第2話 Edition-Trinity's Bond


 あらすじ:極々普通の大学生であるコーベ、サキ、ウイの三人はイカレ科学者であるアルカに授業の単位を餌にして釣られ、変態猫被りAIのイスクと一緒に巨大合体ロボットで可愛い可愛いネコちゃんを殺処分することになりました☆


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 カエルの唄が聞こえてくる。

 外はあいにくの雨だった。梅雨の季節らしいと言えばらしいのだが、気が滅入ってしまうのはいただけない。ゼミ生の富士見がわざわざ作ってくれたてるてる坊主も、本調子じゃないのかどことなくしょんぼりしている。重苦しい溜息を吐きながら、弱冠一九歳の新井教授は研究室の窓から顔を覗かせていた。

 木の葉は放射状に生い茂り、紫陽花もドーム型の花束を形作っている。水滴の光沢を放つソレらは、まるで星々の輝きだ。空は濃い鼠色の塗料をスプレーしたかのように一様の色をしていたので、緑やピンク、水色などは、より一層美しく映えていた。

 草の匂いが雨粒に溶けて、彼の鼻腔へとやってくる。その緑色が育った土壌が容易に想像できた。かなり良質なモノであり、雑草の苗床にしておくには勿体無い。雨が止んだら、用務員さんに刈り取ってもらおう。止むのが一体いつになるかは想像できないが。

「梅雨ですねぇ……」

 落ち着いた声で新井が呟く。雨はしとしとと降っていた。肌にまとわりつく湿気は彼の肌をべたつかせ、砂糖水のプールに入った錯覚をしてしまいそうだ。試しに雨粒を舐めてみる。当然甘い訳が無くて、塩素の抜けた自然の味がした。体の老廃物を根こそぎ除いてくれる水。代謝とは生まれ変わることだ、と言ったのは誰だったか。今生きていられることを大いなる自然に感謝しつつ、彼はゆっくりと振り返って研究室を見渡した。

「だというのに……何やってんだよ、お前らはぁっ?!」

 新井悠教授ことアルカがヤンキー口調で怒鳴ったのも無理は無い、そこでウイ、サキ、コーベの三人がご臨終状態で沈黙していたのだ。


 今は六月、すなわち中間テストの時期である。世のおちゃらけた大学生たちも気合が特に入る頃で、話を聞くとこの三人もその例に漏れずやる気を出し過ぎて徹夜をし、その割にはこなしたテストに今一つ自信を持てなくて落ち込んでいるとのこと。眠気と不安のカフェオレ状態だ。

「せめて計画をちゃんと立てて、徹夜なんてしなけりゃ結果はもっと変わってたんじゃねーのか?」

「……今更ソレを言われても」

「あ~、どうしてくれるのよ! こちとらまだテスト半分も残ってるのに、その上中間レポート提出なんて……」

「テストがもっと減ってくれれば、世界はもっと平和になるって、僕は思うなっ!」

 三者三様に言葉を垂れ流していた。特に最後のコーベに関しては完全に現実逃避をしていて脳内お花畑状態である。そんな暇があったらもっときびきびと勉強しろ、とでもアルカは言いたそうだった。

「全く……試験を作る側から言わせてもらうとだな、ソレくらい出来ない輩に授業受けられても困るんだよ! 毎回しっかりと復習してりゃ、どこぞのネコ型タヌキにばっか頼ってるポンコツ能無しあやとり小学五年生でも鼻から空飛ぶスパゲッティモンスター食いながら解けちまうくらいの難易度だろーがっ!」

 全国の教授の皆様、こんなのに代弁させちゃってごめんなさい。

「アルカ、ソレはいくら何でもひどすぎるわよ……そりゃテスト迫るギリギリまで遊び呆けてた私たちも悪いんだろうけどさ、だからと言って意地悪なくらいに問題を難しくする先生にそのセリフを言われたくは無いっての。例えば新井教授とか、新井教授とか、新井教授とか……」

「アレ……俺の作る問題って、やっぱりちぃーっとばかし難しいのか?」

「……今更気付かれても」

 ウイが呆れ返る。アルカの製作する試験問題と言えば本関大学でも五本の指に入る位ハイレベルで、某巨大インターネット掲示板にあるこの大学のスレッドでは彼をブラックリストの先頭に持ってきている。大学構内を歩いている工学部の留年生をランダムに選んでも、留年した理由は『新井教授のせいだ』と口を揃えるほどだ。

「全く、普段は愛想のいい笑顔をバラまいてるというのにこの時期になったらたちまち鬼になるなんてね。ホント、人の皮を被った悪魔よアンタ」

「特に、一年後期の期末テストなんかね~……僕、アレのおかげで一週間寝込んだよ」

 いつの間にかお花畑から帰還していたコーベがサキに同調する。去年度の末は、例年に比べて犠牲者が多かった。ダブる者は引き続き留年し、そうで無い者ももう一年遊べる状態にしてしまう、魔の試験。

