第19話「紫電」

「お前は――」

 階段から下りてきた、妖しげな術を使ったその人物のことは知っている。

雷斗らいとさん、こちらの二人は私が……」

「――任せる、惟月いつき

 雷斗と呼ばれた羅刹は短く言葉を返す。

 相手は、つい先ほどまで優月たちと談笑していた美少年だ。いつの間にか、服装が蒼白の着物に変わっている。これもまた羅刹装束だと思われる。

「どういうことだよ……? お前、敵だったのか……?」

「私は雷斗さんの味方です」

「さっき話してたことはなんだったんだよ⁉ おれたちをハメる為の罠だったのか⁉」

 おかしい。ここまでの実力差があって油断させる必要があるとは思えない。そもそも高台で話し込んでいたことは今の戦況に影響を与えているのか。

 両者ともそれ以上語ることはなく、雷斗は優月を冷ややかに見下ろしていた。

「龍次さん……、涼太……」

 危機的状況だが、まだ霊力は残っている。どうにか身を起こした優月はもう一度刀を構えたが――。

「…………」

 優月をめた目で見据える雷斗の周囲に紫色の電光が発生。それらが一斉に襲いかかってきた。

「――っ‼」

 全速力で後退して紙一重で躱したが、電撃が消えることはなく、夜の闇を切り裂くように戦域を駆け巡る。

「なんなんだあいつは⁉ めちゃくちゃじゃねえか‼ 優月! とにかく逃げろ!」

 いくら助けに行きたいと思ってもその余裕は一切なかった。

 優月は四方八方から向かってくる紫電から必死に逃げ回る。


「優月さん……。くそっ、こんなもの!」

 龍次は霊刀・烈火を氷の壁に叩きつける。

 この壁は惟月が『霊法』と呼ばれる術式で生み出したものだ。

 羅刹が使う能力の一つとして霊刀・雪華から聞かされたことはある。霊戦技とは別に、防御・回復・拘束など多彩な効果を発揮する術があると。

「くっ……」

 炎を帯びた刃を受けても表面すら溶けない。涼太も攻撃に加わるが結果は同じだった。

 こうしている間にも優月は、電撃が荒れ狂う中逃げ惑い追い詰められていく。

 龍次は力を限界まで引き出して斬りつけるが――。

「うあッ――!」

 刀身から龍次本人に向かって炎が吹き出した。やはり力を制御しきれていない。

 それに構うことなく太刀を振るい続ける龍次。

「はぁっ……、はぁっ……」

「もうやめろ。いくらわれが力を貸そうとも、魂装霊俱は人間が一朝一夕に使いこなせるものではない」

 霊刀・烈火の忠告と共に火炎は消えていった。

「くそ……」

 歯噛みする龍次は雷斗を睨みつける。

 激しい電撃がほとばしるその中心で、雷斗は悠然と佇むのみ。

「なんで俺じゃなくて優月さんを狙うんだ!? 女性ばかり傷つけて、恥ずかしくないのか!?」

 龍次の言葉に、雷斗はほんの少し眉根まゆねを寄せる。

「身分を盾にして逃げ出すこと――それが人間の誇りか?」

 それだけ言うと、雷斗が操る紫電は優月をさらに追い込んでいった。


 優月は敵の攻撃から逃げるだけで、どんどん体力と霊力を削られていく。元々運動が苦手であるにも関わらずギリギリ回避できているのは、霊力を使って移動しているからだ。このままでは、いずれ力を使い果たす。

(どうしたら……)

 公園に設置されている遊具などは、電撃に触れた途端跡形もなく消し飛んだ。あんなものを食らえばひとたまりもない。

 霊力を帯びた電撃は広範囲にわたって旋回し、そこから何本もが優月に差し向けられる。距離を取ったところで、どこまでも追ってくる。

 かつてないほど長時間動き続け消耗していく優月は、ふと紫電の奔流が使い手の上方じょうほうにまでは及んでいないことに気付く。

(上から攻撃できれば――)

