第20話「恐怖」
優月の脳裏に蘇る今まで味わい続けてきた恐怖。
初めて大きなショックを受けた――それを記憶しているのは、思春期を迎えて間もない頃のことだ。
好きな人を想い、執着する自分の姿を『気持ち悪い』と言われてしまった。
それは周りの言葉であって、当人の言葉は聞こえなかったものの、聞くのが怖かった。
本人が一番嫌がっているのだとしたら。そう思うと好きになったはずの相手に近づきたくないとさえ感じた。
好きなものは好き――。その気持ちが否定される。
感情を表現することの難しさを知り、自分にとっては
学校に居場所がなくなり、家に引きこもるように――。
不登校の優月に対して親は厳しく当たった。
『優月! いつまで休んでるつもり⁉』
『うう……』
『なんでちゃんと学校行かないの。涼太はちゃんと行ってるじゃない』
『…………』
『学校でいじめでもあるの?』
『……ううん……』
『だったら早く――』
他ならぬ自分の親も恐ろしい存在だった。
六年前、巨大な喰人種と遭遇。
突然の出来事だ。見たこともない不気味な姿、そこから放たれた攻撃による激痛。自分の命も、大切な弟の命も奪われると思った。
九死に一生を得ると共に羅刹の刀を譲り受けたが、この刃がいつか誰かを傷つけてしまうのではないかとの強迫観念に囚われた。
二年前、日向龍次と出会う。
他の生徒たちと違い自分を見てくれる彼に惹き付けられた。
しかし、その感情を伝えるのは困難だ。
近づきたい、でも、近づけば傷つくかもしれない、傷つけるかもしれない。
どう行動すれば良いのか分からなかった。
龍次と同級生になってからは――。
好意的に接してもらうほど、それを裏切ってしまうのではないかと怯えていた。
彼の気持ちが覆ることも、周囲に疎まれることも恐ろしくて仕方なかった。
人の輪に溶け込むことができない。支え合って生きなければならないこの社会で、どうやって生きていけばいいのか。
将来に対する不安は募るばかり。
そして――、喰人種・赤烏との戦い――。
――再び命の危機に
赤烏を傷つけることもしたくなかった。彼は斬られてもなお怒りを見せることはなかった。そんな人だからこそだ。
何もかもが恐ろしい戦いに身を置いてようやく学んだ。最終的に自分はどうすべきなのかを――。
(わたしは……)
――冷ややかに見下ろす雷斗の前で、優月の身体から霊気が吹き出した。
「まだ息があるか……」
霊気に支えられるようにして立ち上がる。
惟月が語った通り、恐怖は微塵も消えない。だが、元々優月の人生は恐怖と共にあった。赤烏と戦った時、恐怖は優月の原動力だった。
理由なく沸き起こる恐怖があろうとも、優月にとって最大の恐怖は龍次と涼太を失うことだ。
(この感じは……)
肉体を羅刹化させた時と同じく傷が回復していく。
「霊力が上昇しているようだな……」
雷斗の様子を見る限り、必ずしも一発逆転を狙えるほどのものではない。それでも動くことはできる。
これ以上龍次と涼太を傷つけることは身体の痛みよりも怖い。少しでも恩を返したい。
優月の心は、敵を倒すことその一点に集中した。
(龍次さんと涼太を死なせたくない……。……だから……この人を……殺す……)
全てを守る誓いなど立てていない。ただ、大切な人の為に汚れ役を担うと決めただけだ。
吹き出した霊気はこの身を包んでいる。その力を頼りにして、一気に踏み込む。
優月は、持てる霊力の全てを刃に乗せて雷斗の胸を貫いた――。
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