第9話 バナナの国

不思議。

夜になって眠ったら昨夜の夢の続きが始まった。

しかし…本当にシンクロしているんだなぁ。


「ふあぁ~あ」


そんな訳でオレはイチゴの国のに宿屋で目覚めた。

さて、今日は一体どこに向かうんだろう。

その行き先はアサウェルしか知らない。

同じ部屋に泊まったはずなのにもう彼はいない。


「下の食堂かな?」


オレもとりあえずベッドから降りて出かける準備をして部屋を出る。

イチゴの匂いに包まれたこの部屋ともお別れだ。


「遅かったですね」


オレの姿を見て声をかけるアサウェル。やっぱり食堂にいた。

彼はイチゴクリームのかかったパンケーキなんか食べていた。


「あ、同じので」


オレは向かい側の椅子に座って朝食の注文をする。


「起きたんなら起こしてくれれば良かったのに」


「自分で起きるのも修行の内ですよ」


「あ、そ…」


しばらくすると頼んでいたパンケーキがやって来た。

朝からスイーツと言うのもアレだけどオレは結構嫌いじゃない。

食べながらアサウェルに今後の予定を聞くとしよう。


カチャカチャ…


「今日の予定とかどうなってんの?」


「この国を出て緩衝地帯へと向おうと思います…」


「ふーん、ま、オレは分からないからついていくだけだけど…」


実際、緩衝地帯と言うのがどう言う所か全く見当はつかなかった。

でもアサウェルが自分の手に負えない場所に行くとは考えられない。

だからオレは特に何も言わずに彼の意見に従っていた。


食事を終えたオレ達はすぐに街を出た。

イチゴの国を抜けた途端、あの辺りを包んでいたイチゴの匂いは綺麗に消えてしまった。何故だかちょっと名残惜しい気がした。


道を歩きながらオレはアサウェルに質問する。


「なぁ…」


「何でしょう?」


「オレ達の敵についてもうちょっと詳しく教えてくれない?…悪の組織って言うだけじゃ大雑把過ぎるよ」


「そうですね…」


アサウェルは一呼吸置いて今分かっている事だけですが、と前置きをして説明してくれた。


 敵のボスは悪夢魔帝メアマスター

 夢の世界の闇の勢力を伸ばしつつある

 過去のタダシが倒した悪夢王との関連は未だ不明

 敵の構成員はメアシアンと呼ばれている


「つまりは悪夢の親玉って事か…」


「そうなりますね」


「でも人は誰だって悪夢を見るものじゃない?」


「ですが悪夢はただの現象です…それ自体が意思を持っては危険なんです」


確かに見る夢はその人の精神状態に左右されこそすれ夢自身がその人を支配してしまう事になったら…。

悪夢に魅入られてそれこそ毎日悪夢しか見られなくなったらそれは恐ろしい事になる…。

前にアサウェルが言っていたけど深層意識が悪に染まったら正しい精神状態じゃいられなくなるって…。


「そうなったらそれこそが悪夢…」


「そう言う事です」


そう言うやりとりをしている内に次の国が見えて来た。

イチゴの国があったからおかしくなないんだけど今度見えてきたそれはどう見ても…


「バナナの国?」


「正解」


ああ、一歩進む度に美味しそうなバナナの匂いが濃くなってくる。

しかし目的の場所に行くにはこの国を避けては通れないとアサウェルは言うのだった。


(ま、バナナは好きだからいいけど…)


今回もオレ達は特に何の問題もなくバナナの国に入国。

ここでは国王に接見もせずにただ歩いて行く。

このまま素通りするのかと思ったらアサウェルはお約束の酒場へと。ここでも情報収集は欠かさないみたいだ。オレもいつもの様に流れでその後をついて行く。


ギィ…


「おういらっしゃ…お前か」


ん?どうやらイチゴの国とは反応が違うみたいだ。

アサウェル…この国では何かやらかしたのかな?


「ここに何しに来た…ここはもう昔とは違うんだぞ…」


「分かっています…迷惑になる事は決して…」


「早く出て行ってくれ」


うわ…何か雰囲気悪い…。何でアサウェルはこんな所に入ったんだ…。

もしかしてこの店に入るまでこうなるとは知らなかった?


不安になった思わずオレはアサウェルの顔を見た。

けれどその顔は人形ながら冷静そのものだった。

アサウェルは始めからそれを織り込み済みで入った…そう言う風に思えてならなかった。


「一杯だけお願いします…そうしたら出て行きますので…」


「…ああ…」


そうしてアサウェルの前にカクテルらしい飲み物と小さな紙切れが渡された。

ははぁん、なるほど、そう言うやりとりか。かっこいいいなぁ。ハードボイルドだなぁ。

しかし今更だけど夢の中とは言え人形がお酒を飲む光景は奇妙なものだった。


その酒場を出てアサウェルは渡されたメモを片手に読みながら歩いて行く。

オレはその内容が気になって仕方なかった。


「そのメモには何て?」


「…この街にかなりの数のメアシアンが潜んでいると…」


「?!それってヤバイんじゃ…」


「さすがに白昼堂々と大胆な行動は取らないでしょう」


そうは言ってもその情報を知った事でオレは急に周りが気になり始めた。

一度疑念を持つと目に見える全てが怪しく見えてくる。

ここで動揺したら敵の罠にかかったようなものだ…って、頭では分かっているのに。


「早くこの街を出ようよ」


「なぁに…堂々としていれば何も問題ありません…君もしっかり鍛えて来たでしょう?」


場数を踏んだ経験の差だろうか…こんな状況になってもアサウェルは堂々としている。

対してオレの方はと言えば…情けないほどキョロ充になっていた。


(あわわわわ…)


