第6話「追憶:同級生」

 申し訳程度の試験を経て、高等部に無事進級できた。

 そして、新たなクラスの顔触れを見て衝撃が走った。

(りゅ……龍次さんと同じクラス……!!)

 学年が同じなので、当然ありえることなのだが、いざその時が来ると信じられない気分になる。

 見たところ、転校直後と違って四六時中友人に囲まれている状態でもなさそうだ。

 もっとも、二年も前に少し話しただけの自分のことなど覚えているはずもないので、今更話しかける度胸はない。

 今までより眺めていられる時間が増えるだけで十分だ。特に、クラスが違うと見られない授業中の様子を知ることができるのは嬉しい。

 それはいいのだが、中等部から進級した生徒だけでなく、新たに編入してきた生徒もいるということで、全員自己紹介をさせられた。

 人前に立つだけでも疲れるのに、途中、声が小さいと怒られてげんなりする。

 さらに、自分以外の女子生徒のルックスを見て憂鬱さが加速した。

 この学園の制服は厳密にいうと標準服であり、着用は強制されていない。その為、優月は私服で登校している。

 そもそも優月はスカートが物凄く嫌いで、物心ついてから穿いた覚えがほとんどない。一度自宅でこっそりと試した時には、あまりの似合わなさに自分でも気持ち悪くなった。まして他人が見た場合、どう映るか想像しただけで悪寒がして、一つのトラウマになっている。

 自分が、ヒラヒラした服を着たり、キラキラしたアクセサリーを身に付けたりしたら、必死に女の子らしさをアピールしているようで見苦しいことこの上ない。そう思っているのだ。

 いっそ魂装霊倶こんそうれいぐも、指輪にせず刀のまま持ち歩きたいという衝動に駆られたが、銃刀法違反で捕まったらいよいよ社会的に死ぬ。

 喰人種しょくじんしゅに襲われて本当に死ぬのも、犯罪者として社会的に死ぬのも嫌なので、指輪型で携帯しておくほうがまだマシだと考えた。

 そんな感じで、ただでさえ地味なのに着飾ることもしない主義である為、オシャレをしている他の女子との落差がとんでもないことになっている。

 この学園の制服はファッションとしても評判が良い。

 自分以外は、私服であれ制服であれ、みな可愛らしい装いで、その上高校生ともなると体つきも女性らしさを帯びてきている。

 たまにパンツスタイルの人がいても、優月とは比較にもならないほど明るく活発な雰囲気で存在感からして違う。

(まあ……、わたしのことは今更どうしようもないよね……。それより同じクラスになった龍次さんを――。……今度はちゃんと節度を守って……)

 誰からも好かれている龍次に不快感を与えようものなら、周りから次々に非難を浴びせられるだろう。

 過ちを繰り返したくないので、今日のところはさっさと帰ることにした。

 慣れないことをして疲れたし、せっかく初日はホームルームだけで終わったのだから、後は家でゆっくり――。

 そう思いながら帰り支度をしていると、さらなる衝撃が。

「あっ、天堂さん。ちょっといい?」

 春風のように爽やかで、なおかつ穏やかな声が聞こえた。

 確か、自分の苗字は『天堂』で、自己紹介の時前後に同姓の人物はいなかったはず。――ならば自分が呼びかけられたと判断していいのか。

 おそるおそる、そちらのほうに向き直ると、期待した通り声の主は龍次で間違いないようだ。

(龍次さんから声をかけられた……!?)

