第3話 Edition-Evening Dress


 あらすじ:極々普通の大学生であるコーベ、サキ、ウイの三人はイカレ科学者であるアルカに授業の単位を餌にして釣られ、変態猫被りAIのイスクと一緒に巨大合体ロボットに乗って可愛い可愛いネコちゃんを殺処分することになりました☆


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 ある夏の夕暮れのことだった。

 この頃の十八時は日が長い。今日も当然例に漏れず、西陽が彼の横顔を照らしていた。眩しさは不思議と感じない。どこかとても懐かしくて、そしてどうしてか妙な気分にさせられる。

 夕刻とは、日の出と並んで恒星と地表との距離が最も離れる時刻である。自転の影響で、恒星イカロスから見ると夕方の関市は惑星フィースの円周上に位置するからだ。だからここまで届いている陽の光は、長い道のりを耐え抜いた旅人と言える。

 夕陽の色は、むやみに人を感傷に浸らせるモノだ。ソレはどの時代、どの場所でも変わらない。例えば彼。コーベは現在、懐古的な気分に浸っていた。

 後述の二人の女性もそうなのだが、彼は中学校に上がるまでの物事を憶えていない。いわゆる記憶喪失だ。加えて幼稚園や小学校の頃のことは、特に家族から話を聞いている訳でも無い。ここ六年くらいの間だって、夏の夕暮れに思い詰めた経験などは無かった。

 だからこの黄昏時を懐かしいと彼が感じるのはおかしいことであるはずなのだが、どうしてかコーベはとてもノスタルジックになっていた。

 もしかしたら、と言うよりは十中八九、彼の身体が彼の知らない幼少期のことを憶えているのだろう。特に夕陽という視覚的なモノは、『記憶』では無く『感覚』の管轄だ。何があったのかは予想もつかないが、小学生の考えることである。どうせ友達と遊んでいたらいつの間にか日が暮れていて、楽しい時間が終わってしまうのが悲しいー、とか考えていたのだろう。その悲しさだけが、大学生になっても色褪せながら身体にだけ染み付いていた。

現在十九歳の彼に、夕刻まで一緒に遊び倒すような友人は殆ど居ない。しかし小さい頃はそうでも無かった。一体、彼は何をやっているのだろう?

「このように、ディーゼルエンジンはガソリンエンジンよりもはるかに汚い排気ガスを出します。このエンジンを搭載したトラックがそこの帯関(たいかん)高速道路を猛スピードで何台も走っていたら、環境破壊に拍車をかけてしまいますね。そこで、流石にマズいだろうと政治家たちも考え始めて――」

 新井教授の声が聞こえてくる。彼の声は男性にしてはあまり低くない方だ。この講義もそろそろ終わるだろう。あと一分という意味でも、そしてあと三回という意味でも。もうじき定期テストの季節だ。酷く憂鬱になる。

懐古がそこに乗っかってきた。その正体が分からないので、克服しようにも歯が立たない。二重になった、甘い嫌気。気を紛らわすかのように、コーベは教授の話に傾聴した。

「旧宗主国、と言うよりは本国の日本に追従するように、ここ桜美国でもディーゼルエンジンの排気量規制が始まりました……おっと、もう時間ですね。今日はここまでです」

 なんということだろう、講義がもう終わってしまった。このままでは、彼はモヤモヤした気分のまま帰宅することになってしまう。身体にへばりついた、よく憶えてもいない過去の記憶を消すことすら出来ずに。どうしてくれようか。

「それじゃあ、私が先週出したレポート課題を教卓の上に提出しておいて下さい。私はこの後すぐに用事があるので……じゃあ、そこの二人。全員分のレポートを回収して、私の研究室まで運んでおいて下さい。鍵は開いてると思いますので」

 指名されたのはコーベともう一人、隣に座っている記憶喪失仲間のサキだった。二人が最前列に座っていて、それでいて彼と教授との視線が合ったからしょうがないのだが、新井悠教授ことアルカは一瞬だけ変態イカレ科学者の顔に戻っていた。どうやら、彼らは謀られたらしい。畜生。

 そんな二人にお構いなく、学生たちが一人また一人とレポートを提出してから退室していった。仕事を押し付けられたコーベの気持ちなんて、誰も考えてはくれない。他人指向社会も、ここまで来れば狂気にすら感じられる。いや、ただ彼のことを手伝ってあげるような友達が少ないだけなのだが。

「……手伝おっか、コーベ?」

 そんなことは無かった、彼に救いの手を差し伸べてくれる友達がたった一人だけ居た。同じく記憶喪失仲間のウイである。落ち着いた声で、彼に手伝いを打診してきた。彼女がかけている空色の眼鏡が、夕焼けと綺麗な対比になっている。

 正直、彼女が手伝ってくれたらとてもありがたい。今回のレポートでは一人二枚以上書くよう指定されていて、しかもこの講義を受講している学生はかなり多かった。だから空いている席も少なくて、コーベは最前列に座らざるを得なかったのである。

 教卓の方を見やると、発掘された地層のように紙が何枚も積み重なっていた。不可能という訳では無いが、あれを二人で運ぶのには相当な苦労を要するだろう。一人ならば尚更だ。素直にウイの申し出を受け入れた方がいい。

 しかし、彼が口にした言葉はそれに反した。

「いや。いいよ、アルカに指名されたのは僕たちなんだから」

 きっと、ウイも本当はこんな仕事をやりたくは無いだろう。ちょっとした親切心でしかなくて、心の底からやりたい訳では無いはず。やりたい人が居たら見てみたいものだ。

「……でも」

「大丈夫。サキだって一緒なんだから」

 ウイに嫌な思いはさせたくなかった、だからコーベは断った。

「……そこまで言うなら、分かった。それじゃあ、頑張ってね」

「うん。また明日、ウイ」

 手を振りながら、彼女が少し寂しそうに教室を去っていった。これで二人以外は全員が帰ったことになり、つまり彼女は最後の学生で、ウイの周りには誰も人が居なかった。

 ここで初めて、コーベは過ちに気付く。

「あ……裏目に出ちゃった?」

 彼女は親切で手伝いをしようかと言ってきたのではなくて、コーベやサキと一緒に帰りたかったのだ。だったら待ち合わせだとかをしても良かったのかもしれないが、彼女はその考えには至らなかったようだ。二人ともっと長く、一緒の時間を過ごしたかったのだろうか。

 ウイの気持ちに気付いてやれなくて、彼は一層落ち込んだ。そう立ち直れない程では無いにしろ、やはり心のどこかにしこりとして残る。三重目の嫌気が追加された。

 とりあえず、明日朝一番でウイに謝ろうとコーベは考えた。


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 五分経っても、陽はまだ沈まなかった。

 二人以外に、人はもう残っていない。セミすら鳴かない、十八時のとある静寂。感覚的な情報は夕陽の茜色ただ一つで、それも全く変動しない。まるで時間が止まっているよう。

 コーベは、サキが起きるのを待っていた。彼女は先ほどの講義中に寝てしまったのだ。しかも最前列で、かなり堂々と。

「そりゃ。罰としてこんな仕事も任されるよね……」

 誰に向けるでもなく、一つだけため息をつく。ひょっとして、彼は単なるとばっちりに過ぎないのだろうか?

 もしそうだとしなくても、腹いせとしてコーベにはサキの安眠を蹂躙する権利が保障されていてもいいだろう。むしろ、さっさと起こすべきなのだ。今の今まで行動を何も起こさずに五分も耐えた彼は、きっと菩薩の生まれ変わりか何かなのだろう。実情は、道の角にしつこく咲いているだけで動くことも出来ない一輪の花でしか無かったが。

しかし彼が眠りから現世に連れ戻すには、彼女の寝顔はあまりにも柔らかかった。

「すー……」

「寝息立ててるよ。この人」

 普段の彼女は、あらゆる物事に批判の目を向けている。主な被害者はアルカとコーベ。そう気にするほどのモノでも無いのだが、たまにとてもどうでもいいことでさえしつこく言及される。荒んだ環境で育ってきたことを、コーベは自然と察していた。

 現在の彼女は、天使の笑顔を浮かべていた。机に突っ伏して、顔をこちらに向けている。まぶたは優しく閉じられていて、口角もわずかに吊り上がっている。輪郭からは陽光が零れていた。ミディアムのボブに切り揃えられた髪が頬を撫でていて、ワンポイントの黄色いヘアゴムがやはり印象的だった。

 細い輪郭の線に高い鼻先と、可愛い系のウイとは違って彼女はどちらかと言うと美人に分類される。そして、普段の彼女が見せる高圧的な態度と不満そうな表情。

 このサキは、幸せな少女のように眠っていた。

 顔にかかっていた髪を払ってやる。コーベには、とてもじゃ無いが彼女を起こすことなんて出来ない。いつもとは対照的な、こんなサキを見たことは無くて、その彼女はとても可愛らしかった。可能ならば、こうしてずっと眺めていたい。サキが幸せであるのだから。

「う……ん~?」

 しかし、彼女は起きてしまった。外には表さないが、コーベは落胆した。

「ゴメン。起こしちゃった?」

「あれ、コーベ……って、講義はもう終わっちゃったの? 誰も居ないけど」

「そうだよ。で、アルカからレポートを研究室まで運ぶよう言われたんだけどさ。僕とサキの二人で」

 例の紙で出来た地層を彼は指差す。一応一つに纏められてはいるが、積み重なった高さはおよそ三〇センチ弱。骨が折れそうであることは、一目見ただけで彼女も分かったようだ。

「えっ……本当にあれ? あれを、アルカの研究室まで?」

「うん。サキも、あそこに自分の分を重ねておいてね」

 ここは講義棟の四階で、アルカの研究室は第二研究棟という別の建物の五階に位置する。渡り廊下などは特に存在しないので、一度下に降りて外に出てからまた階段を上ることになる。それも、あの大荷物のレポートを携えながら。

「とりあえず。長引いてもしょうがないし、さっさと運んじゃおっか」

 そう言って、コーベが席を立つ。少しだけ考えるそぶりを見せてからサキも同様に立ち上がり、しかし次には彼を制した。

「いや、いいよ。私一人で運ぶから」

「えっ……どうして」

「アンタが一緒だと、何かと危なっかしいからね。途中でぶちまけられても困るし……ともかく、私が全部やっとくから。コーベだって、あれを運びたくは無いでしょ?」

 彼女が自らのレポートを頂上に重ねる。確かに一人で持てない量でも無かったが、やはりきついだろう。しかもサキは女性だ。いくらコーベが細くて華奢なガーベラのようであっても、力仕事は男性のやることである。そう素直には任せられない。大体、他人の申し出を断るなんて不自然だ。

「でも。指名されたのはサキと僕だし……どうしてそんなことを?」

「ただの気まぐれよ。今は気分が良いの。だから、私に任せなさいって。先に帰ってていいから!」

「――ちょっと。ねぇっ!」

 レポートの山を抱えながら、彼女は早足で教室を出ていった。彼の方を振り向かずに、夕陽を背にして。

 嫌悪感が、四重になった。

 どうして、サキは進んで重荷を背負ったのだろう?

 そのことについて彼は疑問を抱かずにはいられなかったが、その答えはすぐ近くに転がっていた。

「……もっと、素直になればいいのに」

 明日、ウイに謝らなければいけないことをふと思い出す。短いデジャヴが網膜に飛び込んだ。

「……他人のこと。言えないか」

 だからおとなしく、コーベは独り帰り支度をした。


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 翌日、三限と四限に挟まれた空き時間にて。ウイ、サキ、コーベの三人は、次の講義に備えて一緒に教室移動をしていた。外の天気は空が深い青を呈していたが、ウイの気分がやや曇っている。

「ウイ。昨日のこと、まだ怒ってたりする?」

「……別に、怒ってる訳じゃ」

「コーベ、こりゃもしかしたら謝らずに軽く流しておいた方がダメージ少なかったかもね……」

 昨日のこととは、まさしくウイが二人の仕事を手伝おうとしたのをコーベが断ったことに他ならない。それのせいで彼女は、孤独な帰宅を強制されたのだ。いつもだったら、その曜日は三人で同じ電車に乗るというのに。

 このことについて、コーベは勿論朝一番で彼女に謝った。友人として当然の行動と言えよう。しかしどうやら裏目に出て、ウイが昨日感じた孤独感をぶり返してしまったらしい。だから日を跨いだ今でも、彼女はご機嫌ななめなのだ。

「でもさ。謝らなかったら謝らなかったで、何か後ろめたい気持ちに襲われそうだから……」

「確かに、アンタはそーゆー性格だものね~。律儀と言うか、真面目と言うか。ま、ウイの申し出を断った昨日の自分を責めなさいな」

「酷いよサキ~……」

 因みに結果的に仕事をサキに押し付けてしまったことについても彼は謝ったのだが、対して彼女からは『そんなのはいいから』と軽くあしらわれた。どうしてか彼は奇妙な気分を感じたのだが、答えにすぐには辿り着けそうに無かった。昨日は辿り着けていた気がするのだが。

 コーベは怒りや悲しみなど、感情が昂ぶることにより他人の気持ちに敏感になる性質がある。当人に自覚はあまり無い。昨日は少し物悲しかったのでサキに関するこの違和感の正体を把握していたはずなのだが、その答えについては失念してしまった。そして今日は精神状態が至って普通なので分からず仕舞いである。

「そーだ、ウイ! コーベがお詫びとして帰りにケーキを食べさせてあげるって言ってるよ!」

「ちょっとサキ。勝手に何を――」

「……ケーキ!」

「あ。ウイが元気になってる……?」

 目をキラキラと輝かせて、彼女はサキに嬉しそうな顔を見せていた。奢らされるのはコーベの方だと言うのに。

「お、皆さんこんにちは。まさかこんなところで会うなんて、奇遇ですね」

 とりあえず彼が財布の中身を確認したら野口くんが二、三人しか入っていなかったことに落胆していると、たまたま通りかかったのか、アルカのゼミ生である富士見さんから声を掛けられた。前回この人と会ったのは、確か中間テストが終わってから数日後のことだ。少しだけ間が開いてしまっている。

「富士見さん。こんにちは、この前はコーヒーありがとうございました」

「いえいえ、またいつでも研究室にいらして下さい。ちょうど、新しい豆を挽いたところなので」

「……本当ですか?」

「えぇ、きっとどんなお茶菓子にも合いますよ」

 ウイの目の輝きが止まらない。彼の淹れるコーヒーは、ケーキと相性抜群なのだ。

「そう言えば皆さん、新井教授とはどうですか?」

「はい、何とかやっていけてますね。何とか……」

「どうにも含みのある語尾でしたけど、それは何よりです」

 サキの顔が引きつっていた。あのアルカと会話を成立させるだけでも骨が折れるのだから、今の関係でも富士見さん的には及第点には達していることだろう。そういうことにしておかないと、こちらの身が保たない。なんたって、相手はあの変態イカレ科学者ことアルカなのだから。

 富士見さんからは以前に、アルカこと新井悠教授と仲良くなってくれないかと頼まれた。確かにアルカは教授職なのだが、年齢はこの三人と変わらず十九歳なのである。同年代の友達が居るべき年頃なのだが、教授と生徒との距離もあってか、アルカに友達と呼べる存在は本関大学の中には居なかった。このことを気兼ねして、富士見さんはサキ、コーベ、ウイの三人に彼の心の拠り所になってくれないかと打診したのだ。それが三人とアルカとの出会いだった。

