第9話

 バレンタイン商戦が終わり、今年最初の山場を乗り切って、「バタフライミュージアム」に向けての準備が本格的になってきた。

 小泉さんとのやりとりでは、蝶の飼育器の試作品ができあがった。欲をいうと子どもが中に入れるくらいの、ちょうど蚊帳のような飼育器を作りたかったのだけれど、昆虫館からお借りできる蝶の数もあって、ベランダに置くビニール温室くらいの飼育器になった。会場にはそれを3つ置く予定だ。これなら蝶をじっくり見たり、写真を撮ったりできるだろう。

 昆虫標本や昆虫標本を作るための道具、昆虫採取の道具も、小泉さんの監修を受けて、商品の選定が進んでいる。

 他にも、会場ステージで行う蝶イベントの打ち合わせ、蝶を飼育している期間、蝶を世話してくれるスタッフの受け入れのスケジュールなど、通常の催事業務に加えて、仕事が増えている。

 でも自分で手を挙げて、開催を目指しているイベントなので、やりたいことをやるための忙しさだから、グチをいう気分でもない。

 こんな時だから、霧島に行って気分転換をするのが一番。

 23時頃に地元駅について、霧島の扉を開いた。

「あ、ケンさん、いらっしゃいませ。今日はまた遅いですね」

「遅かったね、ケンさん」

今夜の霧島のお客さんは、橋田だけだった。

「いよいよイベントに向けて、忙しくなってきたので、しょうがないかな。マスター。生を」

「かしこまりました」

「ねぇ、ケンさん。まだケンさんのイベントって教えてもらえないの?」

「うーん、まだ発表になってないでしょ。来月くらいにならないと、言えないと思うな」

「そっか、楽しみだなぁ」

「でもね、企画しているイベントは、どちらかっていうと子ども向けだから、女性のお客さんによろこんでもらえるとは、言いづらいなぁ」

 マスターがコースターの上に、ビアグラスを出してくれた。

「「「おつかれさまです」」」

マスターがたばこに火をつけて、、目を細めながら言う。

「早く知りたいですね、ケンさんのイベント。子ども向けっていうなら、ウチの子ども連れていってみたいな」

「ね、ヒント無いの?ヒント。あの九マスから選んだヤツをやるの?」

 橋田が無邪気に聞いてくる。

「うーん。前話したテラリウムに、昆虫が入ってる、くらいかな。話せるのは」

「えー、昆虫かぁ」

「まあ千佳ちゃん、昆虫とか苦手そうだったもんね。でもデジタル技術のパズルを使ってCGの蝶を作ったり、その蝶と記念撮影ができたりするから、昆虫が苦手な人もちょっとは楽しめると思うんだけどな」

「うーん。そっか」

 昆虫と聞いて気を落とす橋田と対照的に、マスターは興味が出てきたらしい。

「昆虫かぁ。いいですね。このアタリじゃ、子どもに見せられる昆虫も少ないし、かといってわざわざ山に昆虫を見に行くってのも、手間だし。百貨店で見られるなら、いいな。あれ?でも夏だったら、カブトムシとかいますけど、春の昆虫ってなんです?」

「その辺は、まだ内緒ってことで」

「楽しみですね」

「楽しんでもらえるよう、がんばりますよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る