 突然のことに戸惑ってしまう。

 しかし、呼ばれた以上返事をしない訳にはいかない。

「あ……えっと……、わ、わたし……でしょうか……?」

 盛大な勘違いだとしたらまずいと、慎重に確認してみる。

「うん。今日、編入生の歓迎会をやろうかって話になってるんだけど、良かったら一緒に来ない?」

(い、一緒に……!? わたしが……龍次さんと……)

 口振りから察するに、中学の頃から企画されていたのだろう。他の生徒も、各々誰かに声をかけていっているようだった。

 影が薄いので、高校からの編入生と間違われたのかもしれない。

「もちろん予定があるんだったら無理とは言わないけど……」

 龍次から誘いを受けたという事実に驚くあまり、答えもしないまま呆けていたと気付く。

「い、いえ……! ぜぜ、ぜひとも……、ご、ご一緒させてください……!」

 自己紹介の時もおどおどしていたが、より一層しどろもどろな返答になってしまった。

 顔が熱い。今の態度だけでも下心があるのはまる分かりだ。自分でもそう思う。

 ただ、そういう手合いには慣れている為か、嫌な顔一つせず、それどころか笑いかけてくれた。

 よそよそしくもなく、それでいて馴れ馴れしくもない、好感以外いだきようのない笑顔だ。

 明るめの茶髪からは今時の高校生という印象を受けるが、軽薄さは微塵みじんも感じられない。

 細いフレームのメガネをかけたその姿は、知的な雰囲気をかもし出しながらも、お高くとまって見えることは一切ない。

「良かった。あっ、俺は日向ひゅうが龍次りゅうじ。よろしく、天堂さん」

 気品と親しみやすさとを兼ね備えた美少年から、改めて自己紹介をされた。

 当然のように知っている名前だが、考えてみると初めて会った時も本人の口からは名前を聞いていない。また、仮にこちらが名乗っていても、向こうはいちいち覚えていないと思う。

「わ……、わたしは、天堂優月と申します。よ、よろしくお願いします、りゅ……、日向さん」

 相手が名前を呼んでくれたのだから、自分もそうするべきだと考えた訳だが、涼太に話す時の癖で、うっかり下の名前を呼びそうになってしまった。どもり方が不自然に思われただろう。

 最初、苗字を知らなかったところからの流れで、家では勝手に『龍次さん』と呼んでいたのだ。

 しかし、本人に向かってその呼び方はまずい。

 男子はともかく、女子の場合は軽口をたたく間柄あいだがらでも、大抵『日向君』だ。

 危うくひんしゅくを買うところだった。

「『日向さん』……。う~ん、なんかしっくりこないような……」

 難は逃れたつもりでいたが、何やらお気に召さない様子。

「す、すみません。何か失礼なことを……」

 慌てて謝罪したところ、向こうも慌てたように手を振って否定する。

「そういう訳じゃなくて。普段、『龍次』か『日向君』って呼ばれてるから、『日向』だと、違和感が……」

「すみません……! わたしの呼び方が悪かったみたいで……」

「いや、俺が先に『天堂さん』って呼んだんだから、同じ呼び方して何も悪いことなんてないよ。ただ、語感に変なこだわりがあって」

 言われてみれば、『日向』と『さん』の組み合わせが、あまり調和していないような気がしないでもない。だからこそ自分も『龍次さん』だったとも考えられる。

「では、何とお呼びすれば……」

「普通に『日向君』は?」

「い、いえ、そんなおそれ多いことはとても……」

 そもそもクラスメイトに『さん』付けということ自体珍しいのだが、『くん』はあくまで同格以下の相手に使う敬称。優月は優月で敬語に対するこだわりがあるのだ。もし敬語単体の試験があったら偏差値六十は堅い。

「畏れ多いって……」

 さすがに大袈裟おおげさだと思われている。何かいい案はないかと頭をひねっていると、龍次のほうから提示してくれた。

「――つまり、『さん』付けは譲れないと。だったら『龍次さん』は? 苗字に『さん』付けってやっぱりよそよそしいし」

「えっ……。あ……、そ、その……」

 言い間違いそうになったのは一瞬だったはずだが、もしや、聞き逃していなかったのか。

 他意はないのだろうが、隠し事を苦手としている優月には本心を見抜かれているように感じられた。

「俺も『優月さん』って――、今度は馴れ馴れしいかな……?」

(――‼ 龍次さんがわたしのことを名前で……)

