第9話 Edition-Wavering Gerbera

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 惑星フィースは桜美国の南西、関市北関(ほくせき)区春海(はるみ)付近。ここに四月からオープンする大型商業施設、それがこの『春海シクスティサークル』だ。

 関市を雄大に駆け巡る一級河川『一流川(いちるがわ)』の支流である『七流川(ななるがわ)』のほとりに建つ、地上五五階地下五階の計六〇階建て。各フロアの断面は楕円の形状をしており、それがこの建物の名称の由来となっている。この地域一帯の再開発事業における、フラッグシップ的な存在だ。

 今は開業前の一月で、ちょうど竣工のセレモニーが行われていた。

「ここのシンボルを設計するよう頼まれた時は、私もかなりビックリしました。いくら工学畑の人間だからと言って、巨大エレベータの設計なんて経験がありませんでしたから」

 コーベ、サキ、ウイの三人グループ<L<ove>R>がこの春海シクスティサークルに居るのは、現在講演を行っている新井悠教授ことアルカのアシスタントとして雇われたためだ。本来ならば彼のゼミ生である富士見さんや守谷さんが受け持つべき役割なのだろうが、不幸にもその二人は本日都合が合わなかった。

「富士見さんと守谷さん、絶対に今頃二人でデートしてるわよね」

「……サキ、それは公然の秘密だから口にしちゃ」

「ほら。二人とも、そろそろアルカに『説明用の模型持って来い』ってアイコンタクトされるタイミングだから」

 コーベがそう声にした途端、ちょうどアルカがこちらに眼を付けてきた。雇われた以上仕事はきっちりとこなさなければ、あの変態イカレ科学者のことなのできっと単位をくれないだろう。

「それじゃ。行こっか!」

『うん、コーベ!』

 サキとウイの返答を合図に、舞台袖の彼らは三人で荷物の乗った荷台を押し始めた。


 セレモニーが終わったら、今度は関係者のみを対象とした建物の案内がなされた。エントランスを入ると広がる光景は、まだテナントが入っていないからかやや殺風景に見える。しかし寒色系の床やシックなベンチ、目の前に腰を据えている受付カウンターなど、客に心の落ち着きを提供する設備がそこかしこに溢れていた。

「それにしても。アルカもよく、この仕事を受けたね」

「コネは作れるだけ作っとけ、ってな。コーベ達の就職にも響くんだぜ?」

 コーベがアルカに耳打ちしたら、大人の事情を返された。

 春海シクスティサークルの目玉は、その中心に貫かれた一本の太い透明なアクリル柱だ。最上階から下へずっと伸びているため、まるで吹き抜けのような開放感を与えてくれる。それでいてその特性上転落防止用の柵も必要無いため、平面的にもかなりすっきりとした空間が広がっていた。

 そんなアクリル柱は内部が空洞になっていて、また壁には一対のレールが掛けられている。関係者一行が心待ちにしながら一階で待っていると、やがてそのレールを伝って大きな水晶の塊が降りてきた。

「凄く素敵ね……アルカも、偶にはいい仕事するじゃん」

「何だサキ、その普段の俺が無能だって言い草は?」

 人が何十人も中に入れるこの水晶六角柱こそ、このビルのシンボルである『クリスタルエレベータ』だ。アルカの設計によりエレベータ特有のケーブルを廃止し、アクリル柱内部の空気圧を調整することで上下させる。扉や設備などに一部鉄やプラスチックを使っているものの、まるで透明な玄武岩のような見た目はとても美しい。下部の商業層と上部のオフィス層とを直接繋ぐ、まさしく春海シクスティサークルの大黒柱である。

 実際に乗り込んで上昇すると、その場の誰もが静粛性に感銘を受けてうめき声を漏らしていた。同時に衝撃も無く加減速がスムーズで、そのまま眠ってしまいそうなほどに快適。壁が透けているため見通しも良く、これならば簡単にどんな店があるのかを視覚的に捉えられる。

「……これ、何から何までアルカの作品?」

「いや違うぞウイ、流石に素材系や建築分野は俺の守備範囲じゃない。空気圧調整用の送風機や、制御コンピュータが俺の担当だ」

 これほどの設備となると、構成する要素が多岐に渡ってくる。やれ耐久性はどうするかだの、やれメンテナンスはどうするかだの。その中でもアルカはメインとなるエレベータの移動方式やコントロールに携わり、その技術が結果として評価された訳だ。

実際に何らかの賞を貰って、だから今回の竣工式にてスピーチを任されたらしいが、詳しいことは学生である<L<ove>R>の面々にはよく分からない。どうせ自分たちの進路には関係しないし。どうでもいいことは積極的にスルーする、それが大学生というモノだ。

 約四〇人を乗せているにも関わらず、その大きく美麗なエレベータは、しとやかなトルクを発揮して上って行った。


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「今回はアシスタントご苦労さん、俺はこの後もちょいと用事があって一緒には帰れない。ギャラは後払いでいいんだろ?」

「流石に今払えってせびるほど、私たちは図々しくは無いって」

「……アルカ、帰る足はちゃんとあるの?」

 一連のセレモニーがすべて終わり、コーベ達四人は春海シクスティサークル麓の広場でミーティングをしていた。『都市と緑地の共存』という最近のトレンドに乗ったのだろう、七流川を巧妙に利用したモダンな庭園が辺りに広がっている。この地区における防災公園を整備する必要があったためどうしても造成しなければならず、しかしこの事情を巧妙に利用することで補助金を国からがっぽりと頂戴したという裏話もあるのだが、それはまた別の話。

「心配するなよ、わざわざ笠井(かさい)線の真上に建てたんだぜ? いくら新駅開業前といえ歩きゃすぐに駅があるんだし、大学に帰っては来れるに決まってるだろ」

 市営地下鉄笠井線は、本関区と北関区とをほぼ直線に結んでいる。春海シクスティサークルがこの場所に建設されたのは、この笠井線のアクセスを活用しようとした結果だ。アルカの話にある通り、ビル直下には新駅も開業される。この路線で桜美鉄道本関駅まで行き、そこから二重(ふたえ)本線東行に乗ればすぐ本関大学に着く。余談だが、コーベの下宿はこの路線の沿線にあるらしい。

「そっか。じゃあアルカ、またね」

「あぁ……そうだな。またな」

 コーベが別れの挨拶をすると、アルカは踵を返し右手を振る。その後ろ姿が彼にはどうしてか哀しく映ったのだが、そんなことを吹き飛ばしてくれるネコが居てくれた。

《コーベくん、やりましたね! これでサキにゃん&ウイにゃん独占状態、ハーレムの酒池肉林ですニャ☆》

 コーベ達のケータイをハッキングして、下ネコAIのイスクがいつも通りとんでもないことを口にした。もうお馴染みの展開なので、電源をオフにする動作も流石に手馴れてくる。しかしここで、ウイだけが何やら戸惑っていた。

「ウイ、どうしたの?」

「……サキ、どうしよ。ケータイ失くした」

「え~、ここ広いのに……しょうがないわ、一緒に探して――」

 サキが言葉を走らせようとしている最中、コーベは一つの妙案を思い付いたのでケータイの電源を再び入れた。

「イスク。ウイのケータイがどこにあるか、教えてくれるかな」

《かしこまりました☆ え~っと、じーぴーえすを辿ってみると~……ありましたニャ、駐車場です! きっと、ウイにゃんのクルマのニャか(中)ですよ☆》

 ウイのケータイを同様にハッキングして位置情報を入手、様々なデータと照らし合わせてイスクが所在地を突き止めた。こういう時、情報統合/支援機器制御プログラムは役に立つ。と言っても、AIのこうした使い方は本来の用途と若干違う気がしなくもないが。

「だってさ。サキ、無理に探す必要は無いみたい」

「そう、良かった……にしても、バカとハサミは何とやらってよく言ったモノよね」

《サキにゃん、私のことバカにしニャいで下さいよ~! ぷんすか☆》

 自らの肉球を頭の横に当てるメイド服姿のグラフィックを一瞥してから、用済みなのでコーベはまた端末の電源を落とした。

「……それじゃあ、私一旦戻って取って来るから。二人は待ってて」

「あっ、ちょっと、ウイ……!」

 サキの制止も無念に終わり、ウイは駐車場へと駆けていった。これから帰るのだし三人一緒に駐車場へ行けばいいものを、ケータイ依存症のきらいがある彼女は待ちきれなかったらしい。後ろから追いかけてもしょうがないので、二人は大人しくこの広場で待つことにした。

「全く、ウイもちょっとくらい思い留まってくれれば……」

「そう言わなくても。その内帰って来るから」

 空は薄曇りだったものの、せせらぎの音が心を落ち着かせてくれる。気持ちをはやらせてもしょうがない。どうせウイだって、すぐには戻ってこない。

 サキが一つだけ、背伸びをする。止まったような、時間の流れ。

 ――前にも、時間が止まっていた気がする。

「二人っきり、だね」

 突然サキがこちらを見て、そう口にしてきた。予想外の言葉にコーベは一瞬戸惑って、やがて一つだけの受け答えを導く。

「うん。そうだね、二人っきり」

 この言葉と共に、彼女へ向けて笑顔を見せる。

「もう……コーベ、もうちょっと照れてもいいんじゃないの? 年頃の男女二人がこんな雰囲気の良い場所で、雰囲気が良くなってるんだから」

「そう言われても。急には無理だよ」

 可笑しくて、二人同時に吹き出した。

「コーベもホント、いっつも冗談通じないわよね~……もしかして、確信犯とか?」

「そんなんじゃ無いって。僕はいつも、こんな調子だし」

 サキの言葉が冗談に思えなかったことは、あえて心の中に伏せておく。彼女が笑いを止めて、柔和な表情を浮かべた。いつもの高圧的な口調も、今は棘が抜かれている。

「ねぇ、コーベ……前にも二人っきりだったこと、憶えてる?」

「いつの『二人っきり』?」

「七月の始め、夕方のこと」

 半年前。語るサキは、既にどこか懐かしげだった。

「あの時……さ。コーベ、私の気持ちを引き出してくれたよね。自分から引き出せない、私の代わりに」

 黄昏時、講義の終わった講義室。二人に任された仕事をサキが一人で引き受けようとして、コーベがそれは自己犠牲だと止めさせた。

他人の嫌なことを一人だけで受け止める、何もかもを背負おうとする、感情のゴミ箱のようなサキの心。そして哀しいことにその感情を自分では吐き出せず、ストレスが彼女の中で果てしなく増殖する。そんな悪循環を彼は見抜いて、辛いという自分の気持ちを否定しないよう助言した。

 檸檬のような、酸っぱい甘さ。そんな感情を思い出す。

「あの後。サキ、変わったよね。さっきもそうだけど、人との壁を薄くしてる。今のサキの方が、僕は好きだよ」

「コーベは変わらないよね、その告白癖も。……私ね、あの時のコーベに助けられたんだよ。無理に苦しむことは無いって分かったし、ウイとももっと仲良くなれたし……それに、コーベが私のことを解ってくれたから」

 サキに左手を握られる。紅色のヘアゴムが彼女の頬を撫でる。

こちらをじっと、見詰めてくる。

「私の気持ち、解ってくれたのってコーベが初めてなんだよ? 誰も、私の心の中なんて気にしないで汚してきた。でもアナタは、そんな私を解ってくれた」

 そして、言葉が聴こえてくる。

「ねぇコーベ、私はアナタのことが――」

「……サキ、ただいま」

 セリフの途中で、ウイが帰ってきた。突然声を掛けられて、サキは思わず変な声を上げてしまう。そしてコーベを握る自身の左手に気付き紅潮して、勢い良く放してしまった。少し残念そうな眼差しをしながら。

「う、ウイ……おかえり。ケータイは見つかったの?」

「……この通り」

《無事、回収されちゃいましたニャ☆》

 ポケットから出したケータイには、ウインクをしたイスクが表示されている。

「そっか、うん……い、意外と早かったのね。いつ戻って来たの?」

「……そりゃ、今だけど。サキ、顔赤いけど大丈夫?」

 慌てる彼女に対して、ウイが自らの額を当てて熱を測る。そのシチュエーションに脳が追い付かなくなりそうなサキは、思い余ってその場を離れてしまった。

「わ、私飲み物でも買ってくるね! 近くにコンビニがあったから――」

「……私、ココアで」

 まともに返事をする暇も無く、サキが駆けて行ってしまった。何故かコンビニからは少し離れている駐車場の方向へ行ってしまい、やがて豆粒ほどの大きさになっては見えなくなる。

「……サキ、どうしたんだろ。コーベは何か知ってる?」

「いや。知ってるけど、話したら怒られるというか」

「……じゃ、後で本人に直接訊こっと」

《当然、すぐそこにあるピンクニャ色をしたムフフニャホテルの一室を借りて、ぐるぐる回る大きニャベッドの上で――》

 変な下ネコのノイズが紛れ込んだので、ウイはケータイの電源を無慈悲にも落とした。

 空は薄曇りだったものの、せせらぎの音が心を落ち着かせてくれる。のんびりとした気持ちで過ごす。どうせサキだって、すぐには戻ってこない。

 ウイが一つだけ、背伸びをする。止まったような、時間の流れ。

 ――前にも、時間が止まっていた気がする。

「……二人っきり、だね」

 突然ウイがこちらを見て、そう口にしてきた。予想外の言葉にコーベは一瞬戸惑って、やがて一つだけの受け答えを導く。

「うん。そうだね、二人っきり」

 この言葉と共に、彼女へ向けて笑顔を見せる。

「……コーベ、もっと照れてもいいのに。年頃の男女二人、こんなに良い雰囲気の場所に居て」

「そう言われても。急には無理だよ」

 可笑しくて、二人同時に吹き出した。

「コーベ、いつもと同じだね。全く冗談通じない」

「逆に。ウイは今までとは違うよね、ちょっと前までは冗談なんて口にしなかったのに」

 まだウイは完全な冗談を言えず、僅かながらも本心が紛れていただろうことはあえて心の中に伏せておく。無表情が多い彼女が、珍しく笑顔を見せた。いつものたどたどしい口調も、今は少し滑らかになっている。