「教授もいろいろと大変らしいですけど。何とか付き合ってるので安心して下さい、富士見さん」

「そうですか。外から見ているだけでも、最近の新井教授は生き生きとしていますからね。皆さんのおかげです」

「……そんなこと、無いです」

「いえいえ、誰でも友達が居るだけで日々が楽しくなるモノですから。だから、皆さんのおかげであることに変わりはありませんよ」

 爽やかに笑って、富士見さんは三人にその言葉を贈っていた。やはり、この人には『イケメンさん』の称号が似合う。年下にも敬語を使う謙虚さだってポイントが高い。

「それじゃあ。僕たちは次の講義があるので……」

「そうですか、呼び止めちゃってごめんなさいね。そんなことも知らずに」

「いやいや、富士見さんは悪くありませんよ。講義のことを言わなかったのは私たちの方なんですし」

「でも……いえ、もう四限も始まっちゃいますからね。言うだけ時間の無駄でしょうか。では、今度また研究室に――」

 時刻は十四時三七分、富士見さんが言葉を続けている途中。三人も踵を返す予備動作を始めた時に、唸るような重低音が響き渡った。これは<メックス>――鋼鉄製の大きな猫が発生した際の避難警報だ。

「富士見さん。え~っと……次の講義がもう始まっちゃうので、それじゃあっ!」

「えっ、ちょっと! 皆さん、避難を――」

「ごめんなさい、アイスコーヒー期待してますからねっ!」

「……すいません、単位がかかってるので!」

 コーベ、サキ、ウイの三人が、第二研究棟の地下へ続く階段を目指して駆け出した。そこには可変自動車が駐車されている。彼らはアルカが開講する講義の単位のため、それに乗って<メックス>を倒さなければならないのだ。

そしてこのことは、誰にも知られてはいけない。それは富士見さんとて例外ではなく、気が進まないが彼にだって秘密にしなければならない。だから逃げるように、富士見さんを後にしなければならなかった。

「富士見さん、怒っちゃったかな?」

「たとえ嫌われても。<メックス>は倒すべきだから」

 走っている最中、サキとコーベはこんな会話を交わしていた。


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 本関大学から南西に七キロ。中央区と梁山(はりやま)区との境目あたりに、新都心である高坂(たかさか)地区は立地していた。ここは高坂台地の段丘面部分と低地部分とで構成されていて、この二つを隔てる崖の下には五階建て程度の真新しい集合住宅が複数棟建っている。コレが俗に言う『高坂アンダーヒル』で、ちょうどそこに<メックス>が一匹だけ出現していた。

 この団地は勿論のこと、丘の上のオフィス街からも人という人が消えていた。皆、近くのショッピングモールにある地下シェルターに避難したのだ。どれ程熱心なビジネスマンでも、仕事よりは命の方が大切だとは感じるらしい。

 <メックス>はかなりのびのびと、公園のブランコを壊して遊んでいた。前足でちょっとつつかれただけで、それの基礎はバラバラに崩れる。尻尾が動くと、ジャングルジムがひん曲がってしまった。しかし彼女には関係の無いこと。新しく手に入れた鉄の身体を、その猫はかなり気に入っているらしい。とても楽しく、今までは手の届かなかった遊具たちと戯れることが出来るのだから仕方が無いだろう。

 その無邪気な猫は、しかし傍から見れば公園を破壊している悪魔だ。

「これ以上は好きにさせないわよ、<オーバーロード>っ!」

 サキが叫び、アクセル全開で対象に突っ込みながら<アクセラ>を変形シークエンスに入らせる。

 まずはフロントフェンダーを引っ張ってエンジンルームを胴体とし、次に車体後部も引っ張ってフロントドアを腰とする。この際に露出したシリンダが太腿で、縦に開くことで両足になった。

 同時にバンパーも縦に二分割、左右に展開して両肩を形成。そこからタイヤ部位を下半身方向へと伸ばし、掌をせり出して両腕に。

 トランクを踵に、つま先が起きる。フロントドアが開かれてまるでスカートのように翻り、ボブカットの頭部がその姿を露わにする。変形は左右対称に、そしてあたかも流れるように。

 姫のように優美で、騎士のように鋭い。

 この変形が終わりを告げる。

「コンプリート、行っけぇぇぇっ!」

 身をひねるようにして直立、すぐさま<メックス>に左エルボーをかました。加速しながらの変形だったので、特大の運動エネルギーが猫の装甲を歪ませる。これで彼女も、少しは自分の壊したジャングルジムの気持ちが分かっただろうか?

「まだまだ……イスク、着いてるっ?!」

《え~っと、そろそろ着地しますニャ!》

 猫を電脳化した、情報統合/支援機器制御プログラムAIのイスクが応答した。今回彼女は武装輸送用の支援機を遠隔操縦していて、ちょうど<アクセラ>用の兵装を投下したところだ。

 一旦鋼鉄を蹴って勢いを付け、バク転をしながら<アクセラ>が十メートルだけ退く。着地する様は、舞い降りた高貴な女騎士そのものだった。その先には輸送機から落とされた二〇フィートコンテナが地面と垂直に刺さっていて、サキに中身を見せたいのか面が開いている。ブーメランに似た形をした、<アクセラ>専用のV字ブレードが覗いていた。

 分捕るようにそれをすぐさま引っこ抜き、彼女は機体に低姿勢を取らせる。クラウチングスタートの要領だ。ブレードは両手を伸ばして構える。ボブから垣間見える両目が捉えるは、大きな大きな怯えた猫。

 戦場の姫はその誇りにかけ、相手を絶対に逃さない。

「とっとと始末を――<アクセルガスト>っ!」

 マッハ五を遥かに超えて、地面を蹴って<メックス>に突っ込む。ソニックブームで高坂アンダーヒルの窓が割れた。瞬きする間も無く衝突して、手持ちのV字ブレードが相手を分断する。結果摩擦熱でドロドロに溶けて消滅し、しかし<アクセラ>には傷一つ付いていない。

コレがこの機体の特殊技、<アクセルガスト>。白く美しい女性士爵は地面を削るようにして減速し、華麗にブレードの血液を払った。

「ふぅ~……一丁上がり! 他は大丈夫なの?」

《はい、さっき溶かした一体しか確認されていません☆》

 イスクが答えた。どうやら今回はもう終わりらしい。わざわざ遠くから急いで来た割には、呆気なかったし街の被害も少なかった。

「……サキ、お見事」

「僕たちは要らない子だったね……とりあえず。お疲れさま、サキ」

 少し遅れて、ウイの<ティーダ>とコーベの<カローラフィールダー>が到着した。別に二人が遅刻した訳では無くて、サキの<アクセラ>が速すぎるのだ。スポーツセダンは伊達じゃない。

「ありがと、二人とも。にしても、<メックス>処分にもとうとう慣れてきちゃったわね~……こんなこと、慣れたくないのに」

 感慨深そうにサキが呟いた。可変自動車を初めて動かしてから早二ヵ月弱。多くのシミュレーションと二回の実戦のおかげでこうして手際良く巨大化した猫を殺処分することが出来たのだが、もう以前のような普通の女の子には戻れない気がする。彼女だって、生あるモノを殺めることに罪の意識を感じているのだから。

「しょうがないよ。<メックス>はこうやって生まれ続けてるんだし、僕たちが倒さないと皆が酷い目に遭っちゃうんだし」

「でも、やってることは猫の殺害よ? 動物虐待と変わらない。無人のロボットを壊すのとは大違いだから……」

『何だどうした、妙に達観しちまってよぉ? ついさっきはノリノリで惨殺してたっつーのに』

 通信でアルカが割って入ってきた。彼女は機体を他の二機の方へ歩かせながら答える。

「興が冷めちゃってね。戦ってる最中は死活問題だし必死なんだけどさ、でも他の時間は殺しちゃって悪いな~って」

《いわゆる賢者モードってやつニャんですね、サキちゃん☆》

「イスク、アンタはどーしてそーゆーことを言うかな?」

 このAIの下ネタは何も今に始まったことでは無いが、それでもやはり彼女の気に障る。

「……私もサキに同じく。戦闘中はまだいいんだけど、それ以外の時はふと<メックス>も可哀想だなって。コーベはそう思わないの?」

「いや。そう思うには思うんだけど、でもああなっちゃったらもう助けられないから。だから憐れむのも諦めて、しょうがないって割り切って戦ってる。殺すのは皆を守るためだけじゃ無くて、<メックス>になっちゃった猫のためでもあるんだよ」

『芯がしっかりしてるな……流石コーベだ。可哀想な猫を助けるために、敢えて殺すなんて考え方は』

 <メックス>は無から作られる訳では無く、<MBC>(Metallic Beast Creator)というナノマシンを通して実際の猫を鋼鉄巨大化させることにより誕生する。そして<メックス>を実際に動かしているのはその核となる素体の猫の本能で、全身に接続された神経ケーブルを介して鉄の塊を操作している、というカラクリだ。

<メックス>を倒す方法は素体を殺すかこの神経を切断するかの二択なのだが、しかし神経ケーブルの殆どが切れてしまうと核はショック死してしまうのだ。だからどちらの方法を選んでも、<メックス>の無効化はすなわち中に居る猫の死を意味する。

だったらいっそのこと一思いに殺してやろう、というのがコーベの意見だ。これにサキとウイの二人がリアクションを返す。

「……現状、コーベの考え方が一番かも」

「そうね、私たちが殺さなかったら今度はこっちが殺されるんだし。割り切るしか無いっぽいわね~……」

「悲しいことだけど。僕はそれしか無いと思ってるから」

 いくら道徳に反していようと、結局は今のまま戦うのがベストなのだ。どれだけ悩もうと、このことは変わらない。だからその二人は、深く考えすぎることを止めた。

「んで、アルカ。私たちはもう帰っていいの?」

 マイクに向かって、サキが話を新しく切り出した。もう<メックス>は見当たらない。これ以上ここに居ても無駄な時間を過ごすだけだったが、だと言うのにアルカはノーと答えた。

『つい今しがた、監視カメラに一台の不審車両が映ったっ! こんなにも街は静まり返ってるっつーのによぉ、車が音も無く走ってるってのはかなり怪しいと思わねぇかね? 少なくともソイツがそっちに向かってんのは確実だ、ウイとコーベもさっさと変形してもしもの事態にでも備えてろっ!』

「……私たちは警察か何か?」

『おい、うっせーぞそこのメガネ女子っ! 正当防衛だ、正当防衛っ! 近づいてきてんだから、とりま用心くらいはしとけよなぁっ?!』

 アルカこと変態イカレ科学者がやけに必死だった。行政機関から可変自動車を動かす許可を貰った代わりに、緊急時は不審車両の調査という行政活動めいたことに協力させられるという契約でもしたのだろうか?

 とりあえず、言われるがまま<ティーダ>と<フィールダー>は変形し、それぞれ鷹と花のようなフォルムを現していた。武装も近くの投下されたコンテナやら高坂アンダーヒルB棟二〇二号室やらから受け取る。前者は標準武装のスナイパーライフル、後者はアンダーバレルグレネードランチャを取り付けたアサルトライフル。ただの車両相手には過剰な気もしなくはない。

 その不審車が見えてきたのは、ちょうど一分後のことだった。車種は<プリウスα>で、色はブラック。ハイブリッド専用車らしく、走行音は全く聞こえなかった。

「良い車だよね。<プリウスα>って」

「……コーベ、もしかして大衆車しか興味無い?」

「いや。別にそういう訳じゃ……ホラ、あの車って<フィールダー>と同じトヨタ製のステーションワゴンだし。だから販売の面でいうと、<プリウスα>は<カローラフィールダー>の後継みたいなモノなんだよ。技術的には何の繋がりも無いけども」

 他愛のない会話を挟んでいる間にも、その黒い車は寄ってくる。最初は豆粒大だったのが次第にはっきりと見えてきて、その内に運転席が無人であることが判明した。

「ちょっ、あれって……!」

「凄いよね。グー○ルって」

「いや確かにグーグ○はあーゆー無人操縦技術を鋭意開発中だけれども、そんな問題じゃ無いでしょうがあれはっ!」

 サキの出す言葉がどれも震える。このことにいち早く気付いたからか、ウイが声をかけてきた。

「……サキ、もしかして幽霊とか怖い?」

「そっ、そんな訳は――っ!」

『怖いだろうな、コイツ。幽霊が』

「アルカまで、そんなことを言うなんて……っ! 後で教室のプロジェクター弄ってアンタのパソコンだけ認識しないようにするわよっ?!」

『やめろよそーいう地味な嫌がらせはよぉっ!』

 彼が本気で嫌がっていた。しかしそんなことはどうでも良く。

「サキ。もしかして幽霊とかダメな人なの?」

「何、コーベには私がそう見えるって言うのっ?!」

「うん。残念ながら」

 現在の彼女は明らかに目の焦点が定まっていない状態なので、怖がっていないと周りが思う方が不自然だった。

『安心しろよ、幽霊なんて所詮プラズマ現象でしかねーんだから』

「どこの大○教授よアンタはっ?!」

 こうしてアルカがボケている間にもその不審車両は彼女らの所へ寄ってきて、そして数メートル手前で不意に停まった。

「ホラホラホラ、あれ絶対に私たちを狙ってきてるって~!」

「どうして幽霊を信じる人って皆こう根拠の無いことばかり言えるんだろうね」

「……コーベ、それは多分幽霊の存在を信じている時点で無根拠だからだと思う」

「うだうだ言ってないで、も~っ!」

《サキちゃん、ちょっと黙っとかニャいとキャンキャンあえぐ雌犬に見えてくるニャ!》

 遂にイスクにまで小言を言われた。それでも彼女は止まる気配を見せない。

「でも、でも、でも~っ!」

「……あ、また動き出した」

「ウイもそんなこと言わないで――って、え?」

 彼女がわめいている途中、目の前の光景を見て思わず言葉を続け損ねてしまった。それも無理はない。

 黒い<プリウスα>が、おもむろに『変形』し始めた。

 バンパーが二つに割れて開き、面積の広い肩を形成。車体後部は一八〇度回転し、伸びて腰と足になる。フロントガラス部分である胴から腹がせり出されて、フロントドア部分である腕も反転した。タイヤはちょうど肘と足首。頭部には動物の耳のような、三角形の突起物が二つ。分離されたバックドアは盾として左手に持った。

 まるで<カローラフィールダー>のように。

「……あれって」

「まさか、そんな……!」

「僕の<フィールダー>とそっくり……?」

 その黒い<プリウスα>は、コーベの<フィールダー>から花っぽさを外して先進的な要素で埋めたフォルムをしていた。主に肩の先端やシールドなどに、もっと曲線を多用している。あちらこちらに流れるようなエアロが見受けられて、どこか近未来的な印象を受けた。

「アルカ。アレは一体何なの?」

 彼なら知っているだろうと、コーベがアルカに尋ねた。しかし期待した答えは返ってこない。

『さぁな……敵が俺の作った可変自動車を模倣でもしたんじゃないのか? 少なくともガワだけだったら<メックス>を生成できるほどの技術力がありゃ簡単に作れるだろうし、それどころかお前らの機体を凌駕する性能を有しているかもだなぁっ! よし、しっかりと警戒しておけ!』

「了解。だけど……」

「い、いまいち釈然としないんだけど。アルカの説明も」

 コーベと未だに内心でびくついているサキが口にする。どうやら変態イカレ科学者も事情を知らないらしい。

「……あれっ、通信来た」

 途端、ウイが呟いた。その通信は三機とアルカの所にも届いている。差出人は恐らくあの黒い<プリウスα>。用心してから、四人同時に通信回線を開く。何が起こるかは予期できない。

しかしそこに現れたのは。

《――フニャハハハ~っ! 吾輩はアスタル、闇渦めく混沌の地獄より這い上がってきた黒き死神だニャ!》

 一世代前のアニメによく居そうな、執事の姿にネコミミを合わせた二次元美少年だった。

名前はアスタルというらしい。声がアニメ声だったので、どうせあの<プリウスα>に搭載されたAIか何かだろう。そう考えれば無人だったのも納得がいく。

タキシード姿はあまり似合っていなかった。しかも中二病、いや厨二病をこじらせている。かなり痛々しい単語をこれでもかと無駄に羅列していた。

『何コレ……』

 サキ、コーベ、ウイの三人が三者一様に呆れている。そのうち、幽霊か何かだと思っていたサキは自分のことがバカバカしく思えた。いくら何でも厨二系二次元ネコミミ執事キャラは無いだろう。アルカに至っては言葉も出ていない。

