第38話 立ち塞がる壁 後編
ここで波の音やら海水浴客の声とかが聞こえてきたら間違いなく海の家だ。ここが海の家と違うのはその他にもう一点。こっちの方が重要な事かも知れない。それは…
ここにはオレ達以外お客さんが一人もいない!
この違和感はオレに警戒心を抱かせるのに十分だった。たまたまこの時間だからお客さんがいないんだろうか?それとも…?
オレはその事をレイにも話そうとしたものの彼女の顔がラーメン一色になっていたのでやめておいた。今の状態じゃまともな返事は期待出来そうにないし。
しかしレイはいつからそんなにラーメンが食べたかったんだろう?オレなんてここに近付くまでお腹すら空いていなかったのに。
色々頭の中で考えをまとめているとやがて美味しそうな匂いを漂わせながら注文通りに焼きそばとラーメンが運ばれてくる。取り敢えずは腹ごしらえかな。
「いただきま-す!」
オレ達は待ってましたとばかりに割り箸を割ってすぐにそれを口にした。気になるそのお味はと言えば…うんまぁ~い!の一言!
こう言う場所で食べる食事って何であんなに美味しいんだろうね。
いつの間にかオレ達はお互いに何も喋らずにただただこの食事に夢中になっていた。オレなんて食べる前はそこまでお腹が空いている風でもなかったのに。美味しそうな食べ物の雰囲気、恐るべし!
…あれ?何でこうなっちゃったんだっけ?(混乱)
この店の怪しさについて食べながら話そうと思っていたのに気が付けば一言も話す事なくお互いに出されたメニューを完食していた。
「ふぅ~美味しかった」
「ごちそうさまでした!」
オレ達が食べ終わったのを確認してさっきのにーちゃんがやって来る。綺麗に食べられた食器を片付けながら自信満々な顔をして彼は言った。
「どうだい?美味しかっただろ?」
「はい!」
その言葉に速攻でレイが反応する。ああ…あそこまでいい笑顔の彼女はこの旅の中で初めて見たような気がするよ。美味しい食事の力ってすごい。
「そいつぁ良かった!」
期待通りの返事が貰えて満足したのかレイの言葉ににーちゃんはニヤッと笑った。
けれど、オレはその笑顔に少し違和感を覚えていた。その違和感を払拭するためにオレは彼に声をかける。
「あの…」
「何だい?」
「いつもこんな風なんですか?」
「え?」
オレの質問はにーちゃんにうまく伝わらなかったようだ。ちょっと抽象的過ぎたかな?うん、言い直そう。
「気を悪くしたらごめんなさい。あの…お客さんが他にいないんで…」
「ああ~!」
オレの言いたい事が分かったのかにーちゃんがポンと手を叩く。そして彼は笑顔を崩さないまま、それが当然のようにこう言った。
「そうだよ!」
「え?」
いくら何でもお客さんがいないない事を笑顔で返すなんて…。この反応、どう考えてもおかしい。オレはこれには何か裏があると見るしかなかった。
「だってこのお店は君達のために作ったんだから!」
そう言いながらにーちゃんの口がぐにゃりと曲がる。しまった!やっぱりこれは罠だ!その不気味な顔のまま彼は続ける。
「料理、美味しかっただろう?」
う…。
何かお腹が急に痛くなって来た…ような?ラーメンを食べたレイは大丈夫なのか?
オレがレイの方を見ると彼女はきょとんとした顔をしている。あれ?人によって効きが違うのかな…。
ううっ!
ヤバイ!ヤバイヤバイ!下り龍だ!
「おおおお~!」
オレはそのヤバさに思わずその場にしゃがみこんでしまった。
「大丈夫かい?」
にーちゃんがわざとらしくとぼけた顔をしてしゃがんだオレを見下ろしている。こいつ!何て白々しい!
