第5話「追憶:募る想い」

 龍次と出会ってからの二年間、直接関われる機会はそうそう巡ってこなかった。



 二年生の八月。

 夏真っ盛り。

 龍次は、その他のスポーツや勉強などと同じく競泳でもトップだと聞いた。

 一方、優月は、毎年水泳の授業は体調不良を理由に見学している。ずっとそうなので、そもそも水着自体購入していない。

 見学といっても、授業は男女で分かれている為、面白くもなんともない。むしろ、順調に成長した同性の水着姿など見たくもないのでほとんど眠っている。

 体調不良なら寝ていて不自然もなく好都合だった。

 夏祭りには行ってみたものの、人が多過ぎて龍次を探すのは無理だと思い、断念。



 二年生の二月。

 バレンタインデー。

 チョコレートは買うには買って登校したが。

「日向君、これっ」

「ああ。ありがとう」

「私のもー」

 いつも以上に人だかりができていて、声を聞くのがやっと。

「持って帰るの大変だろうから紙袋も用意してきたよー。気が利くでしょ? あたし」

「うん、自分で言わなかったらそう思ってた」

 考えてみれば、余計なものを渡して荷物を増やしたら、かえって印象が悪くなりそうだ。そんな配慮もせず、渡せるかどうかの心配しかしていなかった自分に嫌気が差す。


 やはり諦めて帰ってきた。

(はぁ……。何やってるんだろう、わたし……)

 せっかく買ったチョコは涼太にあげようと考えつつリビングに入る。

 自分の部屋はほとんど物置き状態で、学校の鞄や教科書類も、よく使うゲーム機なども、大体はリビングに散乱している。こちらのほうが、散らかしても涼太に片づけてもらえるからだ。

「……ただいま~」

「おお、ちょうどいい。ちょっと手伝え」

 見ると、テーブルにはラッピングされた箱が山積みになっており、涼太は気だるげに頬杖ほおづえを突きながら小粒のチョコをつまんでいた。

(……そういえば。涼太もだった……)

 天堂家におけるバレンタインは、一人で処理し切れない量のチョコを手分けして食べる日だ。

 涼太の容姿は、細部まで見ていくと優月との共通点も多いのだが、実年齢より幼い見た目と実年齢より大人びた性格のギャップが受けるのか、あるいは単なるコミュニケーション能力の差か、いずれにせよかもすオーラが違っているらしい。

「相変わらずモテるね……」

 相変わらずどころか、年々増えているような気もする。龍次と同じく、これ以上増やしても仕方ないだろう。

「さすがに捨てる訳にはいかないし、かといって冷蔵庫に入れるのも限度がある。お前、甘いの好きだろ」

 あまり甘いものは得意でない涼太の隣に腰を下ろして、手伝いの真似事を始める。どちらかというと、お菓子を恵んでもらっているだけにも思えるが。

「一つ一つが豪華だね……。やっぱり、本命……?」

「さあな、そこまでは聞いてない」

 優月は、ほっと胸をで下ろす。涼太に恋人ができてしまえば、いよいよ自分の相手などしてくれなくなるに違いない。

 涼太に想いを寄せる者がいるのは、目の前の山を見れば自明の理。本人がその気になってしまえばそれまでだ。

「これなんてすごく高そう……。――あ、やっぱりおいしい」

 ブランドまでは知らないが、パッケージのデザインがいかにもなものを選んで食べてみたところ、期待通りの味がした。

 涼太がもらっているチョコも十分過ぎるほど多いが、龍次よりは少ない。その代わり一つ一つが高級品だ。コアなファンの割合が高いということだろう。涼太への想いが真剣だということでもある。

 おいしいものを食べているのに、複雑な気分になっていると。

「おい、お前が全部食べてどうする」

「へっ……?」

 頓狂とんきょうな声を上げたところ、手に持っている箱を指差してきた。箱の中は既にから

「一応、おれに渡してんだし、一個も食べなかったら悪いだろ」

「あっ……! ご、ごめん……」

 どうして自分は、こうも無神経なのか。好感を持たれないのも当然だ。

(……ごめんなさい。誰か分からないけど、涼太のファンの人……)

