第54話 最後の戦い 後編

「いい加減にしてください…」


オレの背後でメアマスターの声がする。やはりこれは偽物だった。

声がして振り返るとレイの眼前で実体化するメアマスターの姿があった。


「きゃああっっ!」


実体化した奴はそのまま極自然に片手でレイの額を掴む。遠目で見るとそれはまるでアイアンクローをしているようにも見えた。


「レイーッ!」


「ほら…もうこれで私の下僕…」


その行為を終えたメアマスターがそうつぶやく。

まさか、さっきのアイアンクローでレイが洗脳された?


「メアマスター様の邪魔をする者は潰します…」


あっさり洗脳されてしまったレイは早速オレに向かって敵意をむき出しにしていた。

嘘だろ…まさかこんな事になるなんて…。

しかし洗脳を解くにはどうしたらいいんだ…。父さんの場合は母さんが作った人形がその役割を果たしていたけど…。彼女にとってそれに相当するものって…やっぱり父さん…なのかな?

ダメだ!今ここに父さんいないじゃないか!


どう洗脳を解けばいいのか苦悩しているとレイがオレに向かって手をかざして来た。

やばい!このままじっとしていたらオレは彼女の標的になってしまう!


ボボボボボボボッ!


レイのエネルギー波の連続発射!当選のようにその攻撃の全てがオレを狙っている。

この攻撃、全部避けきらないときっとオレは丸焦げになってしまうだろう。


ドォン!

ドォン!

ドォン!

ドォン!

ドォン!


洗脳でリミッターの外れたレイはとても手強かった。絶え間なく続くその攻撃にオレは避けるので精一杯でどうやったら彼女の洗脳が解けるのとかメアマスター攻略とかそっち方面に全然頭が回らなくなってしまった…。

全く、レイのあのちっこい身体にどれだけ潜在能力が眠っているって言うんだよ。


彼女を今のまま洗脳状態にしているのは危険だし、そのままの状態が長引くとその後にもし洗脳が解けたとしてもその時点で彼女の体力は消耗して戦いの場においてそれがまた弱点にもなりかねない。

だから…早めにこの問題を解決しなくちゃいけないんだ。


カッ!


「しまったっ!」


考え事をしていたオレは一瞬の油断でレイの攻撃を体に受けてしまう。エネルギー弾の直撃だった。身体が灼熱の炎に包まれたみたいだ…。念の為に防御の気を練っていたものの、体にかなりのダメージが来る。これが、レイの本気の攻撃の威力…。


ドォォォン!


「うぐぉぉっ!」


彼女の攻撃を受けたオレはその破壊の衝撃波を受け宙を浮く。そしてそのまま床に強く叩きつけられた。

くそ…こんなの何度も食らってられないぞ…。追撃を食らわないようにオレはすぐに立ち上がってその後も次々に狙ってくるレイの攻撃を避ける。


「この…ちょこまかと…ウザい!」


攻撃を避けられ続けた彼女がもう早速切れている。だからってこれ以上レイの攻撃をもらう訳にはいかない!洗脳を解く手段が今すぐに思い浮かばない以上、ここは一旦彼女には眠ってもらおう!


「流星狼牙突!」


オレはレイの攻撃の隙を付いてレイに攻撃をしかける。

まさか自分が攻撃を受けると想定していなかった彼女はこのオレの行動に一瞬動きを止めた。そこを狙ってオレの拳がレイを打ち抜く。


「うぐっ!」


オレの拳を腹部に受けてレイは気絶した。ごめん、こうするしかなかったんだ。


ぬうっ。


レイの洗脳を解く事ばかり考えていたオレは完全に油断していた。

この時、まさかオレの背後に奴が回り込んでいただなんて。


「うがあああ!」


突然現れたメアマスターのアイアンクロー!これは…さっきレイを洗脳した技だ…駄目だ…このままじゃ…。オレは必死に抵抗するも段々と意識が朦朧として来た。


「う…うう…父さん…」


オレは思わず父さんに助けを求めていた。こんな時に何も出来ないだなんて…情けないな…。

そ、そうだ…もしかしたらこの時にこの書が役に立つのかも?

オレは何とか正気を保ってる内に懐の城の地図を取り出そうとした。


ふぁさ…。


取り敢えず懐から地図は出したものの、手に力が入らずに一度は掴んだ城の地図をオレは落としてしまう。もう本を掴む気力すら失いかけていた。

落とした城の地図が床に転がる。偶然地図はページを開いたままの状態で転がっていた。その時、紙面から強烈な光が放たれる!


カッ!


「うおっ!眩しっ!」


メアマスターは思わずその眩しさにオレを突き飛ばし目を塞いだ。どうやらこの光はヤツにとってかなり苦手なものだったらしく、苦悶の表情を浮かべながら悶え苦しんでいた。


「うごォォォォ!貴様!許さん、許さんぞォォォォ!」


オレはその光のおかげで何とか洗脳されずに済んでいた。

助かった。やっぱりこの本の使いどころはここで良かったんだ。


「よく頑張ったな」


書から出た光が収まるとそこに父さんとアサウェルがいた。これは一体どう言う事なんだろう?

まさか、この地図を利用して空間を繋げた?


「父さん、それにアサウェルも…怪我はもう大丈夫なの?」


「ああ、もう大丈夫だ。心配かけたな」


父さんはそう言ってニカッと笑いながらサムズアップをして元気アピールをする。

でもオレにはそれが空元気のようにも見えていた。あんな激闘の後ですぐに体力が全回復する訳がない。

それでもこのピンチに現れた頼もしい助っ人達の登場にオレの不安は一気に吹き飛んでいった。ここにいる全員でかかればきっと勝算はある!