いくら鍛えたって言ってもオレはまだ実践の経験なんてひとつもない。

しかも敵がどんな手を使って攻撃してくるか分からない。

いつどこから攻撃されるか分からないこんな状況で冷静でいられるはずがなかった。


シュッ


今何か頬をかすめた!そう思った思わずオレは頬を触って確認する。

一瞬風が吹いただけだと自分を納得させながら手を眺めたらその手は赤く染まっていた…。


う、うわああああっ!


オレは声にならない叫び声を上げながら駆け出した。


(ヤバイ!ヤバイヤバイ!)


これ飛び道具だよ!肉弾戦の想定しかしてなかったよ!誰か!誰か助けてよ!


「あっ!単独行動は流石に危険です!」


アサウェルの忠告もこの時は全然耳に入らなかった。


御丁寧にこの飛び道具の攻撃は定期的に微妙に身体をかすめるように撃ち込まれた。

まさか?誘導されている?

敵の狙いはオレだと…分断が目的だと気付いたのは無我夢中に走って逃げた先が行き止まりにぶつかったその時だった。


「…あ、あれ?」


オレ、絶対絶命のピーンチ!


仕方ないので覚悟を決めてオレは振り返る…。て、敵はどこだ…?

必死に辺りを見回して見るもののもそれっぽい人物はどこにも見当たらない。

しかも運の悪い事に街に充満するバナナの匂いが敵の気配を消している。


「くっ…」


こんな時は確か…目を閉じて意識を集中させるんだったかな。

本当は飛び道具で狙われているならじっとしている方が危ないんだけど…。


「む!」(カッ!)


何か感じたっ!

その方角を見ると飛び道具を構えている敵の姿が見えた!気がした!

臨戦態勢を取っていたオレは無意識にその方角に向けて飛び出していた。


とあっ!


夢の世界の特訓でワイヤーアクション並みの身体能力を手に入れていたオレはひとっ飛びで20m以上飛び出していた。

近付くと確かにそこに敵らしい存在を確認した。

一瞬で近付かれてその敵は唖然とした顔をしていた。

どうだ!修行で鍛えたこの力!もう今までのオレとは違うぜ!


ジャンプで接近ーからのー!

必殺!狼王拳ろうおうけん!(と言う名前のただのパンチ)


ドッギャァァァン!


このオレのたったの一撃で敵は呆気なく倒れた。

こ、これが…これがオレの力かぁぁぁっ!


「…やりましたね」


気が付くといつの間にかアサウェルが側に来ていた。

気が張っているオレに気配を感じさせないなんて流石はこの世界の英雄…(汗)。


「アサウェル、オレ…初めてあんたを心から師匠って呼びたくなった」


「それが君の実力です、どうか自分に自信を持ってください」


それからアサウェルはオレが倒したメアシアンを調べていた。

ある程度調べた後、おもむろにオレの方を向いてつぶやいた。


「下っ端ですね…特に重要な情報は持っていないようです」


「この街にはこんなのが数多くいるんだよね?」


「ですね…我々の力をはかっているのか…長居は無用のようです」


オレ達はこの国に潜む敵を警戒しつつ出来るだけ素早くこの国を出る事にした。

さっきのオレの反撃にビビったのかそれからは気配は感じてもオレ達を攻撃しようとする敵は一切現れなかった。

そうしてオレ達のバナナの国の滞在は終わった。


出来ればこの国の名物のひとつでも食べたかったけど急いで国を抜ける事にしたので途中で買ったバナナクレープぐらいしか食べられなかった。

流石バナナの国だけあってそれは今まで食べたバナナクレープのどれよりも美味しかった。

そのバナナクレープを食べながらオレはアサウェルに今後の事を尋ねる。


「でもどうすんの?これ以上進めばどんどん敵の勢力が強くなってくるんだろ?」


「早速弱音ですか?」


「まさか!早くこの腕を披露したくてウズウズしてるよ!」


「良い返事です!」


オレのこの言葉にアサウェルは満足したようにそう答えた。

ただ今日の宿はどうなるのかな…今夜の夢はどう終わればいいのかな。


オレ達が歩いていると目の前に小さな町が見えて来た。

それは旅人を相手に生計を立てている感じの宿場町だった。


「今日はここに泊まりましょう」


アサウェルのこの意見にオレは賛成した。

街に入ると当然にようにアサウェルは酒場に向かったけどオレはまっすぐ宿に入ってすぐに眠りについた。

初めての戦闘、それ自体は楽勝だったけどずっと緊張しっぱなしだったのでかなり精神的に疲弊していたみたいだ。


ああ…また夢で眠って現実で目が覚める…。

分かってはいても違和感はまだ拭えない。

これも後何日か続ければ慣れるんだろうか?

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