第2章 冒険の始まり

第8話 イチゴの国

「この夢の国の世界って広さとかどのくらいあるのかな?」


オレは歩きながらアサウェルに聞いてみた。

考えてみたらこの世界の事をオレは何も知らないんだったよ。

アサウェルはコホンと小さく咳払いをするとこの世界について語り始めた。


「この世界は広大です。何せ世界中の人間の夢の集合体ですからね…」


「うぇ…」


このアサウェルの話を聞いてオレは何だか気が遠くなってしまった。

どこまでも広がる目の前の夢の大地はオレ達が目的を果たすのを拒むかのように果てがなかった。

その話を聞いてオレが途方にくれているのを横目にアサウェルがこの旅の最初の目的地を告げる。


「今日はイチゴの国まで行きましょう…」


「はは…流石夢の世界だね」


アサウェルによるとイチゴの国はここから一番近い夢の国。

国民全員イチゴが大好きでイチゴ関係の産業が盛んらしい。

夢の中の国だけあって建物全てイチゴがベースになっていてそのイチゴの部分は食べられるらしい。うん、イチゴ好きにはたまらない国だね。

オレはその話を聞いてポツリと漏らした。


「その国にも敵はいるのかな…」


「ま、油断はしない方がいいでしょうね」


オレのつぶやきを受けてアサウェルは真面目な顔をしてそう答える。

今度敵が襲って来るような事があったら…前のような無様な姿は見せられないな…。


適当に話をしながら歩いていると大きなイチゴの形をした建物が視界に入って来た。

どうやらあれがイチゴの国と言う事なんだろう。

そこはイチゴ好きが集まったイチゴ好きのための楽園。

この国に入国するにあたってオレはつい不安になってアサウェルに聞いてみた。


「オレ達があの国に入って何も問題とか起きないかな?」


「何も問題ありません。あの国はイチゴ関係者以外も多く行き来していますから」


「ふぅん…」


と、言う訳でオレ達はイチゴの国に入国した。

入国と言っても現実世界みたいにパスポートがいるとか厳しい入国審査があると言う訳ではなく、国境で担当役人に身分と入国理由を説明すればいいだけ。実に簡単。

この入国手続を済ませた後、オレはアサウェルに尋ねた。


「この国に父さんがいる訳…はないよね。まずはここで何を?」


「まずは国王に謁見して、それから情報収集でしょうか」


「えっ?国王?」


そのアサウェルの返事を聞いてオレは耳を疑った。

実は過去に世界を救ったアサウェルはこの世界でもかなりの有名人らしい。

大抵の国では顔パスでしかもそれぞれの国の国王とも面識がある。

オレはアサウェルの存在を改めて認識し直した。コイツただの人形じゃねぇ!


右も左も分からないオレがアサウェルに付いて行くとやがて目の前にイチゴの城が現れた。

誰が見てもひと目で分かるそのファンシーなお城は屋根がいちごの形をしていて実に美味しそうだった。理屈は分からないけどイチゴの美味しそうな匂いがプンプン漂ってくる。この街自体どこからでもイチゴの匂いは漂ってくるんだけどお城のイチゴの匂いはかなり上質なイチゴの匂いだった。


流石世界を救った英雄のアサウェルはこの城への入城も余裕で顔パスだった。

城を守る衛兵にも深々とお辞儀をされながら当然のように城の中を歩いて行く。

案内の兵士の先導でオレ達はスムーズに城の謁見の間までやって来た。


「今から王が来るまでの間、しばらくここでお待ち下さい」


何だか成り行きでこの国の王様に謁見する事になったしまったオレ達。

こんな高貴?な場所…例え夢の世界とは言えオレは初めてな訳で…その緊張感はハンパなかった。それは緊張して何も喋れなくなるくらいだった。

そんなオレが緊張していると、しばらくしてイチゴの国の王様が現れた。


「よう!アサウェル久しぶり!」


そうフランクな言葉で挨拶をしながらアサウェルにハグをするイチゴの国の王様。

その光景にオレはただただ呆気にとられていた。流石夢の国の王族は一味違う…。


イチゴの国の王様は背は意外に低くて身長150cmくらい?

もしかしたらイチゴとかけているのかも知れない。

丸っこい体型で真っ赤な服を着ていてまるでイチゴを擬人化したみたいだった。流石イチゴの国の王様。さらに丸い顔に可愛ひげがアクセントになっていて人懐っこそうな愛される顔立ち…この王様は本当に絵本で見かけそうな夢の国の登場人物っぽい感じだなぁ。