しかもこの三人に焦点を当ててみると、初めて受けたアルカのテストがソレだったのだから目も当てられない。つい数か月前に地獄を見たばかりなので、彼の試験の答案用紙に氏名を記入するのがとても憂鬱になる。

「少しレベルを見直すべきなのかねぇ……しかしお前らは別にテストが駄目でも、俺の講義の分の単位はもう確定なのだろう?」

 アルカがそう大きくない声で発した言葉は、三人の耳に届いた途端に麻薬のような福音を聞かせてくれた。

 二週間ほど前、猫を巨大化して鋼鉄化させた怪物<メックス>と彼らは戦い、そして辛くも勝利を収めた。そんな彼らにアルカはコレからも戦って欲しかったのだが、そのための交換条件として提示したのが『単位』だった。彼の受け持つ授業の単位を、無条件で取得できる。このあまりにも魅力的すぎる餌に皆はまんまと釣られてしまい、再び身を投じることとなってしまった。もっともアレ以来<メックス>の襲撃は無く、ひたすらシュミレータでの特訓に明け暮れる日々を送っていたが。

「そうだよ。コレさえあれば」

「一回分のテストがそのままチャラに!」

「……しかも一番厄介なのがチャラに」

 コーベ、サキ、ウイがそれぞれ喜ぶ。たかが一回、されど一回。この試験の差は大きくて、コレで彼らは他の学生たちよりもあらゆるテストでリードすることが出来る。<メックス>万々歳だった。

「でもよ、まだやって無い試験だって多いんじゃねーのか? 中間レポートも云々とかさっきほざいてたし、結局スケジュールの密度がバングラデシュの人口密度からシンガポールの人口密度くらいに減った程度なんだろうなぁっ!」

「うっ……何なのかな。そのかなり分かり辛い例えは」

「そう深い意味は無いさ、コーベ。されど一回、たかが一回!どれだけお前ら学生側の試験回数が減ろうともな、採点だとか教師側の仕事量よりかは遥かに多いんだよっ! フハハハハ……どーだ、羨ましいか?」

 いやみったらしい目つきで彼が訊いてくる。教授陣は講義のために毎回レジュメやパワーポイントを時間の合間を縫うような隙間時間を捻出して作っているというのに、普段学生たちは楽しそうに遊び呆けて時たまはめを外したら責任は大学側にも来るということへの恨みか、或いは何か良からぬことを企んでいる表情だ。

「う~ん、羨ましいかと問われても……」

「そんなこと。僕たちにはね……」

「……知ったこっちゃない」

 三者三様の回答だった。正直、学生にとっては教授なんてどうでもいいのである。この両者を比較対象にするだけ時間の無駄で、彼らに直接関わりのある中間テストさえどうにかなってくれればソレでいいのだ。責任なんてとりあえず大学に押し付けとけば自分たちに実害はあまり来ない。だから、アルカのことを羨ましいなんて思う余地が無い。その結果――。

『アルカ、とりあえず試験勉強の邪魔だから黙っててくれる?』

 変態イカレ科学者一人だけがハブられた。

『てってれ~! 美少女AIは見た、ご主人様がいじめられるどころか無視されるという典型的なぼっちに陥る瞬間を☆』

 そしてこのタイミングでの、変態下ネタAIことイスクの登場である。恐らくいつもの招き猫型立体投影システムをスタンバイした状態で面白い状況を待ち伏せしていたのだろう。現在ソレはコーベ、サキ、ウイの面しているテーブル中央に設置されていて、四センチメートル大の旧世代的なネコミミメイド服姿をしたイスクを青白く映し出していた。

 そんな彼女の製作者、つまりご主人様であるアルカとしてはこんないじめ現場を見られては、『先生のことをお母さんと呼んでしまった』並みの恥ずかしさを感じずにはいられない。そこんじょこらにいるか弱いブリっ子だったら、その場にくずおれてわざとらしく泣き真似をかますような状況だった。

 しかし我らが変態イカレ科学者がそんな醜態を晒すことなんて、例えあの仲が悪いことで有名なク●スチャンとム●リムが共に肩を組みながら三〇人三一脚でエ●サレムを一周したとしてもあり得ないことなのである。予想を上回るようなそうで無いような方法で、彼はハブってくれた三人に対してささやかな仕返しをしたのだった。

「はは~ん、そんなことをこの俺様に言うのかい……だったらこっちも黙っちゃいられねぇっ! いいか、コレからお前らに<T.A.C.>各機体の特徴を把握できるよう細かく説明してやる!」

