第36話「犯人」
羅仙界での活動を開始してから数日、優月は順調に喰人種の討伐をこなしていた。
如月家の敷地内に喰人種が出現するのは、元々敷地内にいた動物――正確には羅刹化した動物――が喰人種化を発症しているからだという。
そうして異世界での新たな日々を送る中、沙菜が優月の部屋を訪ねてくる。
「優月さん、それから涼太さんもいますね。……龍次さんはいませんね」
部屋を見回して確認する沙菜。
いてくれたら優月としては嬉しいのだが。
「えっと……」
「新しい仕事ですよ、優月さん。喰人種が羅仙界から人間界へ渡る手引きをしている者の所在が掴めました」
「……!」
沙菜による『新しい仕事』の説明を聞いて優月は目を見開く。
以前、惟月から聞いた話でも喰人種に協力者がいるということだった。人間界に危険をもたらしている『犯人』とでもいうべき人物が判明したということか。
「今度の仕事はそいつの討伐です。今までの雑魚に比べると厄介な相手かもしれませんからね。だから龍次さんのいない場で話しましたよ」
「あ……」
最近討伐していた獣型の喰人種と違い、今回の相手は間違いなく人型の羅刹だろう。そして、危険な戦いに臨むとなると、また龍次に心配をかけることになる。
沙菜なりに気を遣ってくれているようだ。
「龍次さんの知らない間にちゃっと行って、しれっと帰ってくればいいでしょう」
「ありがとうございます。沙菜さん」
「――で? おれたちは今どこに向かってるんだよ?」
如月家の敷地内をしばらく歩かされたところで涼太が沙菜に尋ねる。
「
「ルシンテイ?」
またしても聞き慣れない単語が出て、二人して聞き返す。
「霊動飛行船とも呼ばれますけどね。羅刹の基本能力である流身の原理を活用して飛行する、文字通りの空飛ぶ船です」
説明を聞きながら歩いていると、確かに船の姿が見えてきた。
いわゆる豪華客船といった雰囲気だが、水の上ではなく地上に鎮座している。
「流身と同じ原理ですからね、空中を自由自在に移動できますよ。その分、操縦者には高い霊力が求められますが、逆にいえば優れた操縦者さえいれば――」
「それがお前だってんだろ」
涼太は『もういい』と言いたげな表情。
一行は船に乗り込み、沙菜が操縦席に座ると、ほどなくして船は飛行を始めた。
優月と涼太は、甲板に出てみる。
上空から見下ろすと、羅仙界の首都・霊京の街が一望できた。
円状の外壁に囲まれて、建物の集まった区画が七つ。特に、中央と北の街には豪華な屋敷が多いように見える。それぞれ一番街と二番街だ。
一番街には巨大な王城が建っており、その周囲と二番街は主に貴族たちの居住地となっているらしい。
(あのお城にはどんな人が住んでるのかな?)
ふと、そんな考えがよぎった。
如月家以外の者たちには自分たちの存在を明かす訳にはいかず、今もこうして人目に触れないよう移動しているのだから、王城の住人と知り合うことなどないはずなのだが。
南東に位置する四番街には先ほどまで自分たちがいた如月家が、そして南に位置する五番街には惟月の実家である蓮乗院家があり、どちらもその街の一割以上は面積を占めているようだ。
ちなみに蓮乗院家は一番街・二番街には居を構えていないものの王族とかなり近い血筋の大貴族で、対する如月家は商売によってここ十数年で大きくなった富豪とのこと。
船が移動するにつれて、雄大な自然も見えてきた。
基本的に、霊京の外壁から出ると、まずは平原が広がっているようだ。
「なんか遠くに来たって感じがするな」
「うん」
人間界にいた頃に目にしていた景色と、今、眼下に広がっている光景ではまるで違っている。
涼太と共に感慨のようなものに浸っていると、船が森の上で停止した。
「着きましたよ。この辺りです」
沙菜が甲板に出てくる。
「着いたって、どこかに着陸しないのかよ?」
「ここから飛び降りた方が早いでしょ」
飛び降りるといっても、人間の涼太にはこの高さは危険だろう。
ここは羅刹化して流身が使えるようになった優月が涼太を抱えて降りることに。
「またかよ」
言葉とは裏腹に不機嫌ではなさそうな涼太だった。
森の中を少し歩くと小さな小屋が見つかった。
そして、その隣には見慣れない装置と見覚えのある黒い円。
宙に浮かんでいるこの円は――。界孔。世界そのものに空いた穴。優月たちが羅仙界へ移動する時にも使ったものだ。
それが何故こんなところに。
(もしかして、ここから人間界に……)
優月が気付き始めたところで、小屋の中から二人の女が出てきた。
一人は煌びやかな装飾品を身に付けた派手な女で、もう一人は飾り気のない無骨な雰囲気だ。
「何か用かしら?」
派手な方の女が問いかけてくる。
「分かってるから出てきたんじゃないんですか?」
沙菜は、優月たちの為にこの派手な女について説明を加える。
「
(この人が……)
怒りはない。だが、人間界に危険をもたらしていた相手と対峙して奇妙な気持ちだった。
「今は商談中なの。お引き取り願いたいものね」
城崎と呼ばれた女の言葉を無視して、沙菜は、無骨な方の女についても解説する。
「
浅黄という名の喰人種が今まさに人間界へと渡ろうとしていたところなのだろう。なんとしても止めなければならない。
「さて、どうしたもんですかね」
沙菜は余裕の態度を崩すことなく、腕を組んで考え始めた。
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