「……ねぇ、コーベ。前にも二人っきりだったこと、憶えてる?」

「いつの『二人っきり』?」

「九月の半ば、夕方のこと」

 半年前。語るウイは、既にどこか懐かしげだった。

「……あの時。コーベ、言ってくれたよね。私のことを見てる、って」

 黄昏時、誰も居ない階段の踊り場。サキとコーベが特別話すようになって疎外感を覚えたウイを、彼は蕾のように優しく抱き締めた。

 折角友達になったのに、コーベやサキと離れてしまうのが彼女は嫌だった。一人だけ置いていかれるのではないかと、見捨てられてしまうのではないかと、淋しさでひどく震えていた。ウイにそんな気持ちをさせることが彼は好ましくなかったので、離すまいと、キミのことを見ていると伝えた。

 蜂蜜のような、とろける甘さ。そんな感情を思い出す。

「あの後。ウイ、変わったよね。さっきもそうだけど、楽しそうに喋ってる。今のウイの方が、僕は好きだよ」

「……コーベは変わらないね、その告白癖。でも、私はあの時のコーベに助けられた。独りじゃないんだって分かったし、サキとももっと仲良くなれたし……それに、コーベが私のことを見てくれたから」

 ウイに右手を握られる。空色の眼鏡が僅かに擦り下がる。

こちらをじっと、見詰めてくる。

「……私のこと、ちゃんと見てくれたのはコーベが初めて。誰も、私という人間とまともに接してこなかった。でもアナタは、そんな私を見てくれた」

そして、言葉が聴こえてくる。

「ねぇコーベ、私はアナタのことが――」

「こ、コホン……え~と、ウイ。ただいま」

 セリフの途中で、サキが帰ってきた。突然声を掛けられて、ウイは思わず肩を震わせてしまう。そしてコーベを握る自身の右手に気付き紅潮して、勢い良く放してしまった。少し残念そうな眼差しをしながら。

「……サキ、おかえり。飲み物、もう買ってきたの?」

「そそ、これがウイの分ね」

 そう添えて、サキがバンホーテンのホット缶を手渡してきた。今度こそ間違えなかったそれは、心に沁(し)みて温かい。

「……ありがと。戻ってくるの、意外と早かったんだね」

「うん、クルマ出してきたから」

「サキって。そんな車社会の人だったっけ……?」

 思わずコーベが横から突っ込みを入れる。コンビニはすぐ近くにあったはずなのに、これだから田舎モノは。

「そんなことよりホラ、こっちがコーベの分。これで良かったんでしょ?」

 サキがビニールから取り出したそれは、黄色い缶のメローイエロー。他でも無い、いつもコーベが愛飲している銘柄だ。

「ありがと。サキ、覚えててくれたんだね。僕の好きな味」

「当たり前でしょ、忘れる訳無いってば。ウイの味も、ね」

「……半年前は間違えたからね。ココアがあれば、って言ったのに」

「ウイ、まだそのこと根に持ってたの……何回も謝ってるんだから、いい加減許してよ~?」

《ところで、ウイにゃんは逆にサキにゃんのみっくすじゅーすの味は覚えてるんですかニャ?》

 ケータイを起動していたのを忘れていたのか、サキの端末からイスクが唐突に湧き出てくる。しかし束の間、彼女は蚊を叩き殺すような俊敏さでバッテリを引っこ抜いた。

「ったく、マ○コネのユーティリティが悪いからちょっとケータイでい○もナビを使ってたら、すぐこれなんだから」

「……サキ、マツ○ネのこと悪く言ったら本社から怒られるよ」

 思わず零してしまったサキの呟きに、ウイがストップをかける。

 そんな感じで調子の軽いサキだったが、まだ袋の中にある自らのミルクティーには手を付けない。代わりにウイの手を握って、突拍子の無いことを口にした。

「コーベ、ウイを借りるわね。という訳でウイ、私に付いて来てくれる?」

「……いいけど、どうしたの?」

「分かってるクセに……イジワルは体に毒よ~? 少しは私の気持ちも考えなさいって」

 その言葉を受けて腑に落ちない表情をウイがしていたが、彼女は傍若無人に振る舞っている。

「僕も了解。駐車場で落ち合えばいいかな?」

「そうね、それでお願いできる? ちょっとしたらすぐそっち向かうから。じゃあウイ、行こっか」

「……うん、サキ」

 ウイの右手を、サキが左手で掴む。手を繋ぎながら離れていく二人を、コーベは手を振って見送った。


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 半ばサキが無理矢理ウイを引っ張るような状態だったが、それも出来たばかりの地下鉄駅入り口で終わりだ。『新都心春海』と表記された看板の前で立ち止まり、彼女はウイと向き合う。

「……で、何で私が拉致られたの」

「いやいやいや、あのままだったらウイはコーベに最後まで告白するところだったでしょっ?! そりゃ止めたくなるわよ!」

 まくし立てるような剣幕でウイを咎めるが、当の本人は前髪を弄っていた。

「……私にもコーベと話させてくれるんじゃ無かったの?」

「私とコーベとの会話を中断させた人間の言うこと、それ?」

 最近にしては珍しく目線を合わせないということは、ウイのあの中断も故意の犯行だったということだ。恐るべし。

「……でも、サキが飲み物買いに行ったのって、私にもコーベと話させてくれるってサキの計らいだよね」

「だって、私だけいい思いするのも不公平だし……コーベを独占する権利なんて、私にはまだ無いしね。今のところは私たちの共有財産よ、あの植物は」

「……今のところ?」

 重箱の隅をつつくようなウイの指摘に、彼女は一瞬たじろいだ。

「そりゃさ、私だってコーベと出来るだけ長い時間一緒に居たいわよ? アイツのこと、好きだから。でも、だからって私が独占するのはゴメンだよ。ウイの悲しむところなんて、絶対に見たくない。私の見たいウイは、嬉しそうにしてるウイだから」

「……そんなこと言ったら、私だってサキと同じ気持ちだよ。コーベのことは好きだけど、でもサキを一人にさせるのは嫌。サキに淋しい思いをさせるのなんて、絶対に間違ってる」

「だから、『今のところ』なのよ。答えはじっくり考えよ? 急いては事を仕損じる、ってよく言うし」

 ウイのナチュラルショートを、サキのミディアムボブの横に持ってくる。紅色のヘアゴムと空色の眼鏡がふわりと触れ合う。両腕で抱えるようにして、彼女はウイの頭を何回か撫でた。

「アナタは私のことが好きだし、私はアナタのことが好き。だからお互い、抜け駆けは無しってことでいいよね?」

「……サキ、ずるい。こんなことされたら、断れない」

「こんなことしなくても、ウイだったら断らないって分かってるけどね」

「……イジワルは身体に毒って、さっきサキが言ったよね」

 一旦ウイを解放し、眼を見詰める。瞳の奥には気恥ずかしさと、そして肯定が込められていた。

「私には、ウイが必要だからね。だからこれくらいのこと、してもいいでしょ?」

「……その代わり、私の時は拒まないでくれるの?」

「その質問こそ、私にとってはイジワルよ。拒否する訳無いでしょ?」

 二人して、同時に吹き出した。

「……サキ、行こっか。コーベもきっと待ってる」

「うん、そうね。コーベが待ってる」

 ウイの右手が、サキの左手を握ってくる。今度は逆に彼女が引っ張られる形で、二人は駐車場へと向かっていった。


 広がる庭園を視界いっぱいに入れながら、コーベはケータイの電源を入れた。日に何回もオンオフを繰り返されるなんて、彼らのケータイも大変である。

《お呼びでしょうか、コーベくん☆》

「話は聞いてたよね。盗聴なり何なり、日常的にやってるんでしょ?」

 画面に表示されたイスクは、片目を閉じていたずらっ子の表情をした。この監視社会、あちこちにある防犯カメラのハッキング程度ならば下ネコにとって造作も無いことなのだろう。

《それにしても、どーして私ニャんかを呼び出したんですか? 今のコーベくん、傍から見たらかニャり哀しいぼっち大学生に映りますけど》

「その通り。ぼっち大学生だから、AI相手に会話するしかないんだよ。それに、イスクだったら僕の相談に乗ってくれるでしょ?」

 リンと鳴る胸の鈴は、きっと首肯の合図だ。嬉しいのやら悲しいのやら、彼はこのネコとかなり深い意思疎通が出来るようになってしまった。だが幸いなことに、イスクは的確な助言をいつも提供してくれる。まるで状況をかき乱しては楽しんでいるように見える彼女だが、そんな芸当は全てを把握しているモノにしか成せない。

《私、まずはコーベくんのすニャお(素直)ニャ感想とかリアクションが知りたいですニャ!》

「それで困ってるんだけどな……正直に話すとね、サキとウイが僕のことをあんなに想ってくれてるとは考えてもいなかった。だからどうすればいいのか分からなくて……二人のことは好きだけど、僕は二人ほどに相手を強くは想えない」

 コーベは大概の相手を『好き』だと認識する代わり、それ以上の感情にまで踏み込むことがまず無い。せいぜい、仲が良い友人で止まる。言うなれば、『愛している』の領域を知らないのだ。だから今その感情をサキとウイから向けられて、どう反応すればいいのか戸惑っている。

《平等主義が行き過ぎてますからね、コーベくんは……サキにゃんとウイにゃんのこと、他の人と比べて特別だとは思わニャいんですか?》

「二人とも特別で。その気持ちは、二人に対して平等」

《重症ですニャ……》

 現在コーベの直面している問題は、突き詰めれば『サキとウイのどちらが特別か』だ。彼が今まで出会ってきた人々の中で、サキとウイは他の誰よりも大切だと思っている。この二人に対して、しかしコーベは優劣を付けることが出来ない。気持ちに応えるには二者択一をしなければならないのに、彼にはどうしても決められない。二人とも好きで、それ以上の特別な感情が無いから。

「出来ることなら。現状維持がベストなんだけど、二人はそれを許さない。今のこの状態は、変わろうとしてる『過程』でしかないから。どれだけ居心地が良くても、いつかは変化しなきゃ、旅立たなきゃいけない。苦しかった過去から解放されて、幸せになるために。それがヒトってモノだから。そしてサキとウイの変わりたい『結果』には、それぞれ僕が隣に居る」

《そこまで分かってても、コーベくんは答えが出せニャいんですかニャ?》

「タブーだって分かってるけど。僕の持ってた理想は、今のこの関係なんだ」

 二人の成長する『過程』こそが、自らの望んだ理想郷。そう告げる彼の横顔は、彼が救う前のサキとウイ以上に、淋しそうだった。

「二人は変わろうとしてる。でも、僕は変わりたくない。この居心地の良さが、僕にとっての幸せだから。笑われるよね、サキとウイのことを変わらせようとしたのは僕なのに」

《サキにゃんウイにゃんの問題と、コーベくんとは別ですよ。無理にコーベくんが二人に束縛されるのは、そんニャ必要はニャいと思います。でも、コーベくんはそう思わニャいんですよね?》

「変わりたい。一つの決断が下せる、僕はそんな人間になりたい。このままじゃいけないんだ」

 その想いだけは、強く放つ。他人を助けるだけでは無い、もっと主体性を得なければならない。我を強く持ちたい。

《コーベくんが裏切らニャいこと、私は知ってます。だからコーベくんだって、いつかはそうなれますよ☆》

「ありがと。イスクにそう言ってもらえるだけ、僕は嬉しいよ。相談して良かった」

《どういたしまして、礼には及びませんニャ☆》

 彼女に励まされて、少しだけ気分が楽になる。何も今すぐ突然に変わる必要は無い。これからもっと、経験を積んでからでも遅くは無いはずだ。だから、今は悩むだけでいい。決めるのは、悩み切ってからだ。

「でも。いつかは決めなくちゃ」

《いつまでに決めるのか、コーベくんは考えてるんですかニャ?》

「サキとウイに。アルカのあの言葉を、伝えてから」

《あの言葉って、まさか――》

「そう。僕たち三人が、記憶喪失になる前のこと」

 二か月ほど前、関市郊外の中畑湖にて。霧の立ち込める湖畔を眺めながら、アルカが彼に告げた唐突のセリフ。

『佐浦紗姫と、若狭羽衣――サキとウイは、記憶を失くす前からのお前の友達だ』

 コーベ達<L<ove>R>は三人とも、小学生までの記憶を喪失している。このせいでアイデンティティが確立できずに世間から孤立し、そしてこのおかげで三人は意気投合することが出来た。彼らを構成する、最も大きな要素。

 しかしこの記憶喪失は、ある者により意図的に為されたモノだった。小学校の頃、<L<ove>R>の面々と仲良くしていた友人が二人居た。けれども彼ら五人は卒業により離れ離れになってしまうことになり、そのことに恐怖を覚えた友人がサキ、ウイ、コーベの記憶を消してしまった。その友人の片方は、手塚拓という人物らしい。

