第7話 出発!

「もうそろそろ技の修行も付けてくれないかな」


この夢の世界に入って3週間、オレはまだ基礎的なトレーニングしかさせてもらっていなかった。

もうこの世界内では十分基礎的な能力は身についたと思う。

だからそろそろ技の練習とかに移ってもいい頃合いだよね?


「君は父親から何も教わっていなかったのですか?」


技を求めるオレに対してアサウェルはそう言ってオレの方を見つめた。

オレを見つめるその眼差しは少し落胆した風にも見えた。

ん?オレ何かアサウェルを失望させるような事言ったっけ?

うーん、よく分からないけど一応この質問には真面目に答えておくか…。

えぇと、父から教わった事ね…確か…幼い頃に…。


「父からは型の真似事程度くらいなら…」


「では、それをやってみてください」


アサウェルの指示で子供の頃に父に教わった型を思い出しながら実演する。

もう殆どうろ覚えだったので実際にはそれはなんちゃって演舞だ。


ハアッ!


今までのトレーニングで体が軽くなった分、その動きはまるで別次元のようだった。

早速ここで今までの基礎トレーニングの効果が現れていた。


龍の型、虎の型、魚の型、猿の型、狼の型、鮫の型、羊の型、麒麟の型…。


父から教えられた型、もうすっかり忘れたと思っていたのに身体はしっかりと覚えていた。幼い頃叩きこまれた事って案外忘れないものなんだなぁ…。

流れるように演舞を披露しながらそれに対して自分でも身体を動かすのが楽しくなっていた。


(動く、動くぞ!体が動くってこんなに楽しいんだ!)


始める前は演舞を披露する事に対して少し面倒にすら思っていたはずなのに演舞が終わる頃にはもう終わるのかと残念に思うほどになっていた。

そうしてオレが披露するこのなんちゃって演舞は終わった。


「ちゃんと出来ているじゃありませんか」


オレの演舞を見終わってアサウェルはニコニコ笑顔でそう言った。

その笑顔は人形ながらとても満足したような顔をしていた。

それからしばらくしてアサウェルは納得したように頷いて口を開いた。


「ではそろそろ頃合いでしょうか」


「何が?」


アサウェル、一体これから何を始めようって言うんだろう?

この様子から見て彼には何か秘めた計画のようなものがあるみたいだった。

オレが固唾を呑んで様子を窺っていると意を決したアサウェルが口を開いた。


「出発です!ここを離れますよ」


「えっ?」


「まずは君のお父さんを探しませんとね」


そうか!まだ父さんは死んだ訳じゃなかったんだった。

アサウェルはオレがとりあえず使い物になるまで待っていてくれたんだ。

つまり彼のこの発言はオレが旅をしても問題無いと判断したって事。

アサウェルのこの発言をオレは嬉しく受け止めるのだった。


「うん、行こう!」


こうして夢の世界での旅が始まる事になった。

これから一体どんな冒険がこの先待ち受けているんだろう。

そう考えるとオレの心は期待で一杯になっていた。

旅に対する不安なんてこれっぽっちも感じなかった。

きっとたっぷり修行したおかげで自分に自信を持てていたからだと思う。

逆に敵と出会ってアサウェルに鍛えた自慢の腕を披露したいくらいだった。


「そういえば修行の間、敵に全然出会わなかったけど…」


「邪魔する敵はみんな私が片付けておりました」


「ああ…やっぱりね」


オレ達は歩きながら他愛もない会話を続ける。

今まで疑問に思っていた事の答えもこれでスッキリした。

やっぱり見た目通りアサウェルは紳士だった。


「アサウェルはさ、最初から人形だったの?」


「いえ、昔は色んな物に変われたんです…それで最後に行き着いたのがこの体です」


「えっ?じゃあ今でも変われるの?」


オレはアサウェルのその答えに興味を持った。

色んな姿に変われるならもっと強い姿になったっていい。

そもそも追われているならずっと同じ姿でいる方が不利なんじゃないかと…。


けれどこのオレの質問にアサウェルは少し寂しい顔をしながら一言つぶやいた。


「それが敵のボスと戦った時に…この姿から変われない呪いを受けてしまいました…」


「そ、そうなんだ…それは残念だね」


あちゃあ…この質問はどうやら地雷だったっぽい。

オレはそれからしばらくアサウェルに声が掛け辛くなってしまった。


無言のままオレたちはただ目の前の道を歩いて行く。

こう言う時、誰か陽気な仲間がいてくれたらな…そう思った。


(この先、このままずっとアサウェルと2人で旅を続けるんだろうか…)


そう思いながら見上げた空は流石夢の世界らしくすごく表現の難しい色合いをしていた。

その色合いはまるでこの旅の前途を予見しているようで…オレは少し不安になって来ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る