 しかし、一匹だけ意外な反応をしたモノが居た。

《おっ、お兄ちゃんっ?!》

 そう、イスクである。


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 イスクは実際の猫を電脳化した情報統合/支援機器制御プログラムである。オリジナルとなる猫はアルカがそこら辺の野良から適当に引っ張り出してきただけなので、AIとなる以前の彼女の家族構成は良く分かっていない。だから偶然彼女と同じく電脳化された兄猫が居てもおかしくは無いのだ。

 それに、アスタルとイスクはどことなく似ている気がする。

 イスクは目の色が緑で、髪型がツインテール、紺色のメイド服、そして白いネコミミが特徴であるのに対し、アスタルは目が赤で、短めに切られた髪、黒いタキシード、そして黒いネコミミを特徴としている。他にもイスクがしている赤縁眼鏡をアスタルはしていなくて、イスクが下ネタ好きなのに対してアスタルは厨二病を発症、イスクはメスだがアスタルはオス、などの相違点が見られる。しかしこれら以外の点――青い髪、白い肌、猫尻尾、おおよその年齢、顔の各パーツ――はそっくりで、確かに二匹は兄妹のように見えた。いや、そのカラクリは二次元キャラ特有の判子絵なのかもしれないが。

《まっ、まさか……生き別れの妹者ニャのかっ?!》

《そう、そうだよお兄ちゃんっ! でもとりあえず、その『妹者』とかいういかにも時代錯誤ニャ呼び方をやめてっ!》

《思えば我がご主人様に拾われてこのようニャ体に転生してからの数か月、お前のことを偲ばニャかった日はニャかった(無かった)……さぁ妹者、吾輩と一緒に故郷へ帰ろうぞ!》

《お兄ちゃん、悪いけどソレは出来ニャい! 私にもご主人様が居て、その人のことは裏切れニャいのっ! ソレに転生ってニャんの(何の)ことニャの?! お母さんのおニャかのニャか(お腹の中)に下のお口からもう一回入って生みニャおしてもらうってことっ?! あとお兄ちゃん、私のはニャし(話)はちゃんと聞いてよっ!》

 ……とまぁこんな感じに続いている兄妹の再会劇を、コーベ、サキ、ウイ、アルカの四人は無感動に眺めていた。下ネタ猫かぶり(略して下ネコ)と厨二病猫かぶれ(略して厨ネコ)が会話しているが、二匹が二匹なだけになるべく関わりたくない。とりあえず帰り支度を始めようと三人が動くと。

《ニャ……待て、そこの三人! ニャんじ(汝)らを倒すようご主人様から命ぜられているのだニャ! だから帰っちゃダメだニャ~っ!》

 アスタルがぷんすかと怒り始めた。こういうところもイスクとそっくりである。それにしても、このオス猫AIを弄ったら面白いことになりそうだ。試しにコーベがトライしてみる。

「え~っと。アスタル、で良いんだっけ?」

《そうだニャ、吾輩のニャ(名)はアスタル! 漆黒の死神だニャっ!》

「うん。それでねアスタル、あそこの空にお魚さんが飛んでるよ」

《ニャ、ニャんだって?! おさかニャ(お魚)~っ!》

 <プリウスα>が真上の空を見ながら前進する。いくら厨二病という病を患っていても、食欲には勝てなかったらしい。

「ゴメン。アスタル、今のは嘘」

《だ、騙したニャ~っ!》

《お兄ちゃん、あんニャにも見え透いた嘘に引っかかるニャんてっ! そのうち熟女相手の売春に使われちゃうよっ!》

 アスタルがぷりぷりと激昂する。イスクはそんな兄に失望していた。

「何か可愛いわねこの子、小学生みたいで」

「……バカって、実在したんだ」

『やめろよウイ、あんなのと一緒にされちゃバカが可哀想だ』

 サキ、ウイ、アルカが好き勝手な感想を漏らしている。勿論アスタルにはまる聞こえだ。顔をかなり真っ赤にしている。

《も……もう怒ったニャ! このアスタル、ご主人様のご命令の下、ニャんじ(汝)らに裁きの鉄槌を下すニャ! 食らえ、アームガトリングっ!》

 左腕をこちらに向けながら、<プリウスα>がおもむろに発砲してきた。小口径ながらも、シールドの裏側にガトリングガンを装備しているらしい。突然のことだったので三機ともわずかに被弾したが、すぐにコーベが機体のバックドア型シールドを前面に押し出し、<フィールドウォール>――街のあらゆる建造物の表面数ミクロメートル分の分子を電磁波で剥ぎ取っては圧縮して『壁』を作る特殊技――で防御した。応戦としてウイがスナイパーライフルを数発、コーベが<フィールドウォール>に作っておいた隙間から撃って牽制する。

「ちょっとアスタル、アンタ私たちと戦う気あったの?!」

《だからそう言ったニャ、ご主人様からお前らを倒すよう命じられたって》

「……本当だったんだ。てっきし冗談かお遊びの類かと。何かそんなノリだったし」

《そんニャノリって、どんニャノリだニャっ?!》

 そんな会話を交えつつ、計四機は戦闘をしていた。最初は当てる気が無かったが、アスタルが自分たちに敵意を持っていると知ったので、ウイが<プリウスα>の胴体を狙う。<ティーダ>の目を覆うように望遠バイザーが額から降ろされ、ロックオンしては引き金を引いた。外すような距離では無くて、絶対に命中するのは明白。あまりにも早すぎる彼との別れを、三人はほんの僅かだけだが惜しんだ。

 しかし次の瞬間、放たれた弾丸は<プリウスα>の直前で爆ぜた。

「……えっ」

「何が起こったのよ? ちゃんと当たったと思ったんだけど」

「まるで。見えない『壁』に当たったような」

 ウイ、サキ、コーベの三人が怪訝に思う。確かに、<ティーダ>の撃った弾はあの機体に直撃する軌道を取っていた。ただ、<プリウスα>の目の前で見えない何かにぶつかったのだ。その黒い機体が取ったモーションは、ただ左腕のバックドア型シールドを前面に押し出す運動のみ。同じような光景は、今敵機からの雨あられと浴びせられる銃弾を防いでいて三人の前で繰り広げられている――。

「まさか。あの機体も<フィールドウォール>を使うの?」

 コーベが口にして、他の二人も同じことを考えていた。アスタルが操っているあの機体は、あまりにも<カローラフィールダー>に似すぎているのだ。だったら同じ機能、つまり<フィールドウォール>が使えるのかもしれない。

 ただ、気になる点が一つだけ。<フィールドウォール>はあくまでも建造物の分子を利用しているため、うっすらと色が付いているのだ。主に灰色から黄土色のような色がかかっている。しかし<プリウスα>の前に展開されているだろう『見えない壁』に色は付いていない。完全に無色透明だった。

《フニャハハハ~、見たか! コレが<プライアウォール>の力だニャっ!》

 アスタルが意気揚々と合成音声を上げる。どうやらあの見えない壁は、<プライアウォール>と言うらしい。<プリウスα>版の<フィールドウォール>か、それとも全く別の技なのだろうか?

「でも、もしアレが<フィールドウォール>だったら弱点もちゃんと残ってるってことでしょ? だったら……」

「そっか。強力な刺突には弱い」

「……なら、サキの出番」

「とゆー訳で、行ってきますっ!」

 サキの<アクセラ>が動き出し、コーベの<フィールドウォール>を迂回してアスタルに肉薄する。V字ブレードは二分割して両腕に持ち、ブレードの先端で殴るようにして<プリウスα>を一突きした。

 <フィールドウォール>の特徴はその柔軟さにあり、電磁波を操作することで好きな形に仕上げられる。しかしそのためにやや破れやすい。現在のような小口径の銃弾程度だったら耐えられるが、一点にかなりの圧力を加えられたら簡単に突き抜けられてしまう。サキはこの弱点を突こうとしていた。

 もしアスタルが使っているのが<フィールダー>と同じ<フィールドウォール>ならば、近接特化タイプの<アクセラ>から繰り出される刺突には耐えられず破れてしまうはずだ。

 しかし繰り出した刺突は、見えない鋼鉄の壁に阻まれてしまった。

 左腕でも突いてみるが、結果は変わらなかった。諦めず何度も突いて連撃を浴びせても同じ。その内に<プリウスα>の右腕からダガーが伸びてきて<アクセラ>を襲ったので、仕方なく諦めてサキは機体を退かせた。<プライアウォール>の内側から今もガトリングを撃っているのだから、その壁は外からの攻撃のみ防いで内側からならば何でも通す仕組みなのか、或いは現在のようにガトリングを撃っている間は展開しておらず相手から攻撃を受けた瞬間にのみ一時的に発動するのだろう。

「と言うことは。あの<プリウスα>は<フィールドウォール>とはまた違った特殊技を使っているんだ」

「呑気に分析してないで、あれどーすんのよっ?!」

 接近しても無駄だと悟ったサキが、他人任せにアイデアを求めてきた。現在の<アクセラ>は、V字ブレード以上の攻撃力を有した兵器を装備していない。彼女にはもう手の出しようが無かった。

「……無理矢理にでも、壊してやる」

「ウイの言う通り。今度は僕のグレネードランチャで試してみるから」

「つまり、私たちにはあのガトリングをどうにかして欲しいと」

 <ティーダ>が弾倉を交換し、<アクセラ>がダッシュの予備動作を取った。

「二人ともお願い。それじゃあ、やってみようっ!」

 鷹がその嘴から声を発し、騎士が先程と同じ足音を立てた。

 ウイとサキは、あのガトリングガンを黙らせればそれでいい。例え見えない壁に阻まれていようと、足止め程度だったら造作も無いことだった。<ティーダ>の放った弾丸はやはり<プリウスα>の直前で爆ぜるが、立て続けに撃ってやれば<プライアウォール>を展開させなければならないのでガトリングガンは撃てなくなる。どうやら壁は防御が必要な時にだけ展開するシステム、ということで合っているらしい。

 一瞬の隙がこのことにより生まれたら、<アクセラ>が肉薄して相手の右腕部ダガーを片腕の刃で抑える。もう片方を敵の胴体めがけて振り回すと<プライアウォール>に当たった。この体勢を維持できれば、自らが発動させている壁のために左腕部ガトリングも長時間封印することが出来る。これで<フィールドウォール>を展開して防御する必要性は無くなり、だから<カローラフィールダー>にも攻撃できる程度には行動の自由が生まれた。

 <アクセラ>が一時的に攻撃を中止し、<フィールダー>はアサルトライフルとそれに取り付けられたグレネードランチャをすかさず発砲する。

 そしてそのどちらもが見えない壁にぶち当たり、だがそれを突破することは結局出来なかった。

 コーベはグレネードランチャが<プライアウォール>を壊してくれるだろうと考えていた。しかし結果としてそんなことは無くて、その見えない壁は未だ彼らの前にそびえ立っている。壊してもまたすぐ張り直されるだろうと思ってアサルトライフルも間髪入れず撃ってみたのだが、コレもまた壁に防がれてしまい無意味となった。

「ゴメン。ダメだった!」

「そんな……っ! あーもう、せめて<アクセルガスト>が使えるだけのエネルギーが残ってたら――」

「……じゃあサキ、四秒後に後退して」

「そっか、その手がっ! ウイ、よろしくね!」

 やり取りを交わし、四秒の間に彼女はスナイパーライフルのマガジンをスライドさせた。ちょうどそれの中心と銃身が重なって、ハイフンが円を横から貫いているように見える。そして撃鉄を起こしては、トリガーにマニュピレータを引っかける。ジャストタイミングでサキが飛び退いた。

「……<グラビテーテドタイド>、ファイア」

 音声認識ロックを外して、ウイが引き金を躊躇無く引く。押し出された矢は数瞬で彼我間を超え、<プライアウォール>に当たってはあらゆる分子を空気と強制結合させて、その空間をも侵食した。<グラビテーテドタイド>、強制的な自然との調和だ。

 つまり、見た目では何も起こらなかった。

「今。撃つよっ!」

 その<グラビテーテドタイド>が収束したらすぐコーベがアサルトライフルを発砲するが、弾丸は全て<プリウスα>のシールド手前から先のラインを越えられない。やはり<プライアウォール>に阻まれてしまった。

「……こっちもダメだった」

「ドンマイ。それにしても、さっきのはまるで強制結合が起こっていなかったように見えたけど」

「だ・か・らっ、どーすればあれをどーにか出来る訳っ?!」

三者三様にコメントを添える。コーベの言う通り、威力の面で右に出るモノが存在しないはずの<グラビテーテドタイド>は影響を少しも与えられていなかった気がする。攻撃方法の原理からして、もしかしたら<プライアウォール>との相性が悪かったのかもしれない。そうで無ければ、何の効果も無いというのはいささかおかしい。

そして<プリウスα>は近くに誰も居ないことを良いことに後退して高坂台地の段丘崖を登っていき、駅の方へと進んでいってしまう。

《さっきの攻撃はちょっとだけ怖かったけど、吾輩の<プリウスα>には効かニャいニャ!》

「それじゃあ。アスタル、どうして逃げちゃうの?」

《三対一で苦戦を強いられたから、もう<プライアウォール>を展開するエネルギーが底をつきかけているのだニャ! 卑怯じゃニャいか、三対一ニャんてっ!》

「……一人で挑む方が悪いと思う」

「確かに、こっちが今まで三人一組でやってきたのは見りゃ分かるんだしねぇ」

《うっ、うるさいニャ!》

《お兄ちゃん、そんニャことも分からずに自分から犯されに来たニャんて……そんニャにマゾヒストだったの、私知らニャかった!》

 イスクがそんなどうでもいい勘違いをしていたのは置いておいて、コーベ、サキ、ウイの三人はアスタルを追いかけて台地の上へと歩を進めたのであった。


oveR-06


 高坂台地のすぐ上には、大手私鉄である東舞急行と神関電鉄との接続駅である『高坂グランヒル駅』が立地している。すなわち集客力に優れているということで、だからそこはオフィス街とショッピングモールが立ち並ぶ再開発地区に設定されていた。駅前通りの両側には背の高いビルが軒を連ね、西側の神関電鉄ホームの北には巨大商業施設の『グランヒル高坂水穂台』が腰を据えている。現在市民たちが避難しているのはそのグランヒル高坂水穂台なので、戦闘はなるべくそこから離れたオフィス街側でするようアルカから忠告を受けた。

『それになぁ、そこら辺だったらビルの中に兵器を幾つか既に隠してあるっ! 新たに取り付けた武装供給ガイドがピコピコと光ってんのが分かんだろぉ?』

「うん。かなり有難いよ、この新システムは」

「で、あの厨二病猫かぶれをオフィス街の方に誘導させろと。そーゆーことなのね?」

「……自分の土俵でやった方が皆のため?」

 とは言うものの、<プリウスα>が向かっている先もそのオフィスビル街の方角だ。誘導の必要性はまず無かった。しばらくは相手の出方を見ておくだけでも十分だろう。現状では<プライアウォール>の突破方法が見つかっていないのだから。

「あれ……アスタルが駅南で止まったみたいだね。と言うことは、オフィス街におびき寄せる必要が無くなったんだ」

「……そこって、再開発区の端の方だったっけ?」

「そうそう、その通り。だからオフィスビル街にちょうど今入ったばかりの私たちは、アスタルが逃げない限りはここに止まってても砲戦とかが出来るってことよ」

 サキの意見は至極正しい。アルカが戦闘区域として指定してきたオフィス街は、高坂グランヒル駅南から東へ延びる『六号バイパス』とこれに交差して駅東を南北に通る『高坂通り』の沿線が該当する。現在<プリウスα>が停止しているのが六号バイパスの西端で三機が居るのはその東端なのでオフィス街への敵機の誘導は完了したし、もし砲撃戦で済ませられるのならばこの位置から動く必要も無かった。

