第三章-分かたれる道-
第22話「不審な来訪者」
雷斗と戦って以降、優月は放課後や休日を使って霊刀・雪華を使いこなす為の修行を続けていた。
本日は、たまには休息を、ということで家にいる。
「ふう……」
「最近は本当に頑張ってるよな。今日はソファでだらだらしててもいいぞ」
修行は一緒にしているのだが、それでも休みの時まで甲斐甲斐しく家事に励んでいる涼太。
「ありがとう……」
お言葉に甘えて惰眠を貪ることにしようかと思ったのだが、そこで玄関のチャイム鳴る。
「ん? なんだ?」
龍次が訪ねて来てくれるなどという幸運はそう何度もないだろう。
(そういえば、CD予約してたんだったかな)
このまま寝ていたい気もするが、自分の頼んだ荷物である可能性が高いのでソファから起きてインターホンのボタンを押す。
「はい」
「どうも~、宅配でーす」
「あ、はい」
予想した通りなので、普通に玄関に向かおうとしたのだが――。
「年齢確認が必要な商品ですね」
「え……!?」
配達員の言葉を聞いてギョッとした。
通販サイトの設定をいじって注文した商品だったが、コンビニで酒やたばこを買う場合と違いその場で年齢確認などはされないと思っていた。
「え、えーと……」
「商品名は、実の弟と禁断の――」
「……!!」
慌ててインターホンを切る。まさか商品名が表示された状態で発送されるなどとは思いもしない。
おそるおそる振り返って涼太の様子をうかがうと――。
「お前……」
視線がとても冷たい。
「いや……、あの……、興味本位というか……、なんというか……」
どう説明したものかと口ごもる優月だったが、涼太は神妙な顔つきになって別の疑問を投げかける。
「――今の配達員おかしくなかったか? 荷物に商品名が書いてあるのも変だし、頼んでもないのに読み上げるとか――」
「あっ……」
余計なことに気を取られていたが、確かに奇妙な状況だ。
我に返った優月は涼太と共に玄関へ。
「少なくとも純粋な味方じゃねえ。いつでも変化を解けるようにしとけよ」
友好的な相手であれば、わざわざ不信感を煽るような形で訪ねてはこないだろう。かといって、最初から武器を持っていたのでは無用な争いを生みかねない。
覚悟を決めて扉を開くと。
「どうも。ちゃんと配送センターの方を通って来ましたよ」
「……!」
現れたのは
高く束ねた髪と両の瞳は共に一般的な日本人と変わらず、優月宛てと思われる荷物も脇に抱えている。しかし、腰に差した刀は魂装霊倶だろう。
赤烏ほど衣服が傷んでいる訳でもなければ、雷斗や惟月ほど高貴で美しい印象を与える訳でもないが、この女も羅刹とみて間違いない。
「お荷物ですよ。優月さん」
「あ……、ど、どうも……」
無警戒かもしれないが、差し出された荷物は素直に受け取る。
(あれ……? 開いてない……?)
渡された荷物は、梱包も解かれていなければ商品名も記されていない。
(なんでわたしの頼んだものが分かったんだろう……)
この女が口にしたタイトルのCDなのは本当だ。
「私が何者なのか分からず当惑しているようですね。――さらに言えば、喰人種であるか否か」
「…………」
涼太は件の女を無言で睨みつけている。
「簡単な見分け方を教えましょう。喰人種化が発症すると身体に黒い文様が現れる。つまり、私に露出行為を許せばいいって話ですね」
女は軽い調子で言ってのけた。
「確かに、前見た喰人種は顔や腕に黒い線があったが――。どうせ幻術の類いで隠せるんだろ。霊法とかいったか」
「よくご存じで。仮に私が喰人種で姿を変えている場合――、術を破れない時点であなたたちに勝ち目はありませんよ」
その通りだ。幻術に惑わされ、そこから抜け出せないならどう足掻いても勝つことはできない。
「――というか、私の霊気がどの程度かぐらいその刀でも判断できるんじゃないですか?」
優月の指輪を見て指摘してくる。
「彼女の纏っている霊気は尋常ではありません。優月さんたちが霊力波を感じていないなら、それは意図的に抑えているから……。この場で戦っても、私の刃では彼女を斬れないと思います」
「雪華さん……」
強い霊気を持ちながら周囲へ力を放たないでいることは優月も感じていた。
