第3章 最後の大陸へ

第18話 断絶の港

「此処から先は…もう後戻り出来ませんよ…」


アサウェルがいつにもなく真面目な顔でそう言った。

目の前にはいかにも不穏な海が広がっている…ボスの住むエリアが近付いている感じがズンズンと伝わって来た。そう、この夢世界にも海があったんだ。

北部エリアを少し進んだこの場所から先は船で次の陸地に進む必要がある。情報によれば海を渡った先はすでに敵に占拠されているらしい…今までとは危険度が段違いだ。

けれど…その分今までに入らなかった情報が入手出来る可能性も高まってくる。物語的に言えばクライマックスに入る序章と言ったところだろうか…。


「ビビリ君はもうちょっと修業が必要なんじゃない?」


アサウェルの言葉を受けてシリアスな顔になっているとレイがオレに向かってそんな軽口を叩く。前の戦闘で苦戦したオレは彼女に対して何も言い返せなかった。

しかし…レイも一体何者なんだよ…。



「私はタダシ様に救われたの!」


「え…」


この彼女の言葉にドン引きするオレ。いきなり自分の親を様付けで呼ばれたら誰だって引くよね…。まぁそれだけ危険なところを父さんに助けられたんだろうけど…。


オレ達はネットの国の悪の事務所を壊滅させた後、次の目的地へと向かっていた。

そこで話は当然のようにレイの事になっていく。


レイは幼い頃にこの世界に迷い込んで悪い奴に捕まりそうになったらしい。人間でこの世界に迷い込めるのはとんでもない能力を秘めているとかで夢世界の悪党からはかなり注目されてしまうのだそうだ。


「私ってその頃はまだ幼稚園児で何にも出来なかったの」


「そこを父さんが助けてくれたんだ…」


「そう!あの人こそ本物のヒーローよ!」


レイの父さんへの心酔ぶりはちょっと引くくらいだった。

確か今から10年位前は父さん格闘家を引退して冒険家になった頃かな。

あの頃は父さんのファンが沢山家にやってきて対応が大変だったなぁ…(遠い目)。


「タダシ様に助けてもらった私は一生懸命腕を磨いたの!いつかお役に立てる日が来ると信じてね」


「で、父さんが倒された前の戦いには修行に夢中になっていて間に合わなかったと」


「だから悔しいんじゃない!私はタダシ様がそんな戦いをまた挑んでいる事すら知らなくて…」


レイが気迫のこもった顔で力説する。ああ、本当に父さんの事を尊敬しているんだなぁ。


「ところでアサウェルはレイの事知ってたの?」


「いえ、初耳です。あの頃タダシはこの世界に迷い込んだ人間を日々の日課のように助けていましたから」


「だってさ」


「さすがタダシ様!当たり前のようの人助けをするなんて素晴らしい!」


まぁ父さんにとっては体を動かすのが趣味みたいだったし人助けはついでみたいなものじゃないのかなぁ?

でもこの事はレイには言わないでおこう。折角の彼女の幼い頃の美しい思い出を壊してもいけないしね。


「でもあなた!タダシ様の遺伝子を引き継いでいるのにあの体たらく!失望よ!」


(失望…確かアサウェルに初めて会った時もそう言われたっけ…何でオレにそう勝手に期待するんだよ…)


勝手に期待されて勝手に失望される事に嫌気がさした俺はポツリとこぼした。


「大器晩成型なんだよ…多分」


「本当、そうあってくれないと困るんだから」


何がどう困るのかよく分からなかったけど彼女の実力は本物だ。ここはうまく機嫌をとって…その必要はないか、彼女は進んで仲間になってくれたんだし。

旅の目的が一緒ならよほど機嫌を損ねない限り共に戦ってくれるに違いないよ。


「でも本当にすごいね…エネルギー弾が撃てるんだから」


「でしょ?これで絶対タダシ様を助け出すんだ」


話を詳しく聞くとレイのこの技は独学らしい。某漫画に影響されて真似をしていたら出るようになったんだって。流石夢の世界!イマジネーションは力になるね!



しかし遠隔攻撃が出来る仲間が出来たのはいいけどこれでますますオレの存在価値がなくなったって言うね…(汗)。これからはレイとアサウェルの二人が戦っているのを生暖かく見守る係になろうかなぁ。

つまりアレだ!水戸黄門の八兵衛的ポジションってやつ?もしくはバトル時における実況担当!うん、物語においてそう言うキャラって必要不可欠だよね!


「ヒロトももっと鍛えて早く実践で使えるようになってね!」


レイはそう言いながらオレをさげずむ様な顔で見ている。うん…どうやらそう言う手抜きは許されそうにないね…(汗)。残念。

しかしこう言う話ばかりもちょっと息が詰まるな。話題を変えてみようか。


「そうだ…レイってオレと同じ人間なんだよね?現実じゃどこに住んでるの?」


「はぁ?今その話題必要?あなたのお父さんが生死不明ってこの非常時に?」


オレはちょっと話題を変えようと思っただけなのに…どうやら彼女の頭の中はオレの父さんの事で頭がいっぱいみたいだ。これは父さんを見つけるまで彼女と余分な話は出来そうにないなぁ…。



「もう心の準備は出来ていますか?」


向こう岸へと渡るフェリー乗り場でアサウェルが改まってオレ達に聞いた。

何度も念を押さなくてもオレ達の気持ちはもう知っているはずだろうに。


「準備も何も覚悟はもうとっくに出来てるわ」


「オレも…構わない」


「よし…それじゃあ船に乗り込みましょう」


オレ達は断絶の港と称されるその港から船に乗って敵の支配下の大陸へと乗り込んでいく。海は恐ろしいほど静かでそれはまるで嵐の前の静けさのようだった。

この先は何が起こるのか全く予想がつかない。

けれどようやく本当に父さんの手がかりが見つかる気もしていた。最悪の展開も予想出来るけど何も分からないよりははるかにマシだ。


流石に敵の本拠地へと向かう船だけあって船内の客も船員も曰く有りげな人ばかりに見えた。けれどここで暴れても何の得にもならない事をみんな知っているみたいで襲ってくる輩は誰一人としていなかった。

オレ達はそれでも警戒しながら船が無事に向こう岸につくのを待っていた。


不安定な空模様は視界をひどく悪くさせる。それはまるでアニメとかで敵の本拠地に向かう有り触れた演出のように見えた。

けれどこれはこの時期特有の天候のせいで普段は青空が見える普通の海なんだそうだ。今のこの景色を見てもとても信じられないけどね。


洋上では恐ろしい程何も起こらないまま、船は無事に航海を終える。見えてきたその大陸は見た目は余りそれまでの世界と変わらないように見えた。

考えてみればフェリーが往復するんだからそこまで治安が悪いと言う事もないのかも。


フェリーが港に着いた事でオレ達は船を降りた。

此処から先は何が待ち構えているのか…オレの心は不安しかなかった。

この港に広がる港街はそれなりにちゃんとした街になっていて、少し早いけど今日はここの宿に泊まる事になった。


「最初に忠告しておきますが…安全なのはこの街が最後だと思った方がいいですね」


部屋に入った途端、アサウェルがいきなり怖い事を言った。そりゃ…そのくらいの覚悟はしているけど、改めて言われると段々緊張が高まってくる。

ちなみにレイは力を存分に振るえるのが楽しみらしい…何てメンタルが強いんだ…。

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