 だからコーベ、サキ、ウイの三人は、それぞれの機体を体育座りさせて敵の出方を待った。

『お前ら……本当にそんなんで良いと思ってんのか?』

「だって、しょうがないじゃない?」

「……こっちから打てる手はさっき全部やったし」

「相手の隙を突くのなら。隙が出来るまで大人しく待ってるのが一番じゃないかな」

 何とも呑気な大学生である。敵前で腰を下ろすなんて。

《ちょ、ちょっとっ! そこ、ニャに(何)をやってるんだニャ?!》

 アスタルが声を掛けてきた。どうやら内職は済んだらしい。

「……何って言われても」

「アスタルが技とかを全部見せてくれないと。こっちもどうすればいいか分からなくて」

「あ、お茶とかある~?」

《ニャい(無い)ニャ、そんニャモノっ!》

 どうやら彼の怒りはまだ収まってはいないらしい。特に攻撃する素振りこそ見せなかったものの、<プリウスα>が大きな足音を立てながら三人の下へ寄ってきた。

《大体ニャんだニャ、その体勢はっ?! どうして自動車が体育座りニャんかしてるんだニャ!》

《お兄ちゃん、厨二キャラ忘れてるニャっ!》

《フニャ? ……ニャにゆえ(何故)、ニャんじ(汝)らは愚かニャ人間の造りし動く箱に体育座りニャどさせているのだニャっ!》

 流石に『体育座り』のワードはかっこよく言えなかったようだ。

「だから。こっちとしては出来ること全部やっちゃって、もう打つ手が無いんだって」

「……傾向と対策が掴めない」

「ねぇ、お茶とか無いの~?」

《だからニャい(無い)って言ってるニャ!》

 アスタルは呆れることも無く律儀に怒りをあらわにして、体育座りをしている<ティーダ>、<アクセラ>、<カローラフィールダー>を指差した。

《こうニャったら……もう、あれを使うしかニャい(無い)ニャ!》

「お、とうとうリアクション出してきたわよ」

「……正直、飽きてきたところだった」

「何が出るかな。何が出るかな」

 特にコーベが楽しそうにコールをかけていた。

《えぇい、三人はもっと緊迫感とか持った方が良いニャ! それはさておき……出でよ我が従者、<パストノッカ>っ!》

 親切にも注意してくれた後に彼がその名前を叫ぶと、ちょうど先ほどまで<プリウスα>が止まっていた六号バイパス西端から一台のトラックが走ってきた。やがてアスタルに近づくと、主人に身体を擦り付けている猫のように接舷する。

 かなり大型の、黒い十六トントラック。それは日野<プロフィアFH>のように見えたが、ライト形状や床下など細かなところがまるで違っていた。三人やアスタルの可変自動車よりも大がかりな、オリジナルの原形を保てない程の改造を施しているのだろうか。サイドミラーは耳のように伸びていて、後ろに乗せているコンテナは重く鈍色に光っている。

《フニャハハハ~、見たか! これが日野<プロフィア>を改造した、我が従者の<パストノッカ>だニャっ!》

「凄い凄い。で、何をやるの?」

『おいコーベ、お前ちょっとアスタルのこと舐めすぎてないか……?』

 遂にアルカにまで突っ込まれてしまったが、コーベはちっとも気にしていなかった。一方のアスタルは舐められたことをかなり気にしてか、その勢い並びに語調を一層強める。

《いいかニャーっ! 今から吾輩はこの<パストノッカ>とー! 合体、するニャー!》

《お兄ちゃん、遂にトラックの排気筒にお兄ちゃんのロッドアンテナを差し込むのですかニャっ?!》

《妹者、ニャん(何)だそのかニャり邪ニャ意味に捉えられそうニャ発言はっ?!》

 いくら兄妹でも、彼は流石にこの妹に対する理解を示せるだけの大らかな家族愛を持ち合わせていないらしい。

《と、とりあえず……参るのだニャ、<オーバーファミリア>っ!》

 勢いを取り戻そうとするかのように声を張り上げて、アスタルがその言葉を口にする。しかし最後のワードに関して、サキ、コーベ、ウイの三人には聞き覚えがあった。

「えっ、その掛け声……」

「<オーバーファミリア>って。もしかして」

「……私たちのと同じ」

 <ティーダ>、<アクセラ>、<カローラフィールダー>の三機が合体する際の音声ロック解除キーと、全くもって一致した言葉だった。そしてそれを皮切りに、黒猫が機体を合体させる。

 手始めに、<パストノッカ>のコンテナ部分が分離して置いていかれる。それを固定していた床下部分は伸長して二分し、つま先を起こして『両足』になった。ヘッドも同じく二つ縦に割れ、前輪を後方に持っていきそのスペースに収まり『両肩』が出来る。そしてキャビンスペースを回転させることで『両腕』とした。

 まるで『過去から這い上がる』かのように、その四肢がぬっと起き上がる。

 最後に<プリウスα>が一旦自動車の形(車態)にまで変形し直し、ステーションワゴンの床下を山折りにするようにして、フロントを『胸部』に、逆さまになったリアを『腹部』にする。『頭部』は<プリウスα>のモノを使い、ルーフから伸びてきたそれは装甲を伸長・展開させてサイズを他と合わせた。

『未来から舞い降りる』ようにして、<プリウスα>と<パストノッカ>が合体した。

 元々<パストノッカ>だった部分はトラックだったせいなのかごつごつとした印象を与えるが、対照的に<プリウスα>だった部分は流線型のため真逆のイメージを寄越してくれる。大きさは七メートル、カラーはやはり黒が中心。

 分離されたトラックのコンテナから、その機体と同スケールの武装を力強く引き出す。形はスナイパーライフルのように見えたが、三日月のような白銀の刃が銃口の近くに収納されている。銃剣かと思われたがどうやら違うようで、そのライフル後部から伸びている細長いストックを右手で握ると、刃の部分が九〇度起きて西洋風の鎌に変貌した。アスタル本人は『黒猫』と表現できるが、ならばこの機体は『死神』と形容するのが妥当だろう。禍々しさは溢れている。

 角張っていて手堅い伝統を感じさせる四肢と、流れるようなラインがあらゆる可能性を見せてくれる胴体。

 過去(Past〝Knocker〟)と未来(Prior→PRIUS)の融合。

『コンプリーテド……これが、<p.α.κ.>だニャっ!』

 誇って、アスタルが声を高らかにして叫ぶ。

「コレは。一体……」

 コーベが思わず言葉を漏らすほど、その黒い合体ロボットは操縦手の印象に反して、驚異と威圧、そして絶望を周りに振り撒いていた。

「……もしかして、アスタルって実は強い?」

「そうなのかも……見かけ倒しには到底見えないし、何よりあの<プライアウォール>を破ることが出来ない限り、私たちに勝機は無いでしょうし」

 ウイとサキが、ようやく危機感を持ち始めた。自動操縦AIであるアスタル自体は弄り甲斐があって少し子供っぽい部分も見られるのだが、この<p.α.κ.>は生易しいシロモノでは決して無い。三人にとっての、強大なライバルだ。

「でも。まさかトラックと合体するなんて」

『そんな意外そうに言うことでも無いだろが、コーベ。お前らのその機体だって合体するんだからよぉ』

「いやまぁアルカ。確かにそうだけどさ、僕たち以外に合体する機体が出てくるなんて思ってもなかったから」

「確かに、合体は私たちの特権だとてっきし思ってたからね~……」

「……パクられた?」

《パクリじゃニャい(無い)ニャ、パクリじゃっ!》

 サキ、ウイがコーベに同調し、アスタルが相変わらず呑気な突っ込みをかましていた。ずっとこんな調子でいられたら、この厨ネコとも仲良くやっていけそうな気がする。敵合体ロボとの決戦~、なんてことにはまずならないだろう。そんな中、何かを思い出したかのようにアルカが口を開いた。

『そういや……お前らの方は、何で今まで合体してこなかったんだ?』

「ふぇ? いきなり何言い出すのよ変態イカレ科学者」

『その呼び名を今更突っ込むのも無意味か……いや、そーした方が火力のより高い武装が使えて<プライアウォール>対策も今よりゃもっとマシになってたかもしれんのじゃ無いのかね、と思ってな。どーして合体しなかったんだよ?』

 <ティーダ>、<アクセラ>、<フィールダー>三機の合体には、ロック解除キー入力以外の特別な条件は存在しない。その気になれば、戦闘開始と同時に合体をすることだって可能なのだ。

そして概して合体後に使用する武装の方が威力を大きめに作られているので、だから分離状態では<プライアウォール>を突破できないと分かった時にすぐ合体していれば善戦、もしくは強度や耐久度などもっと相手に関するデータが得られたのでは無かろうか。無駄に体育座りなどしているよりも、そちらの方が遥かに有意義だ。

 このようなアルカの意見に対する、三人の回答は以下の通りだった。

「どーしてって言われても。ねぇ」

「何とな~く、そんな空気じゃ無かったような気がして……」

「……雰囲気の問題?」

『おいコラちょっと待て、雰囲気で合体するのかお前らは』

 そんなこと、オーラバ○ラーでもしないというのに……。

 しかし言われてみれば、<p.α.κ.>が登場するまでは体育座りを自然としてしまうほどに空気がふわふわしていた。確かにこちらが合体するような雰囲気では決して無かった。そしてこのことは主にアスタルを弄っていたことが原因なのであって、つまるところ彼らが合体しなかったのは敵のせいだ。ならば仕方が無い、きっと仕方が無い。

《それじゃあそれじゃあ、コーベくんはその場のノリでサキちゃんやウイちゃんと合体しちゃうのかニャ? 主に下の方で》

「酔った勢いでベッドインする遊び人ですか、私たちは……!」

「……あと、相手がコーベってのもちょっと」

「あ。イスクが珍しく直接的ないやらしさが無いアダルティーなネタを出してきた」

 自らの沽券に関わるからか、今回は女性人二人がイスクの下ネタを回収していた。コーベはもう少し自らの沽券に関わることに対する危機感を持った方が良いだろう。

《こんニャ不躾ニャ妹者……えぇい、こうニャったら兄の吾輩が責任を取って、我が湾曲の刃で修正してやるニャっ!》

《お兄ちゃん、責任を取ってくれるんですかニャっ?!》

《いいから黙るニャ、妹者っ!》

 が、兄であるアスタルは彼女のこの発言を恥じたらしく、矯正しようと三人に向けて右手の鎌を一振りした。ギリギリで反応できたのはコーベ一人だけで、<フィールダー>のバックドアを用いてその一太刀を直接受け止める。こうして他の二人を何とか守ることができた。

「ちょっ……! アスタル、キミの妹はこの機体には乗ってないって!」

『いんや、コーベ。イスクの本体は三機中最も容積の多い<フィールダー>に搭載しといたから、アスタルが当てずっぽうでお前を攻撃したのは偶然ながら間違いでは無いぞ』

《とゆー訳でコーベくん、これからもよろしくお願いしますね☆》

「えっ。えっ……僕は何をしてそんな罰ゲームをやらされてるの?」

 あえて言うならば、ステーションワゴンであることが罪だ。

《フニャハハハ~! 聞こえてたニャ、さっきの会話っ! とりあえず、えっと、そこの……》

「あ。僕の名前はコーベだよ」

「私はサキ。よろしくね、黒猫ちゃん!」

「……ウイ。覚えておいて」

『呑気に自己紹介してる場合かよ、お前らは……』

 今回のアルカは彼らの目に余るボケっぷりによってか、突っ込みにシャープさが欠けている。しかしその分はしゃいでいるのがアスタルで、鎌を振り上げては元気に追加攻撃を仕掛けてきた。

《だから、コーベを狙えばいいんだニャっ?!》

「うん。結果的にはそうなんだけど……多分、イスクはもう手遅れだと思うよ?」

《そんニャ、コーベくん酷いですっ! 婚期を逃したみたいニャ言い方……私はまだぴちぴちの十五歳ですニャっ!》

「……その若さでその思考回路だから、手遅れなのかと」

《そうだニャ妹者、ウイの申す通りニャのだっ! だから手遅れニャらば一族の恥、兄であるこのアスタルが安らかに眠らせてあげるぞ!》

《それじゃあお兄ちゃん、優しくしてね☆》

「すぐにその言葉が出るのって、私やっぱアンタは凄いと思うんだ」

 とりあえず<p.α.κ.>が自らの鎌で、妹を積んでいる花を刈り取ろうとする。回避と防御を使い分けて何とか対応していたが、<フィールダー>がやられるのもこれでは時間の問題だ。

「サキ。ウイ。僕らも合体しないとキツいよ!」

《コーベくん、合体だとかキツいだとかそんニャ――》

「……イスク、しばらく黙ってて」

「私たちは先に離れるから、コーベもなるべく早くねっ!」

 合体をしようにも、相手との距離が開いていなければ不可能だ。いくら三秒足らずの変形合体とは言え、完了するのを悠長に待っていてくれるほどアスタルは恐らく優しくない。だから彼我差を広げなければ。

 コーベが鎌の相手をしている間、<アクセラ>と<ティーダ>は足のタイヤを使って後退して二〇〇メートルほど差を開ける。そうしてからウイが<p.α.κ.>を狙撃してけん制し、生まれた隙を突いて<フィールダー>がアサルトライフルを捨てては車態に変形して二人の下へ駆けつける。彼の到着を確認すると二機とも武装をその場に置き、アスタルがこちらに駆け寄ってくる前に三機は合体シーケンスに入った。ロック解除の音声認識キーは当然あの言葉。三人が声を一つに揃える。

『<オーバーファミリア>!』

 どの機体もディスプレイがブラックアウトし、やがて藍と緑と紅の波に乗っかって『人態(車態)→合態』の表記をイスクが置いていった。

 <ティーダ>は一時的に車態へと変形し、バンパーを起こして『腹』に、車体からシリンダを引き出して『太腿』にする。ボディを縦に二分割したら、バックドアからも『足首』を伸ばして『足』を展開。<アクセラ>が腕と胴体を肩に収納し、バンパーを『胸』として<ティーダ>の『腹』と接続。そうしたら腰が開いて『肩』となり、足が下がって『腕』となる。その先から『拳』を展開したら、<カローラフィールダー>のバックドア型シールドを『左腕』のハードポイントに装備。その<フィールダー>は床を『背中』と接続し、車体後部とリアドアを『羽』のように大きく広げる。

 <フィールダー>の頭部をそのまま『頭』として持ってきて、他のパーツとのサイズ合わせで展開した。

 鳥の足。貴族の胸。花の兜。

『<T.A.C.>、コンプリーテドっ!』

 約二秒で合体を終え、その力強い左腕で鎌を受け止めた。コーベがモニタに目をやると、武装供給ガイドシステムがその地点から一番近い補給ポイントを表示している。そこまでのルートはイスクが大きなラインマーカーで塗ってくれた。

「武装は……サキ、後ろに下がった後に右折!」

「分かった! ウイ、出力上げてっ!」

「……エネルギー、今から背中に回すから」

 ちょうど<フィールダー>のある『羽』の部分から、青白い閃光が伸びて直線を描く。コレがプラズマ推進機構で、<T.A.C.>のバックステップに合わせて飛距離を大幅に増強させる役割を果たした。次に出力はそのままで左方向にプラズマを噴射し、機体の平行移動をアシストする。

 九〇度ターンして両サイドをオフィスビルで固めたら、その建物の壁が開いて武装を幾つか提供してくる。ただ直立している一機に対していくつものアームが伸びてくるその光景は、まるでサーキットのピットエリアのようだった。両足にミサイルポッド、両手にアサルトライフル、羽のタイヤ部分に二丁のアサルトライフル。まずは標準的な武装セットからだ。