 死刑宣告を言い渡すかの声色で、アルカは三人に対し言葉を放った。一見ただの平和な勉強会(主に先進機械工学の分野)なのだが、彼の思惑はそんな所には隠されていない。重要なのは、このテーマを切り出す時期である。そのことに察しがついたのか、コーベもサキもウイも恐れおののいて彼を凝視した。

「コレからやる、ってことは……」

「アルカ、もしかして瀕死の僕たちに……」

「……詰め込みには詰め込みを?」

 彼の狙いは、既に試験科目の知識で一杯な彼ら三人に対し別の知識を上乗せすることで、テストの要点などを忘れさせて成績を下げることなのである。エグイ、遠回りな嫌がらせ過ぎてエグい。レジュメの文章に間違った訂正を入れる、だとかのもっと効率のいい方法があるにも関わらず、アルカはこの三人の役に立つような立たないような微妙な妨害をしてきたのだった。というか、こんなことをするくらいだったらブリっ子よろしく泣き喚いた方が手っ取り早くて賢明な気がする。

「フハハハハ……コレでお前らは各機体の特徴を把握した連携を取れるようになるだけでは無く、以降のテストは六割を切って期末に賭けるためさらに勉強するようになる! 完璧だ、俺の計画は北半球で一番完璧だぞっ?!」

 狂気のマッドサイエンティスト然とした笑いを彼がばら撒いているのとは対照的に、ウイ、サキ、コーベの三人は戦慄して冷や汗が止まらなかった。

梅雨が明けたら夏になり、海が開いて花火が咲く。ソレら夏限定イベントの増加に比例して、駐車場整理のような臨時バイトが台頭してくる。彼らはソレを狙っていたのだ。数日だけならコミュニケーションもあまり取らなくていいし、収入も決して悪くは無い額のバイトを複数やれば最早億万長者も夢ではない。

 そんな掻き入れ時をみすみす逃せと、この人の皮を被った鬼畜教授は彼らを見下ろしながら告げているのだ。このままだと欲しい服も買えないし、夏休みに旅行へ行くことも出来ない。

『フーゾクへ行くお金も貰えなくなっちゃうね☆』

 イスク、お前は黙っていろ。

 とにかく、八月と九月は金欠の灼熱地獄へと化してしまう。そして何が一番恐ろしいかと言うと、アルカのこの暴走を止める術が存在しないということである。例え身体を拘束しても、口さえ動けば彼は何でも言ってくる。嫌なことをやり返しても、彼はその程度では停止しない。以前アルカの口を黙らせるために気絶させたことがあった気もするが、そう何回もあんな芸当をしてしまっては警察の身が持たない。謝るなんて、特に理由は無いがとりあえず論外だ。

「よぉーし、そうと決まったら準備が必要だな! イスク、例のファイルをすぐモニタに出力できるよう手配しろ! そこの三人は、大人しく俺の話を聞けぇっ!」

 いつもに比べて数段ハイなテンションで、アルカが指し棒を取り出し三二型の液晶画面の前に立つ。どうやらもう諦めるしか無いらしい。三人は大人しく、手帳に記していた夏休みの予定に小さなバッテンを付け始めた。


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 研究室は湿気ていた。もちろん外の雨のせいでもあるのだが、三人が湿気ているのはテストとアルカのせいである。

「まずは、そうだな……<T.A.C.>の順番通りに行くとして、ウイの<ティーダ>から行ってみるかねぇっ!」

 名前を呼ばれて、ナチュラルショートをライトブラウンに染めている落ち着いた雰囲気の彼女がピクッと動いた。かけていた空色の眼鏡の手入れをして、意識をアルカに向けないようにしている。手足の痙攣こそ起こさなかったものの、温かい木目のような瞳は完全に宙を泳いでいた。

「……無視、無視、無視」

 いくら呟いてもプラシーボ効果は得られない。

 遂に指の爪を噛み始めてしかし耳に入る言葉が気にならずにはいられないウイに満足したような少しだけ激しさを落とした声で、アルカは画面に写し出されたイメージを指し棒で示す。用語のおかげで言葉の乱雑さを失ったからか、その姿はいつも教壇に立っている新井教授の面影をほんの僅かだけ感じさせた。

「さて、実車の方の<ティーダ>は日産がかつて生産していた高級感に重点を置いたコンパクトカーだったが……俺の手によって魔改造を施され、遠距離狙撃・砲撃型の可変ビーグルに姿を変えたわけだ。その特徴は、やはり景色を捉える『眼』と地面を捉える『足』だな」

 どちらも狙撃と砲撃には必要不可欠な要素である。眼は機体のデュアルアイを覆う展開式のバイザーゴーグル、足は変形後(人態)時に現れるあの鳥爪のことだ。この二つの要素がボディカラーのベージュと相俟って、<ティーダ>を自然と調和する(Tide→TIIDA)鷹のようなデザインにさせている。ソレはどうしてか、静的なウイ本人に動的なモノを補完するように感じられる。