「記憶を失くしたってことも重要だけど。やっぱりサキとウイと、そして僕が友達同士だったってことの方が大切だと思う」

《でもでも、どーしてそのことを二人にはニャさない(話さない)んですか?》

「何でだろうね。僕にも分らないよ」

 メローイエローを、一口あおる。甘酸っぱい味がして、先程感じたそんな気持ちを思い出した。心のどこかがチクリと痛む。普段ドライなコーベの心を、突き刺すような炭酸が潤した。

「多分。僕が二人に、壁を作ってるんだと思う」

 近くの柵に身体を預け、七流川をじっと見詰める。イスクからの相槌は無い、そのまま語れというメッセージだ。

「今まで二人を助けて来たこと。これだって僕が『好き』でやったことで、それ以上の想いじゃない。サキにもウイにも、そこまで本気で接してないんだ。一定の距離を置いて、僕の心が見えない距離に居る。怖いのかも。僕が感情をあまり強く持ってないことが、二人にバレるの」

 記憶喪失以前は友達だったという事実を、彼は二人に伝えたくない。もし伝えてしまったら、今の距離感が崩壊してしまう。より障壁が薄くなることを、コーベは心のどこかで危惧しているのかもしれない。自分を知られたくない。

《サキにゃんとウイにゃんは、コーベくんのことを完璧ニャ神様みたいに見てますよ?》

「僕が造り上げた偶像だよ。僕の自我が出来上がっていないことを、今までこんな感じで隠してきた。コミュニケーションが下手なことを、皆に見せなかったんだ」

 記憶が無いから、自分が何者なのか分からない。彼の最も古い記憶は、病院のベッドで目覚めた後に病院食を口に入れて、自分の好きな食べ物の味が何なのか疑問に思ったことだ。自分が把握できない。だから自我のしっかりとした他人と自らとを対等にすることが出来なくて、中学以来友達が少なかった。他人に溶け込めず同調出来なかった。

 そのことに対するコーベなりの対策が、自分の欠点を見せないことだ。自分の意見を隠すことで、アイデンティティを隠すことで、ハンディキャップを打ち消してしまう。後はそれ以外の部分で勝負すれば、完璧超人の出来上がりだ。物事のあらゆる本質に近付けるだけの閃きを持ち合わせていたことは、この超然とした人物像を形成するのに役立った。

「臆病なんだ。最低なほどに、僕は」

 自分自身に、失望する。得意なことだけアピールして、欠点からは逃げている。しかもそんな調子で偉そうにサキとウイを助けたのだから、ひどく最低な人間だ。何もアドバイスできる立場じゃないのに、あんなことを言ってしまった。

 だから、逃げない人間に変わらなければ。欠点であるアイデンティティをしっかりと確立して、自分の意見で決断できるようになりたい。この希望は、彼というモノの裏返しだ。

「あの二人は。僕の汚い部分を知らない」

《でも、二人はコーベくんに助けられました》

 イスクが静かに、慰めてくれる。口調もやや神妙になった。少し情けない気持ちになったけれども、近くにこんなネコが居てくれたことは嬉しい。

《コーベくんがサキにゃんとウイにゃんを助けたことは、揺るぎない事実です。二人とも、コーベくんのそんな優しい面を見ています。まさか、このことまで自分で否定するつもりは無いですよね?》

「優しい……ね。確かに、客観的に見たらそうなのかも。だけど、僕が自我の無い張りぼての人間だって分かったら?」

《優しいコーベくんのことは、絶対に忘れないでしょう》

 ガラスのように透き通っていて、ガラスのように心を刺す。

《コーベくんが優しいヒトだってこと、二人が一番分かってます。このことに、もっと自信を持って下さい。コーベくんが思ってるほど、コーベくんは無価値じゃありあせんよ》

「イスク――」

《アイデンティティは、他人から見える自分なんです》

 とてもクリアに、その音声データが響いて来た。

《コーベくんも、一人だけで抱えすぎなんです。自分の頭の中だけで考えて自我が確立するほど、世の中甘くはありませんよ? 二人から見える優しいコーベくんだって、アナタのアイデンティティの一部なんです。自分の負の側面だけ見たって、何も始まりませんから》

 泣きそうになるのを、必死で堪えた。メローイエローを飲み干して、空き缶を近くのゴミ箱に捨てる。

 ――要らない気持ちは、捨ててしまえ。

「そっか。壁を壊せば、悩む必要も無い。空っぽの僕を、サキとウイが埋めてくれる」

《その通りですニャ! コーベくんは、かニャり恵まれた人たちに囲まれてるんですよ☆》

 通常営業のハイテンションに戻って、イスクが肯定してくれた。独りで悩んだって、何も始まらない。こちらからも、仲間を信じなければ。

「じゃあ。駐車場、行こっか」

《はいっ! どこまでも付いて行きますよ、コーベくん☆》

 肉球の手で、敬礼をしてくる。彼女の表情は、やはり笑顔だ。

「相手は僕なんだ。ご主人様のアルカに付いて行くんじゃないんだね」

《イジワルですよ~、それ! 私にとってはご主人様も大切ですけど、おニャじ(同じ)くらいにコーベくんも大切ニャんです~っ!》

「ありがと。忘れないよ、その言葉」

 空はあいにくの曇天だったが、雲の厚さはそれほどでも無いらしい。


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 コーベが愛車の<カローラフィールダーハイブリッド>に背中を預け上空を眺めていると、やがてサキとウイの声が耳元に届いた。

「コーベ、お待たせ!」

「……どのくらい待ってたの?」

 仲良く手を繋ぎながら来た二人は、一旦離して各々のクルマへと向かっていく。<フィールダー>を挟むようにして、右側にウイの<ティーダラティオ>、左側にサキの<アクセラハイブリッド>が停まっていた。両手に花の状態となったコーベはどっちを向けばいいのか分からなくなり、結果として左右交互に視線をやりながら答える。

「三分くらい。そんなにずっと待ってた訳じゃ無いよ、二人がすぐ来るだろうなって思ったからクルマの外で待ってたんだし。暇つぶしの話し相手も居たから、気にすることは無いって」

《その通りですニャ! コーベくんはついさっきまで、私のトリコにニャってましたよ☆》

 先程の礼の意を込めて、コーベはケータイをオンにしてイスクが会話に参加できるようにしている。しかしそんな彼女を見た二人は、凄く複雑そうな表情をした。

「……コーベ、イスクとそんなことしてたの?」

「待って。そんなことってのがどういうのを指してるのかも聞きたいけど、それ以前に何で怒ってるの」

 彼のシックスセンスが不穏な雰囲気を感じ取り、急に嫌な汗がどっと出てくる。ただでさえ今は冬の一月で、しかも外で北風に打たれてずっと身体を冷やしていたというのに。

《もしかして~、サキにゃんもウイにゃんも私に嫉妬してるんですかニャ?》

「な……んな訳無いでしょっ?! 第一、アンタ人間どころか三次元ですら無いでしょーがっ! 次元が違うのよ、次元が!」

 熟れた林檎のように真っ赤な顔で、サキが全力で否定していた。ウイの方を見てみても、同じように頬がほんのりと赤くなっている。怒っているというよりは、恥じらいを感じているパターンだ。どうやら彼の嫌な予感は、イスクによって巧妙に回避されたらしい。

 しかし今度は、二人して疑念を投げかけてきた。

「……最近、コーベとイスクって仲良かったりしない?」

「確かに、さっきトリコにしてた~、だとか言ってたし。そーいや学祭の時も、アルカと三人で勝手にどっか行ってた」

 前言撤回、嫌な予感はやはり的中している。コーベとしてはただ困惑するしかない。何より、この下ネコと仲が良いだなんて不名誉だ。

《サキにゃんもウイにゃんも、やっぱり私に嫉妬してますよね?》

「……というよりは、心配? コーベがイスクに支配されたら、とうとう見捨てざるを得なくなるし」

《結構酷いこと言いますよね、ウイにゃん》

 コーベとイスクが揃って戦慄する。とにかく、話題を変えなければ。

「それは良いとして。サキとウイは、二人で何を話してたの?」

「うわっ……ガールズトークの内容とか訊く? フツー」

 先程とは表情を一転させて、サキがとことん呆れていた。そんな彼女に代わってか、ウイがコーベに言葉をかける。

「……何て言えばいいんだろ。告白というか、休戦協定というか」

「あ~……なるほどね。うん、分かったよ」

《えっ、コーベくん今ので理解できたんですか?》

 珍しくイスクが意表を突かれて、元々大きい目を更に開いた。自分のケータイの画面を見て、コーベは面白い気分になる。今日は何だか、彼女とより親しくなれた気がした。果たしてそれが良いことなのか、彼には判断しかねるが。

 そんな薄曇りの十三時三七分、前触れも無く突然にそれが聞こえた。

 耳をつんざくノイズ。鉄と鉄をこすり合わせた、いやもっと酷い、鉄で鉄を削るような音。無理に引き伸ばされたように連続した音響が、春海一帯を支配した。

「これって……イスクっ?!」

《確認が取れましたニャ、サキにゃんっ! ここから北側に五〇〇メートル進んだ地点で、<メックス>が複数匹発生しました! 具体的ニャ数は三、四――十匹どころか、十五匹を超えてますニャ! 他の地点でも、まだっ!》

 街中のカメラやセンサから情報をかき集め、イスクが纏めて三人に伝えた。その声はかなり焦ったモノで、状況がとても悪いことを物語っている。

「ウイ。アルカに連絡取れる?!」

「……今やってる、コーベ。多分そろそろ出て――」

『おうお前ら、調子はどうだっ?!』

 豪快なアルカの通信が、それぞれの<α〝T-T.A.C.〟κ>にあるモニタに映し出される。コーベ達<L<ove>R>はすぐに搭乗してシートベルトを締め、エンジンに火を入れてステアリングを握った。

「アルカ、指示を手短にお願いできるかしら?」

『まずは東側に向かえ! <グレイトレール>は今からリモートでそっちに直行させっから、戦闘はそれを受け取ってからだなぁっ!』

「……<グレイトレール>はどのくらい飛ばすの?」

『軽く暴走族をオーバーテイクするくらいにはだ! 単調な直線距離だし、お前らにそこまで時間的無理を強いるつもりは微塵もねーから安心しろぉっ!』

 スポーツカーを千切るキャリアカーを想像するが、どうもイメージが掴みにくい。とはいえ<グレイトレール>の核融合炉は三基もあるので、フル稼働ならばそれも可能なのだろう。

「僕は武装あるけど。先行して良いの?」

 コーベが口をはさむ。彼の<フィールダー>はアーミーナイフを携行しているので、わざわざ武装を受領する手間が要らない。

『違うな、お前は<グレイトレール>到着まで二人を守るんだよっ! 大学ガレージからそう何百キロとか離れてる訳じゃねーんだし、五分間持ち堪えるだけで十分だっ!』

「了解。じゃあアルカ、お願い!」

 そして、アルカがセリフを放つ。

『あぁ――<L<ove>R*α〝T-T.A.C.〟κ>の出撃と行こうか!』


 結局、春海シクスティサークルの東側に出現した<メックス>は十七匹だった。車態で登場した<α〝T-T.A.C.〟κ>三台だが、武装無しでこの数を牽制するのは多少難しい。

「これ、私たちの手に負えるの……?」

「……今は何とも。<グレイトレール>を待つしか」

《超特急で向かわせてますから、しばしお待ちくださいね☆》

 まるで料理が中々出来ないことを詫びるようにイスクが頭をぺこりと下げていたが、それで解決するような問題では無い。格闘戦に持ち込むにも、いくら四メートル級とはいえ鋼鉄猫相手では分が悪かった。

 だからこそ、彼が重要な役者となる。

「五分だから。一匹当たり大まかに二〇秒ってところだね……うん、分かった。行くよ、<オーバーロード>!」

 冷静かつ力強く、コーベが言葉を放ち<フィールダー>を人態へと移行させる。菊の花が開くように変形したそれは、左腕にバックドア型シールドを携えていた。

「……コーベ、一人で大丈夫なの?」

「流石にぼっちじゃ無理だから。ウイは機体のセンサで相手の核の位置を調べて、あとサキは引き付けられるだけ敵を引き付けて。応戦する必要は無いから、お願いできる?」

「オーライ、コーベ! 左のコたちと遊んどくからねっ!」

 <ラティオ>がボンネットを開いて温感センサを展開し、<アクセラ>は激しいスキール音を轟(とどろ)かせながら<メックス>たちとの追走を始める。そして<フィールダー>は右脚から手の平サイズのアーミーナイフを抜き取り、栓抜きを引き出して目の前の猫に肉薄。ねじ込み深くまで刺した後にそのまま引き抜き、素体だけを無理に摘出した。

「まずは一匹処分。イスク、次は?」

《右側からとか、いかがでしょうかニャ?》

 あんぐりと口を開けながら、鋼鉄猫が一匹右から迫る。咆哮と言うよりは鳴き声だった。

ウイの情報が届いて、それによると核は頭にあるらしい。コーベはすぐさまピンセットを選択、口の中に右手を突っ込んで素体をつまんでは引き抜いた。神経接続を断たれた<メックス>は核を失ったため液体金属へと変化し、ドロドロになって土へと還る。