確か前にアサウェルに聞いた話だと夢の国の人間はある程度自分の願望で見た目を変えられるらしいから…。

と、頭の中でそんな想像をしていると王様がアサウェルの隣りにいるオレの方に顔を向けた。


「そちらは?」


アサウェルとの再会を堪能した王様が次にオレに興味を示して来た。

この場合、どう反応したらいいんだろう…困ったぞ…。


「え、えーと…」


「彼はタダシの息子です」


王様を前に上手く喋れないオレを見かねてアサウェルが助け舟を出してくれた。

この情報を知った王様は何かに気付いたようにぱあっと明るい顔になった。


「おお!タダシの!父君には世話になったぞ!」


王様はそう言って今度はオレをハグして来た。

オレは変に反応するのも失礼に当たると思い王様からのハグをただ受け入れていた。

ハグから伝わる王様の体温は暖かくて不思議と優しい気持ちになっていた。

そして王から漂うこの香りは…そう、イチゴの香りだった。


「それで今回は何をしにこの国に?」


ひと通りの挨拶を終えて王様はアサウェルに入国の動機を聞いた。

ふぅ、やっと本題に入ったよ。


「タダシが行方不明になったのは知っていると思いますが…」


「そうだったな…君も一時はそんな状態だった」


話が本題に入った途端、さっきまでのフランクな状態が一変して急にシリアスな雰囲気になった。やっぱり、真面目な話は真面目モードになるよね。

真剣な顔をして真面目に話す可愛い顔の王様って言うのも結構シュールだけど。

話が本題に入ってアサウェルは王様に改めてこの旅への協力を求めた。


「何か情報が入っていないかと…」


「私も気になってそれとなく探りは入れているが…」

 

この王様の話しぶりから見て、どうやらこの国で得る情報はなさそうだった。

王様は話を聞いて落胆するアサウェルを気遣って今後も彼に協力する旨を伝えた。


「とにかく、気を落とさんでくれ…今後何か情報を得たら必ず君に知らせよう」


「はい…よろしくお願いします」


それから話は他愛のない軽い世間話に変わりそうこうしている内に王様との謁見は終わった。

城での用事が終わったオレ達はその足で城下街へと戻って来た。

城の中もかなりのものだったけどやはりこの国のイチゴ臭は際立っている…。

あまりにイチゴの匂いが強過ぎてオレはこの匂いが少し嫌になりそうだった。


やっぱりこう言う匂いはさり気なく香るくらいがちょうどいい。

どんないい匂いも度を越すと悪臭と変わらなくなる…そうオレは思った。


「これからどうするの?」


「政府がダメなら民間での情報収集、これは常識です」


アサウェルはそう言って情報収集ではお約束の街の酒場へと向かう。

あの…オレ、未成年なんだけど…まぁ夢の中だからいいのかな。


「君はノンアルコールですね」


「あ、はい」


淡い期待を抱いていたオレはアサウェルに先に釘を刺されてしまった。

ま、言われなくても別に飲む気もないんだけどさ。


オレ達二人はイチゴの匂い漂う街でも一番それっぽい酒場へと向かう。

どうやらそこはアサウェルがいつも使う情報収集の場所らしい。

話によるとそこはその手の情報通がよく通っているのだそうだ。


見た目はみすぼらしいくらいのその建物は、しかしかなり繁盛している様子だった。

近付くとその賑やかな声が外からでもはっきり聞こえてくる。

確かにここなら父の情報が何かしら入っていてもおかしくはないなとオレは思った。


キィ…


「いらっしゃ…よう!アサウェル!久しぶりだなぁ!」


店のマスターが陽気にアサウェルに声をかける。

やはりここでも彼は有名人のようだった。


「そいつは?まさかタダシの息子かい?」


オレはその言葉に無言でコクリと頷いた。

しかしすぐにその事に気付くなんてオレって結構父親に似ているのかな?

酒場のマスターはオレの正体を確認すると嬉しそうに豪快に笑って歓迎してくれた。


「そうかい!いやあこれは嬉しいねぇ!タダシの息子がこの店に来てくれた!」


「彼にはジュースで頼みます」


「ああ…まだ未成年なんだな…了解だ」


アサウェルの注文を受けてオレの前に上機嫌なマスターからイチゴジュースが出された。何と気を利かせて炭酸入りだ。

この酒場に来た目的は情報収集だからオレは別に何を出されても文句はない。


更に一緒にストローもついてきたが、さすがにそこまで子供じゃない。

オレはコップに口をつけてダイレクトにそのジュースを飲んだ。


「…うまい…」


何だこれ!見た目はありふれたイチゴジュースのはずなのにすごく美味い。

甘酸っぱい苺の風味と喉を刺激する炭酸の具合が最高だった。

オレのこの言葉に酒場のマスターも上機嫌だった。


「だろ?ウチのイチゴソーダはこの国一番さ!」


あまりに美味しくてオレはすぐにこのイチゴソーダを飲み干してしまった。

その味は今まで飲んだどんなジュースよりも美味しかった。

夢の世界、恐るべし…。


オレがイチゴソーダの味に感動している内にマスターとアサウェルはしっかり情報収集をしていた。

この時、大人の話に子供は不要とでも言う雰囲気を感じてちょっとした疎外感をオレは覚えていた。


「それじゃあここにも情報は入っていないのですか…」


「ああ…逆に言うと情報の入らないエリアにヒントが隠されているのかもな…」


「危険地帯ですか…リスクが大きいですね…」


「だが…いつかは足を踏み入れなくちゃいけないだろ」


「ええ…分かっています」


マスターとの話でも結局分かったのはここには何も有効な情報はないって事だった。

酒場で軽い食事を取ったオレ達は宿に泊まって一日の疲れを癒やす事にした。

今日は戦いこそなかったものの一国の王様に謁見したり酒場初体験したりと中々に濃い一日だったな。

宿のベッドに横たわるとオレはすぐに深い眠りへと入っていった。


夢の世界で睡眠を取る何とも矛盾した行為…。

気が付くと現実の朝になっていた。


チチチ…チチチ…。


今朝も目覚ましが鳴る3分前にはハッキリ目が覚めていた。

やれやれ…こんな日々がこれからしばらく続くのか…(遠い目)。

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