第21話「形見」

 霊刀・雪華が雷斗の胸を貫く――。

(……っ!)

 憎くはない。それでも刃には殺意を込める。

 優月は全霊をって刀の殺傷力を高めた。

 これで決めるしかない。仕留め損なったら、強力無比な紫電で今度こそ――。

霊法れいほう六十七式・幻月げんげつ

 刃を突き立てていたはずの雷斗の姿は、影に光が差したかの如く消え去る。

「よもや、私の紫電を受けてここまで動けるとはな……」

 消え去った幻影の脇には、傷ひとつ負っていない雷斗の姿が。

(……う、うそ……)

 ――もう霊力は残っていない。

 体勢を維持することもできなくなった優月はその場で倒れ込む。

(このままじゃ……、龍次さんも涼太も……)

 立ち上がろうにも、霊力も体力も完全に底を突いている。精神論ではどうにもならない。

「……今の一撃に憎悪はなかった。――あったのは確かな戦意」

 雷斗は不敵な笑みを浮かべる。

「――面白い。その刀、今しばらく貴様に預けておこう」

 そう言って優月に背を向けると、いずこかへ飛び去っていった。

 どういうことなのか分からない、敵はもう一人残っている。しかし、意識が薄れていくのを止めることはできず――。



(う……、ん……)

 徐々に覚醒していく。眠っていたのか。

 重たいまぶたを開いてみると――。

「あっ……、優月さん、大丈夫?」

 すぐ近くから龍次が顔を覗き込んでいる。

「えっ……、あっ……。は、はい……」

 慌てて状況を確認する優月。どうやら公園に備え付けられたベンチで横になっているらしい。

(確かさっきまで……)

 戦っていた――、いや、戦いに敗れたところだったはずだ。

「お目覚めになりましたか。優月さん」

「あ……」

 高台で会った美少年――惟月。

 彼も羅刹であり、先ほどまで戦っていた相手・雷斗の味方だと言っていた。

「優月も目を覚ましたし、どういうことか説明してくれるんだろうな?」

「はい」

 涼太の問いかけに、穏やかな表情で答える惟月。傷は彼が術を使って治してくれたのだろうか。

 今までの戦いが嘘であったかのように静かな空気が流れている。

「一応確認しとくが……、お前らは喰人種って訳じゃないんだよな?」

 もしそうなら喰らうことのできる魂をわざわざ見逃すはずはない。あくまで普通の羅刹なのだろう。

「はい。雷斗さんのあの力は、喰人種のものではなくご本人の実力です」

「じゃあ、なんでおれたちを狙った? それになんで見逃した? 何が目的だったんだ?」

「――この紋章。見覚えがありませんか?」

 惟月は、白くか細い指で着物の胸をさす。そこには、花をかたどったような模様が。

「そういえば、優月が羅刹化した時の着物にも……」

 胸元の左右に花の紋章――優月と惟月の共通点だ。そして、その意匠は同一。

「改めて名乗りましょう。蓮乗院れんじょういん惟月いつきと申します」

「――!」

 蓮乗院――その苗字は――。

「風花さんと同じ……」

「蓮乗院風花は、私の母です」

「あ……」

 それはつまり、六年前、優月たちを守って死んだ羅刹は惟月の母親だったということだ。そして、霊刀・雪華はその形見。

「あ、あの……、すみません……。わたしのせいでお母さんが……」

 羅刹の年齢がはっきり分かる訳ではないが、外見通りなのだとしたら彼は幼くして母を亡くしている。それも人間に奪われて――。

「恨んでいる訳ではありません。――ただ、刀の在処ありかを雷斗さんにお伝えしたところ、使い手として相応しいかどうか試すと」

「だからって、ここまで……」

 龍次は納得しきれない様子だ。

「でも、羅刹の常識ってのを想像したら、人間が羅刹の刀を持ってるのは気に食わないような感じもするな……」

 羅刹の武器を使い続けてきた涼太としては、自分がそれを持つことについて色々思うところがあるようだった。

「すみません……。やっぱり刀はお返しした方が……」

「その必要はありません。雷斗さんは霊刀・雪華をあなたに預けて構わないと判断したようでしたから」

「い、いいんですか……?」

 貸していてもらえるならばありがたい。この刀なしでは龍次と涼太を守ることはできない。だが、本当にそれでいいのか――。

「雷斗さんは厳しいかたです。今後、刀に相応しくないと見なされれば、あなたが危険を負うこととなるでしょう。――ですから、あなたが決めてください。霊刀・雪華を使い続けるかどうか」

「で、でしたら――」

 どのみち使い手として相応しくないようでは、喰人種から龍次と涼太を守ることなど叶わないだろう。

「これからもお借りしていいでしょうか……?」

「はい」

 惟月は柔らかく微笑む。

 その姿は高台で声を褒めてくれた時と変わらない、神秘的かつ優しげで魅力的なものだった。





 数日後。

「霊剣・紅大蛇――灼炎牙しゃくえんが!」

 炎熱を纏った蛇腹剣の一撃を氷の壁で防ぐ優月。

 氷壁には亀裂が――。

「――氷柱撃ひょうちゅうげき

 砕け散った氷が武器と化して飛散する。

 それを涼太は曲がりくねる刀身で打ち払う。

「おい、今のは全力じゃなかっただろ」

「う、うん。まあ……」

 優月と涼太、二人は修行の為に山奥まで来ていた。

 本気で刀を使うのであれば、家の中で適当に振っているだけでは足りないと思ったからだ。

 雷斗との戦い――、あれは完全に敗北だった。相手が本当の敵であれば間違いなく死んでいた。

 そんな戦いで頼りにしていた霊刀・雪華は、惟月の母親が遺した形見の品。本来ならば惟月を守る為に存在するはずの刀だ。

 譲り受けた刀の重みに対して自分の力はあまりにも不足している。

「今手加減してたら、そのせいで誰か死ぬことになるかもしれないんだぞ。本当に先輩を助けたいなら全力で来い」

「う、うん」

 先ほどは涼太を傷つけまいと力を抑えていた。だが、修行の結果が悪ければ次の実戦で命を落とすかもしれない。改めて気合いを入れ直す。

「断劾――霜天雪破」

 修行の中では断劾以外にも霊刀・雪華が持っていた戦技を修得していった。

 譲ってもらったからにはその力を最大限活用するべきだ。


「――そういえば、雪華さんは惟月さんのこと分からなかったんですか……?」

 休憩中に、ふと疑問に思ったことを尋ねてみる。

「六年も経って成長していましたし、前にも言った通り私たち魂装霊倶は羅刹の道具に過ぎません。最初は霊気を抑えていたので、普通の人間だと思ったぐらいです」

「……六年も経ったんですよね……」

 惟月が見違えるほど成長していたということは、それだけの期間を母親なしで過ごしていたということ。いずれは、彼にも恩を返さなければ――。

「おーい、優月。再開すんぞ」

「あ、うん」

 涼太に呼ばれて修行再開。

 龍次・涼太・惟月、誰に報いるにせよ霊力を磨くことは必須だ。

 六年間の遅れを取り戻さなければならない――。



第二章-月下の貴公子- 完

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