第23話「羅刹のいる生活」

「それでずっと居座ってるんだ……」

「は、はい……」

 家での出来事を学校で話したところ、龍次はかなり心配しているようだった。

 他の生徒に聞かれてはならない話なので自然と距離が近くなり少しドキドキする。

「何かおかしなことをされたり、させられたりとかはない?」

「はい。部屋でくつろいでるだけで……」

「そうか……。でも、前みたいに急に襲われないとは限らないんだし気をつけて。何かあったら俺も協力するから」

 龍次は力強くそう言ってくれた。

 色々と大変なことはあったが、龍次からここまで大切に扱ってもらえるようになるとは。

「あ……、ありがとうございます……」

 その気持ちを無下にしない為にも、霊力を磨く修行はおろそかにできない。

「――お前らホントに仲いいな」

 不意に横から声をかけられた。龍次の友達――今では優月にとっての友達でもある。

「え、えっと……、そう……でしょうか……?」

 だとしたら嬉しい。はたからそう見えているのなら、仲良くなれているという意識は妄想ではないということだ。

「龍次が女子と話す時って大抵何人も集まってるからな。一対一って結構珍しいんじゃないか?」

「そんなにでもないと思うけどな……」

「いやー、珍しいだろ。――っていうか、お前らって付き合ってんの?」

「――!!」

 その言葉を聞いて、龍次共々面食らってしまった。

「い、いえっ……、わたしなんかが龍次さんと付き合える訳ないですしっ……」

 龍次の名誉の為にも否定しておかなければならない。

「ええと……、まあ……、付き合ってる訳じゃない……かな」

 否定しなければならないのだが、本人からも否定されてしまうと妙に傷つく。

「おう……、天堂の反応は予想通りだな……」

 龍次以外にも少しずつ性格を知ってもらえているようで、それはありがたいことだ。

「龍次の方は意外と歯切れが――。……ん? 龍次、首のところどうした?」

「え?」

 男子生徒は龍次の首の後ろを指す。

 見てみると、小さな傷跡のようなものが。

「なんだろう? まあ、別に痛くもかゆくもないけど」

 首筋をさすって、特になんともないという反応をする龍次。

(……少しだけ、霊気を感じるような……)

 霊力で負わされた傷は全て治ったものと思っていたが、まだ残っていたのだろうか。だとしたら、責任を持って完治させる手段を探さなければ。痛みはなくとも人目に触れる場所の傷をそのままにしておいては申し訳ない。

 あるいは如月沙菜の霊法で治せる可能性も――。

(いや……、やっぱりそれは……)

 悪党ではないように思えるのだが、想い人を近づかせることはどうにもはばかられる不審なオーラが感じられる女だった。

「どうかした? 優月さん」

「あっ……、いえ」

 こうして温かい眼差しを向けてくれる龍次を、羅刹絡みの問題に巻き込みたくはない。傷跡を消す方法については、折を見て探っていくことにする。



 いつもと変わらない――昔と比べると遥かに充実した学校での時間を終え帰宅。

 家に帰ってくると――。

「おかえりー」

 リビングでごろごろしながらテレビを見ている沙菜。

 こんな調子で、服装を無視すればただの人間と変わらないような生活を続けている。

「えっと……、何を見てるんですか?」

 出会って間もない人に自分から話を振ることはほとんどない優月だが、自宅に入り浸っているせいか、沙菜に対してはその抵抗が少なかった。

「いわゆるところの心霊番組ってやつですね」

「やっぱりそういうのって、羅刹とか喰人種に関係があるんですか?」

「まさか。全部インチキですよ。あまりにも見当外れなことを言ってるんで、科学者の視点からその滑稽さを楽しんでるんです」

 『科学者』――羅刹にも科学者がいるということか。

 テレビでは、自称霊能力者が死者の声だといってそれを遺族たちに伝えている。

「死んだ人間が何を思っていたか、確認する手段が一切ないとは言いませんが――。現世で耳を澄ますだけでそれができるんだとしたら、私を遥かに凌ぐ圧倒的な霊力を持ってるんでしょうね」

 沙菜はそう言って鼻で笑う。

「心霊写真なんてのもありますが、そもそも人間界のカメラに霊体を可視化する機能が付いてないのにどんな魔法を使って撮ってるんだか」

「幽霊の方から人間に姿を見せたりは……」

「幽霊ねえ。優月さんは見たことありますか?」

「いえ……」

「基本的に死んだら現世を離れますからね。私の場合は、肉体を失っても霊体だけで現世に留まる力がありますが、そもそも死んでない時点で幽霊じゃないですし。――幽霊なんて存在が各地の墓場に何体もいると考えているなら、死という事象をはき違えてるとしか」

 言われてみれば、霊魂回帰で出現した魂魄は視認できたが、死者の魂と遭遇した経験はなかった。

 そんな雑談をしながら思う。

(なんでかな……、沙菜さんが相手だと喋りやすい気がする……)

 言動が軽薄に映る反面、堅苦しさがない彼女に対しては緊張感を覚えずに済んでいるようだ。

 初めて会った時には、自分と同じかそれ以上に色気のない人だと思ったものだが――。

(たぶん沙菜さんみたいに明るい人の方がみんなに好かれるんだろうな……)

 一時的に優越感を持ったこともあったが、冷静になって考えれば一緒にいて楽しい人こそ友達としても恋人としても皆から求められている存在だろう。龍次と会わせたくないなどとは余計なお世話なのかもしれない。

