第43話 極北支部長ゾッド 後編

オレもこの言葉を聞いてやっと安心出来た。戦闘で傷を負った今の彼女に無茶をさせてはいけない。ここでオレがしっかりヤツを仕留めないと。


「…レイの出番はないかもよ?」


「また大口叩いちゃって…」


オレとレイはそう言って笑い合った。うん、この調子ならもう彼女は大丈夫だ。


「もう相談は済んだかね?」


このやり取りの間、律儀に攻撃を待ってくれたゾッド。その行為は紳士と言えば紳士だけどこれは余裕の現れなのか…それとも?


「今度はオレの番だ…きっと失望させたりはしないよ」


オレは改めてゾッドの前に立ちはだかる。いつも失望ばかりされて来たけど今日ばかりはひと味違うぜ!シドウとの戦闘で覚えたばかりのこの力を今からもっと極めて目の前のゾッドをぎゃふんと言わせてやる!


「ほう、少しは期待出来ますか」


オレの言葉を聞いてゾッドはまたあの底の知れない笑みを浮かべる。自分の技に自信を持てた今となってはもうその程度の凄みにビビったりはしないぞ。


「はぁーっ!」


思いを…気を…身体中に行き渡らせる…っ!まずは露払いだっ!


狼牙烈風拳ろうがれっぷうけん!」


この技は狼の型から放たれるパンチで衝撃波を発生させる。その衝撃波は狼の牙のように相手をズタボロに切り裂く!まずはこの技で衝撃波の波状攻撃をゾッドにお見舞いするぜ!

しっかりと構えたオレの拳から繰り出されたパンチによって生まれた風圧がやがて何本もの衝撃波となり目の前のゾッドを襲う!


ドォォォォォン!


衝撃はそのまま部屋の壁を破壊する。予想通りゾッドはオレの攻撃を避けていた。

奴ほどの手練ならこの技を避けるのも想定済み。


「その動きは読んでいる!」


この戦い、行動の先読みが勝負を行き先を決める!オレはすぐに次の行動へと移った。ゾッドが避けたと思われるその場所に向けて今度は虎空拳だっ!

この技は烈風拳と違い衝撃波を発生させつつ直接相手に拳を叩き込む直接攻撃。オレは衝撃波仕込みの拳でゾッドを狙う!


「はぁーっ!」


気合を込めたオレの一撃がゾットを打ち抜くっ!ゾッドは最後まで冷静にその攻撃を見極めオレの拳を直前でまるで水が流れるようにするりとかわした。


「あれーっ?」


かわされたオレは自分の動きを止められずそのままのスピードで壁に激突する。この時、ドガァ!と言う大きな衝撃音が部屋に響き渡った。


「ぐはぁ!」


壁に当たる瞬間オレは身体を縮め、そして身体中に気を張り巡らせた。おかげでダメージは大して身体には残らずに済んでいた。この気の使い方、まだまだ応用出来る!

気でガードしたオレがすぐに体勢を整えるともう既に目の前にゾッドの姿があった。何も対応が出来ない内に無表情のゾッドの拳がオレの腹を抉る!バキィ!と言う打撲音と共に為す術もなくオレはその瞬間宙に高く浮いた。


「ごふぅ!」


身体を防御態勢にしたままだったのが幸いした。ゾッドの攻撃を受けて床に叩きつけられたもののものの、そこまでダメージを蓄積せずに済んでいた。オレはすぐに起き上がりゾッドとの間合いを取る。奴は直接攻撃でも全く隙がなかった。流石の強敵だ。相手にとって不足はない。


「ほう…」


このオレの対応に感心するようにゾッドはつぶやく。その表情にさっきまでの余裕は消えていた。もしかして攻撃する事でオレの実力をはかっているのか…?


「お互い、出し惜しみはナシにしようぜ?」


まだ本気を出していないと感じたオレはゾッドを挑発する。さて、奴はこの誘いに乗ってくるかどうか…。


「面白い…」


ゾッドはそう言って笑うと…オレの前から姿を消した。いや、物理的に消えたんじゃない…素早過ぎて目で追えないんだ。予想はしてたけど…こいつは予想以上だ。

目で追えない以上、オレはゆっくりと目を閉じる。そして感覚を極限まで研ぎ澄ます…。これは武道の達人なら誰もがそうするお約束の作法だ。勿論まだ未熟な自分が同じ事をして成功するかどうかは一種の賭けだったけど。

感覚を研ぎ澄ますと鋭い気の流れを感じる事が出来た。真似事でもしっかり力を感知出来ている。今度はその流れに逆らわないように受け流す。心を空にして流れに身を任す。


「すごい…ゾッドのあの攻撃を見事に受け流している…」


オレの戦いを見てレイが感心していた。オレはずっと目を閉じているからその攻防を自分の目で確認する事は出来ない訳だけど、彼女のこの感想が自信に繋がっていた。


ある程度この感覚に慣れてくると目を閉じていても相手の攻撃の流れが掴めるようになっていた。そしてある瞬間、オレは攻撃を繰り出すゾットの腕を掴んでそのまま投げ飛ばしていた。この時、オレはほぼ無意識だった。


ズドォォォン!