 その向こう側に居た一匹は、鋸で左肩を切断し処分。機体を左へとステップさせ、次の猫はラージブレードで一刀両断。別の猫には鱗落としで鉄の皮膚をスクラッチして穴開け、別の猫には缶切りで目に引っ掛けてから眉間を切断。端子潰しで素体をミンチにされた猫も居れば、リーマで外側から貫通された猫も居る。酷いモノだと耳をプライヤでつままれて、ジャガイモの皮を剥くようにして鉄板をグルグルと剥がされた個体もあった。

 今のところ九匹を殺処分、おおよそ半分といったところか。残り持ち時間は三分ほどある。

「……コーベ、サキのところ行ってくれる? ヤバそう」

「分かった。という訳で、こっちに<メックス>を寄越してくれるかな?」

「言われなくとも、そろそろ押し付ける予定だった! ほらコーベ、私からのプレゼントよっ!」

 <フィールダー>の横を<アクセラ>がよぎって、それを<メックス>が追いかけてくる構図だった。都合の良い様に解釈すれば、向こうさんが勝手に運動エネルギーを持ってくれている。

「赤い布があったら。振ってみたい気分なんだけどな」

《それだったら、多分サキにゃんかウイにゃんが穿――》

『イスク、黙って』

 二人から同時に言葉の圧力をかけられて、イスクがしゅんとしている最中。コーベは機体の左腕を挙げさせ、シールドのブレーキランプを点灯させた。

「機会があれば。後で確認させてもらうとして――ここを仕切るよ、<ペタルスパシオ>っ!」

 シールドの周囲に水晶の形をした透明な板が六つ発生、それらがブレーキランプの灯りを受けて、花弁のように赤く光る。浮上しながら移動し<フィールダー>の目前でファランクスの陣形を取り、突撃してきた鋼鉄猫は自分から刺さって息絶えていた。三匹同時ドロドロに溶けて、鉄のプールを形成する。

 花弁の前衛と後衛がスイッチして、今度は自発的に飛んでいった。分子間力の変化で加速度を持たせ、<メックス>一匹ずつに突き刺さる。首に下腹部、そして耳。各個体それぞれで異なる核の位置を、その攻撃はきっちりと押さえていた。

「残り。二匹だよねっ?!」

《目の前のが、まさしくそれですニャ☆》

 イスクのガイドで目標を視認、<ペタルスパシオ>を束にして飛ばす。同時に<フィールダー>も肉薄させ、花弁を植え付けられた猫の死骸をオーバーテイク。アーミーナイフはスモールブレードとワイヤーストリッパを展開し、まずは敵に刃を立てて装甲をこじ開ける。虎ぶち模様の素体が見えたら、ストリッパで毛皮を無慈悲に剥ぎ取り。完全に生命活動を停止して、その亡骸も同様に溶けてアスファルトの割れ目に流れ込んだ。

「イスク。タイムは?」

《はい、三分二〇秒です☆》

 一匹当たり、おおよそ一〇秒。当初の見積もりに対して半分。

たったそれだけの時間で、コーベはこの区画の鋼鉄猫を全て殺処分して見せた。

「えぇ……コーベ、どこでそんな技覚えたのよ?」

「……素直に凄いけど、ちょっと不気味」

 サキとウイが不思議そうにコメントするが、そんなことを言われてもコーベにはどうしようもなかった。

「羊の皮を被った狼。ってやつかな? あんまりトヨタ車に乗りながら言うと怒られそうだけど」

 コーベが冗談を吹かしていたが、しかしまだ<メックス>軍団の一部を始末したに過ぎない。春海シクスティサークルを基準に考えて、北側と西側にまだ多くの猫が群がっているはずだ。しかも、未だに増殖中かも知れない。

《あれっ……? 春海から二キロ先、横瀬(よこせ)の方でも<メックス>が発生してますニャ。それに、御崖(みがけ)方向も……》

 イスクが新たにアナウンスした地点は、どれもがここからかなり距離のある区域だ。早急に殺処分せねばならないので、グズグズしている暇は無い。

「善は急げ。イスク、<グレイトレール>はこっちから迎えに行くよ。ピックアップしてくれるよね?」

《了解ですニャ! みニャさん(皆さん)の<α〝T-T.A.C.〟κ>を回収したら、ひとまず北区画に直行します☆》

「……そっか、そこが一番近いんだ」

「じゃ、イスクお願いね!」

 コーベが<フィールダー>を車態に戻し、<ラティオ>と<アクセラ>も高速走行のために準備を済ます。三台の状態が整ったことを確認してから、<L<ove>R>は<グレイトレール>との合流地点へと加速していった。


oveR-05


「ウイ、ざっくりやっちゃって!」

「……分かった、サキ!」

 人態に変形して鷲のように獰猛なフォルムをした<ティーダラティオ>が、鳥趾をバネにして跳躍する。滞空している間に両腕で抱えるようにしてスナイパーライフルを構え、砲弾状の装置を上空から投射。それらはいくつかのコーナーへバラバラに刺さった後、重力レンズを形成した。

「……<メニスカスアクシス>!」

 <ラティオ>の特殊兵装を使用。ライフルの銃口から赤色レーザーが鉛直下向きに照射され、重力レンズを通ることにより軌道が左右へ屈折する。いくつものレンズを経由して何回かカーブしていく過程で、二〇匹あまりの<メックス>を貫通し仕留めて見せた。

「……サキ、向かって左側が残ってる!」

「それくらいならお任せあれ、ウイっ!」

 <ラティオ>が着地すると同時、人態に変形し妃のように絢爛なスタイルをした<アクセラハイブリッド>が素早く移動する。取りこぼしの鋼鉄猫に肉薄する最中に、M字の形をしたブレードを左手で構えた。と言ってもグリップを握ってしまえば、その武装は中心に銃口を持つクロスボウに見えてしまう。

「さぁ、いらっしゃいな――<スピードラディアンス>っ!」

 <アクセラ>の特殊兵装を使用。敵の目の前に到達したらそのクロスボウの後端を右手で掴み、弓を引くようにして相手に向ける。そしてゼロ距離と言う名の逃れられない間合い、銃口から広範にレーザー砲のシャワーを浴びせた。<メックス>はどれもが熱に耐えきれず、ドロドロになって溶けてしまう。

 この区画に居た猫たちは、これで全てが殺処分された。

「お見事。凄いよね、やっぱり僕なんて二人の比じゃないよ」

 合流した<グレイトレール>の隣に<フィールダー>を横付けさせながら、コーベがサキとウイに対して賛辞を贈る。しかし彼女たちのリアクションは不満そうだった。

「そりゃ、タイム的には私たちの方が圧倒してるかもだけどさ~……」

「……私たちが二人で仕留めた分を、コーベはたった一人でやってのけたんだよ?」

 処分数も少し違うので単純比較は出来ないだろうが、それでもやはりコーベの仕事量の方がハードだったように思える。二人が付け加えるようにして続けた。

「それにしても、コーベって十徳ナイフ手に入れてから随分と調子付いたわよね~」

「……この前まで、スコアもゼロだったのにね」

「たはは。そこまで言わなくても」

 これにはコーベも苦笑い。確かに前回の戦闘でアーミーナイフを装備して以降、彼の戦績は右肩上がりとなっている。だがしかし急に技量が上がった訳では無く、それ以前のコーベはサポート役として非常に優秀だった。速い魚が水を得た、というところか。

 コーベの感性に一番そぐっている武装がアーミーナイフだった、ということなのかもしれない。今までは武器がしっくり来なかったために目立った成果を上げられなかったが、彼が最も使いやすいと感じるモノを手にしたことにより攻勢に出やすくなった。実際コーベの戦闘スタイルは奇抜なモノが多いので、アーミーナイフのような引き出しが多い武装が最適なのだろう。

『さて、お前ら! この区画はもう始末したんだ、とっとと次のところに――』

「待って。アルカ、多分まだやることがある」

 変態イカレ科学者の催促をコーベが中断させる。怪訝に思ったのかアルカの問い返す通信が聞こえたが、彼はそれを何となく無視して言葉を繋げた。

「いつもだったら。この辺で来ると思うから……」

「……そっか、大体こういうタイミングだから」

「じゃ、三人一緒に呼んでみましょっか!」

 コーベ、ウイ、サキの三人が、口を揃えて大声を出す。

『お~い、アスタル~!』

《ニャニャっ、誰かが吾輩を呼んでる気がするニャっ!》

 寂れた地方のヒーローショーさながら、<L<ove>R>の声掛けに釣られてアスタルが登場した。勿論愛車の<プリウスα>の他にも、支援機である<クオンクオート>と<KLX250>も一緒だ。黒塗りの三台で片側一車線の道路を占有するその様は、さながら地方のマイルドヤンキーのよう。つまり、全体としてどこか田舎臭い。

《フニャハハハ~! 地獄の底より出で来し死神、黒猫のアスタルとは吾輩のことだニャっ!》

「……何かセリフ回しが新しく出来てる」

「その割には、今まで散々使ってきたフレーズの使い回しよね」

《お兄ちゃん、面倒臭いからってコストカットもパ●プカットもいけませんよ☆》

《妹者よ、面倒臭いのとコストカットってニャんの関係があるのだニャ……?》

 最早恒例となった女性陣からのコメントを軽く受け流し、しかし流石に<L<ove>R>を見逃してはくれないらしい。

《いいかニャ、吾輩はいつもニャんじ(汝)らを断罪するために参上してるのだニャ!》

「アスタルと。もっと和気あいあいとしたいって、僕は思ってるんだけどな」

《コーベ、だから危機管理能力が足りニャいっていつも言ってるニャ! えぇい、こーニャったら我が力で示すのみ……いきニャり全力で行かせてもらうニャ、<オーバーファミリア>っ!》

 アスタルのボイスが響くと同時、<クオンクオート>のトラクタとローリが分離する。そのローリ前半を『上半身』、後半を『下半身』とするように変形し、『胸』として<プリウスα>がすっぽりと収まる。トラクタは縦に二分割したらキャブを展開して全長を伸ばし『背中』にマウント、<KLX250>のボディは『尻尾』に、ホイールは両手に付けて『爪』にする。

 <プリウスα>のルーフから『頭』がせり出され、紅い眼光が漆黒のボンネットを鈍く照らす。

 全ての時制を引用する死神、<〝q〟p.α.κ.>。

 全長十メートルの人型をしたその機体は、時間の流れを不問とさせる風格を有していた。

「うわ~、早々に合体しちゃったわよあの子」

「……自分が面倒事増やしてるって、気付いてないのかな?」

「こんなことなら。こっちも合体してからアスタルを呼べば良かったかも」

 しかしアスタルの思惑とは正反対に、コーベ達はもう慣れっこなので落ち着いていた。見たところ新機能なども無いみたいだし、こちらは既に白星を挙げているのだから。アルカが調子に乗せてくる。

『でもよぉコーベ、今からだって遅くは無いんだぜっ?!』

「そうだね。だからこっちも――<オーバーファミリア>っ!」

《かしこまりました、<グレイトレール>合態へと移行しますニャ☆》

 イスクが三人の<α〝T-T.A.C.〟κ>を統合して操作、合態シークエンスへと突入させる。

 <ティーダラティオ>は二分割して『脚』に、<アクセラハイブリッド>は二分割して『腕』に。<グレイトレール>のトラクタが展開して『胴体』になり、中心となってそれらを接続。セミトレーラ部分のトラスは<カローラフィールダーハイブリッド>が全て受け持ち、『背中』に接続して纏まりとなる。

『足』の鳥趾が自由に開く。

『肩』の装飾が優雅に輝く。

『頭』の花弁が満開に咲く。

 六枚羽のトラスが放射状に広がって。

『<T-T.A.C.>、コンプリーテドっ!』

 声を揃えて<L<ove>R>が告げて、合体はここで完了となる。

 あらゆる存在を牽引する熾天使、<T-T.A.C.>。

 全長十メートルの人型をしたその機体は、何事をも即座に圧倒してしまう品格を放っていた。

「さて、何も先攻まであの厨ネコに渡すことは無いんでしょ?」

「……この機体には、固定武装だってあるから」

「早速。行ってみよっか、<ビームアライバル>っ!」

 コーベの声と<T-T.A.C.>の両腕が連動し、背中の鞘からカッターのような剥き出しの刃を二振り引き抜く。腕部ハードポイントに接続されたそれは引き伸ばすことで二〇メートルという長さになり、やや開いた間合いに居る<〝q〟p.α.κ.>にも届くほど。<ビームアライバル>ロングエッジは、<T-T.A.C.>唯一の固定武装だ。

 両の刃をしならせながら、アスタルへ向けて振りかぶる。鉛直下向きに襲ってくるその攻撃は、避けられるような代物ではない。相手の両肩くらいは削ぎ落とせるかもとコーベは思ったのだが、その考えはどうやら甘かったらしい。

 <〝q〟p.α.κ.>の一歩手前で、進入を拒絶されたかのように弾き返された。

《フニャハハハ~! 忘れた訳ではあるまいニャ、この吾輩の<スフィアプライア>をっ!》

「ちょっと……アスタル、実体剣まで防御するとか聞いてないんですけどっ?!」

 死神の絶対領域、<スフィアプライア>。突破どころかその原理すら<L<ove>R>の三人が把握し切れていない、アスタルの硬い防御壁だ。その姿を観測することも不可能、展開・収納は自由自在。彼らが<〝q〟p.α.κ.>に苦戦する理由、まさしく何でもありの『障壁』である。