他にも特徴として、三機の中では一、五トンと最も重いことが挙げられる。ただしエンジンの回転数は低めに設定。役割上そう頻繁には移動もしないし、扱う武装が全て実弾兵器なので、エネルギーをあまり必要としないからだ。

「観測装置として肩から『小羽』が生えていて、この機体においては頭部メインコンピュータに次ぐくらいに重要な部位となる。足も、スネにあるホイールを踵まで持ってきて道路に面させれば高速走行が可能。武装は主にスナイパーライフルを運用する予定だが、ミサイルランチャだとかも装備できればさせるつもりだ。それと弾頭についてだが、通常弾は牽制用として敢えて<メックス>の装甲を貫通させない程度の威力に絞ってある。もしより強力な弾が必要な場合でも、マガジンの中心部に一発だけ徹甲榴弾を仕込んである。お前の判断で要ると思ったら、迷わずソレを使え! 徹甲榴弾の代わりに<グラビテーテドタイド>用の弾を込めてる弾倉もあるから、マガジンを変えるだけですぐさま戦況に対応できる設計だっ! どーだ、凄いだろっ?!」

 <ティーダ>の運用するライフルは構造が他には見られないモノで、筆箱のような直方体をしたマガジンは銃身を横に貫通するように装填する。この方式のメリットはマガジンを水平にスライドさせるだけで弾丸の選択が容易にできることで、弾倉の真ん中に威力の高い弾を配置させるという『分かりやすいが扱いづらい』構造をこの機構が可能とした。

 はてさて、全員は何だかんだ話が全部耳に入ってしまった。もうコレで試験はご臨終である。彼らの魂と共に天国へと逝ってそこに永住してくれればありがたかったのだが、次に待ち構えている期末テストは輪廻転生に基づき大体七月の末辺りに現世へと戻ってくる。ちょっと早いお盆のようなモノだ。もっとも、精霊馬となるナスとキュウリはシャーペンの芯が刺さった消しゴムで、火を点けられて燃えるのは線香では無く皆の赤点だが。

しかしアルカのおかげで試験に対する煩悩を捨てることに成功し、彼らはもういっそのこと悟りを開いて吹っ切れることが出来た。心配は要らない、今宵に徹夜で詰め込めばきっと大丈夫だ。折角皆で集まったのだし、ここは腹をくくって駄弁ってしまおう。

 というわけで、三人はアルカの話に参加することにした。完全に、彼の思うツボである。だがそんなことはどうでもいい、こうなってしまった以上はいつも通りに彼と歓談を交わし、いつも通りに彼に深い心の傷を負わせてしまおうではないか。

 最初に口を開いたのは、話題となっていた<ティーダ>のパイロットであるウイだった。

「……私の<ティーダ>が狙撃に特化したってのは分かった。けど、どうして鳥のような足をしているの?」

「お、良い質問だなウイ! 乗ってきたな……ソレに対する答えはだな、発射の反動などで立ち位置がズレないよう地面に機体を固定するアウトリガの役目だ。この前のような市街地戦では伏せ撃ちなんて出来ないからな、立ち撃ちの姿勢を取る必要がどうしても出てくる。その際に機体を固定して照準がズレないようにするには、鳥の足のような形がスパイク代わりとして最適だったわけだっ!」

 人間サイズの銃でさえ、片手撃ちが難しいくらいに反動が大きい。ソレがましてや四メートル級用に設計された狙撃銃なのだから、そのまま直立姿勢で発砲するには無理がある。手元が狂って弾道が乱れてはいけないし、連続で撃つ場合は少しのズレでもその内大きな誤差となるので尚更無視できない。だから固定用のスパイクが必要になってくる。その場合支点は多ければ多いほど姿勢も安定するので、鳥趾のような四股のデザインが適していたのだ。

「へ~、そんなことまで考えてたのね……」

「てっきし敵の尻尾を踏みつけて逃がさないようにする~、だとか残酷なことのためかと思ってたよ」

「おいそこの二人、ちぃーっとばかし俺に対する言葉が過ぎてねぇか?」

 サキとコーベによる意外そうな感想に、彼は小さな突っ込みを入れていた。まるでバカかドSか何かだと勘違いされていたらしい。……いや、アルカは巨大ロボットでネコちゃんを殺処分するくらいにはバカでドSだ。