そうこうしている内にお腹の痛みはもう何も考えられないくらいの勢いになっていた。
「ト、トイレ…」
オレは絞りとるような声で何とかつぶやく。これが敵の策略だったとしたら簡単には教えてくれないんだろうけど…。最悪はこの場でやらかすしか…うう…。
「トイレならこの店の裏だよ、一人で行けるかい?」
「え?」
にーちゃんは意外とあっさり教えてくれた。あれ?そこはいいんだ…。
オレは彼の説明通りに店の裏のトイレに向かう。歩く度に爆発しそうなのを抑えるのが大変だった。
こう言う場合、その裏のトイレこそ罠だったりしそうなものだけどそのトイレは普通にあって、ドアを開ければ何の変哲もない便器が当然のように鎮座していた。助かったと言えば助かったけど…敵は何の目的があってこんな事を?
オレは状況がよく分からないまますぐに便座に座った。戦いはこれからだ!(汗)
「さて、お嬢さん…」
にーちゃんの興味の対象がレイに移る。あいつ、ひとりで大丈夫だろうか?
オレはこの時それどころじゃなかったからその後の対応は自動的にレイに一任する事に…。う…心苦しいけど仕方ない…今のオレにはこっちの戦いの方が大事なんだ。
「ナンパですか?」
にーちゃんの問いかけにとぼけた顔でレイが切り返す。レイ、状況をちゃんと分かってるのか?
「ナンパと言うかヘッドハンティングだよ…君はこのままアイツと行くつもりかい?」
「は?意味がちょっと分かりませんが」
「つまり…こちら側に」
「お断りします!」
そう、敵の目的は最初からレイをスカウトする事だったんだ。道理で彼女側のメニューに何の細工もしていなかった訳だよ。
話を持ちかけられた彼女はにーちゃんが言い終わる前に速攻でその誘いを却下する。その態度に奴もようやくその本性を表した。
「ならここから出す訳には行かねーなぁ…」
「あ、私、そう言うの得意なんで」
その頃オレは別の敵と戦っていた。この戦いは長期戦になりそうだぜ…。
「うおおおおー…」
あれから何度目の水を流しただろう。何mトイレットロールを犠牲にしただろう。
長い時間を掛けてようやくこの戦いにも終わりが見えて来た。
ジャアーッ!
ふぅ…。
長い長い戦いはついに終止符を打った。戦いはギリギリでオレの勝利だった。
今回は本当にマジでヤバかったぜ。あのにーちゃん、オレの焼きそばに一体何を混ぜたって言うんだ…。
しかし夢の中でまで食あたりだなんて聞いた事ないよ…(涙)。
オレが降り龍との戦いに勝利して店内に戻って来るとにーちゃんはその場で伸びていた。それを見ればひと目で何が起こったか簡単に予想出来る。ああ…ご愁傷様。
「ナンパされたから丁寧に断ったよ」
この状況に対してレイは笑顔でそう言ったけど、それ絶対嘘だよね。
お腹も満足したし怪しいにーちゃんも倒したしでひと仕事終えたオレ達が店を出るといつの間にか大勢の敵さんが列をなしてオレ達の目の前に勢揃いしていた。こう言う展開、何か久しぶりな気がする。うんうん、腕が鳴るなぁ。
「よくも極北支部特別諜報部隊長ルドラ隊長を!絶対に許さん!」
雑魚敵の皆さんの中のひとりがご丁寧にあのにーちゃんの正体をオレ達に教えてくれた。へぇ、奴の名前はルドラって言うのか。ま、もう二度と話す事はないだろうけど。
「一斉に行くぞ!それーッ!」
ボスを倒され義憤に駆られた敵の皆さんは一斉にオレ達に向かって来た。しかし今のオレ達の実力から言って彼らが一気に攻撃して来たところで何の障害にもならない訳で…オレ達は襲ってくる敵を千切っては投げ千切っては投げ…。あっと言う間に屍の山が出来上がった。
「あんまり手応えがなかった…」
「ね!」
