第40話 極北支部の用心棒 後編

しかし運動量で言えば明らかにオレの方が激しく動いている。シドウは常に自分にとって有利な位置をキープしその場からほとんど動いていない。

もしこの戦いが長引けば先にバテるのは間違いなくオレの方だ。となると出来るだけ早く決着を付けなくては。


「中々しぶといね…」


シドウに向かってそう言ったオレはもうすでに肩で息をしていた。体力なさ過ぎだ…オレ。


「お主は余りに無駄な動きが多過ぎる…我の敵ではない」


どうやら彼の方はまだまだ力に余裕があるようだった。これはちょっと…やばいかも(汗)。


「加勢しようか?」


この激闘の真っ最中にレイが声をかける。確かにこの申し出は有難いんだけど、ここでその言葉に甘える訳にはいかない。何故ならこれはオレの修行なのだから!


「大丈夫!まだ行ける!」


「ほう、加勢を断る余力が未だあるか」


この発言にシドウが感心している。それってちょっとオレの実力を過小評価してない?まだまだオレの本気はこんなもんじゃないぞ!


シドウの放つ真空波を避けながらオレはふと閃いて自分の筋肉の動きに想いを乗せる。気の力を纏った肉体は更にその能力を向上させる。今までこんな事、狙っても出来なかったのに。


「何だと?」


シドウはすぐにこのオレの違和感に気付く。流石は達人、周囲の微妙な変化にも敏感なようだ。

それに対してオレはと言えば自分のスピードが上がった事で相対的に相手のスピードを遅く感じていた。


「もっともっとギアを上げるぜ!」


コツを覚えたオレは最初のギリギリの攻防が嘘みたいに動きに余裕を持っていた。


「くっ!まさか我との戦いの最中に成長するとは!」


オレの急激な変化に流石のシドウの顔にも少し焦りの色が見えて来ていた。だが達人のシドウの事だ、まだとんでもない奥の手だってあるに違いない…油断は出来ない。


カチン…。


オレの想像通り、シドウが剣を収めた。これは…何かある!オレは間合いを詰めずにシドウの動きを慎重に探る。ここで判断を誤れば不覚を取りかねない。


この戦いの最中、レイは部屋に入ろうとする他の雑魚共の処理をしてくれていた。しっかり空気を読んでいい仕事をしてくれる。本当、レイが仲間で良かったぜ。


「早く決着をつけてよね!私こう言う地味なの好きじゃないんだから!」


…あれ?レイは結構ご機嫌斜めな御様子。やっぱり自分が師匠と戦えないのが面白くないんだろうな。こりゃあんまりこの戦いを長引かせられないなぁ…(汗)。


「隙あり!」


このタイミングでシドウの真空波!余計な事を考えていた隙を突かれてしまった。オレは何とか体を捻って真空波を交わす。素通りした真空波はそのまま飛んでいって部屋の壁を破壊する。ふぅ、危うく体が真っ二つになるところだった。


「っぶねー!」


しかしここで攻撃を避けた事で今度は逆にシドウの方に隙が生じた。この千載一遇のチャンスをオレは見逃さなかった。


「高速螺旋神速!」


オレは超高速でシドウに近付きつつ、うまく彼の死角に回り込む。シドウは達人だからこのオレの動きにもすぐに気付くだろう。でも、もしそれが気付かれても対応出来ない程のスピードなら?


そしてここでこの流れから一気に最大の力で撃ち込む!回避不能の大いなる風の牙!


「龍爪旋風撃!」


この技は拳に龍の意識を宿らせ強力な風の剣を発生させる!今まで一度もまともに成功した事はなかったけど何だか今なら出来る気がしていた。


打撃から発生した何本もの風の剣が死角からシドウを襲う!彼はそれに気付きとっさに刀でその風を防ごうとするものの、間に合わず吹き飛ばされていく。


ドカァ!


オレの技が決まった事でこの戦闘の決着はついた。結果、戦いの中で成長したオレに軍配が上がった。


ドサッ!