攻撃の勢いを利用したその反撃に流石のゾッドも為す術がなかった。オレは攻撃が成功した後すぐにその場から離れて適度な間合いを保った。一撃入ったくらいで攻めに転じるとまたどんな攻撃を逆に受けるか分からない。まだまだここは慎重に行った方がいいだろう。


「なるほど…やりますね」


かなり強烈に打ち下ろしたはずのゾッドはオレが間合いを取った後、すぐに起き上がって来た。やはりあの攻撃程度ではゾッドにあまりダメージを与えられてはいないようだ。

それからも一進一退の攻防は続く。

オレが打てばゾッドが返し、ゾッドが打てばオレが返す。この戦いは永遠に続くもののようにすら思われた。気を纏わせながらの戦いはかなり消耗するはずなのに何故かオレは疲れを知らなかった。

それはこの戦いの緊張感が精神を異常に高揚させていたからなのかも知れない。

しかし、その戦いの均衡を崩すような出来事が起こる。


ゴゴゴゴゴゴゴゴ…!突然地鳴りのような音がこの部屋に響いて来たのだ。異常を感じたオレ達はあたりを見回して警戒する。次の瞬間、急にこの部屋の床下が崩れ落ちた。シドウとの戦いでダメージを受けていた建物の壁が崩れたのだ。その衝撃で極北支部の崩壊が連鎖的に始まった。

この混乱に乗じて復活したレイがエネルギー弾を全方位向けて撃ちまくる。


「倒れろぉーっ!」


ズドドドドドドドド!


建物の崩壊は更に激しくなり、やがて極北支部は完全に崩壊した。あれ?このパターンって前にどっかで体験したような?

極北支部のあった場所はもうその面影をすっかりなくしてしまった。その時に発生した大量の埃が視界を遮っている。


ようやく落ち着いて視界も戻ってきた頃、支部の崩壊で発生した無数の瓦礫の山を一撃で吹き飛ばしてゾッドが姿を現す。


「よくも…やってくれましたね…」


「最後のはオレのせいじゃないっ!」


少し遅れてオレも瓦礫の山を吹き飛ばして起き上がって奴の言葉に反論していた。

この騒動の元を作ったレイも勿論健在だった。彼女は瓦礫の山の中から姿を表した後、身体に積もった大量の埃をパンパンと払って、間髪入れずオレに向かって大声で叫んだ。


「私がチャンスを作るから攻撃して!」


オレはその言葉にピンと来て即効で攻撃へと移る。考えていたらきっと間に合わない。気がつけば直感で体が勝手に動いていた。

オレが動いたのを確認してすぐにレイが技を放つ。


光子格子縛こうしこうしばく!」


レイの放った何本もの長い光の矢がゾッドの周りに打ち込まれる!不意を突かれた

奴はこの攻撃を避ける事が出来ず強力な光の檻に閉じ込められた格好となった。


「こ、これは…」


さすがのゾッドも急に動きを封じられて動揺している。そして間髪入れず身動きの取れないゾッドにオレが攻撃を撃ち込む!


龍爪火炎撃りゅうそうかえんげき!」


流石のゾッドも身動きが取れなければ攻撃を受けるしかない。身動きの取れない状況の中でオレの必殺の一撃が奴の体を貫く。

火炎を纏った龍の爪は奴を火だるまにする。技を撃ち抜いたオレはその感覚に確実な手応えを感じていた。


長い戦いはこうして辛うじてオレ達の勝利で終わった。


「…やった」


「やったね…」


オレ達は疲労困憊のままお互いを抱きしめ合った。そこにやらしい意味とかは全然なくて気が付くと身体が自然に動いていたその結果だった。

そしてこの戦いに全力を出し切ったオレ達は抱き合ったまま力が抜けてその場にストンとしゃがみこんでいた。


「流石です…私の完敗ですよ…」


オレの渾身の一撃をまともに受けて倒れたはずのゾッドがゆっくりと起き上がる。


「嘘…もう起き上がれるの?」


ゾッドが起き上がったのを見てオレを突き放してすぐに臨戦態勢を取ろうとするレイ。おいおい…ぞんざいな扱いだなオレ(汗)。


「安心しろ、もう私は危害を加えない」


そう言ってゾッドはオレ達に手を差し出して来た。その手をレイが拒否したので仕方なくオレがその手を握る。


「ああ…いい手をしているな、希望に満ち溢れた手だ」


「ど、どうも…」


さっきまで激闘を繰り広げていた相手との握手と言うのは何だか不思議な感覚だった。ただ、この時のゾッドはさっきまでのあの冷徹な彼とは全く別人のようだった。

もしかしてゾッドは…。


「君達の目的はあの浮遊城だろう…」


「え…」


「私がそこまで送ろう」


ゾッドはそう言うが早いか両手を広げてエネルギー磁場を発生させる。次に彼は両手をゆっくり動かしてオレ達の周囲をそのエネルギー磁場で包み込んだ。

突然の事に何がなんだか分からないオレ達はもうその状況に身を委ねるしかなかった。


「タダシによろしくな…」


ゾッドはそうつぶやくとエネルギー磁場の中のオレ達を浮遊城へと転送させる。

こんな事をしてくれるって事は…やっぱり彼は…。


転送が終わったエネルギー磁場は自然に消滅する。磁場が消滅した場所、そこは浮遊城が建つ浮島の上だった。力を使い果たしていたオレ達はその場で倒れ、そしてそのまま泥のように眠ってしまった。

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