氷の砂漠

くかたけ

短編小説

 担当編集者から、出版社宛に届いたファンレターをまとめて渡された。私は帰宅してからダイニングテーブルに座り(私は独身の一人暮らしである専業作家なので、自宅は質素倹約の簡素な佇まいである。私は元来、がさつな性格なので、部屋は別段片付いているわけではなく、寧ろ雑然としている。気の利いた書斎などあろう筈もなく、ダイニングテーブルに辞書とノートと原稿用紙、ノートパソコンに画用紙を広げ、油性マジック、鉛筆、ボールペンを駆使して執筆活動をしている。ちなみに睡眠は近くのソファでとっている)、執筆の前にいくつか読んでしまおうと思っていた。たまに批判もあるが、ファンレターというだけあってお褒めの言葉のほうが多い。そういった言葉は執筆に対する意気が上がるのでいつもそうしているのだ。今日も、そうしてから、今週末が締め切りの連載小説を進めようと思っていた。

 一番上にあった封筒を手に取る。しかしそれは一見して応援の手紙でないことは火を見るより明らかだった。かといって中傷の手紙でもない。私はもう一度、封筒に書かれた三文字を見返す。

「御相談」

 行書体で書かれた達筆だった。普段であれば後回しにしてしまう類いのものだが、今回は不思議と興味を引かれた。封を引きちぎる。中に入っていたのは便箋でなく、大学ノートをちぎったもので、紙の端にはささくれが目立っていた。しかしそれも、私には好意的に感じた。私は決して分量の少なくない文字に目を通した。


『前略

 生きてゆく資格がない。迂生はきっと、そういう人種なのです。生きていく気力もなければ、生きていることに何の価値を見出すこともできません。カッターナイフの刃先を見つめ、幾度も考えました。けれども、迂生は自ら命を絶つほどの度胸もありませんので、己の気持ちのジレンマに、暗澹たる日々を過ごしています。

 死を初めて意識したのは小学生を卒業するあたりでした。卒業とともに人生をも卒業しようかと真剣に考えました。別に何か思い悩みごとがあったわけではありません。ただ漠然と、この先、生きていて何か意義があるのかと疑問に思ったのです。

 中学校の時分、死にたいけれど死ぬ勇気(勇気というと怒られるかも知れませんが、迂生にとってはその表現が一番妥当なのです)がない迂生の考えることは、自殺することでなく、どうすれば他人に殺してもらえるかということでした。自ら死を選べないのなら他人に殺してもらうしかないのです。無論、事故という死因もありますが、事故というのは偶然であることが事故の事故たる所以なのでありまして、予め判っているものは事故とは言いません。でありますから、事故の計画を立てるのは不可能なのです。ですから、どうすれば他人に殺してもらえるのかを考えていたのです。

 殺人の動機、それは容易に思いつきます。怨まれ、憎まれればよいのです。なんと簡単なことでしょう。そうすれば死ねるのです。そんな簡単に殺してもらえるのです。迂生は歓喜しました。迂生はその時には既に、死ぬ計画を立てることが恰も生き甲斐だといわんばかりでした。

 翌日から迂生は、友人と思っていた人物に対して、所謂「裏切る」という作業を始めました。話しかけられても無視し、一人一人邪険に扱ったのです。初日は皆、機嫌か体調が悪いのかぐらいにしか思わなかったらしいですが、一日、また一日と日にちが経つにつれて、誰もが相手をしなくなり、所謂「いじめ」と呼ばれるような陰湿な嫌がらせをするようになりました。要するに、物を隠されたり、「あいつの着てる服ってA公園で拾ったものらしいぜ」というような根も葉もない陰口や罵詈讒謗などです。そうされながら迂生は、「ああ、これで怨まれることに成功した。このままもっと憎まれれば殺してもらえる」と恍惚として胸を躍らせていました。

 ともあれ、元来迂生は友を作るのが苦手で、嫌われるということは対して造作のないことでした。入学してから日にちが浅く、互いに互いを知らぬから、仲良さげに接しているだけでありまして、恐らく仲間はずれにされるのは時間の問題だったでしょう。それがちょっとばっかし早まっただけなのです。

しかし、憎悪の対象となることをいつまでも実践しても、迂生を殺してくれる人は現れませんでした。どころか、迂生をいじめていた連中も、迂生が何の反応もしないためでしょう、飽きてしまって今度は何もしなくなり、単に孤立してしまっただけでした。

 三学期が始まり、やがて気付きました。

自殺というのは自分という人間を殺すことです。即ち、殺人。同時に、誰かが迂生を殺すのも、殺人。言い換えると、自殺も殺人も人を殺すことには変わりありません。つまり、迂生が自分を殺す勇気がないように、他人も迂生を殺す勇気がないのです。今更にして、そんなことに気づきました。そう考えると迂生は世の中に絶望を感じました。その絶望の深さで自殺できるかと刃物の先を見つめましたが、それで自分の首筋を掻っ切ることを考えるといのままに体が動かないのでした。また、私利私欲の為に友を捨てたという残酷な自分を見つめれば勇気が出るかとも思いましたが、結果はなんら変化を見せることはありませんでした。

 そんなこんなで生き長らえて、迂生は細君を得、迂生は三十路に突入しました。迂生が細君を得たことに、貴台は不思議な思いをなさるかもしれません。ですが、迂生は仕事で知り合った女性と結婚することができました。どんな気持ちで、自分が結婚したのかわかりません。細君が、なぜ迂生と契りを交わしたのかも、わかりません。世の中、不思議なことがあるものです。

 そんな最近のことです。細君が自殺したのです。誠に信じがたいことでした。迂生が二十年かけて覚悟できなかったことをいとも簡単にしてみせたのです。遺書には、これ以上生きていける気がしません、とだけ書いてありました。確かに迂生らは貧しく、糟糠の妻で、いつ飢え死にしてもおかしくない崖っぷちの生活をしていました。

 細君は、二人でいつも寝ている布団の中で、手首の血管を縦に長く切っていました。手首を切る自殺の方法では確実なやり方でしょう。

細君が死んだとき、迂生が真っ先に思ったのは、明日から布団で寝れないなあ、ということでした。そう思ったとたん、そのあまりにも人でなし的な感情に愕然として、自分はやはり生きている資格がないと思いました。しかし、やはりカッターナイフを翳すと興ざめしてしまうのです。

 迂生はどうしたらよいでしょうか。こんな情けもない、心のない、人非人の迂生はどうしたらよいでしょうか。人非人にも拘らず、自殺したくてたまらないのに、自殺する勇気のない迂生はどうしたらよいでしょうか。迂生にはどうすることもできませんので、先生に聞いていただきたく、この手紙をしたためた次第でございます。

 だからなんだ、と思われるやもしれませんが、迂生にもわからないのです。そのまま破り捨てても構いませんし、この内容を小説として書いていただいても構いません。もし、書いていただけたなら、それはそれで迂生も救われたような気になるやもしれません。どのようになさろうと、先生のご自由になさってください。迂生は先生と違って文章力など皆無ですので、大層聞き苦しい文章かと思いますが、とにかく聞いて頂きたかったのです。乱文失礼いたしました。

                                 草々』

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