「……そう、良く理解できた」

「なら良かったな、コレで機体の特性も把握できただろう?」

 ウイの手応えありなコメントを受けて満足した彼であったが、次に続く言葉はそんなアルカの心を突っつくようなモノだった。

「ただ、一つだけ。<ティーダ>は鷹っぽいデザインなのに、どうして飛ばないの?」

 途端にアルカが視線を窓の方に移し、『今日は雨ですねぇ』とでも言いたげな表情を見せた。テイクⅡとして今日のこの会話を一ページ目からやり直したいらしい。対する彼女の目線はあられのように冷たくて固い。この反応を見る限り、飛ばないのはどうやら現代科学の限界の結果だったらしい。流石に飛行機能まで付けることは無理だったか。

「……<ティーダ>は飛ばないのに、どうして鷹っぽいデザインなの?」

「いや、言葉に若干のアレンジを加えなくていいからっ! 追撃しないでくれよ、なぁっ! 何だ、空を自由に飛びたかったのかお前は?! 俺はどこぞの未来からはるばるとやって来たブルーなポンコツハゲロボット型タヌキじゃ無ぇんだぞ!」

 こう痛いところを抉られた時のアルカの反応は、『激しい』よりも『荒れている』と形容した方が似合っている。

「そう言えば、肩の小羽も何とかウイング~、って感じで空飛べそうなデザインなのにねぇ……」

「しかもその鳥っぽいデザインだってさ。合体ロボモノだとダ○クーガみたくヘルメットに変形するのが男のロマンだと思ってたのに、まさか下半身担当なんてね」

「えぇい、黙ってろそこの二人! あとコーベ、一クール待ってようやく合体かと思ったら四体も居るのに一つのロボットが帽子かぶってゲタ履くだけの合体方法で視聴者の皆をガッカリさせた割には某シュミレーションゲームにおいてかなりの厚遇を受けているダン○ーガの悪口はやめろよっ!」

 そんなダンクー○についての対談はひとまず置いておいて。この流れを続けて、アルカは一研究者としての、現代科学技術の限界に対する愚痴を長々と垂れ流した。

「大体だなぁ、車が空を飛ぶって構想自体に無理があるんだよっ! どーして飛ぶ必要があるのか、ヘリコプターで十分だろうよっ?! 出力だって<T.A.C.>レベルになってようやく足りるっつーのに、たかだか自動車一台にそんな大出力のエンジンが詰める訳無いだろうがよぉっ! ソレに加えて飛翔機構までくっ付けるスペースが必要になってくるんだ、んなモノをたった一台のコンパクトカー(笑)に集約するなんて実現不可能に決まってるってんだっ!」

 今日のアルカは荒れるに荒れる。このままでは永遠に止まらない気がしてきたので、三人して彼をなだめにかかる。抵抗する彼は、まるでよく遊園地に居る自分のお家に帰りたくなくて駄々をこねる小学校低学年の男の子のようだった。そして苦難の末数分後にようやく落ち着いたアルカは、まるで怒りを紛らわすかのように次の説明へと移った。

「はぁ、はぁ……悪かった、俺としたことが。歯止めが効かなくなっちまって……よし、心を鎮めるためにも<アクセラ>の解説でもするか! サキ、覚悟はいいか?」

「そりゃ、別にいいけど……覚悟するのって、さっきみたいに発狂する側のアンタじゃ無いの」

「いや、俺が予想するに今度はお前の番だが……まぁいい、始めるとするか」

 頭の奥に引っかかる一言を零して、アルカはウイの時と同じような論調で説明に入った。

「クーペシルエットが特徴でスポーツカーじみてるのが<アクセラ>だが、可変自動車化する際においてもこのことを念頭に置いて近接特化型にしてみた。最重要視したのは速度と運動性能だな。だからタイヤは人態の時、扱いやすいような部位にレイアウトされてんだよな」

 ホイールは腕と踵に付いており、実際前回の戦闘ではソレらをフルに活用して<メックス>を打倒した。速度と運動性能については、特殊技となる<アクセルガスト>が如実に表している。どちらも加速する(Accelerate→AXELA)ことには不可欠な要素だ。

「だから柔軟性も三機の中では一番高いし、出力や継戦能力も桁が違ってきたりする。武装もメインのV字ブレードやサブでもショートソードとかを運用するからな、格闘戦では敵無しと言っても過剰表現では決して無い! どーだ、凄いだろっ?!」

 この機体は縦に長く三機中最もスリムだが、だからといって内部機構が貧弱という訳では決して無い。合体後は特に酷使することになる『腕』に変形するため基礎フレームは耐久性が高いし、エンジンも強力で<T.A.C.>における出力の五〇パーセントはこの機体が出所となっている。逆に外部は貧弱で、装甲は軽量化を追求したためにかなり薄い。まさしくスポーツカーのような設計思想だ。

