第37話 立ち塞がる壁 前編

「うわあ…」


オレ達は並んでその絶壁を眺める。一体何mくらいの高さがあるんだろう。

夢の世界のオレは本気出せば100mはジャンプ出来るけどそれでも全然届きそうにない。目測だけど多分何千m級はあるんじゃないかな、コレ。


「アサウェル達はここをどう乗り越えたんだろう…」


ガサガサ…。オレは気になって地図を広げる。えっと…この絶壁の攻略方法はっと。


「何て書いてある?」


オレが地図を広げるとすかさずレイが覗き込んで来る。ちょ、顔が近過ぎるんですけど!(汗)


「………」


「何これ?頑張って登るって…」


レイがその文章を見つけて呆れた風に言う。そう、地図に書いている注釈によると父さんとアサウェルはどうやらこの目の前の巨大な壁を自力で登って越えたらしい。流石達人は何でもこなすんだな。

この注釈を読んだオレは改めてこの巨大な自然の壁を見上げる。


「うん、無理だね」


しかし他に方法なんて何も思い浮かばない。いくらここが夢の世界だからってオレ達は空なんて飛べない…。


いや?飛べないなんてただの思い込みかも!イメージが力になる夢の世界に不可能なんてないはず!よし!ここはひとつ空を飛ぶイメージで集中するんだ!


飛ぶぞ

飛ぶぞ!

飛ぶぞぉぉぉっ!


「ヒロト、何気合入れてるの?」


オレが空を飛ぼうと集中している途中でその集中を削ぐレイの声。あーもう、気が散った。こう言う大事な時に声かけないでくれるかなぁ。

レイのこの行為にオレはちょっと気を悪くしたけどでもそこは紳士的に答える。


「いや、空を飛ぼうと思って」


「は?まぁいいや、飛べそう?」


レイの返事はちょっとオレに対する侮蔑が入っているような気がしないでもなかったけど、別にここで事を荒立てる気はさらさらなかったのでここは出来るだけ穏便に。


「いや、まー…ちょっとね」


「ヒロトが簡単に飛べるなら今頃私は空を自自由自在よ」


「あ、あはは…」


何だか気まずい空気が流れていく。うーん、どうしたらいいんだ。

俺は何とかこの場を取り繕うと彼女に話しかける。


「やっぱり真面目にこの壁を登ろうか…」


「さすがタダシ様の息子さんは体力がありますねぇ…」


話しかけた結果がこれだよ!何でそんな返しが飛んで来るんだよ!

もしかしてレイは体力にそんなに自信がないとか?


「レイ、無理なら別について来なくても…」


「はぁ?全然余裕だし!ヒロトに出来るなら私にも出来るし!」


今日は何故かオレにやたら突っかかるレイ。女の子には機嫌が悪くなる日があるって言うけどもしかしてそれなのかな?アサウェルとの約束もあるしここで仲違いする訳には…。オレがそう思って悩んでいると…。


「ちょっと!あそこにお店があるよ!」


レイの指差す方向を見ると確かにお店があった。それはお店って言うかまるで海の家みたいな感じだった。何でこんな場所に出店しているのか色々疑問点も頭に浮かんだけど、ここで答えの出ない問題をずっと考えるよりあそこで何か情報を収集した方がいいかも知れない、そんな気がした。


「ちょっと怪しいけど…行ってみようか」


「やっぱそうなるよね♪」


レイの機嫌はいつの間にか直っていた。本当、女子の考えはよく分からないや。

てくてくとお店のある方に歩きながら僕は周りを見回していた。このエリアに入ってから特に敵と言う敵に出会っていない。今まで戦いが多かったからここまで襲撃に遭わないと何かと不安になってくる。見上げればいい天気で青空が眩しいし何だか調子狂っちゃうな。


そのお店は見れば見るほど海の家っぽかった。近付くほどにそれは確信に近いものになっていた。流石に浮き輪やゴムボートは売ってなさそうだけど…。その代わりに美味しい匂いが漂ってくる。この香ばしい匂いは…焼きそばかな?ますます海の家だよこりゃ。


「何だかお腹が空いてくるね」


この匂いを嗅いでレイがそう言って笑う。そう言われるとオレも何だかお腹が空いてくる。折角だし店についたら何か食べようかな。


じゅう~。


もっと店に近付くと匂いに続いてついに音まで聞こえて来た。鉄板で麺を焼くあの独自の音が更にお腹を刺激していた。


ぐぅ~。


「お!ヒロトのお腹が反応してる!」


「う、うるさいなっ!」


レイにお腹の音を指摘されてオレは恥ずかしくなった。考えてみれば何で夢の中でお腹が空いたりするんだ?考えれば考える程この世界は謎ばかりだ。きっと考えたら負けなんだろうな、うん。

それはそうとお腹を刺激する音と匂いの刺激で歩くスピードは心なしか早くなっていた。最早オレの頭の中は焼きそばとかラーメンとか海の家の定番メニューで埋め尽くされている。


「お!いらっしゃい♪」


ついにオレ達はお店に辿り着いてしまった。ここまで来たらもう引き返す事なんて出来はしない。ええい!毒を食らわば皿まで!…この例え、こういう使い方でいいんだっけ?

店番をしていたのは気のいい兄ちゃんだった。最初は少し罠を疑っていたけど素朴で陽気なこの兄ちゃんの顔を見ているととてもそんな風には見えなかった。


「まぁまぁ座ってよ♪注文が決まったら教えてくれよな!」


オレ達は促されるように店内へ。メニューがずらっと壁に張り出されている。

うん、これはまさに典型的な昔懐かしい海の家そのものだな。

でも何でこんな場所に店を出しているんだ…。言っておくけどここは海でもないし砂浜でもない。こんな所にお店を出してもお客さんが来るとはとても思えない。


「どうする?」


色々考えているとレイがオレに訪ねて来た。そこでオレは今の自分の考えを素直に述べた。


「うん…特に怪しいところはないみたいだけど…」


「そうじゃなくて座る場所を聞いてるの!」


匂いと音の刺激に空腹神経を刺激されたレイはすっかり自分のお腹を満たす事しか頭にないようだ。オレは彼女との意識のズレにちょっと頭を抱えたけど、すぐに頭を切り替える事にした。

もしこれが罠だったとして…その時はその時でしっかり見極めればいいか。

オレはレイに催促されるままガラガラの店内を見渡して適当な場所を選んだ。


「あ、じゃあここに座る?」


「分かった」


椅子に座ったレイはずっとメニューを眺めている。こう言うお店ってなんであんなにメニューが多いんだろうね。そんな訳でオレもレイに習ってメニューを決める事にした。


「えーと、それじゃあ焼きそば!」


「私はラーメンで!」


「焼きそばとラーメンね!有難うございます!」


オレは注文した料理が出来るまでこの店の雰囲気を確認していた。

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