《次は吾輩の一手だニャ……ニャらく(奈落)の底へと落ちるが良いニャ、<テンスエクシーダ・レグスカッタ>っ!》

 黒猫が背中のトラクタを両手に取って横一文字に構え、側面から数多もの小型レーザー砲が頭角を現す。<テンスエクシーダ>全距離対応兵装システムの中距離戦用モード、拡散レーザーを広範に放出する<レグスカッタ>。彼はこれを撃つつもりらしい。

 そのモーションを目にしてすぐ、反射的にサキがシフトをRに入れて後退。<ミクストトラスマニフォルド>からプラズマを発生させ、滑空しながら路地裏へと逃げ込んだ。コンマ八秒後には、彼らが居た場所がレーザーで照らされる。

これで回避には成功したが、こちらの武装不足が深刻だった。ひとまず<ビームアライバル>を収納して、コーベがアルカに尋ねる。

「この前あの壁を突破した時の。電撃とかって、今回も使えるの?」

『いんや、<ヒトスミストレイト>は残念ながらここには無いぜ。<スフィアプライア>を破るにゃ手詰まりに見えるが――安心しろ、対策は用意してある。新武装のオンパレードだ、指定ポイントに向かって受領しろよなぁっ!』

 モニタに転送されたデータ群は、魅力的な兵装ばかりだった。対アスタル用のモノだけではなく、<メックス>の多く湧くこの状況をも終わらせる代物まで用意されてある。しかもどれから使用すればいいのか、アルカが予め紡いだシナリオは完成度が高かった。それら武装の配置にまで、順序立てが行き届いている。

「流石だね。アルカ、やっぱり考えるスケールが段違いだよ」

『お褒めに授かり光栄、ってモンだよコーベ! そんで、こいつらを受け取るにも一難あってだな……』

「え~っと、マップには二号バイパスを西に進んで……って、遠くないっ?!」

 サキは大声を上げて驚き、ウイは冷静に段取りを確認する。

「……これ、横瀬の<メックス>の群れを突っ切るルートだけど。交戦しながら向かえってこと?」

『その通りだ、だからそれ相応の装備が必要になるっ! 準備のための予備準備、ってところかねぇ……イスク、この近くのピットを検索しろっ!』

《かしこまりました☆ ふむふむ……すぐ近くにありますね、この路地を奥に一〇〇メートルくらい進んでくださいニャ!》

 彼女の指示に従って、機体を所定の位置へと動かす。すると密集している雑居ビルから各種兵装が提供され、<T-T.A.C.>のハードポイントへと接続された。両腕とトラスの補助腕の一部にはいつもの<リズムクラフタ>アサルトライフル、しかし他は見慣れず脚にミサイルポッドとトラス六ヶ所に謎のユニットを取り付ける。

 作業が終了してすぐにピットアウト、すると目の前にはアスタルが迫っていた。

《入り組んだところに隠れるだニャんて……確実に仕留めてくれるニャっ! いざ、<フォアパーランス>っ!》

 <テンスエクシーダ>を槍状の近接兵装として、<〝q〟p.α.κ.>がこちらに突き出してくる。緊急回避のため<ミクストトラスマニフォルド>を<フィギュアアベンシス>にし、急いで上空へと垂直に上昇。その足で死神をかわしながら、二号バイパスへと出て着地。眼前には当然、無数の鋼鉄猫がはびこる。

「それじゃ。その切り札とやらを受領しに、行ってみよっか!」

 コーベの掛け声で<T-T.A.C.>が地を蹴り、<メックス>の大群へと自ら身を投じた。


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 その通りには、猫がはびこっている。

 数は三〇を超えるだろうか。十メートル級や四メートル級、まだ一次巨大化すら迎えていないが首に<SMBC>が取り付けられている猫まで含めると、やはりそのくらいは<メックス>が居る。

 その猫たちは、何をしているのか。路駐をしていた無人のメルセデスを、前足で弄びながら仲間に渡す。その様はまるでサッカーか、或いはバスケットボールか。どちらにしろ、一千万円の高級車を玩具にしていることは確かだ。

 横瀬地区を貫く二号バイパス、その東端。遊んでいた四メートル級<メックス>二匹は、しかし唐突に頭を打ち抜かれた。

 素体の野良猫が、肉となり飛び散る。取り残された空の鋼鉄は、主を失うと溶けてしまった。虚しい殺処分により幕が開き、屠殺者がその御姿を現す。

 地上三メートルを浮上しながら、<T-T.A.C.>がトラスの羽を広げた。

「……残りの具体数、言わなくてもいいよね?」

「そうね、私たちには要らない情報だし」

 ウイとサキの短いやり取り、そこには余裕が垣間見できる。<ミクストトラスマニフォルド>を、<フィギュアフーガ>で展開した。放射状に伸びたトラスが、まるで後光のように見える。

 <リズムクラフタ>を、今一度構えて。

《障害物ニャし、オールグリーンですニャ☆》

「行くよ。<オーバーファイア>っ!」

 コーベの一意気で、熾天使が加速した。

 駆け抜ける一迅の風のように。滑空をしながら腕を広げて、脇の鋼鉄猫を次々と貫く。銃弾が鉄を蜂の巣にして、相手はバタバタと倒れては溶けた。使い古したマガジンを、トラスの補助腕を用いて交換。操作するついでにウイがチェックを入れ、他の腕にマウントされていたライフルも動かす。

「……フルバースト、撃ち乱してっ!」

 目の前にはびこる<メックス>目掛けて、腕とトラスから<リズムクラフタ>をフルオート射撃。計四門の銃口より、マズルフラッシュが轟き渡った。広範に撒き散らされた銃弾は、まるで舞い散る天使の羽根。罪を浄化するかの如く、猫を天へと召してやった。

「……もしかして、死神よりも酷いことやってる?」

「ウイ、確かにそうかもだけどね――コーベ、来てる!」

 サキの警告で意識を移す。右前方と左後方から、<メックス>が挟み撃ちを仕掛けて来ていた。どちらも十メートルなのだから、きっと誰かに操られた上での行動だ。でないと猫同士なんかで、こんなにも戦術的な連携は取れない。

「了解。慣らし運転無しのぶっつけだけど――<ムスミハニカム>!」

 彼の声紋でロックを解除、トラスに増設された装置が唸る。周囲に雷光がほとばしり、一瞬で空気を帯電させた。しかしそれは攻撃用の出力ではなく、だから<メックス>のブローが双方向から矢のように飛んできて――。

 透明な壁に、阻まれた。

 <p.α.κ.>の使っていた、<プライアウォール>を想起させる。二枚張られたその壁はよく見ると、六角形がいくつも合わさっているように縁取った筋が通っていた。透明と言っても強弱があり、線だけはっきりと黄土色。その形は俗に言われる、『ハニカム構造』を表している。

 六角剛<ムスミハニカム>。基本的には<カローラフィールダーハイブリッド>の特殊兵装<ペタルスパシオ>の応用で、<T-T.A.C.>の出力により増強された防御兵装だ。周囲の分子を結合させて積層し盾を造り移動させる工程までは同一だが、大きな差異はその形状。この<ムスミハニカム>は剛性上昇を狙って、ハニカム構造を採用している。

 ハニカム構造とは、六角形の外周を骨格としてそれをいくつも繋げた構造のことを指す。メリットは材料量と耐久力との比率だ。例えば四角形に比べて、円や六角形は中心点からの距離にバラつきが少なく均一になる。そのため圧力を分散することに対し脆い箇所が出来づらいので耐久性に優れるのだが、六角形の場合は集合する際、隣り合っている六角形同士で辺を共有できる。このことはつまり少ない材料で耐久力を上昇することが可能ということであり、だから軽量化と剛性アップの両方を達成できる理想的な構造なのだ。

 この<ムスミハニカム>も同様で、シールドを六角形の集合体とすることにより十メートル級<メックス>の重い打撃にすら耐えている。しかも材料の分子も少量で済むので、とてもクイックに展開可能。何度殴ったって変わらない、逆に隙が生まれるだけだ。

 六角形の結合を一部だけ解除、その隙間から<リズムクラフタ>をセミオートで一発ずつ。たったそれだけで、二匹の<メックス>はお陀仏となった。

「さて。次の手だよね」

『しゃらくせぇ、二号バイパスを一網打尽にしちまえよっ!』

 コーベの呼びかけにアルカが呼応。発砲の反動を利用して、<T-T.A.C.>の両腕を上に挙げる。そして先程と同じようにして、背中から<ビームアライバル>を抜刀した。右前方と左後方に銃を向けていたという無理な体勢をもう少し捻って、大胆に真横を向けてみる。

そのまま腕を広げながら落としてみると、直線道路上に二〇メートルの刃が落ちることに。突然空から降ってくる<ビームアライバル>に驚いたのか、鋼鉄猫たちはそれを必死で避ける。右へ左へ、道路からはそう離れられない。ずらりと並ぶようにして、刃の両側に誰もが居る構図になった。刃に反射して映る自分の姿に、彼女たちはさぞ戸惑っているだろう。

 そうして<ビームアライバル>に沿うようにして位置している<メックス>を、両腕とトラスの<リズムクラフタ>で真っ直ぐに撃ち抜いた。

 コーベのやったことは単純で、道路上の空間の制限だ。中央分離帯として衝立(ついたて)代わりの<ビームアライバル>を配置することで、<メックス>たちの行動範囲が片側一車線に限られる。暫定的に一種の『部屋』を作ったのだ。そして猫たちが逃げないうちに、素早く発砲して殺処分する。手首のスナップやトラスの稼働を活かせば、大体の射線軸はカバーできた。

 あらかた片付いたところで<ビームアライバル>を収納するが、そのタイミングで新たに一次巨大化した<メックス>が出現する。耳をつんざくノイズと共に鉄の生命体が誕生し、しかし彼女たちは生後五秒ほどで<T-T.A.C.>に撃ち抜かれた。

「そっか、まだ<メックス>化してない猫ちゃんも居るのね……」

「……可哀想だけど、その子たちも処分しなきゃ」

 野良猫を巨大化・鋼鉄化させる<SMBC>はナノマシンを血液中に送り込むため、一度取り付けられたら除去することが出来ない。だから殺処分してやるしか、猫を救う方法が存在しない。このことを重々承知の上で、<L<ove>R>はこうして<メックス>との戦闘を繰り広げている。

 辺りを見回してみると、大きな首輪を付けた野良猫がわらわらと居た。白猫に黒猫、虎模様にぶち模様。様々な毛並みの猫が歩いているが、そのどれもが悲しそうな顔をしている。熾天使として、救済せねば。

「心は痛むけど。<ニトロクリープ>、<オーバーファイア>っ!」

 コーベが叫ぶとほぼ同時、<T-T.A.C.>の脚に備え付けられたミサイルポッドが稼働する。すぐさま弾頭が発射されるが、六発のそれらは地面すれすれを低空飛行。あらゆる猫を轢き殺し、アスファルトに着弾したら今度は猫たちを爆炎で包んだ。

 <ニトロクリープ>ミサイルポッド。弾数は左右合わせて十二発、威力はさほど高くない。しかし通常のミサイル弾よりも低い高度で巡航するように設定されていて、主に今回のような小さい対象に使用される。対<メックス>ではなくて、生身の猫をターゲットとした武装だ。

 その爆薬(nitro)を、這わせるように(creep)。

 最後に取りこぼしていた<メックス>たちを<リズムクラフタ>で各個撃破すると、イスクが軽快な音声でファンファーレを告げてきた。

《ぱんぱかぱーん! おめでとうございます、この区域のネコにゃんはあらかた一掃しましたニャ☆》

「そーゆー報告、相変わらず胸糞悪いわよね」

「……そう言わず。街は守れてる訳だし」

 サキとウイが小言を並べている傍ら、アルカの小さな笑い声が耳に入った。しかし二人には聞こえなかったらしく、コーベだけが反応している。

「アルカ。どうしたの?」

『いや、何でもねぇ。んなことよか、とっとと武装を受け取るんじゃ無かったのかよ?』

「そうだった、ウイ?」

「……ジェネレータは正常だから。サキ、いつでも大丈夫」

 <ミクストトラスマニフォルド>を再度<フィギュアアベンシス>に組み替えて、アクセルを強く踏み二号バイパスを西進する。緩い左コーナーを流した先には、広大な空き地が広がっていた。ビルの乱立するコンクリートジャングルの中でも、そこだけ大きな虫に食べられたようにぽっかりと空いている。

『そーいや、ここにも商業施設が建つらしいぜ。名前は『若杖(わかづえ)セレナーデ』だっけかね』

「そんなにガッコンガッコン建てるほど、需要あるの……?」

「……需要が無くても利権で建てる、それが行政のお家芸?」

 とりあえずこの空地を越えて、少し進んだ地点でブレーキング。四~五階建ての雑居ビルが立ち並ぶ、やや薄暗いここが次のピットだ。

<ムスミハニカム>のユニットを残して、<T-T.A.C.>が武装を全パージ。建物からアームが続々と伸びて、代わりの新しい武装を接続してくる。

 まず右腕に取り付けられたのは、大型のパイルドライバだった。マッチ箱のような直方体の先端に、尖った杭が収められている。アルカの作品にしては、他の奇抜な武装と比べてやや落ち着いた外観だった。少し奇妙な点と言えば、せいぜいその杭に何やら関節のようなモノが組み込まれていたことくらいだ。後方に長く突き出しているが、ちょうど中間で折り曲げられている。杭を伸ばしたら三〇メートルはあるだろうか。

 次に機体をプラズマで浮かせてから、両脚を覆うようにして巨大なユニットが二つ取り付けられる。スポイラやウイング、バーニアが付いていることから、ブースタユニットであることが容易に想像できた。