「そうそう、優月さん。後でまたゲームの対戦相手やってくれませんか? オンラインの人らはガチ過ぎて手も足も出ないんですよ」

「あっ、はい」

 どれぐらい人間界に滞在しているのかは分からないが、沙菜は漫画やアニメ、ゲームといった分野に詳しいようだ。そのわりにゲームの腕前が大したことないのも優月と同じ。

 趣味の話ができるという意味でも親近感を覚える存在だった。

「優月、そろそろ行くか?」

 既に帰宅していた涼太が部屋から出てくる。

「あ、うん」

「修行を再開するということは、私への警戒は解かれたと思っていいんですかね?」

 沙菜が言った通り、ここしばらくは自宅にいる彼女の動向を探る為、刀の修行を一時中断していた。

「警戒は解いてねえよ。ただお前なんぞに時間割いててももったいないって思っただけだ」

「さいですか」

 実際、学校に行って家を空けていても特段妙な行動は起こしていない。

 様子を見ていても普通に遊んでいるだけ。

 ならばこちらも平常運転に戻った方がいいだろうという判断だ。

「場所はいつものとこでいいよな」

 そんな訳で、軽く身支度をして家を出た。



 しばし電車に揺られて移動したのち、閑散とした駅で下車。さらに歩いて山奥にある修行場へ。

「遅かったですね」

 目的地に着いたところ、そこで沙菜が待ち受けていた。優月たちが出発した時は家で寛いでいたはずなのだが。

「ついてくるんじゃないかとは思ってたが、先回りかよ」

「どうしてわたしたちより早く……」

「電車なんぞに乗らなくても流身るしんで飛べば速いじゃないですか」

「ルシン……? なんだそりゃ?」

「所詮、魂装霊倶が教える知識なんて中途半端ですね。これですよ」

 沙菜の身体が浮遊し始めた。

「羅刹の基本能力の一つ『流身るしん』。体内の霊気を操作して肉体を強制的に動作させる。足場がなかろうが、運動神経が麻痺していようが、霊力さえ使えれば高速で移動できる優れものですよ」

 思い返してみれば、雷斗と戦った時に纏った霊気を使って消耗し切った身体を無理矢理移動させたことがあったはずだ。外に纏わずとも同じことができるということか。

「お前ら羅刹の能力がすごいのは分かったからどっか行ってろ。こっちも遊びにきてる訳じゃねえんだ」

「うい」

 雑にうなずいた沙菜は隅の方へ寄って携帯電話らしきものを取り出す。

 『らしきもの』とはいっても、説明を聞いた限り、通話機能のついた携帯端末で通話以外にも多数の機能を搭載しているとのことで、性質は人間が使う携帯電話とあまり変わらないようだった。名称は『携帯型霊子情報端末』というらしい。


 霊子端末をいじっている沙菜の横で涼太との修行を進める。

 なんとなくは気付いていたことだが、やはり強力な技――特に断劾――は発動するまでに時間がかかるようだ。それに集中力も要する。

 現状優月の使える攻撃は――、氷で刃を形成して飛ばすこと、霊戦技の氷柱撃、断劾の霜天雪破。後は氷雪を使わず単純に霊気だけを放つこと。

 いずれまた大きな戦いがあるのだとしたら、戦況を見てこれらの攻撃手段を使い分けねばならない。

「断劾――霜天雪破」

 涼太が伸ばした蛇腹剣を弾いて、その隙に断劾を撃ち込む。

「おっと」

 さすがに当てるのは危険なので狙いは微妙に外しておく。

「だいぶやるようになったな。今のお前がわざと外してなかったらおれは躱せなかったぞ」

「そ、そうかな……? でも確かに、戦いとかじゃなくて、こういう風に霊力を使うだけなら結構気持ちいいかも……」

 霊力の消費も激しい断劾を撃って、ちょうど霊気が底をついた。

 そろそろ帰り支度を、と思ったところ――。

「グルアアアァ!」

 木々を踏み倒しながら熊の姿をした獣が。

「――! 喰人種か!」

 修行で霊力はほとんど使い果たした。まずい状況だと感じた優月と涼太は急いで距離を取る。

「見分け方を教えたじゃないですか」

 一方、沙菜は霊気を宿した巨大な獣を平然と眺めている。

「喰人種化が発症すると身体に黒い文様が現れる。こいつは喰人種じゃなくて、単なる羅刹化した獣です。私たちは『霊獣れいじゅう』と呼んでいて、人に害を与える場合には『魔獣まじゅう』とも呼びますね」

 悠長に解説をしていると、その魔獣は沙菜の目前まで迫ってきた。

「まあ、どのみち霊力の高い餌を探してることに変わりはないですけど――」

 沙菜は腰の刀を抜いて魔獣の爪を受け止める。

 金色こんじきの刀身が輝いたかと思うと、魔獣の身体はどんどん縮んでいった。

「なんだ? あいつ何しやがったんだ?」

 小さくなった魔獣に傷はない。斬りつけた訳ではないようだ。

「私の魂装霊俱・朧月おぼろづきの能力は『霊子吸収れいしきゅうしゅう』。霊力を奪われれば魔獣なんぞただの動物ですよ」

 その言葉通り、つい先ほどまで魔獣だった生物は子熊のような姿となっていた。

「これなら害もないですし、見逃してあげましょうか」

 霊力を失った子熊はよたよたと来た道を戻っていく。

「どうです? いい話でしょう?」

「逆にうさんくせーよ」

 したり顔を向けてくる沙菜に冷ややかな態度の涼太。

「実は、私の嫌いな女が小動物嫌いでしてね。当てつけみたいな?」

「誰だか知らんが、どうでもいいわ」

 そんなこんなで修行を終え、一行は帰途に就いた。

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