《準備おーけーですニャ、れっつごー☆》

 アスタルはもう交差点を曲がり終わって、鎌を振り上げながらこちらへと走ってきていた。イスクがゴーサインを出すと、画面上で重たそうにロリポップを上げる。途端にウイがプラズマの出力を上げ、サキがアクセルを踏み、コーベがアサルトライフルの引き金を引いた。

「<リズムブラスタ>、<オーバーファイア>っ!」

 左半身を捻ることで振り下ろされた鎌をかわし、<p.α.κ.>の周りを回りながら両手のアサルトライフルを斉射する。回避と攻撃、そして相手の背後に回り込むこのマニューバは水が流れるように軽やかだったが、<プライアウォール>に全弾が阻まれた。一旦距離を開けたので、結果として<T.A.C.>はΩ状の軌道を取っている。

「……敵の防御可能範囲は、全方向?」

「死角なし、ってズルじゃ無いの?」

「あの壁がある時点でチートだと思うけど。だから壊すよっ! <ダーズンパイロン>、<オーバーファイア>!」

 先ほど装備したミサイルポッドから、ミサイルを計六発ほど発射する。四メートル級の機体のそれとは比べモノにならない、七メートル級ならではの威力が<プライアウォール>を破ろうと歯向かった。

 <ダーズンパイロン>。TNT火薬を大量に詰め込んだ円錐型のミサイルを六発装填した脚部接続式ミサイルポッド。前面と後面それぞれに三発ずつ詰め込まれており、撃ち終わったら一八〇度回転させることでリロードする。左右に各一セットずつ、合計十二発(=一ダース)が利用可能なのでこの名称となった。

 ミサイルが命中して爆炎が舞ったが、煙が晴れても<p.α.κ.>は健在だった。それどころか手持ちの鎌の刃を畳んでスナイパーライフルに変形させた後、更にバレルを折りたたんでカービン銃にしてこちらにその銃口を向けている。

《いざ、銃弾の混沌をっ! <ディスタンスイグノアラ・オシキャット>、<オーバーファイア>だニャ!》

アスタルの声が彼らの耳元に届き、カービンの銃弾も彼らの下に届く。慌ててコーベが<フィールドウォール>を張って防御するが、流石に全て受け止めるのは強度の面で無理だった。数発が彼の壁を貫通し、<T.A.C.>の装甲に銃創を刻んでゆく。

「ディスタンス……イグノアラ? アスタル、何よその変な名前」

《へっ、変ニャニャまえ(名前)とは失礼ニャっ! <ディスタンスイグノアラ>は、この全範囲対応多機能兵装システムのことだニャ!》

「つまり。その鎌とカービン銃とスナイパーライフルに変形する武器のこと?」

《そうだニャ、その通りだニャ! 因みに鎌は<バリニーズ>で、カービン銃が<オシキャット>、ライフルが<ラグドール>と、どの形態にもニャまえ(名前)が付いてるのだニャっ!》

「……情報提供、ありがと」

《フニャ? ……ニャっ、謀ったニャ~っ!》

『小学生が自分で考えたオリジナル武器を聞いて欲しくて他人に対し饒舌に語るのと同じようにハイテンションなお前も悪いと思うぞ、俺は』

 しかしアルカの突っ込みをアスタルは聞いていなかったのか、彼は三人を責めたてるかのようにカービン銃を乱射する。サキが右に左にステップさせて回避運動をしようとするも、フルオート射撃を捌くことは理論上不可能だった。

「突撃して。向こうに壁を張らせれば――」

「だから無茶ばっか言わないでって、毎回毎回っ!」

 左腕のシールドで雨のような銃弾を防ぎつつ、彼女はコーベの言う通りに<p.α.κ.>へと突進した。一方の彼は<リズムブラスタ>の銃口をシールドの下から少しだけ覗かせ、敵機めがけてこちらもフルオート。ビックリしてアスタルが射撃を中止し、<プライアウォール>を展開した。

「……攻撃が止んだ」

「そう。こうすればこっちはダメージが無い!」

 ある程度の距離を保ちながら、彼はそのアサルトライフルを撃ち続けた。<T.A.C.>には<フィールダー>のシールドが引き継がれているのに対し、<p.α.κ.>は<プリウスα>のシールドを装備していない。だからこちらは小型のシールドで防御しつつも攻撃が出来るのだが、相手は防御方法を<プライアウォール>しか持っていなくて、その壁は内側からの攻撃も通さないので攻防一体の動作が出来ない。今回はこのことを利用したのだ。

《ニャニャ……これじゃあ、手の出しようがニャい(無い)ニャ! よくも~!》

 この距離ならば<ディスタンスイグノアラ・バリニーズ>も届かないし、<オシキャット>で反撃しようとしたら必然的にその壁を消すことになり、相手は<リズムブラスタ>の餌食となってしまう。とりあえず、これでアスタルを大人しくさせることに成功した。つい先ほどまでは<プライアウォール>のせいで劣勢だったのだから、行動を封印できただけでも大きな進歩である。

「……で、これからどうするの?」

「弾が尽きるまでの間に次の手を考えるよ。本当に、どうしよっか……?」

 ウイの問いかけにコーベが質問で返す。反応したのはサキだった。

「壁を破らずに倒すのは、まず無理だと思うけど。放置プレイをしてこっちが撤退しても向こうから攻撃してくるんだし、直接攻撃を加えて黙らせるしか無いんじゃないの?」

「壁はアスタルを完全に守ってるから。やっぱり<プライアウォール>を破るのは必須……アルカ、他にどんな武器がある?」

『試す価値があるのはだな……あれを抜かすと、三つほどあるっ! 格闘と射撃、まずはどっちから行ってみたいよ?』

 アルカの提案した武装は、片方がここから近くてもう片方がここからやや離れた場所にあった。

「格闘武器で。そっちの方が近いって、モニタに」

「何、コーベはまた私に無茶なことさせるの?」

 接近戦をするのであれば、つまり<バリニーズ>の有効範囲に自ら喜んで入ることになる。あの鎌は鋭いだろうから、いつものねこパンチとは訳が違うのだ。リスクが大きすぎる。

「突撃するのが危ないことなのは分かってるから。サキ、お願いできる?」

「……私からも。射撃武装の方を見てみたら、<プライアウォール>のもっと詳しい強度データが欲しくなったから」

「う~ん……ウイがそこまで言うんだったら」

「あれ。僕は?」

「コーベのお願いは聞かなくていいのよ。息を吐くように『好き』だとか言ってる人間のお願いなんかね」

 冗談めいて楽しそうにサキが言い放つ。このことを聞いて彼がしおれたが、次のウイの言葉を聞くところそんな暇はあまり残されていないらしい。

「……そろそろ、弾薬が底をつくけど」

「じゃあ。サキ、ショートカットしてでも目的地へ」

「分かったわよ、コーベ!」

 サキが言葉を終えた途端に、両手の<リズムブラスタ>が刻んでいた一定のリズムはなりを潜める。同時に、アスタルが溜まりに溜まった鬱憤を晴らそうと動き始めた。

《よくも、吾輩を銃弾の籠に閉じ込めてくれたニャ~! もう許さニャいニャ、地獄の業火に焼かれてしまえ! <ディスタンスイグノアラ>、<オーバーファイア>!》

 <プライアウォール>を解除して早々、アスタルがカービン銃モードでフルオート射撃をかましてきた。弾頭のシャワーが三人を襲う。防ぐべきか、避けるべきか。しかし次なる武装の受領もしなければいけないので、ウイはプラズマを下に吹かせ、コーベは防御を一切せず、サキは機体を鉛直上向きに上昇させた。

 <T.A.C.>が、空を飛んだ。

 高度にして、約三〇メートル。周りのビルと背を並べてしまうことで、彼らはアスタルの銃撃を回避することにも成功した。

「これで、アンタの攻撃も無意味になったっ!」

《ニャニャニャ……空を飛ぶニャんて、卑怯だニャっ!》

「……そんなこと言ったら、見えない壁を使うアスタルも卑怯」

 ウイが小さく呟きながらプラズマの噴出角度を操作し、<T.A.C.>は武装が隠されてあるポイントまで飛翔することで移動していった。


oveR-07


 <p.α.κ.>が彼らに追い付くまで、一体何分掛かるだろうか。現在武装の受領をしているこのポイントは、アスタルと別れたところから一キロメートルも離れていない。

高坂グランヒル駅の北にあるグランヒル高坂水穂台の南端、三〇階建てのオフィスビルが隣接するオープンスペースの『サザンスクエア』。そのビルの一~三階部分から大きな盾が、広場の中心にある噴水の下から大きな斧が伸びてきては受け取って、アスタルが到着するのを待ち構えていた。うち斧は右手で持つ他に右腕のハードポイントと補助腕で繋がっていて、うち盾は直角三角形で<フィールダー>のバックドア型シールドを覆うようにして取り付けられている。どちらも全長は六メートル程度だ。

『ちょうどここは広場なんだ、あの黒猫をどーすっかは――』

「……分かってる、アルカ」

「次には繋げるから。安心して」

「にしても、いつ来るのやら……と思ったら、噂をすれば何だっけ」

 サキが言葉を続けていた時に、鎌を携えた黒猫が現れた。走る速度は時速三〇キロ。プラズマのアシストが無かったら、やはりあのサイズのロボットは鈍重になるらしい。

『ようやく見つけたニャ、覚悟しろ妹者よっ!』

『あぁ、とうとう実の兄のライフルで貫通されちゃうニャ~☆』

「イスク。ちょっと黙っててくれない?」

 流石にそろそろ限界点に達したのか、語調を強めたコーベが彼女を戒めた。そしたらその下ネコは画面の隅で体育座りをし始め、とてもつまらなさそうな顔を表示する。どうやら黙っていてくれるつもりらしい。

 コレで準備は整った。サキがシフトレバーを操作し、ウイが武装の最終確認、そしてコーベが引き金に指を掛けた。

「そんじゃ、戦闘再開と行きましょっか!」

「……アスタル、アナタも覚悟しておいて」

「今度は出方を待たないよ。<ダーズンパイロン>、<オーバーファイア>!」

 円錐形のミサイルが雄叫びを上げる。その数は三発で、撃った後は右の空ポッドを素早くパージ。着弾し、爆風が舞ったところで突撃する。向こうの対応を遅らせるための、目くらまし代わりの煙幕が欲しかったのだ。

『ムニャニャ……小賢しいマネをっ! <ディスタンスイグノアラ・バリニーズ>、<オーバーファイア>!』

 十分な距離まで接近したのは良いものの、アスタルが煙を掻き消そうと鎌を薙いできた。しかしリーチの長い盾でその鎌の行く手を阻んで、コーベが行動を妨害する。鎌という武器はその構造上、外側に刃は付いていない。だから『薙ぐ』という行為には本来適していなくて、また盾が斬られる心配も無かった。

「……敵、どこに居るのか分かった。十時の方向!」

「コーベ、右半身捻るわよっ!」

「<ウェイトマッシュ>、<オーバーファイア>っ!」

 <ティーダ>に搭載されていたセンサ類をふんだんに使用して、視界不良でも相手の具体的な位置を捕捉する。そして右足を前に出すと同時に右手を振り上げ、潰すようにして斧を<p.α.κ.>に向け振り下ろした。

 <ウェイトマッシュ>。鉄の他にも鉛など比重の特に重い金属で造られた、<T.A.C.>の扱う全格闘武装の中でも一、二を争う程の威力を持つバトルアックスである。基本コンセプトは対象を『斬る』でも『ぶった斬る』でも無く『潰す』で、だから刃はあまり鋭くなくてフラット。六メートルもの長さは振り上げた際の位置エネルギーを少しでも高めるためなのだが、あまりにも重すぎて片腕で扱うには強度が持たないので補助腕を一本必要とする。

 <T.A.C.>がソレを振り下ろした先は、まさしく<p.α.κ.>の脳天だった。ネコミミとネコミミの中心点に<ウェイトマッシュ>が落下しようとする。しかし頭のすぐ上に<プライアウォール>が展開され、既のところで斧が防御されてしまった。その厚さ、推定で二〇センチメートル。金属の塊を受け止めるにはあまりにも薄すぎるはずなのに、その見えない壁とアスタルは頑なに堪えていた。

「……強度の記録、更新した。やっぱり相当硬い」

「ソレじゃあ。こっちを仕掛けるよっ!」

 抑えていた<ディスタンスイグノアラ>ごと三角形の盾を強引に引き寄せ、その鋭角は相手の腰部を指している。

『盾でニャに(何)が出来るのだニャ!』

「僕にソレは禁句だよっ! <インフルエンスドパイル>、<オーバーファイア>!」

 守りの象徴で出来ることはいくらでもあると、コーベが反論する。するとその大きな盾の穂先から、何発もの細い鉄のニードルがマシンガンのように撃ち出された。そしてソレら無数の針は、綺麗に積み重なって一本の杭へと姿を変える。

 <インフルエンスドパイル>。シールド兼用の隠し武器として設計された、直角三角形状のニードル射出器だ。白兵戦での補助的な運用が想定されているため、火薬が積まれておらず撃発性が全く無い。その代わりとして射出機構に組み込まれているのが圧縮空気と磁力の吸引力で、特に後者は作用・反作用の法則に従って二発目以降が一発目を押し込むように力を加えるのに用いられている。

 今現在やっているアタックは、<プライアウォール>を同時に何枚展開できるのかを確かめるための実験だ。まず<ウェイトマッシュ>により<プライアウォール>の耐久度を試し、もし破ることが出来なかったら<インフルエンスドパイル>を撃ち込んでこの二つ目の攻撃を防御できるかどうか試す。要は一機でやる挟み撃ちだ。

一枚目の<プライアウォール>は<ウェイトマッシュ>により展開させられているので、棘が相手を突き抜けたならその見えない壁は一度に一枚しか展開できないことになる。しかし<インフルエンスドパイル>が防御されたら、<プライアウォール>を複数枚同時に生成できるという恐ろしい性能とエネルギーを<p.α.κ.>が有していることになる。

 気になる実験の結果は、『<p.α.κ.>は恐ろしい』という事実だった。

 針が幾重にも重なって出来たその杭は、空中に突き刺さっているように見える。ニードルの先端が細いからこそ途轍も無く硬い鉄壁にだって刺さることが出来て、またこのことは<プライアウォール>が二枚生成されているという事実の裏付けになった。<ウェイトマッシュ>は未だ相手の頭を潰せずにいる。

次に、吊るし糸の切られた重りのようにニードルが地面へ落ちてしまった。つまり杭が刺さっていた壁が消されたということになるのだが、『刺さっていたモノが落下する』ことにコーベは目を付けた。質量保存の法則に基づき、<プライアウォール>を構成していた物質は消えたりせずに残留する。しかし壁に刺さっていたモノが落ちたということは、見えない壁を作る物質が突然存在しなくなったか構成物質の密度が大きくなったことになる。

「アスタル。<プライアウォール>って、物質を固体から流体に状態変化させる技だったりする?」

『教える義理はニャい(無い)ニャ!』

 <ディスタンスイグノアラ>の先端で左脇腹をぐいと押される。右手も左手も、<p.α.κ.>から離れてしまった。煙幕はもう晴れていて、だから鎌を振るうには丁度良い間合いとコンディションに連れてかれたことになる。近接戦は<T.A.C.>の方が不利だと、たった今証明されたばかりだというのに。

「コーベ、一回退きたいんだけどっ!」

「無茶言わないでよ。アスタルが攻撃してきて――」

 <インフルエンスドパイル>で身体を覆うが、死神の刃は想像以上に鋭かった。仮にも盾である以上は頑丈なはずなのに、その直角三角形は綺麗に二等分されてしまったのだ。

「っ……<ウェイトマッシュ>――」

『させニャいニャ! <ディスタンスイグノアラ・バリニーズ>、<オーバーファイア>!』

 右腕を高く振り上げた途端に鎌の刃先を補助腕に引っ掛けられて、職人が魚を捌くよりもスムーズに分断されてしまった。慌てて左腕を添えて斧の重さに耐えてみせるが、今度は<ウェイトマッシュ>の柄をすっぱりと断ち切られてしまった。