 そして最後に右側のトラスを広げ、<エクステリアセクタ>を三本マウント。しかし前回のようにその先に武装を付けることは無く、指を閉じたり開いたりさせてストレッチをしていた。

「イスク。アスタルとはどこら辺で落ち合えそう?」

《今の武装とかまで考えると~……さっき、建設予定地があったじゃニャいですか? あそこで数秒待ち伏せすれば、きっと丁度良い感じで接敵できると思いますニャ☆》

 あの空地で戦うメリットは二つある。一つはオープンスペースであるため身動きがとりやすいこと、もう一つは地面が舗装されていないこと。一撃必殺を仕掛けるつもりなので、長期戦を考慮しても意味が無い。この装備のみに適した土地をセレクトしても、不都合はあまり存在しない。

 しかしサキとウイにはそんなことよりも、アスタルに追いつかれたことがショックだったらしい。

「もうそこまで来てるってことは、ピット作業中に追いつかれたってことよね? そりゃ、バトルやってたからこっちのペースが落ちてたってのはあるけど」

「……しかも向こうは補給とか無しだから、もしかしたら追い越されちゃうかも。タイムで負けるってのは、何か納得いかない」

「でもさ。その喩えで考えると、こっちは言わばニュータイヤだから。コンディションは、僕たちの方が上だよ……?」

 モニタの上でイスクがロリポップを上げ、<T-T.A.C.>が全開でピットアウト。来た道をなぞる様にして、再び建設予定地へと躍り出る。上空五〇センチを滞空して砂埃を巻き上げていると、正面からのアラートが鳴り響いた。

《攻撃が来ますニャ、回避して下さいっ!》

「そんなの無理――<ムスミハニカム>!」

 コーベが六角形の盾をすぐさま起動させ、機体の目前へと持ってくる。すると間髪入れずにモニタが一度明滅し、機体が揺り動かされるほどの衝撃が襲ってきた。

「ったく~、何が起こってるのよっ?!」

「……陽電子、或いはビーム砲っぽい。さっきのはシールドにぶつかった際の衝撃波みたいだから機体は無事で、こんな攻撃をしてくるってことだから」

 何とか堪え切った<T-T.A.C.>のカメラが復活して、周囲の状況が表示される。ボロボロになった<ムスミハニカム>を一旦結合解除させると、その先に映っていたのは――。

《よ、ようやくっ……追いついたニャ!》

《あ、お兄ちゃんだ~☆》

 空地沿いの道路に佇む、黒い死神<〝q〟p.α.κ.>だった。

 内部武装である<テンスエクシーダ>は、遠距離モードの<テイルブラスト>の形を取っている。尻尾のビーム砲からも狼煙(のろし)が上がっているということは、やはり先程の攻撃はアスタルが仕掛けて来たということだ。

「ったく、アンタも元気ね~……少しは休んだりしないの?」

《この暗黒に染まりし身体を休ませる暇ニャんかがあったら、吾輩は一歩でも多くニャんじ(汝)らを追撃して、地獄の底へと叩きつけるニャ!》

「……社蓄みたいなこと言ってる」

 二四時間働けますとでも言わんばかりのアスタルであったが、彼が立っている位置は<L<ove>R>にとって少し都合が悪かった。

《お兄ちゃん、アスファルトの上に突っ立ってますね。熱くニャいんでしょうか?》

「そんなこと言ったら。<〝q〟p.α.κ.>だって全身真っ黒なんだし、変わらないんじゃないのかな?」

『おいちょっと待て、今二月だぞ……?』

 お天道さまもそこまで高く上がっていないこの季節。とりあえず、このままではグラウンドで戦うメリットが掻き消されてしまう。何とかして黒猫を誘導させる必要があった。

「アスタルを。土の上まで来させるには……」

 何か良い方法は無いかと悩むコーベ。しかし対照的にサキとウイはアイデアを持っているらしく、含みのある笑みを浮かべていた。

「アスタルを、誘惑するって言えば~?」

「……うん、あれしかないと思う」

 ヒントを出されても、アルカとコーベには二人の言っていることが分からない。時間も惜しいので女性陣二人に任せることにすると、彼女たちは声を揃えてこう告げた。

『アスタル~、こっちにおいしいホッケがあるよ~!』

《ニャニャっ、ホッケ! わぁいおさかニャ(魚)、アスタルおさかニャ大好きニャ~っ!》

 これで<〝q〟p.α.κ.>が本当に前進してグラウンドの土を踏んでくれたのだから、流石の変態イカレ科学者もビックリである。

『俺、まさかアスタルがここまで馬鹿だとは思わなかったわ……知能指数が小学生レベルじゃねーか、アイツ本当に十五歳の設定なんか? 信じらんねー……』

「アルカ。そこまで言っちゃうと、アスタルが可哀想だって」

 しかし彼らのこの小言が原因で、アスタルが罠に気付いてしまった。かなり立腹した様子で、<テンスエクシーダ>を近接形態の<フォワパーランス>に変形させる。

《ニャ……謀ったニャ~っ?! わ、吾輩のおさかニャに対するこの燃えるようニャ計り知れぬ愛情を裏切るだニャんてっ!》

《『燃えるようニャ愛情』って言葉、ちょっとお兄ちゃんには早すぎるかも☆》

「イスク、アンタ設定上はアスタルの妹でしょーが。年上よ、アイツ」

 サキの突っ込みも去ることながら。紆余曲折というよりは大なり小なりの問題があったが、とにかくアスタルを誘導することに成功した。このチャンスを逃す訳には行かないため、<L<ove>R>もようやく攻勢に出ることにする。

「ウイ。武装の最終チェック、お願いできる?」

「……もう終わってる。サキ?」

「足は踏ん張れないんでしょ? 体勢は何とかするから」

 右腕のパイルドライバを起動し、左手も使って身体全体で抱えるようにして構える。矛先は当然、<〝q〟p.α.κ.>に向けられた。彼我差、二五メートル強。

《そっちがそう来るのニャら……こっちには、最強の防壁があるニャ! いざ、<スフィアプライア>っ!》

 両肩の装甲が展開して、<〝q〟p.α.κ.>の周囲に絶対領域が完成する。たとえ目視できなくとも、アスタルの受け身で何となく<スフィアプライア>の起動を感じ取れた。

「何だろ。あれ……?」

 しかしコーベはその時、奇妙な現象を観測した。相手の周りを舞っていた砂埃の流れが、途端に変化したのだ。広がるような動きだったモノが、一斉に上空を目指しそびえ立つ。まるでモーセの十戒のように、砂が死神を守るように。

 念のためこのデータをあらゆるセンサで分析し、ライブラリに基礎データとして残すようイスクに指示を出したところで、全ての準備が整った。

『さてコーベ、やっとこさこの武器の出番だぜっ!』

「お披露目だよね。行くよ――<ディフラクトラム>、<オーバーファイア>っ!」

 彼の言霊に連動して、武装のディーゼルエンジンが唸る。関節が全て展開して、三〇メートルの直線が一本に。爆発的な打撃を受けて、先端のパイルが打ち出された。音速を越えてそれは進んでゆき、しかし<〝q〟p.α.κ.>には届かない。

先端は下方を向いていて、まるでミミズが潜るように、或いは重力に引き付けられるかのように、パイルは地面に刺さってしまった。『杭打機』としての、本来の使い方をされてしまったのだ。

《ニャ……失敗したのかニャ? ニャらば構う必要はニャい、吾輩が押して参るのみっ!》

 攻撃では無いと判断したのだろう、アスタルが機体の受け身を解除。両腕の<テンスエクシーダ>を構え直して、前傾姿勢を取ってリスタートに備えようと――。

 無防備になった<〝q〟p.α.κ.>、これが彼らの狙いとも知らず。

《お兄ちゃん、ガードか甘いとすぐ責められちゃいますよ☆》

 <スフィアプライア>の内側から、パイルがツクシのように生えてきた。

《そ、そんニャ――!》

 咄嗟に防御することも叶わず、<〝q〟p.α.κ.>の腹部を杭が貫く。先端から放出されるウォータージェットに耐えきれず、装甲も脆いガラスと成り果てた。

 <ディフラクトラム>パイルドライバ。動力をディーゼルエンジン、高圧水により地中を掘削するハイブリッド系の杭打機。パイルには複雑に曲げられるように多くの関節が組み込まれていて、地中で『くぐる』ことにより<スフィアプライア>を突破する。そして勢い良く地上に躍り出て、蛇のように対象を鋭く突き刺す。言わば連接棍ならぬ連接パイルだ。

 壁を回折し(diffract)、砕く杭(ram)。

 この一撃必殺を食らったアスタルは、機体を動かせずもがき苦しんでいた。

《駆動系……いや、動力炉が死んでるのかニャっ?! そんニャ、どうしてこの機体の弱点の位置を……!》

《私たちの<T-T.A.C.>とおニャじ(同じ)パワーレベルってことは~、エンジンにその収納位置も一緒ニャのかニャって思ったらドンピシャでした☆》

 兄の戸惑いに、妹がウインクをしながら答える。

 <T-T.A.C.>はその膨大なパワーを、腹部にある三基の核融合炉で生成している。一方でそんな彼らと対等に戦うことが可能な同サイズの<〝q〟p.α.κ.>も、全く同じパワートレーンであろうと想像するのは自然だ。出力まで同等の核融合炉を三基搭載するとしたら、機体の中に収めることの可能な場所も限られてくる。少なくとも<T-T.A.C.>は腹部の<グレイトレール>部に隠されているのだから、<〝q〟p.α.κ.>にとって同じような性格の<クオンクオート>、それも胴体部分にあると推測するのは難しくなかった。

「……それにもしエンジンが、他のところに隠されてたとしても」

「少なくともお腹をぶちぬいときゃ、何かしらの障害は出るだろうって話よ。図星でしょ?」

 ウイとサキのセリフを耳に入れてすぐ、鋭い紅を放っていた死神の眼が明滅する。これほどのダメージならば、バッテリに電気を溜めない限りは動けないだろう。現在使える発電機と言えば、せいぜい<プリウスα>の非力なエンジンくらいだ。

『アスタル、お前今バッテリの残量ゼロだろ? さっきの<テイルブラスト>でエネルギー全部使っちまって、すっからかんも良いところって訳だよなぁ……例え溜まったところでよ、逃げ帰るくらいの容量しかねーってな』

 アルカの論拠は、ダウン直前の<フォワパーランス>だ。あの時アスタルは中距離拡散ビームの<レグスカッタ>を使っても良かったはずなのに、近接用のランスを展開してきた。その理由は恐らく、エネルギー消費を最小限に抑えられるからだ。発電中だったエネルギーは<スフィアプライア>に全て回されていただろうから、尚更である。それ程までに、<〝q〟p.α.κ.>にはエネルギー残量が無かった。

 首肯の代わりか、<〝q〟p.α.κ.>が完全に停止する。もがくことすら止めた黒猫は、最早口しか動かせなかった。

《こっ、この……覚えておけニャ~!》

「さて。いつまでもアスタルを虐めてる訳にもいかないから、そろそろ行こっか」

《ニャ……コーベ、行くってどこにニャっ?!》

「<メックス>退治。まだ残ってるからさ、完全に殺処分しなくちゃ」

 右腕の<ディフラクトラム>をパージして、<T-T.A.C.>が両腕をフリーにする。無力化すればもう用は無いので、踵を返してアスタルに背を向けた。

《待つニャ……待って、せめてもうちょっとだけ構ってニャ~っ!》

「構ってって、アンタねぇ……メンヘラじゃ無いんだから」

「……淋しがり屋さんは、そこで大人しくしててくれる?」

『おいそこの二人、そのセリフは少なくともお前らが言えたことじゃねーだろ』

 アルカがサキとウイに突っ込みを入れていたが、そんなことはお構いなし。<ミクストトラスマニフォルド>を<フィギュアアベンシス>に再構成して、両脚のブースタも稼働させる。計四門から電磁の『籠』が形成され、その中に閉じ込められた空気が放電を受けることによりプラズマ化。膨張により発生した圧力を推進力として、青白い光の尾を曳きながら<T-T.A.C.>が飛翔した。

「……高度一六五メートルまで上昇。サキ、行けるよね?」

「当然、舐めてもらっちゃ困るわよ。舌を噛まないようにねっ!」

 六速にシフトチェンジをしつつ、アクセルをこれでもかと踏み倒す。ステアリングの示す先は、そびえ立つあの高層ビル。目的地点に到達したら、フルブレーキングと共に<ミクストトラスマニフォルド>を展開。放射状の<フィギュアフーガ>にして、右側の<エクステリアセクタ>も本格的に起動させた。

 春海シクスティサークル。

 このビルディングの最上階が、ちょうど高度一六五メートルだった。

 屋上のヘリポートに機体を寄せて、指定された突起を四本の右腕で掴む。回路を接続し電子制御も全てコントロールできるようにして、下ごしらえを全て済ませた。

《お……屋上で、ニャにかやってるのかニャ?》

 <L<ove>R>の三人は残念ながら、アスタルに構ってやれるだけの余裕が無い。その代わりなのか黒猫にも聞こえる周波数で、イスクが全員にチェック完了を報告した。

《みニャさん、準備は終わりました! ですのでこれから手筈通り、ビルの固定を解除しますね☆》

 ウインチの外れる音がして、シクスティサークルが少し傾く。しかしそれを防止するのか、<T-T.A.C.>がブーストを掛け建物を引っ張るようにして上昇。同時にビルのあちこちに姿勢制御用のアポジモータが出現、いくつものプラズマの光が見える。

