第24話「人質」

 放課後の天堂家にて。

「硬いですねこのボス。協力プレイでこれだけ苦戦するとは」

「はい……、少し疲れてきました……」

 沙菜のゲームに付き合っている優月。最近ではこういうことも多くなってきた。ある意味、この羅刹も友人といえるのかもしれない。

「私、難易度の高いゲームってあんまり好きじゃないんですよね。達成感がどうとか言う人もいますが、達成感なら現実で何か成し遂げればいいものを」

 沙菜は愚痴をこぼしながらボスへと攻撃を叩き込む。

 確かに、これを倒したからといって現実世界は救われない。架空の世界を救うだけならばもう少し簡単にしてくれてもいいのではないか。

「時に優月さん。龍次さんとの仲はどうですか?」

「えっ……?」

 突然沙菜の口から龍次の名が出てきて驚く。

 あれから結局会わせてもいなければ、話題にも出していなかったはずなのだが。

「龍次さんのこと、ご存じなんですか……?」

「そりゃあもう。優月さんの学校で一二を争うイケメンじゃないですか。当然チェックしてますよ」

 そう言って沙菜は、懐から取り出した霊子端末の画面に龍次の写真を表示する。

「……! 写真まで……」

「言ってませんでしたか? 私、盗撮や盗聴が趣味なんですよ」

 それは趣味ではなく犯罪だ。

「で、どうなんです?」

「えっと……、すごくよくしてもらっていて……。何か恩返しができたらとは思うんですけど……」

「むしろ戦いに巻き込んでしまっているのが申し訳ないと」

 今までの経緯を全て知っているらしい。本当に何者なのか。

「はい……。それに涼太のことも……。できれば涼太も戦いには……」

 龍次と違って涼太は魂装霊俱を使いこなしているが、だからといって両者共の世話になっていながら片方だけ一緒に戦わせるというのは気が引ける。

「そういうことでしたら次の喰人種討伐は私と行きましょうか」

 直後、遠方で巨大な霊気が立ち上るのを感じた。

「――!」

「ほら、噂をすればなんとやらです」

 龍次にせよ涼太にせよ、傍にいれば優月一人に戦いを任せようとはしないだろう。

 ここは一つ沙菜の提案に乗ることにした――。



 霊気の出所は人気のない廃工場だった。

「人間はいませんね。死人も含めて」

「分かるんですか?」

 踏み込む前に沙菜は何らかの方法で中の様子を探っているらしい。

「羅刹の基本能力の一つ『魄気はっき』。呼吸と共に放出し、その気体に触れたものの形状・性質・その他を読み取る。――今、意識的に屋内まで魄気を送り込んだ訳ですが、敵もこっちには気付いているでしょう。ここに入ったら早速戦闘です。セーブはしましたか? 武器は装備しないと意味がありませんよ?」

「え、えっと……」

 普通に『準備はいいですか?』と訊いてくれれば首肯するのだが。

 元より返事は期待していなかったらしく、沙菜はそのまま敵地へと突入した。優月もそれに続く。

「よく来た。強き力を持つ者よ」

 内部で待ち構えていたのは古風な身なりの男性。

 今までの羅刹も和服を着ていたが、黒装束を纏い襟巻きで口元を隠した彼の姿は当人の年代からして違っているように感じられた。

「まんまとおびき寄せられたと言いたげですね」

「そう取ってもらって構わん」

 沙菜は、敵を前にしても余裕の態度を崩さず霊子端末を操作し始める。

「喰人種・玄雲げんうん――、行方をくらましてから随分経つようですが人間界に渡っていたってことですか」

 端末から喰人種に関する情報が確認できるらしい。

 魄気という能力で周囲の状況を把握できている為か、視線は敵から完全に外している。

「左様。長らくこちらに身を潜め人を喰らい続けてきたが、それもようやく終わる。お主らの魂であればわれの変異を止めるに十分であろう」

 喰人種化という病が完治することはありえないが、罹患者の年齢次第では寿命を迎えるまで魂魄を保つことは可能かもしれない。

 沙菜と優月の魂を喰らえば、それ以降は捕食行為をせずに済むということか。

「そいつは残念。あと一歩というところで」

 沙菜が抜刀すると、魂装霊倶・朧月はその形を変えていく。

霊槍れいそう朧月おぼろづき

 斧槍――ハルバードと呼ばれる形状の武器だ。

 変化したというよりは変化を解いた――これが真の姿なのだろう。

月光刃げっこうじん

 一瞬のうちに間合いを詰めた沙菜。光を纏った朧月の刃が玄雲を襲う。

 しかし、その一撃は命中こそしたが、傷を与えることはできなかった。

「これは――」

 玄雲は片腕で刃を弾き、漆黒の刀で反撃してくる。

 飛び退いて躱した沙菜は落ち着いた様子のまま呟く。

対人属性たいじんぞくせいですか……」

「え……?」

 聞き慣れない言葉だ。

 沙菜はこちらの考えを察して説明する。

「霊力には相性というものがありましてね。喰人種は複数の魂が融合しているその性質を利用して自らの属性を組み換え、特定の人物と戦うことにのみ特化した能力を身に付けられるんですよ」

 つまり今回の敵は沙菜に対して有利だということか。

「お主のような強者つわものがこの辺りで活動していることは分かっていた。対等の条件で戦えば敵わぬということもな」

 淡々と語る玄雲。

成程なるほど。殊勝なことで」

 対する沙菜にも動揺の色は見られない。

 だが、『対等の条件で戦えば敵わない』と判断していた敵が戦いを仕掛けてきたからには、対人属性の効果はその条件を覆すほどのものなのだと考えられる。

「じゃ、じゃあ……、ここはわたしが……」

 沙菜と戦うことに特化しているなら、逆にいえば他の者と戦うには不利な状態になっているはず。

 優月は霊刀・雪華の変化を解く。そして、肉体を羅刹化させるが――。

「お主は動かないでもらおう」

「え……」

 制止をかけてきた玄雲の背後に炎の波が迫る。

「むっ――」

 不意を突いての攻撃だったが、目にも留まらぬ速さで回避した。おそらくこれも流身の力だ。

 今、炎を放ったのは――。

「龍次さん……」

「なんとか間に合った……」

 霊刀・烈火を手に戦場に駆けつけた龍次。

「これで三対一ですね」

 戦況を見て沙菜はうすら笑いを浮かべている。

「あんたが優月さんの言ってた……」

 できれば龍次を巻き込みたくなかったが、こうなってしまっては数の利を活かして戦う以外ないかと考えていたところ、玄雲が先ほどの言葉の続きを口にした。

「少女よ、この少年の命が惜しければ刀を引け」

「……!?」

「……ッ! 俺だって戦えるように訓練したんだ! そう簡単に――」

 警戒を強める龍次だが、玄雲は刀を突きつけてこなかった。その代わり――。

「お主には既に術を施してある」

 優月の脳裏に、学校で見た龍次の傷跡が浮かぶ。

「『霊法れいほう六十一式・聖痕せいこん』――この術を受けた者には、術者が負ったのと同等の傷が発現する」

「そんな……」

 引き下がらざるをえなかった。同程度の傷を負うならば、人間である龍次が先に死ぬことはあっても逆はありえない。喰人種を殺せば龍次も死ぬということだ。

「これで一対一だな。

「ふむ……」

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