 防御を捨てた代わりに攻撃とスピードを取ったので、武装も『重い打撃を連続で与える』ことに特化している。専用のV字ブレードはそのコンセプトが顕著に現れていて、連結時は武装重量を生かした一撃が、分割時は両手から繰り出される連撃が売りである。

 アルカが示した研究室のモニタには、人態の<アクセラ>が映っていた。その画像にある純白のロボットは、まるで高貴な戦姫のようだ。無駄が一切存在しないシルエット、ドレスを想起させるパフスリーブとスカート、そして短く切られたショートボブ。或いは力で民を率いる戦姫。騎士のルーツは貴族階級なので、この例えはあながち間違いではない。どちらにしろ、ソレはとても優雅で美麗な容姿を持っていた。

コレの操縦士であるサキはしばらく機体に見惚れていて、そんな姿を眺めていたコーベが、長さこそセミロングだが彼女も同じようなボブカットをしていることに気が付いた。

「ねぇ、こんなことを訊くのも無粋なんだけどさ。サキって、自分の機体のことは好き?」

「ん~? そりゃ好きじゃ無かったら他の機体選んでるし、スタイルとかも気に入ってるけど……どうしてそんなこと訊くのよ」

 この答えは、ウイとコーベに同じ問いを投げても返ってくるだろう。三人とも自らの感性にフィットした車を、最初に自分で選んだのだ。ということはそれぞれの機体にはパイロットに通じる共通点があるのであって、コーベが彼女に質問したのもこのことが理由だった。

「いやさ。もしかしてサキってお姫様とかが好きなのかな~、って思って。違った?」

 そして彼女は突然、『覚悟するような状況に陥る』という旨の、アルカの予言に従った。

「えっ……まさか、まさかのまさかのミステリーでそんなことある訳無いでしょーが? だって私よ、私! 未だに少女マンガを卒業出来ないだけならまだしも実家には秘蔵の魔法少女変身セットが何十着もコレクションされていてそこんじょこらのキモヲタ共には知識的面においても余裕で勝っていてその内TVチャ○ピオンへの出場もしてみよっかな~とか考えてたらいつの間にかTVチャン○オン自体が放送終了していたことを夜通し嘆き苦しんでいたくらいに熱が入ってるのを必死に隠すために普段から年相応の服装をしようとファッション誌まで買い続けてたらエンパイアステートビルディング顔負けの高さにまで積みあがろうとしているという伝説を持つこの私よ?! 冗談はアルカの顔だけにしてくれないっ?!」

 何気に約一名をノックダウンしつつのとても分かりやすい解説、ありがとうございました。

 確かに本日のサキは白と黒のボーダーTシャツにデニムのショートパンツ、そして前髪に留められた赤色のヘアゴムと大学構内によく居そうな量産型ファッションだったが、机に出されている彼女の筆箱は真新しくてハ○ーキティとシナモ○ールが描かれた可愛らしいデザインだった。四〇を超えたオッサンが娘にプレゼントしようとして買っても即不審者として店員に通報されそうな、如何にも小学校高学年の女子児童が使っていそうな代物である。

『サキちゃんはお姫様が好きっていうことは~、やっぱり国同士の戦争だとかに負けちゃって手枷足枷に口腔強制マスクまで取り付けられて、敵の兵隊さんたち数十人相手にされるがままマワされたい、って願望とかもあるのかニャ?』

 イスク、お前は黙っていろ。

「……そういえば、サキの名前には『姫』の漢字が入ってたような」

「ちょっ、ウイ?! アンタ何でそんな余計なこと……!」

「……いや、面白そうだったから」

 サキがウイの手によって、更なる窮地に追いやられていた。どうやらウイの腹の底では黒い何かが蠢いているらしい。彼女によってサキは自身のプライドの危機に直面することになったが、しかしいつもならば助け船を出してくれるコーベも今回は天然部分の方がより前面に出ていて、彼の追撃は止むことを知らなかった。

「そっか。可愛いね、サキ」

 このように、コーベには他人への好意を躊躇いも無く伝える癖がある。その何気ない一言で彼女の脳は許容上限を超えてしまってオーバーヒートし、数瞬思考停止した後に再起動を試みていた。

「え~っと、それで何の話だったかしら?」

 どうも持病の記憶喪失に重ねて、ささやかな記憶喪失をサキは起こしてしまったようだ。南無。

「――っと! さて、最後行ってみようかね?」

「あ。復活した」

 ちょうどそのタイミングで、深い心の傷を負ったアルカが地獄の底から這いあがってきた。どうやら<フィールダー>の解説も無理してやるつもりらしい。既に二回ほど壊れているというのに。もう何も突っ込むまいと決めたのか、三人は既に鬼籍に入ってしまった田舎のおばあちゃんがくれたソレのような、優しく暖かい眼差しで彼を見守ることにした。