「……両武装をパージ。サキ、飛んでっ!」

「ありがと、ウイ!」

 もう使えない武器はその場に捨てて、機体重量を軽量化。シフトレバーをRに入れて、プラズマを扱って後方に跳躍する。アスタルの三撃目を間一髪で回避して、もう一つの武装があるポイントに向けて再び飛翔した。

『ま、また逃げるのかニャっ?!』

『お兄ちゃん、いいかニャ? 付いてきたらしばらくの間は口を利かないからね☆』

『やめてくれ妹者よ、ソレが一番兄として心に癒えぬほど深い傷を負うことにニャるのだからっ!』

 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、イスクがアスタルに精神攻撃をすれば勝てるのではないかと三人は考え、しかし例えその方法で勝てたとしても後味の悪い何かが残ることに気付きサザンスクエアを後にした。走り出すアスタルが次第に豆粒の大きさになってゆく。

「さて。<プライアウォール>についてだけど」

 追撃が無いことを確認してから、コーベが話を切り出した。

「ねぇウイ、データはちゃんと取れたのよね?」

「……とりあえず次は出力を最大にする、ってのは決まった」

「あちゃ~……やっぱ、かなり硬かったんだ」

 サキがうなだれる。ウイの指し示すことはすなわち、あの壁の硬度は観測不能なまでに大きいということだ。彼女としてはどのくらいの速度で<ウェイトマッシュ>が壁にのめり込むのかを測りたかったのだが、けれども<プライアウォール>は微動だにしなかった。あの斧の重量でも太刀打ちできないともなれば、次の砲撃だって効くかどうか怪しいところだ。

「でも。何か掴めそうなんだけどな……」

『お、どうしたコーベ?』

 アルカが尋ねる。その花は三分咲きの、釈然としない表情を浮かべていた。

「引っ掛かるんだよ。<プライアウォール>の原理がもう少しで完全に理解できそうで……多分、やっぱり僕の<フィールドウォール>と大差無いと思うんだよね」

「……つまり、どういうこと?」

 空色の眼鏡ごと首を傾げながら、ウイが話の先を促した。しかしそこでサキが閃いては乱入する。

「そっか、電磁波で分子を操ってるってことなの?」

「もしかしたらだけど。ホラ、<インフルエンスドパイル>の針が地面に落ちたよね? アレは『壁が消えた』ってことなんだろうけど、この点って<フィールドウォール>と同じ性質なんだよ」

 一般的な建物の壁は、忽然と消えたりしない。ただ、崩壊することならばある。しかし壁が壊れる際は音も出るし破片がボロボロと落ちてゆくが、<プライアウォール>も<フィールドウォール>もそんな現象は全く起きない。理由は『微細な分子を素材として使っている』からだ。

 <フィールドウォール>は建物などの表面の分子を剥ぎ取って、電磁波で分子間力を強制的に増大させることで壁を固めている。この『大地の壁』を消す際はその分子間力を弱めればいいだけで、そうすれば分子は大気中を漂いながらやがては土へと還ってゆく。そしてこの壁に付いている色は元々のコンクリートやアスファルト、土壌などの色なので、仮に無色透明の建材しか存在しない空間でこの技を使ったらまさしく<プライアウォール>のような『見えない壁』が出来上がるのではないか?

「物質の状態変化も疑ったけど。アスタルの反応がいまいちだったから、多分原理は<フィールドウォール>と同じであるって線でいいんじゃないかな? もし二つの技の原理が同じだったらさ、<フィールドウォール>の素材を変えるだけで<プライアウォール>になるのかもしれないって思ったんだけど……」

「……言いたいことは分かったけど、じゃあ無色透明の素材ってどこにあるの?」

「ソレなんだよね。どうも釈然としなくて……」

 実際、色の無い物質で埋め尽くされた世界なんて仮想空間でしかない。元々の硬度が高い水晶を使おうにもこの近くでは産出されないし、川の水を使ったってほのかな青色が付いてしまう。ガラスにしたって、屈折率の問題で見え方が変わってしまい気付かれてしまう。

『さてさて、やっとこさ予定のポイントに着いたニャ!』

 会話を遮って、イスクが通知をしてくれる。<T.A.C.>が降り立ったのはグランヒル高坂水穂台から一、五キロほど離れた、駅東を行く高坂通りから一本外れた道だった。ここがちょうど再開発地区の北端であり、道のすぐ傍を並走している東舞急行の高架線がその境界線だ。

「じゃ、アスタルが来ちゃう前にさっさと済ましちゃいましょっか」

「……イスク、準備お願い」

『かしこまりました☆』

 その高架線は高さが十メートルもあり、ガード下にまで雑居ビルが所狭しと並んでいる。うち一件の壁が全階層分開き、縦に置かれたキャノン砲がこちらに向かってスライドしてきた。ソレはビルに直結されているパイプを基準に回転し、<T.A.C.>が抱えるように持つことで発射体勢を整える。アウトリガとして鳥趾が展開し、そこのアスファルトをしっかり掴んだ。

 <バレットライン>。銃口がやや細いものの全長が七メートルもある大型レールガンで、タンクから戦車砲部分だけを取ってきたような形状をしている。雑居ビルから取り外して持ち運ぶことが出来ない構造になっているが、コレは電源を外部に依存しているためだ。そのくらい多くのエネルギーを要する武装だし、だから威力も想像できない程に高い。

「……イスク、<p.α.κ.>の現在位置をお願い」

『はいは~い☆ ん~っと……さっきまで居たサザンスクエアのとニャり(隣)、高坂通りのまんニャか(真ん中)に座ってるニャ!』

 すかさず位置情報を入力して照準を合わせる。彼女は元気に答えていたが、その情報の内容はやや不自然だった。

「ちょっと、どーして私たちを追っかけて来てないのよ?」

「多分。イスクが『付いてきたらしばらくの間は口を利かない』とか言ったから……」

『アイツ、そんなことを律儀にも守ってるんだな……』

 どうやらあの厨ネコにとっては、ご主人様のご命令よりも妹の好感度の方が大切らしい。

『お兄ちゃんは今、ニャんか(何か)よく分からニャくてこっ恥ずかしいニャまえ(名前)の痛くてダサい武器をライフル状態で構えてるニャ! 映像、送りますね☆』

「ボロクソね、イスク……」

 呆れているサキを遮って、機体のモニタにサザンスクエア付近にあるライブカメラの映像が表示された。確かにそこでは、<p.α.κ.>が膝撃ちの姿勢で<ディスタンスイグノアラ・ラグドール>を構えている。飛んでいった方角から算出したのだろう、銃口はおおよそこちら側を向いていた。

「……コレ、無駄なことじゃない?」

『だな、あそこから狙うには遮蔽物が多すぎる』

 ウイとアルカの言う通りで、彼我間には無数のビルが乱立しているのだ。普通に考えたら撃ってもいずれかの建物に阻まれるだけで、アスタルの弾がここまで届くことは無いはずである。

「でもさ、その条件ってこっちも同じなんじゃないの?」

「……大丈夫、安心して」

 サキの疑問にウイが答える。コーベは引き金を迷わず引いた。

「<バレットライン>、<オーバーファイア>っ!」

 プロジェクタイルをバイパスして、八桁の電圧がシステムにかかる。発生する磁界はとても強大で、フレミングの左手の法則によって弾丸に力が加えられた。ぐいと押されたソレはバレルに沿って真っ直ぐ進み、音速を五倍ほど上回って放たれた。

 障害物のビルについては、貫通することでクリアする。

 この兵装の銃口が細めに設計されているのは、このことが理由だ。障害を越えて砲撃する場合は普通砲弾に放物軌道を取らせて障害の真上を通過させるが、電磁投射砲の場合は弾丸があまりにも早すぎるため、その軌道を取らせるのならばかなり遠くから撃たなければならない。つまり対象との距離があまり開いていなくて更に障害物を挟んでいる場合はレールガンを使用できなくて、しかしこの問題を解決したのが<バレットライン>だ。

 放たれたプロジェクタイルがあまりにも速すぎてかつ細いのは、その障害物を貫通させるためだ。より多くのエネルギーをかけた方がモノを壊しやすいし、そして針を通した程度ならば豆腐だって崩れない。現に弾の道程にあるオフィスビルは、小さな穴が開いているだけで倒壊していない。堅くて脆いコンクリートのような建材を貫通するには、弾が速くて細いモノの方が都合が良いのだ。

 ライブカメラの映像を見ると、既に<プライアウォール>に着弾している。こちらの方はやはり貫通し切れず壁に埋まったのか、時を止めたかのように弾丸が宙に浮いている。やがてソレはアスファルトの上に落下し、数回弾んだ後に転がって画面からフェードアウトした。<インフルエンスドパイル>と似た光景が映し出されている。

「ギリギリで力及ばず、ってことかしらね……?」

「でも。さっきのは出力最大だったから、コレ以上打つ手なんて――」

「……待って、向こうに動きが」

 ウイが呟いたのに釣られて、他の二人もモニタに目をやる。その中ではどうしてか、<ラグドール>の銃口でマズルフラッシュが起きていた。つまりそのスナイパーライフルが発砲されたということだが……。

「……どうして撃ってるの? 遮蔽物はいくらでもあるのに」

「確かにねぇ……待って、そんなことは無い――」

「僕たちが開けた小さな穴がある……!」

 そして、今度は<バレットライン>の方が貫通された。

 もう使い物にならなくなったので慌てて手放す。アスタルはコーベ達がレールガンで開けた穴を通して、まるで<バレットライン>を逆流するかのように<ラグドール>の弾丸を<T.A.C.>の下にまで届け、本体を銃口経由で破壊したのだ。いくらその穴の周りのコンクリートが多少溶けて広がっているとはいえ、並外れた精度を持ち合わせていなければこんな芸当は出来やしない。

 第二射が来ても防御できる自信が無いので、サキが急いで機体を走らせて退避する。飛んでしまってはただの的だ。ついでに愚痴を零す。

「ったく、なんて腕してるのよあの黒猫はっ?!」

「……考えてみれば、向こうはAIだし」

『お兄ちゃん、あニャ(穴)に挿れるのは上手だニャ☆』

「あ。イスクがまたうるさくなってきた」

『だから、少しくらい真面目にやろうとは思わんのかお前らは……!』

 この三人と一匹のコントに、アルカが煩わしさを感じている。「……乳酸菌、摂ってるぅ?」

『古い、却下! ……にしても、お前らどーするよ? レールガンすら向こうにゃ通用せんかった訳だがよぉ』

 コンクリートを溶かすほどの威力だというのに、先程の<プライアウォール>はこちらの砲撃を見事に防御し切っていた。ここから判明したことは、『見えない壁』は建物のコンクリートのように溶けることが無い材質で形成されていることと彼らにはもう打つ手が残されていないということだ。絶体絶命である。

「何か無いの? こう、壁をすり抜ける攻撃……レーザーとか」

『陽電子砲なら現在研究段階だがな。しかし、熱も受け止める物質だったら意味無いだろが』

 サキの提案も却下される。どうやら変態イカレ科学者の作るビックリドッ○リメカもネタ切れらしい。

「いや。違う……」

 コーベが何かを思い出した。

「ねぇアルカ。僕たちが何か武器は無いか訊いた時にさ、『アレを抜かすと』とか言ってなかった? ソレって、一体何のことなのかな」

 彼が言っているのは合体してからあまり時間も経過していない頃、<p.α.κ.>を<リズムブラスタ>で足止めしていた時のことだ。指摘して初めて思い出したのか、モニタ越しのアルカは一度天井を仰ぎ、そして次の言葉を投げかけた。

『なぁサキ……お前、自分の<アクセラ>は好きか?』

「えっ、何よその怪しい話の切り出し方は」

 思い切り警戒する彼女含めた三人に対して、彼が説明を続けてゆく。

『いやな、俺の言った『アレ』ってのがな……ある欠陥を抱えてんだよ。だから候補から外した訳だが……』

「……で、その欠陥って何なの?」

 ウイが言葉の先を促す。しかしソレは、衝撃的な内容だった。

『その武装を使う度に、<アクセラ>だけが壊れる』

「ピンポイントっ?!」

 意図せずサキが叫んでしまった。

『しょうがねぇだろーが、<T.A.C.>の腕は<アクセラ>なんだからよぉ……反動が強すぎて、関節が持たないんだよ! 運動エネルギーが直に伝わっちまってなぁ、どれだけ緩衝材を使っても耐えきらねぇ! <アクセルガスト>の二倍はショックがかかると言えば分かるかぁ?』

「よく作ったね。そんな兵器……」

 コーベにまで呆れられている。

「でも……威力は、凄いのよね?」

『あたぼうよ、<アクセラ>一体を修理ガレージ送りにする代償はデカい! 原理的にだって恐らく最も<プライアウォール>に対して効果的だろうし、加えて修理するってこたぁ<アクセラ>のモデルチェンジをついでにやることだって――』

「よし、やりましょっか!」

『即答だニャ、サキちゃん……』

 彼女の答えに迷いは無かった。ソレだけ『モデルチェンジ』の言葉が心に響いたのだろうか。

 現在サキが乗っている<アクセラ>は、やや古い『BK系』と呼ばれる初代モデルである。業界での評価はかなり高いのだがもう十何年も前のデザインであり、時代遅れになりつつあることはやはり否めない。対して『BL系』と呼ばれる二代目モデルはプラットフォームなどの中身こそ前モデルと同じだが、デザインテーマとして『流』を採用。文字通り流れるようなシルエットとバンパーが特徴で、かなり前衛的かつスポーティな印象を与えてくれる。この二台は車種が同じながらも人によってかなり好みが分かれ、中には新しい二代目モデルの方が格好良いと感じる者も居る。例えば今のサキだ。

 彼女は自分の車を一回壊してまで、ガワを取っ換えたいらしい。

『そう威勢良く言われっと、悩んだこっちがバカみたいだ……よし、分かった! 今からその武器を提供すっから、しっかりと受け取れよっ! その後に<p.α.κ.>に接近してぶちかましてやれっ!』

「了解よ、アルカ!」

「……サキが良いって言うのなら、了解」

 サキが元気に応答し、ウイが彼女に追随する。だからコーベも、改めて戦闘を仕切り直した。

「うん。ソレじゃあ皆、やってみようっ!」


oveR-08


 <T.A.C.>に移動されたので、アスタルも彼らに合わせて持ち場を離れることにする。スナイパーの基本は撃ったらすぐ立ち去ることだ。そうしなければ、自らの居る位置が相手にバレてしまう。事実あの三人は射撃後も動かなかったから、アスタルは彼らを狙って<ディスタンスイグノアラ>を撃つことが出来た。

 機体のマイクがノイズを拾う。分析してみると、どうやら甲高いジェット音のようだ。と言うことは、現在この近くを飛んでいる飛行機があることになる。<メックス>発生の避難警報はまだ解除されていない。情報が機長に伝わっていないのだろうか。

 そんなことは今の彼にとってどうでもいいことなので、気にせず適当に高坂通りを北上する。<T.A.C.>討伐が最優先だ。ここ近辺で狙撃をするには、やはり見通しが悪すぎた。先ほどの射撃は数少ないレアケースでしかない。手当たり次第に相手へと接近して、中近距離で蹴りをつけるのがスマートだ。

『待ってるが良いニャ、妹者よ……<ディスタンスイグノアラ・バリニーズ>、展開ニャっ!』

 細長いライフルを縦に持って、銃口にある三日月状の刃を九〇度起こす。勢い付けに一度頭上へ持ち上げて、マニュピレータを巧みに扱ってぐるぐると振り回した。丁度いいところでその動きを止め、虚空を切り裂くように鎌を振り下ろす。電脳化されたAIとして機体とリンクしているアスタルにとって、<p.α.κ.>は手足同然だ。だから精密な動作だって出来る。

