第5話 おばちゃんよ永遠に

「よし」


 近くの民家の軒先を探すこと二十分ほど。

 運良く自転車を調達できた。ワイヤーロックがかかっていたが、予め用意してあったワイヤーカッターで切断に成功した。三段切り替え付きの所謂ママチャリだが、タイヤの空気もちゃんと入っているし、十分使用に耐えそうだ。盗んだバイクで走りだすぜ。これも緊急避難ということで許して欲しい。俺の自転車が盗まれてた件も許そうと思う。

 とりあえずこれでゾンビを簡単に振り切りつつ移動ができるようになるだろう。

 ゾンビとの戦闘もなくここまで漕ぎ着けられたのは上々だ。単に運が良かっただけだろう。

 自転車を漕いで再び国道へと舞い戻る。相変わらずノタノタとゾンビが歩いているが、ここは構わず突入だ。とりあえず捕まらないようにだけ気をつけて自転車を走らせる。

 ゾンビどもは足は決して早くないが、力が強い。強いというか、自分の手とかが壊れるのもお構いなしに全力で掴みかかってくるし殴りかかってくる。スマホで仕入れた情報によると痛覚も無いらしい。どうやって試したのかは知りたくもないが。

 二十分ほど自転車を漕いでいるとゾンビの数もまばらになってきた。左右にはポツポツと農地が見え出してきた。今は十月の終わりくらいだから、これからどんどん寒くなっていく。この辺りだと十一月の中頃には雪も降り始めるから、寒さ対策も必要になってくるだろうな。

 前方を事故車両が塞いでいる。三台……いや、四台で事故っているようだ。完全に車道を塞いでいるな。やっぱ車で来なくてよかった。歩道は空いているので、そちらから移動しよう。

 その前に、片付けなきゃならんのがいるけど。


「おばちゃんゾンビかー。ごめんなー、俺もまだ仲間入りはしたくないんだわ。今、送ってやるからな」

「あぉぅrrrrrr……」


 焦点の合ってない目をこちらに向け、両手を突き出してフラフラとこちらに歩いてくるおばちゃん。顔の半分には乾いてどす黒くなっている血がべったりとこびりつき、突き出している両手のうち、左腕はあらぬ方向へと折れ曲がっている――にも関わらず痛がる様子も見せずこっちへと向かってくるのは……まぁ完全にゾンビですわ。

 自転車から降り、よく引きつけてから飛びかかってきたところを横に避け、棒先輩で背中を押してうつ伏せに倒す。そして間髪入れず棒先輩を捨てて斧さんでおばちゃんゾンビの後頭部を叩き割った。叩きつける時は全力で、だ。一撃で仕留めないと自分が危ない。

 それにしてもこの感触は……何度やっても慣れない。吐きそうになる。

 しかしこれは必要なことなのだ。ゾンビのままいつまでも彷徨うのは、あまりにも惨い。俺もそうはなりたくないしな。だから俺は死に損なった人をちゃんとあの世に送ってやるんだと思うことにした。そうでも思わないと頭がおかしくなりそうだ。

 返り血を浴びないように気をつけて斧さんを引き抜き、おばちゃんゾンビの服で血を拭っておく。他にゾンビの気配はないようだ。おばちゃんゾンビの遺体に手を合わせる。

 さて、ここにいるのはおばちゃんゾンビだけかな? 俺は棒先輩を拾い上げ、事故っている車を探索することにした。

 普通乗用車二台と、軽自動車一台、そして軽トラ一台の計四台の絡む事故のようだ。おばちゃんがどれに乗っていたのかはわからないが、普通乗用車の運転席に男性の遺体らしきものが一体、もう一つはもぬけの殻、軽自動車も軽トラももぬけの殻か。車の下なども覗いてみるが、ゾンビや仏さんはいないようだ。

 普通乗用車の運転席にいる男性の遺体を棒先輩で突付くが、反応はない。ただのしかばねのようだ。男性の遺体がある普通乗用車の後部座席には何か物資が入っていそうな箱が二つ、もう一台のもぬけの殻の普通乗用車には特にこれといって何もないように見える。

 軽トラにも何もないかな。軽自動車は事故後に炎上したのか、真っ黒焦げでよくわからん。他の車と団子になってたら全部燃えてただろうな。

 普通乗用車の後部座席の箱には保存の利きそうなお菓子類やクラッカーなど食料が入っていた。食料かー。いくらあっても困らないけど、これ以上持っていく余裕が無いんだよなぁ。

 乗用車の中に置いておけばとりあえず雨風に晒される事もないし、このままここに置いていこう。残念だが、身に余る荷物を持って行った結果ゾンビに噛まれましたじゃお話にならない。

 調査を終えて再び自転車に乗って走り出す。

 しかしあれだな、棒先輩は自転車に乗る時に邪魔だ。もう少し別の得物にした方がいいだろうか? 斧さんは強力だけど間合いが近すぎて斧さんだけで戦うのは怖いんだよなぁ。

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