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「残るはコイツか……よしイスク、画像を変えてくれ」

『かしこまりました、ご主人様☆』

 彼女が応答をした途端に、モニタが<フィールダー>のモノに差し替わった。

「どう言うかね……スタンダードで無難な大衆車として未だ世界でも人気の高いのが<カローラフィールダー>だ。コイツがまたかなり特殊な可変自動車で、三機の中では最もクセの強い機体にしておいた。そのことを如実に表しているのが、『防御特化』というコンセプトだ! 基本性能的には二機の平均値を取ったレベルなんだが、<フィールダー>の外部装甲はとても硬くそしてシールド持ち、しかも特殊技が攻撃では無い。一番扱いづらい曲者だが、コーベはまぁ上手く使いこなせた方だな」

 アルカが珍しく褒めてくれた。

 <T.A.C.>という部隊は、敵の強大さに比べてメンバーが少ない。たった三人しか居ないのにその内の一人は攻撃が出来ないというのは、常識的に考えると非常におかしいはずなのだ。この数だったら普通は全機仕様を同一にした汎用機を運用するのがセオリーだろうが、この開発者はあえてソレをやらなかった。他の二機だけでも十分な殲滅能力が見込まれたから、という理由もあるが、どうも<メックス>の更なる激化に対応するための『保険』な気がしてならない。

 人態の<フィールダー>の特徴といえば、盾と肩が挙げられる。バックドアを用いた盾は特別硬く耐熱性のあるパーツとなっていて、実弾でも光学兵器でも問題無く防ぐことが可能。フロントフェンダーを二分割した肩は<アクセラ>とは違って横方向に展開されており、ソレ自体が後方の僚機を庇うシールドとしての役割まで有している。変形方法も腕や太腿がキャビンから迫り出す形で、まるで花の蕾が開くよう。その姿は盾と胴体の頭状花序から肩や手足、そして頭などの花弁が広がった、ブロンズのガーベラに似ていた。まさしく土地に背を伸ばす(Fielder)花冠(Corolla)の名にふさわしい。

「今し方軽く触れはしたが、最大の欠点が武装に重きを置いていないこと。具体的には、重い武装が運用できん。だから前回も使用したのはサブマシンガンだし、近接武器もせいぜいコンバットナイフが限界だ。ソレと、後は……そうだな、アレがあったか。いいかよく聞け、この機体には試作のプラズマ推進装置が積んである! どこぞのコンパクトカーなどとは違った、ステーションワゴンの収容力ならではの機能っ! もっとも<T.A.C>時のエネルギー量が無いと無理だし短時間しか飛翔出来ないが、このシステムは戦闘のあり方すら変えてしまうほどの発明だ! どーだ、凄いだろっ?!」

 <メックス>の装甲に打ち勝つほどの武装は概して、重量のあるモノである。他の二機はソレらを運用するために機体のウェイトやフレーム強度を増しているが、この機体はそのどちらも兼ね備えていない。<フィールドウォール>発生システムやプラズマ推進機構のような、スペースを占有する割にはさほど重くは無いモノばかり積んでいるからだ。機体自体が特殊装置の倉庫のようである。だから高威力の兵装は運用できなくて、決定力に欠けているのだ。この欠点を補うための特殊装置一式だ、とも考えられるが、所詮『生まれてきたのは卵が先かニワトリが先か』の議論である。敵を傷付けるには向いていない、という事実が存在するのみだ。

「どうだコーベ、そんなにも目をキラキラと輝かせてるってことは、この<フィールダー>が気に入ったのか?」

 喜んでもらえて作った甲斐があった、とでも言うかのようにアルカが尋ねた。どうやら変態イカレ科学者も、まだモノを作る喜びは決して忘れていないらしい。

「うん、アルカ。まるで双子の兄弟を見てるみたい」

 他の面々も同じようなことを感じていた。<ティーダ>がウイの補完、<アクセラ>がサキの憧れであるのならば、<カローラフィールダー>はまさしくコーベそのものだった。非攻撃的で、温厚で、綺麗。生まれてきたのはこの機体が先か彼が先か問われたら結論を見いだせないほどに、その二つはとても似ていた。

 それぞれが思ったことを、ウイとサキは零していく。

「……花っぽさが、草食系男子には似合ってる」

「このいかにも平和主義的な見た目がさ、弱そうでなよなよとした草食系男子のコーベにはピッタリよね」

 <フィールダー>のデザインと言えば、車態時だけならず人態時までも角の取れた曲線が多用されている。一方コーベの性格と言えば、滅多に反論もしなければ小さいことはやたらと相手に合わせる。そんな彼のことを世間では『草食系男子』と揶揄し、その上また機体も専守専制で主張をしない見た目だからこそ、コーベとは双子の関係に見えるのだ。