 本来そこまで砕けた物言いをする性分ではないからか、少々照れくさそうにしている。

「そっ……、そんな……、馴れ馴れしいなんてことは、けして……」

 願ってもない申し出だ。それに、断ったりすれば提案をした龍次に恥をかかせかねない。

「お、お許しいただけるなら、名前で呼ばせていただきます」

「じゃあ、そんな感じで」

 おそらく、『お許し』の辺りは引っ掛かっただろうが、いちいち突っ込んでいたらきりがないと悟ってくれたようだ。

「文字数同じでも結構響きが違ってくるんだなぁ」

 龍次は不思議そうに首をかしげながら、優月を連れて友人と合流。これで、歓迎会に参加するメンバーは大体決まったようだった。

(わたしが……龍次さんと……)

 大勢で出かけるなどというのは、いつもであればおっくうに思うところだが今回は訳が違う。二年間想い続けてきた龍次と行動を共にすることができるのだ。


 龍次から誘いを受けて編入生歓迎会に参加することになった優月。

 店は予約してあったらしく、着いたらすぐに宴会用の大部屋に通された。

 今はみな思い思いに会話や食事を楽しんでいる。

 一方、優月は会話も人前での食事も苦手なのだが――。

「どう? 優月さんもちゃんと食べられてる?」

「は、はい」

 光栄なことに龍次の隣に座らせてもらい、あまつさえ他の人に出遅れて大皿の料理を食べ損ねていないか気遣ってもらっている。

 道中聞こえてきた話によると、龍次はクラスで浮いてしまっている生徒などをほうっておけないタイプらしい。

 優月の場合、パッと見だけでもそういう雰囲気が感じられたのだろう。

 少し複雑な気分ではあるが、相当な幸運ともいえる。

「ねーねー、日向君は進級組?」

 当然ながら他の女子も龍次に話しかけてくる。『進級組』というのは、高校から編入してきた『編入組』に対して、それ以前から在籍していた内部進学の生徒たちのことだ。

「うん。実際には中学の途中から転校してきたんだけど、もう二年ぐらい経つし編入生のみんなが分からないこととかあったら訊いて」

「ありがとー。優しいね、日向君!」

 早速、編入組の間でも人気を博しそうな兆候ちょうこうが。

(うん、優しいよね。しかもわたしにまで……)

 龍次がどんな相手にも分け隔てなく接しているのは知っていた。少なくとも自分と肩がぶつかったぐらいであからさまに嫌な顔をする人とは違う。だからこそかれていた。

 とはいえ、優しく話しかけてくれるとまでは予想も期待もしていなかった。ましてや、友達の輪に加えてくれるなどとは――。



 龍次が優月に声をかけたのは入学式の日だけではない。

 それ以降も、ごく自然に、当たり前のように友達の一人として扱ってくれた。

 朝に顔を合わせれば挨拶あいさつを交わす、近くで会話を聞いていたら『優月さんはどう思う?』といった具合に話を振ってくれる、人とうまく話せずにいるとフォローを入れてくれる。

 そうして人と接することに慣れてくると、徐々に自分から話しかけることもできるようになっていった。

 普通の人が普通に楽しんでいたまっとうな学園生活――それがついに実現したのだ。

 涼太のおかげで家は居心地が良かった。今度はその感覚が学校にまで広がった。龍次のおかげで。

 何不自由ない毎日、だからこその懸案事項けんあんじこうが二つ残っている。

 一つは喰人種退治。家と学校、両方に居場所ができたのだから、いい加減託された刀も人の為に使えるよう努力しなければならない。

 そしてもう一つ、こちらは地道に頑張ってどうにかできる問題でもない。満ち足りた日々には限りがあるということだ。

 特に、龍次と過ごせる期間はおそらく一年、最長でも三年。クラス替えの結果がどうあれ、高校を卒業する時はやってくる。

 龍次との別れは辛い。その上、大学への進学、企業への就職、どちらも優月にとっては相当に難しいこと。

 龍次からもらった優しさを胸に、前へと進まなければならない。

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