修行をしているとはいえ自分たちは所詮人間。やはり本物の羅刹には勝てないのか。
勝った相手は、病を発症して弱っていた赤烏だけ――。
「いつでも殺せるだけの力がありながら殺さない。敵意がないことの証明としてこれ以上のものはないでしょう?」
女羅刹はにやつきながら優月と涼太を眺める。
素直に首肯はできないが、反論もできなかった。
「それでは、改めまして――。喰人種化していない羅刹・
「よ……、よろしくお願いします……」
わざとらしい自己紹介に対し、優月も力なく応対する。
如月沙菜と名乗った羅刹がこれからどう動くのか――、固唾を呑んで見ていると。
「挨拶も済んだことですし、部屋に上がって
あろうことか玄関を通って家に上がり込んできた。
「――! てめえ、待て!」
「そこは、『人の家のお茶を粗茶呼ばわりするな』って突っ込んでくれないと」
涼太の制止を躱して奥まで歩いていってしまった如月沙菜。
残された優月と涼太は――。
「どうすんだよ、これ……」
「戦いになるぐらいだったら、このまま……」
とりあえず、事を荒立てるのは得策でないとして様子を見る為に沙菜の後を追う。
「うーむ」
追いついてみると、沙菜は勝手に冷蔵庫を漁っていた。
「やたらと牛乳が多いですね」
そして、優月の胸元を見て一言。
「必死さが伝わってきて結構なことで」
「あっ……、いや、半分は涼太が身長を――」
すねに蹴りが炸裂してうずくまることに。
「……いえ、わたしにはそのぐらい必要かなと……」
そう言いつつ沙菜の容姿を眺めてみる。
(……というか、この人にだけは言われたくないような……)
大抵の場合、他人にこんな失礼な印象は持たないのだが、この女に対しては別のようだった。
「んじゃまあ、粗茶菓子を食べながら羅刹について教えてやりましょう」
「なにが粗茶菓子だ」
沙菜は冷蔵庫と戸棚から適当なものを取り出すと、リビングのテーブルに並べる。
「人間界の辞書にも載っている『羅刹』と私たち。どこが違うか分かりますか?」
「…………」
重大な真実を語るのかと息を呑むが――。
「何が違うかというとアクセントの有無ですね」
「はあ?」
思い切り
「辞書で『羅刹』と引くと『ら』にアクセントが付いているでしょう? 私たちの種族名はアクセントを付けず平坦に読みます」
「どうでもいいわ。そんなことを言いにわざわざ来たのかよ?」
「いやいや、重要なことじゃないですか。羅刹やってる身としては、いちいち『ら』にアクセント置かれたら、やかましくてしょうがないんですよ」
「知るか」
「まあ、いずれにせよ『
――羅刹が必ずしも人を喰らう訳ではない。喰人種も好きこのんで人を喰らう訳ではない。別物というのは納得できた。
「えっと……、そ、それで、ご用件は……?」
さすがにアクセントの話をしにきただけではないだろう。何か目的が――。
「そうそう、しばらく泊まらせてほしいんですよ」
「え……?」
「泊まるって……。うちで寝泊まりする気なのか⁉」
「いえね、今までの宿は譲ってしまいまして。木の上でも寝られるっちゃ寝られますけど、現代人の文化的な生活とは言い難いでしょう?」
「現代人……。現代で生きてるから現代人でいいのか……」
涼太は微妙に頭を抱えている。
相手は和服を着て刀を差しているのでいまひとつ釈然としないが、現代は現代なので仕方ない。
「優月さんの部屋片付けてそこを使わせてもらいますよ。優月さんの邪魔にはならないし、家人にも見つからない、ちょうどいいじゃないですか」
優月は普段リビングのソファを寝床にしており、自室は物置き状態になっている。確かに邪魔にならないといえばならない。
「図々しいな。自分がベッド使う気かよ」
「心配しなくても、優月さんの特等席であるソファは取りませんよ?」
「あ……、どうも……」
そもそも何故家の事情を全て知っているのか。
この如月沙菜という女、不審極まりないが追い出そうにも力の差は歴然。害意を見せない限り要望に応えてやるほかなかった。
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