反射壁が砕け散ったことに驚愕する城崎。

 ――いける。

 優月は、弾かれた刀を握る手に再び力を込めて振り下ろした。

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