第8章 最終決戦

第50話 託された想い 前編

「おかしい…ここにも誰もいない」


将軍を倒したオレ達はその後も城内をウロウロしていた。

地図を手に入れてそれっぽい場所へ行ってみるのだけど、どこにもメアマスターの姿はなく…ただ無人の部屋が続くだけ。

とうとう地上の階は全部探し尽くしてしまった。


残る場所は地下のみ。そんな訳でオレ達は城の地下へと向かっていた。こう言う城の地下の定番は怪しい祭儀場と牢屋って相場が決まっている。

この城の地図にもそう言った系の部屋が地下にあると記されていた。


「地下にもいなかったら…逃げたって事になるのかな?」


「だとしたら旅はまだまだ続くね」


旅が続く事…それはいい事なのか、それともそうでないのか…。今のオレにはまるで実感が沸かなかった。

そう言うのはきっと全て終わった後に実感するものなんだろうな。


地下に続く隠された階段も地図のおかげであっさり発見。さあ、禁断の地下へと早速踏み込もう。


カツ、カツ、カツ、カツ…。


地下に続く階段に足を踏み入れた途端、オレ達の足音が異常に響く。地下は仄暗く何の音もしない静寂の世界。ある種派手だった城の地上部分との明らかな違いにオレは戸惑っていた。


明かりはない事もないけど必要最低限で、それはろうそくのような明るさの弱い光が壁に備え付けられた不思議な装置から発生している。


「ふっ!」


この光、ろうそくと違って吹いても消える事はなさそうだ。初めて見るこの謎の装置にオレは興味を持ってしまっていた。


「何遊んでるの?」


ただ好奇心で光を確かめただけなのにレイに怒られてしまった。確かにこれで光が消えてしまったら暗くて足を踏み外してしまうかも。好奇心を満たすのもほどほどにしないとね。


すごくそれっぽい雰囲気の石段を降りてオレ達は無事地下一階に辿り着いた。地上部分もそうだったけど地下もまた全く人の気配がしない。暗い地下の世界は何とも言えない恐ろしさを孕んでいた。まるでその奥に闇の魔物が潜んでいそうな…。考えてみれば悪夢の王が座するのにここほど相応しい場所もないのかも知れない。


浮遊城の地下一階、ここで一番怪しいのはこの階で一番広い場所、儀式の間だろう。

とりあえずオレ達はそこに向かう事にした。

 

「しかし、本当に不気味だな」


「城の地上階は悪夢の城って雰囲気じゃなかったけど地下はマジで悪夢って感じ」


2人でそう話していると儀式の間が近付いて来た。案の定、目の前のその部屋の頑丈そうな古びた扉は固く閉ざされている。

ただ、開けようとすると意外にも簡単にその扉は開いた。


ギィィィィ。


扉を開いた瞬間、オレ達の目に飛び込んでくる儀式の間。この城の地下は基本飾り気のない武骨な作りをしているけれど、この部屋の内部は儀式の間と言うだけあって流石に怪しい装飾で満たされていた。

儀式の間はかなり広く…例えるなら小さな野球場くらいはあるだろうか。

室内のあちこちにおぞましい姿の魔物の彫像が飾られており、床にはびっしりと怪しげな魔法陣のような装飾がなされている。見上げれば天井もよく分からない怪しげで宗教的な図形がいくつも描かれていた。

例えて言うならこの部屋はそこにいるだけで精神が負の感情に侵されていくようなそんな雰囲気だった。


「よく来たな!」


儀式の間を見回していると突然聞き慣れた声が静寂に包まれたこの広い室内に響き渡る。オレ達はすぐのその声の主を探した。


「タダシ様!」


その声の主の姿を確認してレイが叫ぶ。そう、そこにいたのはオレの父さんだった。

一番戦いたくない相手と今から戦う…オレはそんな予感がギュンギュンしていた。


「父さん、オレだよ!息子のヒロトだよ!」


「俺に息子などいない!騙すならもうちょっとまともな嘘をつけ!」


念の為に一応呼びかけてはみたけど、やっぱり父さんの洗脳は完了していた。


「タダシ様!私です!昔助けてもらったレイです!多分私の事も覚えてらっしゃらないでしょうけど…」


今度はレイが父さんに向かって涙ながらに訴える。無駄だと分かっていても…オレはその叫びに少し胸を締め付けられた。


「済まないが…助けた相手をいちいち覚えてなどいない…」


レイへの父さんの返事にオレは少し違和感を覚えていた。洗脳されているとは言え夢の世界で人を助けた記憶は残してあるのか…。

と、言う事はもしかして…一部の記憶だけ書き換えられている?


