第8話

「三人のね企画書読んで、上とも相談したんだけど、時期をずらして全部やってみようということになったよ」

 部長の言葉に、企画書を書いた三人と、太田係長の顔が明るくなった。

太田に手直しを入れてもらった企画書を提出して一週間、午後の会議で僕らはいつもの会議室に集まっていた。

「第一弾は本田君の蝶のイベント「バタフライミュージアム」、これは春休みの子どもたちに向けてやってみよう。その二週間後に第二弾が小湊さんの「神奈川ベーカリーフェスタ」、こっちは春のピクニックにもいいという話になってね。さらに二週間後のゴールデンウィークに島田君の「ラーメン博」。これはファミリー向けにも、サラリーマン向けにもいいだろうということになったよ」

「われわれ、忙しくなりますね」

太田が嬉しそうに困っている。

「いやホントに。これまで経験のないイベントが続くことになるから、各人体調管理には気をつけて、三人は特に万全の体調でがんばろうね。じゃあ、そういうことで」

 部長が会議を閉めて、会議室を出た僕と島田は喫煙所に向かっていた。


「部長も上も、やる気になっているのは分かってましたけど、企画が全部通るというのもすごいっすね。まあ三人とも喜べるのはいいことなんですけど」

「まあそれはそうなんですけど... 」

「けど、なんです?本田さん」

「いや、うちの百貨店の業績ってどうなってるのかなって。僕、あんまりよく知らなくて」

「というと?」

「業績が悪くなってるから、目新しいイベントでお客さんを呼ばないといけないのかな?と思って」

「あぁ... 。まあ確かに、丸大さんもあるし、大きな地下街もあるから、お客さんの取り合いにはなってると思いますけど。業績かぁ... 」

 扉を開けて、階段の喫煙所に出た。ビュッと冷たく強い風が、屋内に吹き込む。誰もいない喫煙所の灰皿に近寄った僕と島田は、たばこに火をつけた。

「でも、催事の売り上げノルマは、達成してることが多いんじゃないですか?ウチの部署」

「まあ確かに。でもウチの部署の数字だけ見てても、全体が分からないからなぁ... 」

「それもそうですね。うーん... 」

 そこで喫煙所の扉が開いた。

「あれ?2人とも深刻そうな顔してるね。これから忙しくなるんだから、元気出していこうよ」

 太田係長だった。これはいいタイミングと、僕は東邦百貨店全体の売り上げの話を聞いてみた。太田はたばこに火をつけて、ゆっくり話し出した。

「なんだ、そういうことを心配してたのか。まあそういうことを、こういう人のいないところで、こそこそ話すようになったら、もうその組織はおしまいかもしれないね」

「じゃあ、やっぱり... 」

 より暗い表情になって、僕が先を聞こうとする。

「いやいや、心配ないよ。バブル期の再来みたいなことは期待できないけどさ、ここ最近の景気対策で関東の百貨店全体の売り上げ自体はね、少しずつ、少しずつだけど良くなってるの。ウチもそうよ」

「じゃあ、そんなに心配しなくていいんですね」

「君らの企画は新しいからさ、それで大きく売り上げを狙いにいくと言うよりは、新しいイベントで新しいお客さんを呼べることを期待してるのよ。そういうことをね、この東邦ではコツコツやっていくことが大事だと、僕は思ってるよ」

「気苦労でしたね」

 島田に笑いながらそう言われて、僕は苦笑いするしかなかった。

「さ、余計なことを考えなくていいようになったんだから、給料分しっかり働いてくれ」

 太田がまじめな顔でそう言って、たばこミーティングはお開きになった。

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