 幸か不幸か、赤烏を遥かに凌ぐ強敵である為に、相手を傷つけることへの抵抗は薄れていた。勝機を掴むには、隙を突いてこちらの霊力を叩き込まなければならない――。


「日向先輩、ここは下がってください」

 壁を壊すことを諦めた涼太は、壁を飛び越えるよう霊剣・紅大蛇の刀身を伸ばす。

 今までの経験を活かして霊力を操り、刃を屈折させて惟月の頭を狙う。

 雷斗と優月の様子を眺めている惟月は反応しない。

 これならば――、と思ったが紅大蛇の切先を一筋の電光が弾いた。

「……邪魔だ」

「くっ……」

 本人は剣を振るうどころか指の一本も動かしていないにも関わらず、戦域の全てを雷斗の紫電が支配していた。

 閉じ込められているものの、これでは仮に接近できたとしても斬りつける前に電撃の餌食だ。

「お前らの目的はなんなんだ! 魂を喰いに来てんのか⁉」

 だとしたらたちが悪い。

 赤烏は相手と正面から向き合い、全力で戦って死んだ。ひきかえ、雷斗という男は、ただ見ているというだけでその瞳には敵の姿など映っていないように思える。

 もっとも喰人種の性質を考えれば当然のことかもしれない。これから喰らう相手をいちいち対等の存在として認めてはいられないだろう。赤烏の生き方が特別だったのか。

 さらにいえば――、喰人種が魂を喰らうと変異の進行が止まるだけでなく、喰らった分だけ力が増大していく。変異が止まっていれば使

 もしも人を喰らうことをなんとも思わなくなるほどに捕食を続けて力を得ているのだとしたら、その力は莫大なものとなるだろう。それこそ、今戦域を駆け巡っているような――。

 これも霊刀・雪華に聞かされた話だ。『喰人種化』という現象は『魂魄』と『霊力』の主従関係の逆転であると。

 本来ならば、魂を持つ羅刹が己の意思で霊力を行使するものだが、喰人種化を発症すると霊力が魂を支配しようとしてくる。支配から逃れる為には他者の魂をも喰らって魂魄の総量を増やさなければならない。そうして巨大化した魂は強大な存在となる。

 化物になりたくなければ化物じみた行動を取らなければならない。化物への変異を止めることで化物じみた力を手にすることとなる。

 どこまでも皮肉な話だ。

断劾だんがい――」

 紫電の渦をかいくぐり上空まで跳躍してきた優月。脚力の強化を解いて、刀身に霊気を集中させる。

霜天雪破そうてんせっぱ――」

 先の戦いで赤烏の魂を浄化した、優月、そして霊刀・雪華の切り札。

 刀を振り下ろすと共に、吹雪が刃と化し雷斗へと降り注ぐ。

 強大極まる敵を打ち倒せるとしたらこの技しかない――。

(……そん……な……)

 唯一の希望だった力――断劾で生み出した氷雪は、新たに発生した電撃であっさりと焼き払われた。

「羅刹の刀を使ってこの程度か……」

 雷斗の紫電が背後にまで迫っている。

(――‼)

 もはやかわすべもなく飲み込まれ、そのまま地面に叩きつけられた。

「優月さん――‼」

 焼け焦げた身体で地に伏す優月。今回は既に羅刹化した状態で重傷を負ってしまったのだ。赤烏の時のようにはいかない。

「――雷斗さんの紫電は恐怖を司る。強制的に呼び覚まされたその感情からは、いかに勇敢な者であってものがれられない」

 戦況を傍観しながら、惟月は静かに語る。

「敵の強さが恐ろしいだけならば、敵より強くなることでその恐怖は拭える。――しかし、逃れようのない恐怖に心を乱されていては霊力を律することができない」

「そんな……」

 氷に覆われた空間で、龍次と涼太は絶望する。

「ただでさえ臆病な優月がそんなもん食らったら……」

 倒れたままの優月。その脳裏には、これまで味わってきた恐怖の数々が――。

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