第4話

 いよいよ年末になって、百貨店の催事に「年末掘り出しもの市」が加わると、催事場もいっそうにぎわう。連日、催事で立ったり、次の催事の取引先への連絡で忙しかった。

 今夜もひとりの部屋に帰って、日本酒でも飲みながら、ゆっくりしたい。そんな気持ちもあるけれど、今夜はクリスマス。独り身でも、ちょっとくらいは、にぎやかな場所へ行きたい夜だ。

 約束の時間に少し遅れて、「霧島」の扉を開いた。

「ケンさん、いらっしゃいませ。待ってましたよ」

 マスターと最初に目があって、声を掛けられた。

「すいません、ちょっと遅れました」

 今夜は「霧島」の独り身の常連さんが集まって、小さなクリスマスパーティの約束をしていた。

「待ってたよ~」と常連さん四人に言われつつ、カウンター席の左端に僕が座ると

「よし、みんなそろったから、もう開けよう。マスター、あれ出して」

 トラさんがマスターに声を掛けた。マスターはボトルワインが入った、ワインクーラーをカウンターに出した。ワインクーラーから、ボトルを取り出して、タオルで拭きながらマスターが言った。

「これは期待できるワインですね」

「楽しみだね~」

 紫垣と橋田千佳はしだちかが、顔を見合わせて、声をそろえた。

 トラさんは、マスター歴代のお店の中でも、一番古株の常連さんで、よくみんなのためにボトルワインを入れてくれる。印刷機メーカーの係長をしているらしく、面倒見のいい性格で、みんなと楽しく飲めることをモットーにしている。

「今日は奮発したからね。美味しくないと、こまっちゃう」

 ボトルのラベル白地に青い字でオーパスワン、と書いてあるのが読めた。

マスターが、ワインオープナーで封を切って、コルク栓を抜き取って、ワインに面していた側のコルク栓の香りをかいだ。

「間違いないです」

 マスターがりんごのような形をした、大きなワイングラス五つに、グラスの二、三割の分量でゆっくりワインを注いで、みんなの前にグラスを置いた。

 トラさんが、大きなワイングラスをゆっくり回して、傾けて香りをかいた。そしてゆっくり口をつける。

「うん、これはいい」

 その言葉を合図に、四人がワイングラスに、口をつけた。

「おいしい!」と、紫垣と橋田が言葉をこぼす。

 僕はといえば、すごく癖のない、口当たりのいいワインだな、と思うものの、ワインのおいしさが分からない舌の持ち主なので、黙ってワインを頂くことにした。

「今夜はワインが飲めると聞いて、いいおつまみ買ってきたんだよ」

 橋田がマスターに合図して、大皿に並べられた、カマンベールチーズをバジルと生ハムで巻いたおつまみが出てきた。

 これは結構、おいしいおつまみだ。塩気とクリームの感じ、そしてパッと口の中に広がる、バジルの香り。ワインにあっている。

「おつまみ美味しいね」

 僕が口を開くと

「けっこういい値段のハムと、チーズだったんだよ」

 隣に座っている橋田が、ワインを傾けながら嬉しそうに言った。

 橋田もマスターのお店の常連としてはトラさんに並ぶ古株らしく、かなりお酒を飲める口だ。二十八歳の若さだけれど、宝飾店で店長をしていているので、初めて霧島に来たお客さんもうまくもてなして、そのお客さんが霧島の常連さんになってしまうことが多い。口べたな僕には、あんまり出来ない芸当だ。

「今年も、なんとか無事仕事を納められそうだな!」

 忙しいクリスマスの日の仕事を終えた、橋口が自信満々に言う。

「ということは、売り上げは結構いい線、行った?」

 僕が橋田にたずねた。

「まあ前年に比べれば、あれだけど、ノルマはね」

「じゃあ千佳ちゃんは、いい年越しできそうだね」

「そうだね~、ゆっくり温泉行けたら最高だな~」

「いいねぇ、僕もゆっくりしたいな」

「でもケンさんは、考えなきゃ行けないことがあるんでしょ?」

 先日太田にもらった九マスのコースターは、まだ全部埋まっていなかった。

「どんなイベント考えてるの?」

「あと一つなんとか考えたいんだけど...... 」

 太田のコースターから書き写した、手帳のページを橋田に見せた。

あの後で、「両生類」「テラリウム」「苔玉」「カブトムシ」を書き足してある。残り一マスになっていて、そこを何とか埋めたいと、ここ数日思っていた。

「両生類も、カブトムシも、私はあんまり見たくないけど、テラリウムって?」

「水槽とか大きな瓶に、土を敷いて、植物を植えて育てるやつをそう呼ぶらしいよ。その中で小動物を飼ってもいいらしいんだけど。ほら、こんな感じで」

 僕はスマホに保存してあった、テラリウムの画像を橋田に見せた。

「へぇ~、きれいだね。小動物とかいなくても、植物だけでいいんじゃない?」

「まあ、それでもいいけど」

 紫垣とトラさんが、「何の話?」と聞くので、橋田が僕のスマホを見せた。

「こういうイベントにすることにしたの?」

 スマホを見た紫垣に聞かれて

「いや、まだアイデアを出してるところだよ」

「ちゃんと考えてたんだね」

「いいのがあったら、うちのバーにも置こうかな」

 マスターもそう言うし、三人の意見を聞いていると、テラリウムはいいかもしれない。

 でも先日マスターが言ってた、小さい頃に興味があったものと、テラリウムは少し違う気がしていた。そして、今マスを埋めているアイデアは、他の百貨店でもやっていそうな催事もありそうだ。せめて、あまり見たことのない新鮮味のあるアイデアで、小さい頃に興味があったというピースがはまった、最後の一つを考えたい、そう思っていた。

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