 やがてビルが地上を離れていき、地下五階分が完全に露出。浮いている状態になったところで、今度はプラズマのベクトルが変化して九〇度回頭する。

 空中で春海シクスティサークルが横一文字になり、それを熾天使が構えるように保持していた。

 全長一八〇メートルが、十メートル程度の人型マシンに支えられている。しかもそれが空に浮かんでいるのだから、光景はどの猫の目にも異様に映っていた。

「持ってられるの、そう時間は長くないわよ~?」

「……着弾の目標ポイントは割り出せた。こっちで誘導するから」

 彼らがビルを向けた御崖地区には、一番大きな<メックス>の群れが居る。南側に位置するそれらは、おおよそ半径一キロメートルの範囲に広がっているだろうか。そんな数の鋼鉄猫を殺処分するのは、とても骨の折れる作業に違いない。

 しかしアルカの傑作に関しては、その限りでは決してなかった。

『さぁよぉコーベ、全ては整った! ショータイムだぜ、溶けた鉄の海をでっち上げちまえっ!』

「言われなくともっ!」

 彼の声は、天国への招待状。或いは死刑宣告か。

「行くよ。<シクスティサークルサーマルガン>――<オーバーファイア>っ!」

 春海シクスティサークルの底面から、一発の弾丸が投射された。

 残像を見せながら進むプロジェクタイルは、瞬足で<メックス>の大群へと着弾する。直接命中した哀れな個体も居れば、衝撃波により身体がバラバラに揉み砕かれた個体も居た。街それごとを飲み込むように、たった一滴だけの破壊の雨は全てを蹂躙していった。

 轟音が響く。建物が崩れる。アスファルトがひび割れる。そして猫の鳴き声が、たった一瞬だけの断末魔を遺した。

 <シクスティサークルサーマルガン>投射砲。春海シクスティサークルを丸ごとバレルとしたサーマルガンで、プロジェクタイルにはあのシンボルであるクリスタルエレベータを使う。最上階付近に設置されている金属塊に電圧をかけることでプラズマ化、その膨張圧によって水晶を飛ばすため威力やスケールは計り知れない。アルカの設計した数ある武装の中でも、これがダントツにサイズの大きい傑作である。

 空のチューブと化した春海シクスティサークルを、一旦<T-T.A.C.>が元の場所に収める。大きな地鳴りと共にカプラが接続されたが、しかし彼らはビルからその手を離さなかった。

《ニャ……ニャ……》

 焦土と化した街を見たのか、アスタルが放心状態になっている。しかし焦土と言っても住人が避難済みであることはイスクが確認していたし、街はある程度ならば作り直せる。<メックス>の取りこぼしを作る方が問題だった。

「……でも、やっぱり見過ごせない」

『別にいーだろ、どーせその内再開発する予定だったろうしな』

「でもね~……街を守るため戦うはずが、物理的に街を壊してるし。もうこれ以上のことは出来ないわよ、私たちにゃ」

 サキがそう締めくくったところで、<L<ove>R>の面々も意識を切り替えた。概算してあと二つほど、鋼鉄猫の群れが残っている。規模はそこまで大きくないが、各個撃破できるほどコンパクトでも無い。

『解りやすく固まってくれてんだ、アレをやってみよーぜっ!』

《了解ですニャ! シクスティサークル、骨を抜きます☆》

 今しがた繋がったと思ったのに、再度ビルから接続の外れる音が聞こえた。しかし今度は小規模で、ビルの地盤から解除された訳では無いらしい。

 同時に<T-T.A.C.>が、また上昇をし始めた。背中と脚のブースタを駆使して、鉛直上向きに真っ直ぐ進む。右手は当然、屋上の一部を保持したままだ。ビルの本体は持ち上げられていない。

 心太(ところてん)が押し出されるように、シクスティサークルの透明なエレベータシャフトが引き抜かれた。

 機体は尚も昇天を続け、高度四〇〇メートルにまで到達。となると総延長が一八〇メートルのシャフトも当然、ビル本体からは完全に分離したことになる。

宙ぶらりになった不安定なそれを、ゆっくりとしかし確実に<T-T.A.C.>は移動させた。流石に重量オーバーなのか高度も徐々に下がってきていたが、シクスティサークル程にノッポな建物はこの近辺でも稀少なので引っ掛かることは無い。

 そして停止した丸田町(まるたまち)交差点上空、目下には多数の<メックス>が集まっている。

「……照準は固定したから、迷わないでやっちゃって!」

「さぁ、こっから一緒に堕ちましょーかっ!」

「一思いに――<アンドレスドクリッパ>!」

 直下に広がる地面へ向かって、ウイ、サキ、コーベが思考をぶつける。猫たちに届いているのかどうか、それは大して関係無かった。

 シャフトが勢い良く落下して、ぐさりと土地を突き刺した。

 杭のようにして打たれたそれは、しかし空洞のため内側に空間が広がっている。その中にあるのは穿(うが)たれた街の一部分で、また<メックス>の群れであった。

 <アンドレスドクリッパ>ボーリングマシン。春海シクスティサークルのエレベータシャフトが筒型であることを活用して、上空からそれを打つことで土地を周囲から隔絶させる。主な用途としては今回のように<メックス>の閉じ込め・囲い込みが挙げられるが、落下する位置エネルギーを利用してそのまま鋼鉄猫を潰してもいい。

 何も纏わず(undressed)、くり抜いて(clipper)。

「さて。イスク、取りこぼしとかはあったりするかな?」

《ん~と……パーフェクトに出来てますニャ☆》

 彼女の報告によると、この地点にいる<メックス>の群れは一匹残らず<アンドレスドクリッパ>の中に閉じ込められたらしい。今頃はきっと内側で、鉄の猫たちが透明なシャフトから出られずに戸惑っているだろう。空も飛べないのだから、彼女たちは実質脱出が不可能だ。

 しかし、まだ殺処分できていない。

「こっちのやつ、ちゃっちゃと仕上げちゃいましょっか!」

《引き渡し自体は、いつでも可能ニャようにスタンバってますよ☆》

「……二番炉をこき使わせる。勢い付けるだけでいいんでしょ?」

 彼女たち三人による短いやり取り、<T-T.A.C.>の核融合炉が一基フル稼働状態になる。ヘリポート――言ってしまえば筒のようなエレベータシャフトにされた蓋――だけを持ち上げて、右側の<エクステリアセクタ>三本だけで保持。両手が自由になったところでいつもの輸送機が南の方から現れて、機体の斜め上方に接舷した。

 背伸びをするくらい自然に手を伸ばし、その武装をそこから受け取る。

 臼の連続、<ミルメドレー>。

 お決まりの必殺兵装を手にした彼らだが、しかし空中にはそれをぶつける相手が居なかった。戦闘可能な<メックス>は少し離れた位置に居るし、最も近い敵は<アンドレスドクリッパ>の底に居る。

 <T-T.A.C.>が上から筒を覗くと、その中には鋼鉄猫が群がっている。

 両手からエネルギーを最大限に供給させて、<ミルメドレー>を目いっぱいに回し始める。両端には薄いブレードが取り付けられていて、連動してそれも円運動を開始。腕のハイブリッドシステムが反動を回生し、その余剰エネルギーで更に回転を強める。

『目標はちゃんと理解してるよなぁ? その<ミルメドレー>をだよ、思いっきりぶち込んでやれっ!』

「了解したよ。受け取ってよね、<シールドミル>!」

 コーベが声で勢い付けて、回る<ミルメドレー>を筒の中へと入れて落とした。

 重力に引かれて自由落下する、回りっぱなしの<ミルメドレー>。頭のブレードもぐるぐるし続け、内部の空間を掘削してゆく。高度も徐々に下がって行って、地面に到達しようとした時。

 踊り食いをするかの如く、ブレードが<メックス>を噛み潰した。

 <シールドミル>。必殺兵装<ミルメドレー>の機能の一つで、両端のブレードを回転させることによりシールドマシンのようにして対象を削る。位置付けとしてはメインではなく、ドラムによる摩擦で対象を研磨するという<ミルメドレー>本来の機能に対して、デッドスペースとなっていた両端部を有効活用するための補助機能でしかない。しかし<アンドレスドクリッパ>の使用は、この機能との併用を前提として設計されている。

 放心状態からようやく復帰したのか、アスタルがこの光景を見て絶叫していた。

《こ、これは……ニャんじ(汝)たち、吾輩の戦友にニャんて残虐ニャことをするんだニャっ?!》

「さっきのサーマルガンよりは。良心的だと思うんだけど、アスタルの気には召さなかったかな?」

《だって、だって……あれはむご過ぎるに決まってるニャ~っ!》

 ミキサーにかけられたようにして粉々になった<メックス>を、黒猫はモニタ上で指差していた。筒が透明だと、こういう時に便利だ。

「……まぁ、悔しかったらこっちまで来いってことで」

「さっき意識飛んでたのだって、バッテリの電力使い果たしちゃったからスリープに入ってたんでしょ? よいこはおねんねの時間でちゅもんね~」

《お兄ちゃんダメですニャ、私はまだミルクだニャんて……ニャニャ☆》

 女性陣のアスタルいじりも、そろそろ陰湿になってきた気がしなくもない。とりあえずこれは置いといて、<L<ove>R>は残り一つとなった<メックス>の大群を殺処分することにした。

「アルカ~、次のはちゃちゃっと終わりそう~?」

「……私、そろそろ甘いモノが食べたくなってきた」

『研究室の冷蔵庫に、確か守谷さんお手製のモンブランが……じゃねーよ、残ってるのはそこそこデカい塊だっ!』

 一瞬ペースに乗せられたものの、変態イカレ科学者が必要な情報を伝えてくれる。イスクがそれを可視化してモニタに投影してくれたところ、春海シクスティサークルを挟んでここから正反対の位置に分布していることが判明した。

「この一群も。<シクスティサークルサーマルガン>で仕留めちゃった方が良かったかな?」

『撃っちまった弾を悔やむなよコーベ、もう弾切れなんだから使えるわきゃねーだろ。それに、そこまでやっちまったらオーバーキルだしな』

「……じゃあ、各個撃破でもするの?」

 ウイの問いに、しかしアルカは首を振った。

『次の武装はもうデータ見せたよなぁ? 使い方見りゃ分かると思うがよ、今回は二段階に分けてアタックを行うぞっ!』

「ってことは。僕のポジションが重要になるってことだね」

『その通りだぜコーベ、トリガーはお前の役割だ。好きなタイミングでやっちまえ!』

 アルカのサムアップに首肯で応え、三人はひとまず春海シクスティサークル方面へと引き返す。その方向に進めば、<メックス>とは接敵できる構図だ。

 しかしいざビルに到着すると、<T-T.A.C.>は屋上に停車した。そこでひとまず背負っていた蓋を元の位置に戻し、また<エクステリアセクタ>と<ムスミハニカム>をパージする。そしてシクスティサークルから先程と同じようにアームが伸びてきて、両腕とトラスにプラズマブースタを増設した。

 腕には拳を覆うようにして、四角いブースタが接続される。箱型の<フィギュアアベンシス>にした<ミクストトラスマニフォルド>に取り付けられたのは、二つのトラスユニットを一つに纏める、音叉のような二股の形をした大型の推進装置だ。

《最終ピットは終わりました、ラストスティントも頑張って下さいニャ!》

「サキ。好きなように加速して」

「……こっちのことは、考えなくていいから」

「りょーかい、じゃあありがたくっ!」

 腕と脚と、そして背中。<T-T.A.C.>が全てのブースタを、後ろ側へと向けてゆく。いつもの加速と同じように空気を電磁の籠へ閉じ込めたが、今回はその籠の形が異なっていた。

 中心から各放出口へと辺が伸びた、五角錐。

 それも普段とは比べモノにならない巨大さで、だから容積並びにプラズマ化による膨張圧も段違いになる。

 核融合炉の出力が、三基とも臨界点に達した。

「――さぁ行こうかしら、ダウンヒルストレートっ!」

 意識が剥離しそうなほどのゼロ加速で、熾天使が地上へと飛び降りていった。

 目標である<メックス>の群れまで、直線距離で向かっている。まるで駆け降りるジェットコースターのような機体の中で、しかし三人はそれぞれの役割をこなした。

「……噴射角、コンマ二だけ右に寄せるからっ!」

「接敵、あと五秒もかからないっ!」

「了解。右手のエネルギー、全部使わせてもらうよ!」

 鷲がそれの羽を調べて。

 妃がそれの靴を踊らせ。

 菊がそれの華を咲かせる。

 そして猫の群れの端をめがけ、蒼白いプラズマの尾を引いて、<T-T.A.C.>が彗星のように流れてゆき――。

「<ルミナスプレッシャ>っ!」

 右腕で殴るようにして、<メックス>をプラズマで焼き殺した。

 彗星というよりは、むしろ恒星に近いかもしれない。光の束がどっと押し寄せて、津波のように猫を飲み込む。直接指が触れた訳でも無いのに、<T-T.A.C.>の拳によって幾多もの<メックス>が葬り去られた。

 とても熱そうに、悶える猫たち。しかしまだ動けるだけ軽傷で、爆心地付近に居た個体は既に跡形も無く消滅していた。

《右手から……ビームが出たのかニャっ?!》

「そうよアスタル、アンタの尻尾とおんなじ感じっ!」

 どこから見ているのかリアクションを取ってくるアスタルに対し、サキが短く教えてやった。<〝q〟p.α.κ.>の<テイルブラスト>とビジュアル的にさほど違いが無いのは、彼女の言う通りだ。

