第30話 操られた父
夢の世界で初めて目にした父さんは何故か学ランっぽい服を着ていた。昔の学園モノの漫画に出てくる番長みたいな姿で不思議と似合っている。似合い過ぎていると言ってもいい。しかし何でそんな服装をしているんだ…。
「父さん!」
「タダシ!」
「タダシ様!」
その姿を見たオレ達は三人三様で同時に叫ぶ。
これは罠か?
それとも幻か?
それとも…。
「貴様ら…メアマスター様に逆らうとはいい度胸だ…」
あ、お約束の展開だこれ(汗)。
敵に洗脳されたかつての強力な味方。物語としてはテンプレだよね。
こんなに都合良く現れるんだもの、そうじゃないかって気はしていたよ…。
「タダシ!」
アサウェルが叫ぶ!かつての親友の言葉なら父さんに届くか…?
「貴様、何俺の名前を偉そうに呼びやがる!俺はメアマスター様直轄独立エージェント番長タダシだ!番長って呼びな!」
「ば、番長…」
その肩書を聞いたオレは思わずつぶやいていた。ダサい!ダサすぎる!
でも父さんのセンス的には合ってる気もする…(汗)。
洗脳で敵側に寝返ったとは言え相手は間違いなくずっと探していた父さんだ。
そしてオレ達三人はみんな父さんに好意を持っている。
もし戦いになればまともに戦えるはずがない…これは一体どうしたらいいんだ…。
「そんな…タダシ様…私の事も覚えてらっしゃらないんですか?」
レイが今まで聞いた事もないような可憐な声で父さんに話しかけている。
正直ちょっとキモい…(汗)。普段通りの方がまだ話も通じるんじゃないのか?
「あ?誰と勘違いしている?」
あーうん、親友の事すら分からないのにレイの事を覚えている訳ないよね。
父さんのこの言葉にレイはかなりの精神的ダメージを受けている。あ~あ、ショックでぺたんとその場に座り込んじゃったよ。
「うう~」
それからレイは頭を抱えて言葉にならない声を出している。うーん、大丈夫かな?
「レイ…」
「何よ!アンタも何か言いなさいよ!息子なんでしょ!」
心配してレイに声をかけると何故だか知らんけど逆ギレされた。もう訳分からん。
しかし確かにオレも父さんに何か話しかけないといけないよな。
「父さんは…って言っても今は通じないんだろうけど…」
「ああ?俺に息子だと?笑えねぇな!」
やっぱりと言うか案の定と言うか、父さんはオレの事も綺麗サッパリ忘れていた。うわ…レイじゃないけどこの仕打って地味にショックだわ。
でもせめてどうにかして父さんと話をしないと…。そ、そうだ!
「ば、番長はここに何しに来たの!」
自分の父親に番長って呼びかけるのはかなり勇気がいったけど、スムーズに会話するためだと言い聞かせて何とかオレは父さんがここに来た目的を聞き出そうとした。
「そんなの決まってるじゃねぇか」
「………」
ごくり。大体答えは想像出来るけど緊張するな。
自分から聞いといて何だけどあんまりその先の言葉は聞きたくはなかった。
「お前たちをぶっ殺しに来たんだよ!」
うん、お約束通りのセリフだ。そうして父さんがオレ達に向けて拳を振り上げる。
「待てっ!」
「んあ?」
その時、声を荒らげたのはアサウェルだった。いつも穏やかで紳士的な彼が急にあんな大声を出すだなんて…。オレもレイもその彼の気迫に圧倒されていた。
「ここは場所が悪い、場所を変えよう」
「ふん、まぁいいぜ」
洞窟内で戦闘をすれば下手したら洞窟が破壊されて出口が塞がれて奥の小人たちが生き埋めになってしまうかも知れない。アサウェルはきっとそれを止めたかったんだ。
折角父さんが救った小人を父さん本人が苦しめる事になってはいけない…これもアサウェルなりの心遣いなんだろうな。
「ここならいいか?」
父さんが指定したのは洞窟を出てすぐの何もない空き地だった。ここなら多少派手にやらかしても多分どこにも迷惑はかからないだろう。
「ええ…問題ありません」
さっきまですごい気迫だったアサウェルがいつの間にか普段通りの冷静で紳士的な口調に戻っていた。
しかしその心の中には深い悲しみと淋しさと父さんを洗脳した悪夢帝への怒りを宿している…ようにオレには見えた。
「じゃあ早速行くぜぇ!覚悟しなっ!」
父さんはそう言うとオレの目にも止まらない早さで攻撃を仕掛けてくる!それをアサウェルが同じ早さで的確に受け止める!
人形と人間、体格差からも不利なはずなのに二人は全くの互角のように動いている。
これが極めた者同士の戦いなのか…っ!
