第1話 勇者

 魔王とはその昔、世界を征服しようとした魔族の王である。文献では数多の魔物を従え、生み出すことができたといわれている。その力は強大で、多大な犠牲が出ながらもなんとか初代勇者が封印したという。

 魔王は数百年ごとに復活し、その度に初代勇者が遺した封印術によってなんとか封印されていた。

 その古の魔王が復活したのではと人々が囁きだしたのは今から十五年ほど前のことだった。その頃から魔物の数が増えてきていたため、魔王が封印から解放されたのではないかと考えられたのだ。

 それは十年前に証明された。封印から解放され、ある程度の力を取り戻した魔王が一つの国を滅ぼしたのだ。

 魔王が封印されていた土地はこの世界で一番大きな大陸、スルヴァニラ大陸の最西部に位置していた。封印されているとはいえ、魔王の本拠地であったこの地域は他地域よりも魔物が多く、人が簡単には進出していけないことから、魔の領域と呼ばれていた。

 その魔の領域に最も近くに位置していた国、アキリア。この国が今の時代において初めに魔王に滅ぼされた国である。

 この国の滅亡は瞬く間に世界中に広がり、魔王の復活を世界に知らしめることとなった。

 伝説の存在だった魔王の脅威に人々はさらされることになった。しかも、初代勇者が遺した封印術は二百年前の戦争で失われてしまっていたのだ。

 人類にも強者はいた。彼らたちの活躍のおかげで被害も抑えられていただろう。しかし、魔王の力によってより強力になっている数多の魔物や、数は少ないが元々の能力が他の種族よりも高い魔族、なによりも魔王自身の圧倒的な力の前では時間の問題だった。

 次第に増えていく魔王の支配領域。それに対し失われてしまっている魔王への対抗手段。

 人々の心は恐怖と絶望で満たされようとしていた。

――もう駄目なのではないか

――この先待っているのは、滅びしかないのではないか


 そんな時、転機は訪れた。


 二柱もの高位神からの加護を持ち

 高レベルの魔法を自在に操り

  数多の武具を以って敵を討つ


 その者の活躍によって人類は盛り返した。数多くの魔物を殲滅し、強力な魔族の将を打ち倒し、奪われた土地を取り戻していった。

 通常ならば一柱の加護を身に宿すだけでも珍しいのに対し、二柱の、それも高位の加護を持つなんて者は例を見なかった。

 その特殊性と実力、そして実績から、その者は勇者と呼ばれるようになった。


 そして――


「今まで、封印という手段でしか対処できていなかった、あの伝説の魔王が、ついに討伐されたのです! 今まで誰もが成しえなかった偉業を、伝説の勇者にすら成しえなかったそれを! 我らの勇者は成し遂げてくれました!」

 大勢の人が集まっている広場、それを前にして立つ一人の男が高らかに叫んだ。その男は立派に仕立てられた高級そうな服を着ており、男がかなり高い位に位置する人間であることを示している。

 それもまた当然であろう。男が語る通りに、この発表は人類初の偉業といえる出来事なのだ。そこらの人が告げるようなことではないのである。

「それではご本人に登場していただきましょう。我らが英雄、勇者レイクス様です!」

 その言葉の後、一人の男が現れる。高貴なスーツを見に纏い、ゆったりとした足どりで前へと出てくる彼を、観衆が一斉に見つめる。

 髪は柔らかそうな質感でありながら、全てを飲み込んでしまいそうな漆黒。顔立ちは中性的で、体型もパッと見には華奢だ。いや、それ以前に、彼は若いのだ。どう見ても二十歳を超えているようにも見えず、見た目だけではとても魔王を倒せるような強者には見えない。

 しかし、不思議と観衆は、彼が勇者だと納得してしまう。彼からは何か、只者ではないような雰囲気が感じられるのだ。ある種、神々しいような気配すらする気がする。場の空気による効果だろうか? あるいはこれも、神々からの加護の発露なのかもしれない。観衆は皆、彼に魅入られていた。

「勇者レイクス様に多大な感謝と尊敬を込めて、拍手を!」

 その声に、静まり返っていた観衆が我に帰る。そして、場が大音量の拍手や歓声で溢れかえった。観衆は歓喜し盛大に盛り上がる。


 そんな中で


「は、恥ずかしい……」

なんていう彼、レイクスの呟きは、観衆の大歓声の前にかき消されて、当然誰にも聞こえない。

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