 名も知らぬ乙女の想いを台無しにしてしまったことを、ひそかにびる。

 次は気をつけようと思いながら別の箱に手を伸ばした時、涼太がその手に持っていた箱を差し出してきた。

「これは全部食っていいぞ」

「え……?」

 見れば、まだ包装も解かれていない。

 どうして扱いが違うのかは、リボンに挟むようにして添えられたメッセージカードを読んで理解した。

『私は小さい男の子のほうが好みです。良かったらお話しませんか?』

 丸みを帯びた可愛らしい文字。

 最後にクラスと名前、メールアドレスまで書いてある。

(ああ……、なるほど……)

 いきなりアドレス交換を求めているのが問題ということではない。

 問題は『小さい』の部分だ。

 当人に悪気はなく、本当に好みなのだろう。しかし、そんな純情が通じる相手ではなかった。

 涼太は自分の身長が低いことを、相当気にしている。優月も、うっかりその点に触れ、何度も怒りを買ってしまったものだ。

 そんな時は、容赦ようしゃなくすねに蹴りを入れられる。これがかなり痛い。

 霊力が目覚めて身体は丈夫になったが、同じく涼太の攻撃力も上がっていた。

 遺伝的なものなのかは不明だが、優月と涼太はそれぞれ違った意味で発育が悪い。

 優月としては、この体型だったらいっそ身長も低いほうが可愛いと思ってもらえるのではないか、などと考えているのだが。

 しかし、そんなことを口にしようものなら、涼太の逆鱗げきりんに触れること必至。

(ご愁傷しゅうしょうさま……)

 可哀想だが、捨てられてしまうよりはマシだろうと思って完食することに。

 大量にあるチョコを全て一日で食べるのは無理なので、残りは冷蔵庫に入れて翌日以降に回す。

 優月が意味もなく買ってしまった分は、涼太がもらってきたものとは分けて冷凍庫に入れておいたのだが、こちらはいつの間にかなくなっていた。



 二年生の三月。

 ホワイトデー。

 あげていないので当然のことではあるのだが、律儀に一人一人へお返しをしている龍次を遠くで眺めるしかないのはなかなかつらい。

 憂鬱な気分で帰宅すると、涼太からはキャンディをもらえた。

 何故か毎年もらっているような気がする。

「くれるの? バレンタインもわたしが分けてもらったのに」

「どーせ、お前はあげるより食べるほうが性に合ってるだろっ」

 それだけ言って、そそくさと自分の部屋に戻ってしまった。

 人気者の弟からプレゼントをもらえて気持ちが安らぐ。やはり外よりは家がいい。



 三年生になってから。

 大概のことは二年の時と変わらないが、中等部卒業を前に修学旅行があった。

 ――あったが行っていない。

 例によって体調不良を訴えて休んだ。教室にも居場所がないのに、クラスメイト数人と同室で寝泊まりなどできるはずもない。

 旅行そのものは無事休めたので、特に何もないのだが、終わってから重大なイベントがあった。

 旅行中にカメラマンが撮影した写真の販売だ。

 バスや旅館、各見学地などにおける生徒の様子が写っており、それぞれ番号付きで貼り出されている。

 学園の生徒であれば、用紙に番号を記入して購入することが可能。

 普通は自分が写っているものを買うのだが、参加していない優月の写真がある訳はない。あったとしてもお金を払ってまで買わないだろう。

 欲しいのは、龍次が写った写真だ。

 番号を書けばどれでも買える為、これは龍次の写真を入手できる、またとない機会だった。

(が、学校で売ってるのを買うんだから……、と、盗撮じゃないよね……?)

 法律上の問題はないはず。そう言い聞かせながら、目当ての写真を探していく。

 クラスの中心にいる上、写りも良いとあって数がかなり多い。かたぱしから選んでいると、中にはきわどいものも。

(――!! こ、これは――)

 入浴前後や就寝前の光景。さらには、全員湯船に浸かっているとはいえ大浴場の写真まである。

(こ、こんなの貼り出してて大丈夫……!?)

 特に、脱衣所で自らの服に手をかけ始めてしまっている龍次の姿が気になって仕方ない。

 校内で余計な想像力を働かせていてはまずいと、番号の間違いがないかだけ念入りに確認して、早々はやばやと注文を出した。

(……本人にバレたら、わたしの人生終わりかな……)

 最終的な購入枚数は数十枚にも及ぶ。出費も馬鹿にならないが、それ以上の価値があるので後悔はしていない。

 家に届いた後は、涼太に白い目で見られながらも、専用のアルバムを用意して繰り返し観賞している。



 中学はこのようなことばかりのまま卒業。エスカレーター式でなければ高校に進学できたかどうか怪しいところだ。

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