「父さん!父さんはいつから悪夢帝の手先になったの!」


「だから俺はお前の父ではない!」


「答えて!」


オレの気迫に押されたのか父さんは渋々これまでの経緯を話し始めた。


「…俺がメアマスター様の教えに従ったのは…3ヶ月前だ…悪い因子を取り除いてもらえて楽になった」


3ヶ月前…きっとその頃に父さんがあの洞窟を出て悪夢帝の手先に捕まったんだ。多分、その悪い因子って言うのがオレ達の記憶とかなんだろうな…。


「話はここまでだ!メアマスター様の邪魔をする者を俺は容赦しない!」


「親友のアサウェルの事ももう忘れちゃったんだね…」


一か八かオレは父さんにアサウェルの話を振ってみた。もしかしたらと思って…そこで何か反応があるか試してみたんだ。

だけど父さんの反応はオレの想像通りだった。


「俺にそんな口車は通用せんぞ!」


「分かった…なくした父さんの記憶はオレの拳で取り戻してみせる!」


会話での説得は無理だと悟ったオレは父さんに対して攻撃の構えを取った。無敵の父さんに今の自分の技がどこまで通じるか分からないけど…。


「そうだよな…そうこなくちゃ面白くない!」


オレが構えたのを見て父さんも早速技の構えを取る。本気の構えを取った父さんは実際の何倍にも大きく見えた…。これが、プレッシャー。


考えてみれば今まで本気で父さんとやりあった事はない。実力差もあったし、しょっちゅう父さんは家を開けていたから。

だから今からが初めての本気での父さんとの戦いだ。やっぱり男子は一度は父親とぶつからないといけない時がある。

でも…出来ればそれは別の形でぶつかりたかったな。


「狼牙虚空拳!」


オレはまずは基本の技で攻める事にした。この攻防で父さんとの実力差を見極める!


「狼牙虚空拳だと?小癪な!」


相手が自分と同じ技を使うと知って父さんは明らかに態度を変えた。自分が大事にしているものを汚されたとでも感じたのだろう。


「うぉぉぉぉー!」


オレは一匹の孤独な狼と化して父さんに向かっていく。

けれどオレの拳は父さんを捉えられなかった。狼牙の拳は軽くかわされてオレの身体はよろめいた。


「まだまだ未熟だな…本物の技を見せてやる!」


「う…」


よろめいた体勢を何とか戻して振り返った時、既に目前に父さんの姿があった。何と言うスピード!その圧倒的な存在感にオレは一瞬我を忘れて無防備になっていた。


「狼牙虚空拳!」


バキィッ!


「うぐぅぅぅっ!」


父さんの狼牙虚空拳をまともに受けてオレの身体は宙を高く舞う。何て威力だよ…その差は圧倒的じゃないか。


ドサッ!


「ヒロトーッ!」


父さんの技を受けて吹っ飛ばされたオレのもとにレイが駆け寄る。


「ヒロト、大丈夫?」


心配そうなレイを見てオレは彼女を安心させるように口を開いた。


「大丈夫、こう見えて防御は結構自信があるんだ」


この言葉を聞いてレイは少し申し訳無さそうな顔で話す。


「…ごめん、私タダシ様に攻撃なんて出来ない…」


「いいよ」


「え…」


「いいよそれで…。父さんはオレが正気に戻すから…だからそこで見ていて」


「ヒロト…」


レイの想いを受け取った後、オレはすっくと立ち上がり体の埃を払ってもう一度構えを取り直す。

オレはさほどダメージを受けていないように装って父さんを挑発する。

本当は結構痛かったけど…ガマンガマン(汗)。


「その程度?オレはまだピンピンしてるよ?」


「自らの技が届かなかった癖にその態度…躾が必要だな!」


ゴクリ…。


さっきの結果から見て今のオレの実力じゃあ通常の技は父さんには全く通じないだろう…だとすればやはり絶牙しかない。将軍との戦いであの技の欠点も見えて…その改善もまだ出来ていないのに…ええい!迷っていてもしょうがない!


コォォォォ!


「む!貴様!その技は!」


オレが呼吸を整えただけで技を見抜くなんて…さすがは父さんだ。

だけどここから繰り出す技は父さんも知らないオレだけのオリジナルだぜ!


「絶牙…冥皇滅!」


「おおっ!何だその技はっ!」


オレのオリジナル絶牙の技を見て父さんが驚く。父さんを驚かせたと言うだけでオレは少し嬉しくなっていた。


「父さんも知らないオレのオリジナルさ!とどめっ!」


オレは気を良くしながらこの技を父さんに向けて気合を入れて撃ち込んだ。


「…だがまだ未熟…」


父さんはひとしきり感心した後にそう言ってため息を付いた。そりゃあまだ技の完成度は父さんの域には達していないけど…。その何か含みのある言い方にオレは少し不安を覚えていた。


「絶牙返し!」


父さんはそう言うとオレの渾身の一撃をあっさりと返してしまった。

こ、この技にそんな弱点があっただなんて…。

オレは絶牙の技を返された反動でまた呆気なく吹っ飛ばされてしまっていた。

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