 しかし、これでも群れの一端しか処分できていない。

「……二、一。チャージ、終わったよ!」

「距離を詰めるわ、準備しといて!」

 ウイとサキにより機体が前進、猫との彼我差がみるみる縮まる。固まって群れてくれているお蔭で、こちらとしては纏めて始末するのに好都合だった。一発、それもかなり大きな一撃。

速度が二〇〇キロを超過する。流れる景色も目で追えない。このままではぶつかってクラッシュするが、けれどもブレーキングの必要は無かった。

 彼の一撃が、ブレーキ代わりだ。

『コイツでチェッカー受けるぜコーベ、さぁ景気よく飛ばしちまえっ!』

「そうだよねアルカ――やって仕舞うよっ! <イツスミアセンブラ>、<オーバーファイア>っ!」

 ブースタのついた<ミクストトラスマニフォルド>を前方へと回して持ってきて、<フィギュアアベンシス>から<フィギュアフレア>へとシフトチェンジ。両腕と両脚も前方へと向け、プラズマの噴出を目と鼻の先に居る<メックス>へと向ける。それにより力のかかる方向が反転したため、当然<T-T.A.C.>のスピードが急激に落ちてゆく。逆噴射による非常ブレーキ。

 彗星の尾は、恒星の光は、彼らの目の前へと向けられている。

 猫たちそれぞれの生涯を、一瞬で無茶苦茶に壊す一撃。

 五つのブースタから電子の咆哮、その場の全てを飲み込んだ。

 五角合<イツスミアセンブラ>。両腕と両脚、そしてトラス接続のユニットで構成されるシステムで、主機能は大出力のプラズマブースタだ。各噴出口を頂点とした五角錐は<フィギュアアベンシス>よりも容積の大きい『電磁の籠』となり、その中に閉じ込められた空気を一斉にプラズマ化させることで多大な膨張圧を得て推進力とする。

 そしてこのシステムを攻撃に転用したのが、<ルミナスプレッシャ>荷電粒子砲。プラズマを推力ではなく荷電粒子として放出することで、対象を破壊或いは溶解に至らせる。特に五門全てのブースタを荷電粒子砲として使用した場合、その総エネルギーは計り知れないモノとなった。

《こ、こんニャこと……この威力……!》

 鋼鉄猫が溶けてゆく。近くのモノは直接焼かれて、遠くのモノは衝撃で核を殺されて。波が伝播してゆくように、まるで倒れるドミノのように。そんな仲間の惨状を、アスタルは指をくわえてただ眺めることしか出来なかった。

 そしてやがては春海に居る、全ての<メックス>が駆除された。


oveR-07


 講義が始まる前、コーベはレジュメを珍しく二人分手に取った。

「……コーベ、おはよ。サキからメールは来てる?」

「ウイ。おはよう、サキが風邪引いたって本当なの? 一応、こんな感じでサキの分の資料も取ったけど」

 ウイも自分のレジュメを取って、彼の隣の席に腰を下ろす。

「……そうみたい、昨日の夜は電話でもちょっと咳き込んでたし。一回寝て、調子が良くなってるといいけど」

「じゃあ。お見舞いにでも行こっか、レジュメ届ける必要もあるし。サキの家は知ってる?」

「……うん、前に一回行ったことあるから。プリンでも買ってった方が良いかな?」

「そうだね――っと、講義が始まるみたい」

 講師のマイクテストが聞こえて来たので、とりあえず彼は会話をそこで打ち切った。


 本関大学より桜美鉄道二重本線に揺られて二〇分弱、『洗川(あらいかわ)』駅でコーベとウイは電車を降りた。そこから歩いて五分のところに、サキの下宿は位置している。手土産として、紙袋を携えていた。

 街の中心地から少しだけ離れた、閑静な住宅街。築十年かそこらのアパートの外階段を上って、サキの部屋の前で立ち止まる。ウイが呼び鈴を短く押すと、返事と共にガチャリとロックが外れる音がした。

 戸を開けて出てきたのは、可愛らしい服を着た女の子だった。

 桃色のネグリジェは露出の少ない長袖で、苺のミルフィーユのようなフリルがいっぱい付いていた。胸元には白い大きなリボンが、そして前髪にも赤いリボン型のヘアピンが乗っかっている。ミディアムボブがふわりと揺れて、化粧っ気のない顔にも彩りを与えている。

 そこに立っていたサキは、おおよそ普段からは想像も出来ないような可愛い格好をしていた。

「……えっと」

「こんにちはサキ。お見舞いに来たんだけど、お邪魔しちゃ悪かったかな……?」

 冷や汗を垂らしながら、なるべく相手を刺激しないようにして二人が声を掛ける。一方の彼女は熱のせいなのか頭が回っていないらしく、虚ろな眼をしながら無言で二人を見つめていた。

しばらくの沈黙が流れてから、ようやく状況を飲み込めたのかサキが戸を一旦閉める。そしてバタバタとやかましい音が室内から漏れてきて、再び出てきたサキは白いシャツにデニムのショートパンツという、いつも通りの格好に着替えていた。

「れっ……連絡くらい入れても良いでしょ、来るんだったらっ?!」

「……頭回ってなかったのかもしれないけど、私たち一応メール送ったよ?」

 サキがポケットからケータイを取り出しチェックして、熱っぽい顔を更に火照らせる。どうやら気付いていなかったらしい。

「都合が悪いのなら。僕たち、レジュメとお見舞い品を渡して帰るけど……どうかな?」

「は、入っていいわよっ。折角来てくれたんだし……私のミスだったんだから、気にしなくていいから」

 サキが許してくれたので、二人は部屋に上がらせてもらうことにする。玄関で靴を脱ぐ際に、コーベが挨拶がてら呟いた。

「お邪魔します。それにしても、サキはどうして着替えちゃったの? さっきの可愛い感じも、僕は好きだと思ったけど」

「……コーベ、追い打ちかけちゃダメだって。サキが泣いちゃう」

 この一言で彼女の熱がより悪化したことは、言うまでもない。


 サキの部屋は先程の彼女の格好と同じように、可愛らしいインテリアで揃えられていた。ピンクのマットに白いテーブル、カーテンレースも薄紅だ。普段の彼女のイメージにそぐっているモノと言えば、ステンレスのパイプ棚と平積みされたファッション雑誌くらいである。

「……これ、富士見さんと守谷さんから渡してって。いつものコーヒーと、あと今回は黒ごまプリンだって」

 ウイがそう言って紙袋の中から、ステンレスの水筒とケーキボックスを取り出した。それを見るや否や、サキが歓喜の声を漏らす。

「わ~、ありがと! 守谷さんの新作だよね、わざわざ貰ってきてくれたの?」

「……いや、研究室に寄ったらたまたま居て。そこで私たちに振る舞うつもりだったらしいんだけど、サキが休んでるって言ったら届けてくれって」

「それで。お見舞いと称してサキの家に寄ってみよう、って話になったんだよ。元々行こうとは思ってたんだけど、丁度良い手土産が出来たから」

 コーベがこれまでのいきさつを伝える。見舞い品を何にするか決めあぐねていたのでヒントを求めて研究室へ行ったところ、そこでやけに距離が近かった富士見さんと守谷さんを発見。プリンを食べていかないかと誘われたがサキを理由に断ると、三人で食べるよう言外に追い払われた。今頃二人があの部屋で何をしているのかは知らない。

「……という訳で、キッチン借りていい?」

「うん、自由に使っていいわよ。コップとスプーンは、食器棚にちゃんと三人分あったと思うから」

「……分かった、コーヒー注いでくるね」

 言い残して、ウイがテーブルから離れる。それを見送って、コーベは感慨深さを覚えていた。

「サキも慣れてきたね。ちょっと前だったら、自分でやろうとしてたのに」

「何言ってるのよ、私のお見舞いなんでしょ? 病人は大人しくしろ、ってね」

 笑いを交えて彼女が答える。その言葉にはコーベも納得せざるを得ない。家主だからと言ってわざわざ病人が仕立てては、何のためのお見舞いなのか。

 そう思って彼も苦笑したのだが、しかし彼女か続けたセリフが流れを変えてしまった。

「それに……誰かに、頼りたい気分だから」

 口角こそ上げていたものの、そう呟くサキの瞳には光が無かった。外側は体裁として笑顔を繕うが、その中身には底の見えない奈落がある。甘さの奥に苦みが隠れた、オランジェットのような表情。

 哀しそうに目を伏せたサキ。

 美しく、そして儚い味。

 そんな彼女を前にして、コーベは一種のショックを覚えた。

「……そっ、か」

 どれだけ思考を巡らせても、言いたい言葉が喉から出ない。すぐそこまで出来上がっているのに、口にするだけの勇気が無かった。

 心細いよね、とも。

 辛かったよね、とも。

 僕はいつもサキの隣に居るよ、とも。

(――言えないよ。そんなセリフは)

 コーベが心中で独りごちる。これらはただの傲慢だ。そもそもサキの気持ちなんて、彼に分かる訳が無い。他人の気持ちを完全に把握するだなんてことは、不可能だ。

 今までは、手に取る様に理解していたのに。

 あの夏の黄昏時、彼はサキに何と言った? 彼女の慢性的なストレスを明かしたはずなのに、それと同様の行為が今は出来ない。かける言葉自体は用意してあるのに、以前のように言ってあげることが出来ない。

 これまで何とも思っていなかったのに、今は自分の言葉が不安定なモノのように感じる。

(いつもサキの隣に居るよ、か)

 コーベはただ戸惑っていた。いつもの自分がいつものように言葉を生産して、だけれどもこの時のコーベは口に出せずにいる。まるで自分の思考が二人に分離した気分だ。情緒が素性に付いていけていない。感情だけが、いつもの自分とは違う。

 サキにこの言葉を贈るには、彼はあまりにも迷いすぎている。

 サキの気持ちが、コーベには分からない。

 ――いつもサキの隣に居るよ、と言いたかった。

 ――いつもサキの隣に居たい。

 サキの哀しそうな表情を、コーベはただ見たくなかった。


oveR-Ext.


 恒星の光が辺りを包む――。

 <T-T.A.C.>が<イツスミアセンブラ>を用いて<メックス>を殺処分するシーンを、その二人は近くのビルの屋上から眺めていた。

「うわ……凄いね、あれ。特に今回、何か力が入り過ぎじゃない?」

 その内の一人である手塚拓は、もう一人の『彼』にそう言葉を投げた。

「腕を振るったつもりは無いさ、タク。潜在能力としてな、<T-T.A.C.>にはこれだけのパワーがある。それを実証できたってのが、今回の『実験』の成果かね」

 目の前のパノラマを見渡すと、酷い有様の街が広がっていた。アスファルトは割れ、ビルは穴だらけ、<アンドレスドクリッパ>が刺さっているかと思ったら、今度は地面がプラズマで焼かれる。いくら避難シェルターのお蔭で人的被害が皆無といえども、復興にかなりの時間を要することだろう。

 本当に復興する必要があるのか、という疑問もあるが。

 タクがケータイの電源を入れ、とある番号をプッシュした。電話、というよりは通信がすぐに繋がり、<L<ove>R>によってコテンパンにされたアスタルが応じる。

「アスタル、お疲れさま。もう帰ってこれるだけの電力はチャージ出来たよね?」

《ご主人様、もしかして吾輩に退けと仰るのですかニャっ?! 向こうはエネルギーを使い果たしてるはずだから、今こそが打ち倒すチャンスですニャ!》

「どの道、今の<〝q〟p.α.κ.>の状態じゃ対抗できないから。早く<α〝T-T.A.C.〟κ>形態に分離して、帰って来てよ。修理をしてあげるから」

《……承知しましたニャ》

 不服そうな声色をしながら、アスタルが死神を<プリウスα>と<クオンクオート>に分離する様子がここから見えた。いたずらに戦ったところで、手負いのこちらが不利なことは変わらない。何をするにも、まずは修理だ。

 そこで、彼が声を上げる。

「<〝q〟p.α.κ.>の修理か……丁度良いタイミングだから、機体の最終アップデートをやるぞ。予定していた機能も、実用段階にまで来たからな」

「それじゃあ、いよいよなんだね。この『実験』も、最終フェーズに突入する訳だ」

 タクの宣言に、彼は頷いて返事をする。

「<T-T.A.C.> と<〝q〟p.α.κ.>、どちらのプランが適しているかのコンペティション……次の戦闘で劣っている方を処分して、戦いに勝った方に『後片付け』をさせる」

 実験のスキーマは、ここまで順調に進んできた。

「少し、申し訳ないんだけどね。ウイとサキ、そしてコーベには、辛いことをさせちゃってる」

 タクの口から飛び出してきたのは、<L<ove>R>のメンバーの名前だった。<T-T.A.C.>の操者。或いは彼ら二人にとっての、過去の友達。

 名残惜しそうな表情のタクを、皮肉交じりで彼はなじった。

「何を今更言ってんだか。こうなることは、実験が始まった時から分かっていたはずだぜ?」

「そんなことを言われても……僕が三人を被験者に選んだ訳じゃないから。巻き込んだのは、キミの方じゃないか」

 一呼吸だけ、タクが置く。

「――そうだろう、アルカ?」

 タクのその問いに、彼――アルカは、ニヤリと笑むことで答えて見せた。

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