 道路の先に見えてきたのは、撃墜目標である<T.A.C.>だ。装備は左足のミサイルポッドに羽部分のライフルだけで、両腕にはシールド以外に何もマウントされていなかった。<プライアウォール>がある限り、その装備では丸腰と形容しても過言では無い。どちらも通用しないことは、最初の接敵で立証されているのだから。

「あ。アスタルがあそこに居るよ」

「ホントだ、殴り合いでもしに来たのかしら?」

「……そっちがその気なら、覚悟」

 コーベ、サキ、ウイの三人が、また訳の分からないことをほざいている。武装が貧弱だというのに、どうしてか余裕しゃくしゃくだった。

『来たニャ、我が仇敵よっ! ここで会ったが百年目――』

『お兄ちゃん、蝶ネクタイが曲がってるニャ!』

『フニャ? え~っと、ここをこーして……よし、ここで会ったが――』

「……仕切り直してる」

『うっ、うるさいニャ!』

 アスタルもアスタルで、その余裕しゃくしゃくとした雰囲気に飲み込まれていた。

「とりあえず。長引いてもしょうがないし、さっさとやっちゃおっか」

 コーベはしかし話を新たに切り出して、他のメンバーも彼に追随してゆく。

「そうね……ウイ、準備はいい?」

「……いつでも大丈夫。アルカ?」

『オーライ、こっちも問題無しだ! イスクっ!』

『はてさて、今から投下します☆』

 一連の流れが電波を介して、アスタルの耳に入ってくる。内容からして、コレから何らかのアクションを起こすつもりらしい。まだ試していない武装でもあるのだろうか。

『どちらにしろ、吾輩の<プライアウォール>を破れニャいことは神から賜りし運命によって確定しているニャ!』

「はは~ん、そんなこと言ってても良いんだ~」

『ニャ、ニャんだとサキ!』

 彼女の安っぽい挑発にまんまと乗せられる。が、空に響き渡るジェット機のエンジン音で我に返った。仮にもここは戦場なのだから、彼はあの三人とは違い冷静かつまともな判断をするべきだ。

どうでもいいと彼は思っていたが、不思議な運命の巡り合わせだったのかそのノイズに助けられることとなってしまった。だから礼の代わりにでもと、アスタルはその飛行機を仰ぎ見た。

 飛行機の胴体が開いて、そこから何かが降ってくる。

 次第に輪郭がハッキリしてきて、しかし何なのか分からない。

 形としては、質素なポールの先端に質素なドラム缶がくっ付いているようなフォルム。大きさは、恐らく七メートル級ロボットと全長が変わらないサイズ。ハンマーのように見えなくはないが、だとしても納得が行かない。だってあの武器のポールは、ドラム缶の側面では無く底に突き刺さっているのだから。

 <T.A.C.>がプラズマで飛翔し、空中でソレを受け取って位置エネルギーを殺していた。

 こちらに対し右半身を向け、その武装の矛先も向けてくる。

『ニャ……ニャんだ(何だ)ニャ、そのガラガラはっ?!』

「……折角、格好良く決めたのに」

「アスタル。その例えは台無しだよ~……」

 ウイとコーベに非難される。ガラガラと言えば、振って音を鳴らすことで赤ちゃんをあやすあの玩具だ。どうも無骨な造りだったが、その武器はそんな風に見えなくも無かった。

「さぁ、こっから進むわよっ!」

 サキが叫び、プラズマのベクトルが<T.A.C.>を推し進めた。彼の方へと突撃してくるつもりだ。武装は脇構えで、<ディスタンスイグノアラ>により受け止めることは困難だろう。

『でも吾輩にはコレがあるニャ! <プライアウォール>!』

 見えない壁を惜しみなく展開。いつかの状況とは真逆で、今度はアスタルの方が後手に回って相手の出方を待っていた。

「……コーベ、今っ!」

 ウイの声が聞こえてくる。呼ばれた彼も期待に応えた。

『うんっ! <ミルメイス>、<オーバーファイア>っ!』

 するとドラム缶が引き伸びた。

 上と下の部分に分割し、中身のシリンダが露出し全体としてくびれを持つ。大きなホールケーキ二つに小さなチョコレートのカップアイス一つが挟まれたような光景が、一本のコーヒーマドラーによって串刺しにされていた。

「……駆動開始!」

「行っけぇぇぇ!」

 彼女たちの言葉で威勢が付き、そのケーキとアイスが回り始める。

 コーヒーマドラーが掻き混ぜるのではなく、コーヒーマドラーを中心に掻き混ざる。上段と下段が時計回りで、一方の中段が反時計回り。モーター音と稲妻が疾駆。空気も影響を受けて渦を巻いた。反動を出来るだけ殺すため装甲内側のパネル型ダンパーが変形して、腕の<アクセラ>がやや膨張する。まるで力を込めた人間の筋肉みたいだ。

 その回転が<プライアウォール>に接触し、グルグルグルグルと削ってゆく。

『ニャ、ニャんだと~!』

 その見えない壁が少しずつ、しかし確かに薄くなっている。研磨機と同じ要領で、高速回転により摩擦を発生させていた。

 一番硬いダイヤモンドは、『切断』では無くて『研磨』することで加工する。

『ニャっ……しかし、コレしきのことではまだ<プライアウォール>は破れニャいニャ!』

 彼らの力はまだ小さい。この調子で削っていっても、壁に穴が開く頃には日も暮れるだろう。ソレほどまでに、その<ミルメイス>とやらは非力だった。

 しかし必ず狼狽えない。

「やっぱりそう来るよねっ! ウイ、やってみようっ!」

「……了解、コーベ!」

 <ミルメイス>のケーキ二つが閉じてしまい、隠れたチョコアイスと同様に『見えない壁』はソレに挟まれた。まるで食べられ、噛み砕かれるように。

「<プライアウォール>を挽き殺すっ!」

 コーベの言葉が力強い。

 今度は上段と下段とで回転方向を逆にして、挟んだ壁を挽いていった。

 成程、この武器は確かに<ミルメイス>である。『臼の鉄槌』。小麦粉やカカオ、或いはコーヒー豆でも磨り潰すみたく、<プライアウォール>がきゅるきゅると削られてゆく。粕は勿論観測されない。

 轟音を立ててひたすら回る。

先程とは比べものにならない圧力。

壁が透明な粉になる。

完全なる力学的エネルギーの暴力。

『舞われぇぇぇっ!』

 花粉大の粒子が舞い散る。

 三重奏の回転によって、<プライアウォール>が破壊された。

『ニャ、ニャ……』

 アスタルの気が動転する。もう<p.α.κ.>を庇ってくれるシールドは無い。鉄壁が無効化されてしまったのだ。臼で挽かれることによって。

 相手を見やる。あっちはあっちで、<ミルメイス>が制動しきれていない。まるでケーキとアイスに興奮する子供のように、暴れはしゃいでは止まらない。ソレでも電気を逆流させて、どうにかして抑え込もうとする。ようやくその子も寝ついて来たと思ったら、親となる<T.A.C.>の腕も限界に達していた。もう何も持てないだろう。

『いや、今がチャンスニャのだニャ! <ディスタンスイグノアラ>――』

「でも。そうはさせてあげられないよっ!」

 トヨタ<カローラフィールダー>――<T.A.C.>の羽に値する部分に、<リズムブラスタ>が二丁だけマウントされていた。

 最初に装備していたヤツだ。

 銃口がこちらを睨んでいる。

『くっ、<プライアウォール>を再生成……そんニャ、エネルギーが切れてるニャんてっ!』

 メーターに示されていたのは、たった三パーセント分のバッテリ残量だった。ウイ、サキ、コーベの想いが突き刺さる。

「……コレが、次の手!」

「でもって、最後の手っ!」

「やって仕舞うよっ! <リズムブラスタ>、<オーバーファイア>っ!」

 次から次へと鉛が吐かれる。

 銀の弾丸による乱気流だ、とアスタルは感じた。

 あの鷹と姫騎士と花の集合体は、至る所がボロボロだ。今回の戦闘で酷使したので、立っている状態でもふらふらと揺れている。だから撃ち出された銃弾の軌道はランダムで、過去と未来を統べる死神の<p.α.κ.>を万遍なく傷付けた。

『ニャ……えぇいっ、<ディスタンスイグノアラ>!』

 溺れたようにもがきながらも、相手の太腿を鎌で刈り取る。ソレでも続くフルオート射撃の反動で、対する<T.A.C.>は道路上に打ちひしがれた。

 しかし<p.α.κ.>の悲痛も限界を超え、エネルギーだって底をつきそうだ。もうコレ以上は耐えられない。

『ニャニャ~っ! 今日のところはこの辺で転進するニャ!』

「つまり、アスタルはやられちゃったからお家に帰るのね~」

『サキ、言い換えニャくていいニャっ! 妹者よ、次に会った時こそはかニャらず(必ず)っ!』

『ソレじゃあ……いってらっしゃいませ、おにいさま☆』

「……妹系のメイド喫茶じゃ無いんだから」

 戦闘終了までもがこんな調子だった。

『とっ、とりあえず……覚えてろニャ~!』

「あ。典型的な捨て台詞吐いて逃げた」

 向こうさんと同じく立っていることすらままならないので、<プリウスα>と<パストノッカ>それぞれを車態に変形させて、アスタルは頑張って出せるだけの速度(おおよそ時速三〇キロ)で南の方へと走っていった。


 アスタルが逃げてゆく。こちらの敗北だ。

「う~……負けた~!」

『おいちょっと待てサキ、さっきの戦闘はドローだろが。誰がどう負けたって?』

 癪に障ったのか、棘で刺すような語調でアルカが尋ねてくる。考えてみれば彼は<T.A.C.>の開発者なので、自分の作品に土が付いたとは意地でも思いたくないのだろうか。面倒臭そうにウイが説明してやる。

「……アスタルは逃げることが出来たけど、私たちは逃げることすら出来ない。ホラ、負けてる」

『う~ん、言わんとしてるこたぁ分かんだがよぉ……どっちもボロボロだったんだし、やられたのが装甲か駆動系かの違い程度だろ?』

「ソレが大きな差なんでしょーが、アルカ」

 サキが咎めるものの、やはり彼は納得できない顔をしていた。そんなアルカにとりあえず、コーベが回収の要請をする。

「僕たちはもう動けないから。機体をガレージまで引っ張って欲しいんだけど、お願いできる?」

『そりゃ勿論そーすっけどよぉ、<フィールダー>以外はどっちも被害がデカいのか。<ティーダ>はまだシリンダを交換するだけでいいから二日もありゃ十分だろーが、問題は<アクセラ>だな。装甲裏のダンパーが完全にやられてやがる……よし、それぞれの機体に分離は出来るかっ?!』

「……<フィールダー>以外は変形できないけど、いいの?」

 三機の中でも、背中側にある<カローラフィールダー>は損傷が一番少ない。この機体は修理すると言っても、プラズマ放出スラスタのメンテナンスや細かい凹みの補修程度で済むだろう。<ティーダ>も車体後部は目立ったダメージも無い。ただ<アクセラ>はやはり<ミルメイス>に耐えきれなかった。外部は裂傷が激しいし、内部だってパイプにいくつ穴が開いていることやら。アルカの技術力を以てしても、この機体だけに二週間は持っていかれそうだ。

『十分だっ! んじゃ、コーベは分離後機体を変形させろっ!レッカー車にけん引させっからな!』

「了解。アルカ」

 彼が快く返事をする。三人の中では一番ダメージが少ない。

『サキとウイは、別々に回収する! 他にもクルマは色々と必要だから……イスク、トラックの中型四台と小型一台を用意しろっ!』

『かしこまりました、ご主人様っ! しばらくお待ちくださいね☆』

 ネコミミをぴくぴくと動かしながら、彼女が元気な返事をする。その傍らで<T.A.C.>が分離して、<フィールダー>のみが車態に変形。他の二台は上半身と下半身のままだ。

「ってか、中型トラック四台も必要なの?」

 サキが疑問の声を上げる。一般的な中型トラックとは主に車両総重量が八トン程度で最大積載量が四トンのトラックを指す。この程度の大きさならば乗用車を荷台に乗せる場合は一台ずつで十分で、だから四台も用意させると二台分が余計になるのだ。その理由をアルカは一言で済ませる。

『何言ってんだか、使い終わった武装の回収に必要だろが』

「……ちゃんと回収してたの?」

『何だよ、そのまるで公共の場を散らかしても片付けないどこぞのモラルが低くてよく改造しすぎて田舎のトンネルの高さ制限に引っかかりそうなイカしたワンボックスに乗ってる人たちと俺が同種の人間だと思っていたとでも言いたそうな顔は』

 暴れた後は後片付けをしなければならない。今までの戦闘で三人は何もやってこなかったが、実は裏では彼が汗水流して頑張っていたのだ。アルカに対してかなり失礼になるのだが、意外である。

「良くあるよね。普段は不良っぽいキャラが、家族や仲間を想って見えないところでアルバイトとかを頑張るって展開」

『コーベ、<フィールダー>の補修は順番的に最後でいいんだな?』

 アルカが引きつった笑顔だ。今日はそろそろ、彼も限界らしい。三人としては、アスタルが逃げてしまったので物足りなさを感じてしまい、もう少し誰かを弄っていたかったのだが。

『はてさて、お待たせしました~っ! ご注文はこちらですニャ☆』

 そんな駄弁りから数分後。最も近い拠点に留置していたトラック達が、イスクの遠隔操作によってやってきた。

「ま、またユーレイとかじゃ……」

『安心してサキちゃん、私が操縦してるニャ!』

「……無免許運転?」

『いや、自動操縦とかの免許制度は法整備も追いついてねーから……察してくれ』

 無免許なのがよりにもよってこの下ネタ猫かぶり変態AIとは、いくら脱法と言えども流石にブラックゾーンではないだろうか。

「にしても。イスクってトラック動かせたんだね」

『そうだニャ、コーベくん! 私もお兄ちゃんと同じく、車を複数台同時に操れるのだニャ☆』

 そう言いながらハンドルを回すジェスチャーをして、彼女は五台のトラックをそれぞれ移動させる。うち四台の白い八トントラックはいすゞ<フォーワード>のウイングタイプで、コンテナの側壁が上がってはそこから作業用クレーンが伸びてきてパーツを回収する。<ティーダ>も<アクセラ>もその中にすっぽりと入り、壁を閉じてしまえばその痛々しい有様も隠すことが出来た。

『コレでよし☆ あとは……コーベくん、自走はどのくらいまで出来るかニャ?』

「前輪がやられちゃってるから。全く動けないよ、ゴメン」

 画面に向かって手を合わせる。<T.A.C.>の状態では<フィールダー>と<アクセラ>とが近いので、いつの間にか接触してパンクしてしまったらしい。<リズムブラスタ>をホールドしていた後輪は無事だ。

『じゃあ、こっちから行きますね☆ 私が優しくご奉仕してあげますので、大丈夫ですニャ!』

「ねぇイスク。その二言目は本当に必要だったのかな」

 まるでコーベが彼女にリードされているみたいだった。この下ネコが言うと、余計変な意味に取り違えられかねない。実際はイスクの操る小型トラックが<フィールダー>にアプローチをかけているだけだったが。

「全く……って、<キャンター>だ」

 彼が呟く。そのトラックは、レッカー車化改造を施されたパールホワイトの三菱ふそう<キャンター>だった。しかもワイドダブルキャブである。荷台には小型のクレーンが搭載され、その先にけん引用のピボットアームが取り付けられている。器用にバックしてそこに<フィールダー>の前輪を乗せると、固定してけん引体制が整った。

『どうしたコーベ、<キャンター>が気になったのか?』

 彼の言葉にアルカが引っ掛かる。確かに、<キャンター>自体は街中でも良く見かける四トントラックだ。特に珍しいモノでも無く、いちいち反応するほどのモノでも無い。そんな疑問に対し、コーベはこう答えた。