「やるじゃねぇーか!」
「あなたも…衰えていませんね」
父さんが使っている技は間違いない…狼牙虚空拳…。同じ技を使っているのに精度や威力が桁違いだ…何このレベルの差!本当にオレはいつかこの領域まで技を極められる事が出来るだろうか…?達人二人の戦いを見ながらオレはただ自分の将来について不安が増すばかりだった。
「ねぇ…私達どうすればいいと思う?」
この戦いを眺めながら珍しく気弱なレイがオレに尋ねる。
「そんな事言ったってオレにもどうしていいやら…ただ…」
「ただ?」
「アサウェルがピンチになったら彼を助けるよ…どれだけ出来るか分からないけど」
「そうだね…」
そんな訳でオレ達は二人の戦いに何も出来ずただ見守っていた。何かしようにも結局それは二人の戦いの邪魔になるだけだって分かっていたから。
息の合った二人の戦いはずっと続くようにも見えた。それは見ようによっては美しい演舞のようだった。父さんが攻めればアサウェルが受け、アサウェルが攻めれば父さんが受けていた。それは寸分の狂いもない精密機械のようなやりとりだった。
(今後の参考にしようと思って見てはいるけど凄すぎて何の参考にもならない…)
オレは二人の戦いをポカーンとした顔で眺めていた。それをレイが情けないと思いながら見ていただなんてこの時は全然気が付かなかった。
ガキッ!
戦っている二人の力が拮抗する!その時生まれた衝撃波は辺りに爆風を生み出していた。強い砂嵐の中でそれでも二人は笑いながら…まるでこの戦いを楽しんでいるようにすら見えた。
「このままじゃ埒が明かねーな!」
「そのようですね!」
その時、オレはアサウェルの気持ちが少し分かった気がしていた。洗脳されたとは言え、そこにいるのは間違いなくずっと探していた親友だったんだ。きっと会えた事が嬉しくて仕方ないんだ…って。
「仕方ねぇ…したくはないが卑怯な手を使わせてもらうぜっ!」
父さんはにやりと笑ってそう言うとオレ達に向かって手をかざす!勝敗の付かない戦いの中で突然父さんの攻撃対象が変わった!ヤバイ!今のオレ達の実力じゃ父さんのあの攻撃には耐えられない!
「さあどうするよっ!」
父さんはそう叫ぶと手から桁違いのエネルギー波を傍観しているオレ達に向かって解き放った。それはレイが放つそれよりも数段威力の高いものだ。もし…もしこんなのが直撃したら…!
カッ!
ズドォォォン!
「う…」
父さんの攻撃を前にギュッと身を固めていたオレ達は何故か無傷だった。強烈なエネルギー波はオレ達を除いて辺りを黒焦げにしていた。
「な、何故だ…何故お前がこんな事を…」
攻撃を放った父さんが動揺している。
そう、アサウェルがオレ達をかばって父さんの攻撃を一手に引き受けていたんだ。
「何故って…彼らは最後の希望で彼を守る事は君の望みでもある…」
「な、何を言って…」
父さんの一撃をまともに受けたアサウェルは言葉を最後まで言い切れずその場に突然倒れてしまった。流石のアサウェルも父さんのあの一撃をまともに食らっては無事で済むはずがない…。
このアサウェルの行動を目にして父さんは動揺していた。
「アサウェルッ!」
「ヒロト…このくらいは平気です…どうか心配なさらぬよう…」
「何が大丈夫だよっ!ボロボロじゃないかっ!」
倒れるアサウェルを抱き抱えながらオレは叫んだ。
それから自分の主張がどれほど父さんの心に刺さるかは分からなかったけどオレは腹の底から自分の思いを叫び続けた。
「父さん!父さんはアサウェルが本当に分からないの!父さんの親友なんだよ!」
「う…さっきからお前は…お前は何を言っている?俺に親友など…うああああっ!」
オレの言葉に反応したのか父さんは急に頭を抱えて苦しみだした。もしかして…父さんにかかった洗脳が解けかけている?
これはもしかしたらチャンスかも知れない…そう考えたオレは父さんへの呼びかけを更に続ける事にした。
「父さん!オレだよ!息子のヒロトだよ!父さんに頼まれてここまで来たんだ!」
「ううううう…やめろ!頭に…響く!」
「父さん!正気に戻ってよ!いつもの父さんに戻ってよ!」
「や、やめろおおおっ!」
オレのこの叫びに対してついに父さんは頭を抱えて苦しみだした。間違いない!これは効いている!効果は抜群だ!よし、もう一声っ!
「とうさっ…」
「そこまでにしてもらおうか!」
オレの説得を中断させたのはどこかで聞いた事がある聞き覚えのある声、そう、砦で一線交えたあのロアードだった。こいつ!いつからここにっ!
「ふん、いつからいたんだって顔だな…俺はずっといたさ。何を隠そう番長をこの洞窟に送り届けたのもこの俺だ」
「何っ!」
どうやらロアードはオレ達と父さんの戦いを最初からずっと何処かから眺めていたらしい。な、何て悪趣味な奴なんだ。
「おかげでいいものが見れたよ、君達に感謝しよう。だがこれ以上はいけないな」
ロアードは全て分かっていたんだ。それでいて自分は加勢せずにこの戦いを見物していた。つまりそれはオレ達の戦力が敵にとって脅威ではないと判断されているって事。な、なめやがって…っ!まぁ、否定は出来ないけど…(汗)。
ロアードは頭を抱え苦しがっている父さんを抱えている。そんな奴に向かってオレは叫んだ。
「父さんをどうする気だっ!」
「番長は魔法が解けかけているからね…もう一度ちゃんと魔法を掛け直さないと」
「そ、そんな事はさせないっ!」
「また会おう、ヘタレ息子君」
そう言うとロアードはニヤリと笑って父さんを抱えたまま姿を消してしまった。
ここまで来て…やっと父さんと会えたって言うのに…。もうちょっとで手の届く所まで来ていたのに…。
後もう少しのところで敵に父さんを奪い返され、オレ達に残されたのは大きな敗北感と無力感だけだった。
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