吹き飛ばされたシドウが壁に叩きつけられ沈んでいく。あの技をまともに食らったら身体が原型を留めていられるはずがない。きっととっさに技を防ぎ力を分散させたんだろう。そこは流石達人と言ったところだ。


「シドウ!」


オレは倒れたシドウに駆け寄って行く。流石にやり過ぎたかも知れない。彼は悪夢帝の仲間でもないのに…。

でもここまでしないと達人であるシドウに勝つ事なんてきっと無理だっただろう。


「見事だ…完敗だよ」


シドウは倒されたオレに向けて賛辞を送ってくれた。流石達人、実力を素直に認める潔さがある。この彼の武人らしい言葉にオレは感動していた。


「ごめん…ちょっとやり過ぎたかも…」


「何を言う…本気の技の応酬こそ試合においての礼儀と言うもの…むしろ本気でなかったらそっちの方が無礼に当たる」


うぅ~ん、シドウさんかーっこ良い!そこに痺れる憧れるぜっ!オレもこの態度を見習わなくちゃ!

戦いの決着がついた事でオレ達の所にレイが駆け寄って来た。


「ちょっと、二人共大丈夫?」


戦いに決着がついて二人共大丈夫って…ゲームじゃないんだから(汗)。天然だなぁ。その時、レイがオレの変化に気付いた。


「ちょっと!何か光ってるよ!」


光る?オレは改めて自分の身体を眺めてみた。あ、確かに光ってる…ポケットの辺りだ。すぐに光の正体に気付いたオレは父から託された本を取り出した。


「おお…」


光っていたのはやっぱりこの本だった。オレがあの戦いの中で技の極意に目覚めたから封印が解けた…のかな?


「ねぇ、開いて見せてよ!」


目を輝かせながらレイが急かす。もしかしてオレよりレイの方がこの本に興味持ってんじゃね?彼女の勢いに負けてオレは恐る恐る本を開いてみる。


「あ痛てっ!」


本に触れたその瞬間、バチッと身体を電流のようなものが流れていった。例えるなら冬の静電気のもうちょっと派手な奴と言う感じだ。

とにかく!その衝撃で封印が解けたと言う事をオレはこの身を持って実感出来ていた。


ピラ…。


やった!めくれる!これで本が読めるぞッ!

封印が解け本が読めると言う事が分かってオレは興奮して心臓の鼓動が手に取るように聞こえるような気がした。それは初めていけない本を手にした時に感じたあの興奮にも似ていた。

…って、ああ言う本とこの本を一緒にしてはいけないな(汗)。


「ねぇねぇ…それで何て書いてるの?」


本がめくれたと言う事でレイが興味深そうに覗き込んで来る。オレは彼女のその態度を少々うざくも感じたけど我慢する事にした。レイだってこの本をすごく読みたがっていたのを知っていたから。


「あれ?」


しかしオレの期待とは裏腹に何故か本のどのページを開いてもそこには特に何も書かれていなかった。一体これってどう言う事?


「極意の書だな…」


事の推移を見守っていたシドウが言葉を漏らす。どうやら彼にはこの本の真髄が分かる様子。彼の言葉を聞いたオレは思わず聞き返していた。


「極意の書?」


「簡単に言えばその書自体にはあまり意味がない…封印を解くと言うのが大事なんだ」


「それって…」


「封印が解ければ免許皆伝と言う事だ、お主は実力を誇っていいぞ」


流石達人、シドウはすぐにこの本の真意を見抜いたようだった。オレはこの彼の言葉にすごく感銘を受けた。そして今の自分の実力にも大いに自信が持てた気がした。


「なぁ~んだ、何かすごい事が書かれているかと思ったのにな。ガッカリ」


本の中身が特になかったって事で逆にレイのテンションはだだ下がりだったけど…。

まぁ、こればっかりは仕方ないね。彼女はすぐに気持ちを切り替えてオレに発破をかけてきた。


「よし!じゃあ気をとり直してとっととこの支部をぶっ潰そう!」


このレイの切り替えの早さは見習わないとね…。


「よし!じゃあ行くか!」


先に飛び出した彼女を追いかけてオレも走って行く。

と、途中でシドウの事が気になって後ろを振り向いた。


「我の事は気にするな!先に行け!」


シドウもそう言ってオレを急き立てる。ああ、この人なら多分大丈夫だ…そう、オレは思った。そこでオレは彼に向かって一礼する。


「いい試合でした!有難うございました!」


オレはシドウにそう言い残すと先行するレイに追いつこうと全力で走って行く。

度重なる強力な衝撃波を受けた影響でこの部屋が崩れていくのはその少し後の事だった。

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