「今から俺達がメアマスターを空間固定する!最後のチャンスだ!」


希望を見出したオレに父さんはそう言ってメアマスターを倒す作戦を教えてくれた。奴を倒すには父さん達の力も必要だったんだ。


「えっ?でも…まだオレ絶牙を光に転換なんて…」


「レイ君に協力してもらうんだ!お前の技を彼女が属性反転させる!」


…なるほど、そう言う事なのか。この旅にレイが参加してくれて本当に良かった。

もし彼女がいなければこの最終作戦はまた別なものになっていたんだろうな。

何て言うか…運命の奇跡みたいなものを感じちゃうぜ。

あ、でもそうだ…大事な事を忘れていた。


「…でも、レイはまだ気絶したまま…」


「大丈夫です。彼女の洗脳は私が解いておきました。」


その声に振り向くとアサウェルがレイに何かを飲ませていた。


「ごふっ!」


それを飲んだレイの体から黒い靄のようなものが漏れ出していく。


「対処が早ければ洗脳を解くのは簡単なんですよ」


「あ、あれ?」


靄が完全に抜けきった後、レイが意識を取り戻した。どうやら彼女の洗脳も解けたみたいだ。本当に簡単に解けるんだなぁ。

しかしそんな薬があるなら事前に渡してくれても…激しい戦いの中で薬を飲ます余裕なんてないか。


「レイさん、ヒロトの攻撃を属性反転させメアマスターに撃ち当ててください」


「え?反転?」


目覚めたばかりのレイにアサウェルが何か耳打ちをしていた。

きっとレイに作戦的なものを説明していたんだろう。


「分かった!やってみる!」


「ではお願いします」


レイに説明を終えたアサウェルはすぐにオレ達の側にやってくる。


「こっちの準備は出来ました。後は…」


「よし、では今から俺とアサウェルでメアマスターの悪夢体を空間固定する!最後はバッチリ決めてくれよ」


父さんとアサウェルはそう言って苦しがっているメアマスターの側に走っていく。そして適切な場所をキープして奴の周りに特殊な結界を張っていく。流石に昔からの親友だけあって2人共すごく息が合っている。すぐにその準備は整っていた。


ブゥゥゥゥン!


結界が作動したのか微かにそう言う音も聞こえてきた。そしてこの結界の存在に気付いたメアマスターが騒ぎ始める。


「な、何だこれは…!貴様らァァァァ!」


この結界によってメアマスターの実体の色が濃くなっていく。今ならば奴にオレ達の攻撃が届く…のか?


「早くするんだ!この状態はあまり長くは持たない!」


「分かったよ父さん!」


オレはありったけの力をこの一撃に込めた。父さんの技を見て、そして受けてそれまでの自分に足りないものも理解したつもりだ。

今ならきっと本来の力を完璧に発揮する事が出来る気がする。


「レイ、準備はいい?」


「勿論よ!」


オレの技を受け切る側のレイも気合十分だった。今のお互いのコンデションならきっとうまくやれる、そんな気がしていた。


「な、何をしようとしても無駄だぞ…そんな小手先の作戦など…」


自分の身に降りかかる危険を察知してメアマスターが苦し紛れに叫ぶ。それはさっきまでの恐怖の言葉とは全く正反対の怯えたものに聞こえた。


「ならば味わってみるがいいさ…」


父さんはそう言ってメアマスターを挑発する。


「き、貴様…私の洗脳を…」


「愛の力が私を目覚めさせた…残念だったな」


「愛だと…?馬鹿な…」


「愛の力を認められないお前はここで消えるんだ」


愛を否定するメアマスターに父さんからの強烈な一言。くーっ!父さんかっこいい!

おっと、あまり父さんの言葉に感動している時間もないな。精神集中…精神集中…。

自分の中に眠る全ての力よ…最後の時、今ここにその力を全て顕現させよ!


「真・絶牙冥王滅!」


オレの構えた両腕から純粋な負のエネルギー体が圧縮されて放たれる!その球体は空間のエネルギーを貪食に吸収しながら待ち構えるレイの元にまっすぐに向かって行く。


「うぉぉぉぉぉ!」


「これがヒロトの本気の究極の力…!さすがにとんでもない…。でもタダシ様の為にもしっかり受けきってみせる!」


圧倒的なプレッシャーを前にレイは目を閉じて自らの心を無にしていた。そして向かってくる絶牙のエネルギー体に対し素の状態で両手を自然に構える。


瞑心反転めいしんはんてん神鏡しんきょう!」


その叫びと共にレイの前方に形成されたエネルギーの鏡はオレの絶牙のエネルギーの属性を反転させる。負のエネルギーから光のエネルギーへと転化されたそれはまさに光の牙となりそのまま身動きの取れないメアマスターに直撃する!


「ぐっ!馬鹿な!馬鹿なぁぁぁっ!」


それがオレ達が聞いたメアマスターの最後の言葉だった。


カッ!


攻撃が直撃した瞬間、強烈な光がこの空間を包んでいく。それはこの部屋どころかこの城、浮遊城全体を包み込んでいた。


ズズ…ズズ…ゥゥゥン。


それは城の主を失い浮力を失った浮島が地上に落下した時に生じた衝撃音だった。

オレ達の攻撃でメアマスターは完全に消滅したのだ。オレ達はついに悪夢の王を倒した。この世界の平和を守ったんだ。

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