第5章 2人きりの旅
第33話 悪夢への一本道 前編
「ねぇ…」
アメリカの砂漠にありそうな長い一本道を歩いているとふいにレイが話しかけて来た。うん?一体何の用だろう?オレは視線を変えずに答える。
「何?」
「そのタダシ様から預かった本、見せてくれない?」
レイはどうやらあの本に興味津々のようだ。
でもその裏には何か邪な狙いがあるような気がしてそのまま素直に渡すのは何だか少しためらわれた。
「何で?」
「私ならその封印、解けるかもよ?」
どうやらレイの目的は本にかけられた封印を解く事らしい。折角オレに託された本の封印を勝手に解こうとするなんてありえないでしょ!それにレイにあっさり封印を解かれてしまったら託されたオレの立場は…(汗)。
そんな訳でオレはその彼女の頼みを却下した。
「ばっ!そんな訳ないだろ!それにこれはオレに託されたものだし!」
「えー、ケチ!それ単に私に触らせたくないだけでしょ!」
オレに拒否されたレイはふてくされた。確かにレイの指摘は図星なんだけど…どんなに言われたって封印が解けるまで出来れば彼女にこの本は触らせたくない。
それがオレにとっても譲れないプライドだった。今更オレが小さい男だって思われても構やしない。どうせこれ以上レイの中での自分の評価は変わらないだろうし。
「じゃあ早く強くなって封印解いて内容を教えてよね!」
「わ、分かってるよ…」
このレイの言葉、何だか急かされているようで焦ってしまうな。
そんな急に強くなれたら苦労はしないって言うね…(汗)。
目の前に伸びる一本道は本当に長い。最初は適当にレイと話していたもののすぐに話題は尽きてしまった。それはお互いにプライベートの事は絶対に話さなかったからって言うのもあった。今更自分から言うのも気恥ずかしいし相手に聞くのも何か失礼な気がして。
それはレイの方も同じ考えだったのだろう。彼女側からもオレに対するプライベートな質問はなかった。そう言う意味でオレ達は結構似たもの同士なのかも知れない。
「暇だなー」
「敵も襲って来ないねー」
「一本道だから襲って来そうなものなのにね」
このレイの言葉、考えてみたらそれもそうだ。こんなに分かりやすい状況なのに何故敵は襲って来ないんだろう?
「まだこの道は続くの?」
「えーっと…」
ガサガサ…。
オレは改めてアサウェルから預かった地図を広げた。オレ達の最終目的地は浮遊城。
そこまでの道のりはっと…何々…まずここから先に進むと大きな壁があるらしい。
「その壁までこの道は続いているの?」
「とりあえず地図にはそう書いてあるね」
「それで?そこまでの距離とかは分からない?」
レイのこの質問にオレは地図を詳しく覗き込む。
地図には注釈とかびっしり書かれていたけど距離に関する正確な記述はどこにもない。アサウェルも父さんもその辺に関してはあまり関心がなかったのかな?
「手製の地図だし縮尺が正確どうかは分からないや…うーん」
「ま、道がまっすぐならいっか。歩いていればいずれ着くでしょ」
「だね」
オレ達はそう言って脳天気に進んでいった。疲れたら適当に休憩して…それにしても長閑だなぁここ。もう極北エリアに入っている事になっているはずなんだけど敵の気配も何もない。ここまで来てこんなに楽な旅でいいんだろうか?
この道中は楽勝かもなんて安心していたらそうは問屋が卸さないのがこの家業の定石で。のんびり進んでいたオレ達についに試練がやって来た。
「道が…分かれてる」
「えーっ!」
これは困った。どうやらこの地図が書かれた時代以降にこの場所に何かがあったらしい。多分この分かれ道のどちらかは罠。もしかしたらそのどっちもが罠かも…。
ずっと一本道だなんてこんな分かりやすいルートもないからね。
「どうしよう?」
「って聞かれても…」
どっちの道を選ぶにも前情報が何もな以上その根拠はないに等しかった。
だとしたら逆にどっちを選んだって問題ないとも言える。
「じゃあ折角だからオレはこの道を選ぶけど?」
「ヒロトがそう言うなら行ってもいいけど…」
レイのその言葉の調子から言って責任を全部オレに押し付ける気満々の御様子。いいよ、そんなリスクくらいなら余裕で背負ってやんよ!
「じゃあ決まりだ」
オレはしばらく悩んで直感で閃いた左側のルートを進む事にした。レイを連れて道を歩いて行くと段々霧が立ち込めて来て、それでも気にせずに進んでいると急に霧が濃くなって来た。
「ねぇ、この霧ってヤバくない?」
流石にこれはおかしいと言う事になってレイが辺りを見渡し始めた。
正直、この道を選んだオレも心の中ではかなり焦っていた。
「これは下手に動くと危ないかも…」
「ねぇ、どうするの?」
「えっと…」
オレがこの先の行動に判断を迷っていると霧はついにオレ達の周りをすっぽり取り囲むようになってしまった。もう至近距離でさえハッキリとは見えない。
「これ、道間違ったかもね…」
この状況にオレは情けない声でつぶやく。
「馬鹿ーっ!」
そのつぶやきにレイはオレの背中をぽかぽかと叩いた。その抗議が本気じゃなかったのはもしかして困っているオレを気遣ってくれているのだろうか?
「しかし、うーん、困ったなぁ…」
「しばらくは動かない方がいいよね」
この霧が敵の罠の可能性と言う事も考えてオレ達は立ち止まって辺りを警戒した。こんな時こそ精神集中だ。きっと視界を塞がれても集中すれば気配で敵を察知出来る…はず…。
しーん…。
ああ、何も察知出来ないこの沈黙が怖い。本当に敵がいないのか、ただ感知出来ていないだけなのか…自分の能力に全く自信が持てない。こんな時アサウェルがいたらどうするんだろう。歴戦の戦士の彼の事だから多分敵の気配なんてすぐに察知しちゃうんだろうな。
「そうだ!エネルギー弾で霧を吹き飛ばしちゃおうか?」
その時、レイがこの状況を打破する画期的な手段を提案する。それが可能かどうか間接攻撃手段を持たないオレは分からない。
でもレイがそう言うからにはそれは可能な事なんだろう。オレは彼女のこの提案に賭けてみる事にした。
「そんな事が出来るんだ?やってみて!」
オレの了承を得たレイは手に力を込める。この件に関して何も出来ないオレは彼女のこの作戦が成功する事を願って隣で固唾を呑んで見守っていた。
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