第2話 パーティーで

 スルヴァニラ大陸中央部の南岸に位置する国、アルバレスト。現在においては魔王城から最も近い場所に位置する大国の王城に、レイクスは招かれていた。

 魔王討伐から既に十日、この国に滞在し始めてから三日目となっている。凱旋式は滞在初日に行っており、人々からの歓声に嬉しく思いながらもとても恥ずかしく感じたのは記憶に新しい。田舎の農村出身のレイクスとしては慣れない体験で、同じような状況にはあまりなりたくないものだった。

 しかし、世の中とはそうそう思ったようにはいかないもので。

「レイクス様、お話しさせていただいてもよろしいですか?」

「こちらのお飲み物はいかがですか?私のお気に入りでして、勇者様にもきっとお気に召しますかと思いますの」

「勇者様は色々なところを旅してきたのですよね。わたくし、旅のお話しを聞きたいですわ」

 現在、城のホールにてパーティが開かれており、レイクスは多くの令嬢から質問攻めにあっていた。

 今は勇者だともてはやされているが、元は唯の平民のレイクスだ。当然このような貴族のみが出席するようなパーティに参加したことも、女性に囲まれて質問攻めにされるような経験もしたことなどなかった。

 気恥ずかしい思いに耐えながら、ひたすら聞かれたことに答えている。たまに口に入れる食べ物も緊張のせいであまり味がわからなかった。

 そんな時間がしばらく過ぎた頃だった。

「勇者様、ご機嫌よう。パーティは楽しんでいただけてますか?」

 一人の少女がレイクスに声をかけた。

 このパーティは貴族が出席するものであり、レイクスを現在を囲んでいる女性達もいいところの令嬢である。当然、それぞれに似合うような華美なドレスやアクセサリーを身に纏っている。目鼻立も整っており、美女、美少女と呼ばれるような者ばかりだ。

 しかし、今現れた少女と比べてしまうといささか色あせて見えてしまうだろう。

 金色に煌めいている長く艶やかな髪。透き通るかのように白い肌。柔和で整った顔立ちの中の大きな瞳はエメラルドの宝石のようで、優しげな眼差しながら意思の強さも感じさせられる。

 華やかなパーティの中でなお、際立って煌めいているかのような美しい少女。

「お、王女様……」

 その少女はアルバレスト王国第二王女であった。

 突然の雲の上にいるかのような人物の登場にレイクスは動揺する。まあ、この場にいる人物達は皆レイクスよりも家柄など上の者しかいないので、元から平静であったとは言いにくいが。

「勇者様、少しわたしと二人お話ししていただけますか?」

「は、はい。大丈夫です。あ、でも……」

 動揺していたレイクスは二つ返事をしてしまったが、すぐ思い直したかのように周りを見る。つい先ほどまで会話をしていた令嬢達に何の断りもなく了承してしまったことを気にしたのだ。

「すみません、皆様。少しの間勇者様をお借りしますね」

 そう言うと、王女はレイクスの手を握りながら微笑み歩き始めてしまう。まさか王女様の手を振り払うわけもいかず、レイクスはついて行くしかなかった。


 二人がバルコニーに出ると、王女は手を離し、レイクスに振り向いた。

「その、急に申し訳ありませんでした。レイクス様」

「い、いえ。王女様のお誘いですから、こ、光栄です。その、何か御用でしょうか?」

 少し声が上ずってしまっている。なにか粗相をしないようにと緊張してしまう。

 だから、先ほどまでの毅然とした雰囲気がなくなり、恥ずかしげな表情をしている彼女に、レイクスは気づかなかった。

「その……、お礼を申し上げたいのです」

「お礼ですか?お礼でしたら、以前王家の皆様から頂きましたし、国民の皆さんからの歓待も受けました。恥ずかしかったですけど。

 なので、もう気になさらなくてもいいですよ。魔王討伐は僕がやりたくてやったことなので」

「いえ、そのことももちろんあるのですが、そのことだけではなくて…」

「え?」

 魔王討伐のことでなければ一体なんのお礼だろうか。レイクスには心当たりがあらず、首を傾げる。

「やっぱり、わかりませんか?」

 そう言って、少し悲しそうな顔をする彼女を見てレイクスは慌てる。自分はなにか忘れてしまっているのだろうか、必死に記憶を探っていくが、何も思い当たらない。

「あ、その、覚えてないのも仕方ないです!五年前のことですし、あのとき私は助けてもらっただけで、レイクス様は他の方を助けるために直ぐに行かれてしまいましたから」

「助けた?」

「はい。お父様達とクラリスナに向かっている途中で、魔物の大群に襲われていたのを助けて頂きました」

 そこまで聞いて、レイクスも少しずつ思い出してきた。

 クラリスナはアルバレストよりも北東に位置している大国で、五年前のレイクスはそこを拠点に修行していた。その時期に魔物の大群に襲われている馬車を助けた記憶がある。その中に綺麗な少女も確かにいた。

 助けたあとは群れの残りを狩りに直ぐにその場を離れた。それに、当時は強くなることばかり考えていたためにあまり気に留めることもなかったが、そのときの少女が今目の前にいる王女様なのだろう。

「あのとき、あなたに助けて貰えなければ私たちは死んでいました。そのときからずっと、あなたが勇者様だと知ってからはもっと強く、絶対にお礼をしたかったのです」

 王女様の頰は赤くなり、瞳は潤んでいた。手も少し震えている。本当に、レイクスにお礼をしたかったのだろう。その様子から、きっと、王族としてではなく一人の少女として言っているのだろうと分かる。

 だから、いくら自分が小心者で、当然のことをやっただけだと思っていても、謙遜したりするのは違うとレイクスは思ったから、

「よかった。あのとき、あなたを助けることができて本当に良かったです」

レイクスは微笑んで、そう心から言った。

「え!?」

 その言葉に少女は顔を真っ赤に染める。

「どうかしましたか?」

「い、いえ、なんでもありません!

 ……そ、それで、その、そう!お礼をお渡ししたいんです。オープン」

 そういうと、少女の手元の空間が歪み、ペンダントと小瓶が現れる。

「!、アーティファクトですか」

 先ほどの現象は空間魔法の一種だ。別空間に保管してあるものを取り出したのだろう。

 空間魔法はかなり高難易度の魔法だ。レイクスも使うため分かるが、何の準備もなしに一言の詠唱で発動できるようなものではない。

「はい。アルバレストの王族のみが使える隔離空間倉庫、いわばこの国の宝物庫ですね」

「……そんな、宝物庫に入ってるような貴重なもの、いいんですか?」

「本当は私自身でお礼をしたかったんですが、私があげられるようなものがなかったもので。許可は得ていますのでどうかお受け取りください」

「……わかりました。ありがたく戴かせてもらいます。王女様」

 そう言うと、レイクスはペンダントと小瓶を受け取ろうとしたが、直ぐには王女様は渡そうとせず、何かを言いたそうにしていた。

「あの、どうかしましたか?」

「その……、ファムと、名前で呼んでもらっても、いいですか?」

(ああ、個人的なお礼だから、王女様って呼ばれたくないのかな?)

そう考えたレイクスは、

「わかった。ありがとう、ファム」

微笑んでそう言った。


 言った後で、いくらなんでも王族にタメ口なんてまずかったんじゃと、戦々恐々としていたが。


 

 

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元勇者は魔物とくつろぐ 樫雨助 @kasiusuke

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