数々の修羅場をくぐり抜けたオレ達に下っ端だけで対処しようってのがそもそもの間違いって言うね。敵さんもしっかりその事を把握して欲しいなぁ。
楽な方が嬉しいっちゃ嬉しいけどこうも手応えがないと物足りない…。
「こ、この…バケモンが…」
雑魚敵を倒し終わってオレが手をパンパンと払っていると、二度と話す事はないと思っていたルドラ隊長がボロボロの姿のまま店から出て来た。折角だから彼にこの絶壁を登る手段を聞いてみよう。素直に教えてくれるかどうかは分からないけど…。
「ねぇ、ルドラ隊長」
「な、何故俺の名前を?」
「あそこに転がっている部下の皆さんが教えてくれたよ」
ルドラはオレの言葉にその方向を見て絶句していた。まぁ、自分の部下達が全員綺麗サッパリ再起不能になってるから仕方ないかな。
「それでちょっと聞きたいんだけど」
ここでオレは満面の笑顔でルドラに迫る。そう、店で下剤入りの料理を出して来た奴と同じ態度をとってやったんだ。
「この絶壁を越える方法を知らないかなぁ?」
「あ…あわわわわわ…」
このオレの質問にルドラは泡を吹いて倒れてしまった。あれ?おかしいなぁ?警戒心を抱かせないように笑って聞いたって言うのに。
「ヒロトの顔、怖過ぎなのよ!」
「ええ…っ?」
レイの言葉はオレに取って心外だった。確かにイケメンとは言わないけど顔が怖いなんて今まで一度も言われた事はないぞ。マジで。
「でもそのおかげで絶壁を越える方法が分かって良かったじゃん」
そう、実はあの後ルドラは丁寧にオレ達に絶壁を超える方法を教えてくれていた。
でも説明し終わると一目散に奴は逃げ出したんだ。流石にビビり過ぎだろ…。
「まさかロープウェイがかかっているなんて」
ルドラの話が正しければここから少し離れた場所にこの絶壁を越えるためのロープウェイがあるらしい。その説明通りに歩くと本当に何だかそれっぽい建物が見えて来た。こんなのがあるって知ってたら父さん達も利用すれば良かったのに。
「あれ?」
ロープウェイに近付くと父さん達がそれを利用しなかった理由も分かった。
あのロープウェイ、敵専用だ。さっきの敵が雑魚ばかりだったとは言え、ここで連戦は流石にキツい…増援を呼ばれるかも知れないし。
「どうしよう?」
オレはつい弱気になってレイに相談する。すると彼女はあっけらかんとすぐに解決方法を教えてくれた。
「洗脳バンド使いなよ」
「あ…そっか」
オレは折角もらったこの便利アイテムの事をすっかり忘れていたんだ。こう言う時にこそアレを使うべきだよね。ああ…あの時ロロスの好意を断らなくて本当に良かった。
早速オレはバンドを装着してロープウェイに近付いた。さぁて、今度はどんな嘘をついてコイツに乗り込んでやろう…。お、そうだ!いい案を思いついた。
「オレは悪夢帝特別監査官ヒロウィだ、今ロープウェイに乗れるか?」
「隣の方は?」
「オレの秘書のレイスだ、勿論彼女も一緒に乗る」
「分かりました。すぐ動かします!」
ちょろい。実にちょろい。洗脳バンドのおかげでオレ達は何のリスクもなくロープウェイに乗って見事にこの断崖を乗り越えた。このロープウェイから見下ろす外の景色は中々に絶景だった。
オレがこの時もしスマホを持っていたらきっとここで写真撮りまくりだったろうなぁ。
ロープウェイを降りた後、オレ達はバレない内にとすぐにその場を離れた。きっとここから先の敵は更に強くなっているはずだ。
目の前に広がる不安を前にオレはもっと強くならなくちゃと心は焦るばかりだった。
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