「いや。<キャンター>って、つい口に出したくなるような響きだと思わない?」

『う~む、そう言われればそうな気が……するか? どうも微妙な……』

 彼が納得しない。<キャンター>教信者は増やせなかった。

『そんニャはニャし(話)は置いといて~……ソレじゃ、しゅっぱつしんこ~っ!』

 ハザードランプを慌てて灯し、コーベの乗る<カローラフィールダー>は<キャンター>に引っ張られるがまま進んでいった。


oveR-09


 ある夏の夕暮れのことだった。

 この頃の一八時は日が長い。今日も当然例に漏れず、西陽が彼の横顔を照らしていた。眩しさは不思議と感じない。どこかとても懐かしくて、そしてどうしてか妙な気分にさせられる。

 沈みかけている太陽の光は、八分もかけて地球に行き着く。しかしその中でも人の目にまで届くのは、大気中で散乱しない長波長の赤い光だけだ。だから夕焼けは赤く映える。この色はこうも理論的なのだ。

 だと言うのに、或いはだからこそ、夕陽の色はむやみに人を感傷に浸らせる。ソレはどの時代、どの場所でも変わらない。例えば彼。コーベは現在、懐古的な気分に浸っていた。

 他の二人もそうなのだが、彼は中学校に上がるまでの物事を憶えていない。加えて幼稚園や小学校の頃のことは、特に家族から話を聞いている訳でも無い。ここ六年くらいの間だって、夏の夕暮れに思い詰めた経験などは無かった。

 だからこの黄昏時を懐かしいと彼が感じるのはおかしいことであるはずなのだが、どうしてかコーベはとてもノスタルジックになっていた。

 もしかしたら、と言うよりは十中八九、彼の身体が彼の知らない幼少期のことを憶えているのだろう。特に夕陽という視覚的なモノは、『記憶』では無く『感覚』の管轄だ。何があったのかは予想もつかないが、小学生の考えることである。どうせ友達と遊んでいたらいつの間にか日が暮れていて、楽しい時間が終わってしまうのが悲しいー、とか考えていたのだろう。その悲しさだけが、大学生になっても色褪せながら身体にだけ染み付いていた。

現在一九歳の彼に、夕刻まで一緒に遊び倒すような友人は殆ど居ない。しかし小さい頃はそうでも無かった。一体、彼は何をやっているのだろう?

「消費者の環境志向から、ハイブリットカーが人気になっていますね。このシステムを簡単に説明すると『走行』と『発電』をやっている訳ですが、別に走りながら電気を作っている訳ではありません。走行には一般的なガソリンエンジンを用い、ブレーキをかける際にはタイヤを動かすモーターを発電機として使用しているのです。加速時に使ったエネルギーを減速時に回収している、と言ったらイメージしやすいですかね? だから二酸化炭素の直接的な削減というよりは、エネルギーの無駄を無くし燃費を向上させるのがハイブリッドシステムなのです」

 新井教授の声が聞こえてくる。この講義もそろそろ終わるだろう。あと一分という意味でも、そしてあと二回という意味でも。もうじき定期テストの季節だ。酷く憂鬱になる。

懐古がそこに乗っかってきた。その正体が分からないので、克服しようにも歯が立たない。二重になった、甘い嫌気。気を紛らわすかのように、コーベは教授の話に傾聴した。

「よく『ハイブリッドはガソリン車に比べて割高だ、燃費向上分の元が取れない』と言われていますが、コレはドライバー次第なんですよね。さっきも説明した通りハイブリッドはブレーキに意味がありますので、高速道路で飛ばすような運転をする人には向いていませんが、信号待ちの多いタウンユースではハイブリッドが有効と言えます。そのタウンユースはコンパクトカーと同じコンセプトですので、だからスポーツカーにハイブリッド車は少なくてトヨタ<アクア>やホンダ<フィット>は売れている、と分析できなくもありません。しかし三菱<ミラージュ>は……おっと、もう時間ですね。今日はここまでです」

 なんということだろう、講義がもう終わってしまった。このままでは、彼はモヤモヤした気分のまま帰宅することになってしまう。身体にへばりついた、よく憶えてもいない過去の記憶を消すことすら出来ずに。どうしてくれようか。

「ソレじゃあ、私が先週出したレポート課題を教卓の上に提出しておいて下さい。私はこの後すぐに用事があるので……じゃあ、そこの二人。全員分のレポートを回収して、私の研究室まで運んでおいて下さい。鍵は開いてると思いますので」

 指名されたのはコーベともう一人、隣に座っているサキだった。二人が最前列に座っていて、ソレでいて彼と教授との視線が合ったからしょうがないのだが、新井悠教授ことアルカは一瞬だけ変態イカレ科学者の顔に戻っていた。どうやら、彼らはまた謀られたらしい。畜生。

 そんな二人にお構いなく、学生たちが一人また一人とレポートを提出してから退室していった。仕事を押し付けられたコーベの気持ちなんて、誰も考えてはくれない。他人指向社会も、ここまで来れば狂気にすら感じられる。いや、ただ彼のことを手伝ってあげるような友達が少ないだけなのだが。

「……手伝おっか、コーベ?」

 そんなことは無かった、彼に救いの手を差し伸べてくれる友達がたった一人だけ居た。ウイである。落ち着いた声で、彼に手伝いを打診してきた。彼女がかけている空色の眼鏡が、夕焼けと綺麗な対比になっている。

 正直、彼女が手伝ってくれたらとてもありがたい。今回のレポートでは一人二枚以上書くよう指定されていて、しかもこの講義を受講している学生はかなり多かった。だから空いている席も少なくて、コーベは最前列に座らざるを得なかったのである。

 教卓の方を見やると、発掘された地層のように紙が何枚も積み重なっていた。不可能という訳では無いが、アレを二人で運ぶのには相当な苦労を要するだろう。一人ならば尚更だ。素直にウイの申し出を受け入れた方がいい。

 しかし、彼女のような女の子を巻き込むのは気が引ける。特にウイは一九歳にしては身長が小さい方なので、こんな重たそうな荷物をわざわざ持たせるわけにはいかない。苦行を受けるのは指名された二人だけで十分である。

 一週間前の同じ状況を思い出した。コーベは自己犠牲的な考えから自分達だけでやると言い、彼女を独りにさせてしまった。

 今度は失敗なんてしない。

「いや。大丈夫だから、正門の所で待ってて。サキがいつ起きるかにもよるけど、運搬自体は一五分あれば足りると思うから」

「……そう。分かった、じゃあしばらくはコンビニに居るから」

「うん。終わったらそっちの方も探してみるよ」

「……また後でね」

 手を振りながら、彼女が少し嬉しそうに教室を去って行った。


oveR-10


「う……ん~?」

 顔に柔らかい温もりを感じて、サキは目を覚ました。

「ゴメン。起こしちゃった?」

「アレ、コーベ……って、講義はもう終わっちゃったの? 誰も居ないけど」

「そうだよ。で、アルカからレポートを研究室まで運ぶよう言われたんだけどさ。僕とサキの二人で」

 紙で出来た地層を彼は指差す。一応一つに纏められてはいるが、積み重なった高さはおよそ三〇センチ弱。骨が折れそうであることは、一目見ただけで彼女も分かった。

「えっ……本当にアレ? アレを、アルカの研究室まで? というか、また?」

「うん。サキも、あそこに自分の分を重ねておいてね」

 ここは講義棟の四階で、アルカの研究室は第二研究棟という別の建物の五階に位置する。渡り廊下などは特に存在しないので、一度下に降りて外に出てからまた階段を上ることになる。ソレも、あの大荷物のレポートを携えながら。

「とりあえず。長引いてもしょうがないし、さっさと運んじゃおっか」

 そう言って、コーベが席を立つ。しかし彼もこんな仕事はやりたくないだろうと考え、サキは彼を制した。

 嫌なことは、全て自分がやればいい。

「いや、いいよ。私一人で運ぶから」

「えっ……どうして」

「アンタが一緒だと、何かと危なっかしいからね。途中でぶちまけられても困るし……ともかく、私が全部やっとくから。コーベだって、アレを運びたくは無いでしょう?」

 自らのレポートを頂上に重ねる。確かに一人で持てない量でも無かったが、やはりきついだろう。しかもサキは、仮にも女性だ。いくらコーベが細くて華奢なガーベラのようであっても、力仕事は男性のやることである。ソレでも、彼女は自分一人でやろうとした。断るのは少し不自然だっただろうか?

「でも。指名されたのはサキと僕だし……どうしてそんなことを?」

「ただの気まぐれよ。今は気分が良いの。だから、私に任せて――」

「嘘だよ。ソレ」

 コーベの言葉に頭を打たれた、そんな気がした。ソレは柔らかく聞こえたのに。

「嘘って……どういうことよ」

 どうしてだろうか、彼女のセリフには鋭さが含まれてしまった。けれども彼は、語調に変化無し。

「気まぐれだとか気分が良いとか。本当は、自己犠牲の気持ちから『自分が背負おう』って思ったんじゃないのかな?」

 目を直接見られる。そう言えば、彼の顔をこのようにして見たことは少ない。コーベの輪郭は細くて、コーベの唇は淡くて、コーベの瞳は温かい。花のように、美しかった。

「そっ……そんなこと――」

「否定しないで。特に、自分の気持ちを」

 柔和なはずなのに、一語一語が耳に強く残る。彼の言葉は続いた。

「アレを運ぶのは誰だって、僕みたいな人だって進んでやる仕事じゃ無い。今のサキは僕がアレを運びたくないだろうと考えて、きっと自己犠牲的に『嫌なことは全て自分がやればいい』って思ったんだよね。だから、こんな嫌なことを自分で全部背負い込んじゃう。そうすれば、悲しむ人は誰も居なくなるから」

 心を覗かれた感覚だった。彼女が先ほど巡らせていた思考と見事に合致している。自分を軽視して汚れ役を買うことは、今まで何度もやってきた。自己犠牲が、サキの信念だ。

普段のコーベにここまでの洞察力は無い。しかし彼は性質として、感情が昂ぶった時のみ察しが良くなる。つまり現在、コーベはサキの自己犠牲的な行動に怒っているのだろうか。それとも悲しんでいる?

 コーベが心を覗いてくれた。コーベが心を見てくれた。

「そう、だけど……でも、自己犠牲ってそんなに悪いことなの? 他にもやってる人は多いだろうし、誰が悲しむ訳でもない。大体、アンタだってそうしてるでしょうが」

「確かにそうだね。僕もよく、『自分なんて』って思っちゃう。でもソレは、僕がやりたくてやってることだから」

 一度だけ、彼が一拍置く。

「本当は。サキだってこの仕事をやりたくは無いんだよね?」

 目を瞠る。コーベに指摘されて初めて、自分がこの仕事を『やりたくないと感じていた』ことに気付いた。そしてひどく納得する。

 サキには、嫌なことを進んで背負うきらいがある。前述の通り自己犠牲の念から来る行動だが、条件として彼女自身がその行動を『嫌なこと』と認識していなければならない。彼女自身がやりたくないと感じていなければ、他の人だってやりたくないだろうとは感じない。

 だと言うのに、『嫌なこと』だと自分で認識せず無意識に、自己犠牲に走っていた。

 コーベはサキの無意識まで分かってくれる。

「自分の気持ちに嘘を付いちゃダメだよ。僕の場合は自分を犠牲にしてまでサキとウイ、そして他の皆を守るのが嫌じゃないから大丈夫なんだけど、サキは嫌なはずなのに自分の気持ちを殺してまで背負っちゃう。そんなことをしちゃうから、ストレスがサキの頭の中から出られずに閉じ込められちゃう」

 彼女が息を呑む。次が読めて、言われて欲しかったから。

「ストレスを閉じ込めてるから、自分を犠牲にしちゃうのにね」

 思わず泣きそうになる。けれど弱みは見せまいと、何とかして堪えた。

 彼女の環境は絶望的だ。学校しかり、家庭しかり。あくまで主観的な意見だが、やはり絶望的だと思う。全員が不幸で、そして互いを傷付け合っていた。

だから周りの世界に辟易して、そして自分が変えようと思った。他人を出来るだけ幸せにさせる。自分のことはまだどうにかコントロールできそうだから、とりあえず他人を楽にさせる。自分が他人を苦しめていたら、最悪自分が居なくなってもいい。環境が変わってくれるのならば。他人がストレスを感じないでくれるのならば。

 他人を優先して、サキ自身の気持ちは頭の中――『お姫様の部屋』に閉じ込めておいた。とても広く、中のモノは何もせず、そして絶対出られない。自分のことは後回しでいい。自分のことはまだ大丈夫。そんなことよりも他人をどうにかしなければ。

感情と共にストレスも、その部屋に溜めてゆく。他人にあたっては不幸にさせてしまうから。ストレスは伝播するのだ。しかし『お姫様の部屋』に閉じ込めておけば誰にも移らない。

 ストレスがその部屋の中で伝播し増殖している、とコーベは言った。

 サキの感情は、お姫様だ。とても広い部屋に閉じ込められて、幸せになることが出来なくて、ソレどころか表に出ることすら無い。環境を変えたいが、自分独りで変えようとすると自己犠牲に走ってストレスが積もる。このこともどうにかしなければと焦り、そして頑張るとまた自己犠牲に走ってストレスが積もる。コレがたった一室の中で繰り返される。解消されることはまず無い。可能ならば、誰かに代わって欲しかった。自分のしていることを、誰かにやって欲しい。そして誰かにこのループから連れ去ってもらいたい。

 シンデレラ・コンプレックス、という言葉を思い出す。

 コーベは、サキの感情が隠れていることを分かってくれた。

 コーベなら、サキの感情を『お姫様の部屋』から連れ去ってくれるかもしれない。

 コーベに、もっと自分の感情に触れて欲しい。

「うん……そうだね」

 彼の視線から目を離し、サキはレポートの山の半分を抱える。そしてそのまま歩を進め、教室を出ようとした。

「ホラ、コーベも早く。レポート、さっさと運ぶんでしょ?」

「えっ……僕も運ぶの?」

 表情は見えないが、彼の声音は嬉しそうだった。

 自己犠牲を捨てることにより、こうして他人を幸せに出来た。

「当たり前でしょーが。先に行くわよ?」

「ちょっと。待って……!」

 彼女の後に続いて、コーベが講義室を出る。彼の方は直視できない。そうしてしまったら、サキは泣き出して普段の自分を保てなくなりそうだった。

 とりあえず、この気持ちを『恋』と呼ぶことにしておこう。

「そうだ、ソレと……」

 廊下で二人が縦に並ぶ。やや空いていた間隔を彼女が立ち止まることで縮め、そして彼に背を向けながら。

「――コーベ、ありがと」

 時刻は夕刻。採光窓から、陽の橙と葉の緑がその姿を現している。

 その時のサキは、斜陽で出来た黄昏のドレスを纏っていた。


oveR-Ext.


Date:2015/7/17

From:手塚 拓

Title:なし

 本文:

 こんにちは。昨日の戦闘についてだけど、アスタルに関するデータの整理がようやく終わったよ。

 結論から言うと、アスタルから『兄妹愛』に近い感情が観測された。人間に非常に似た、ね。<T.A.C.>を攻撃する際に、僅かだけど脈拍数が上昇したんだ。ただの興奮だったら僕もそう大きくは取り上げないんだけど、彼には攻撃を躊躇っている傾向がある。武装をあんなに楽しそうに扱うのにもかかわらず。

 ソレと、イスクと会話している時も同じ変化が見られるんだ。だから、僕は猫にも感情があるのだと考える。もしかしたら猫に限らず、他の動物にもあるのかも。もっとデータが欲しいところだけどね。

 とりあえず、シナリオはPからTへと分岐した。次の<メックス>発生、楽しみにして待ってるからね。

タク


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