 ところで二人のコメントには『草食系男子』の五文字九音の単語が登場していたが、その際にコーベの調子がわずかに変化した。ウイとサキに向けられた目はいつもと同じ柔らかく微笑んだモノだったが、どうしてかもっと別の何か――普段の彼からは滅多に観測できない感情が含まれていた。その視線には、ささやかな一言が付随してくる。

「草食系男子、か……サキとウイには、僕のことがそう映るのかな? かな?」

「えっ、何でそこであのトラウマを思い出させるような口調なの……って、アンタは正真正銘、どっからどー見ても草食系男子でしょうが」

「……それともカフェオレ様の方が良かったの?」

「うん。そっちの方がまだ受け入れられたかな。少なくとも、あんなのよりは」

 ここでようやく、二人がこの異変に気付き始めた。キッカケは『あんなの』とのコーベの言葉である。

 ここまでの会話の脈絡からすると、草食系男子のワードは『そんなの』という指示語を使うべきである。指すべき単語はすぐ前にサキが言ったのだから、『あんなの』と表現するのは本来間違いなのだ。或いは、彼はサキの言葉を指していないのかも知れない。彼が言いたかったのは彼女の言葉のソレでは無くて、もっと別のモノだったのでは無いか? その場合、『あんなの』とは会話に出てきていないか、出ていてももっと大きな意味を含んでいる、遠い『忌み嫌う相手』を指しているのでは無いか?

 もしかしてコーベは、『草食系男子』を長いこと嫌っているのでは無いだろうか?

「ひ、ひょっとしてさ……コーベって、草食系男子って言われるのが嫌だったりする?」

「そうだよ。……って言ったら、サキはどうするの?」

 ここまで会話が進んでくると、流石に彼が怒っていることが感じて取れる。普段のコーベは、こんな洒落たことは決して言わない。言っても絶対にスベるだろう。どうやら彼は怒ると気が利くようになるらしい。

嵐の前の静けさがこんなに分かりやすいモノだとは、二人とも思いもしなかった。対策としてか、アルカとイスクは机の下に避難している。卑怯者め。とりあえず打てる手があるのなら打っておこうと、サキとウイは彼のことを見捨てずに話を続けた。

「どうする、って……今後は、気を付けるけど」

「ごめんね。コレは、そういう問題じゃ無いんだ」

「……じゃあ、私たちにはどうして欲しいの?」

「どうもして欲しくない。コレは、僕と奴らとの戦いなんだ」

「……奴らって、誰のことなの? コーベ」

「誰って。ソレはね、愚問だよウイ」

 どうすればいいのか分からない。妙にセンスのある返しをされて、二人は途方に暮れていた。初めてコーベの薄笑いが、とても恐ろしく感じられる。まだ彼が静まっているうちに解決をしておきたいが、どうすればいいのかが本当に分からなかった。とりあえず謝ってみる。

「ゴメンねコーベ、何か怒らせちゃったみたいで。もし触れちゃいけない話題だったのなら」

「……コーベ、ゴメン。気に障ったの?」

「二人とも、そんなことは意味も無いのに。とりあえず、ありがとう。でもね、僕はそんなことで怒ってるんじゃない。何をしたって、僕を止めることは出来ないんだよ……!」

 怒りによってあの天然ボケボケコーベが気の利くようになってちゃんと二人の意図を察せていることに驚きを示さざるを得ないのは置いておいて、もうどう手を出せばいいのか見当もつかない。このまま彼を暴走させるしか無いのだろうか?

 安全区域への退避が完了したからだろうか、アルカが机の下から彼を更なる怒りの炎で燃え上がらせるのに十分なほどの燃料を、たった一言で投下してきた。

「要はコイツ、自分が花みたいな人間だから、『草食』系男子は捕食・被捕食の関係にある天敵、ってことだろ」

『……あ~』

 サキもウイも、妙に納得できた。その時の気分と言えば、キーボードの間に挟まっていた食べかすや髪の毛などを一つ一つ爪楊枝を使って除去していてようやく全部取れた時と全く同じ快感だった。

 言われてみて初めてそう思えるが、コーベはまさしく花のような人間だ。ルックスも悪くないどころか清潔感があって、肌も花びらのようにシミ一つ無く、体躯は茎のように細く、髪も下方向にパサパサしていて離弁花のようにまとまっていない。性格も難儀なところが無くて、天然で『好き』と言ってしまうのは誰に対しても同じ美しさを見せる花そのものだった。

 対して草食系男子とは、言葉をそのままの意味で捉えると『草花を主食とする人々』になる。つまり彼らのお食事には当然コーベのような花卉類も含まれているのであって、彼からしてみればコレらの人種に食されてしまうのでは、という危機感を覚えずにはいられないのだ。恐らく。

『コーベくんが草食系男子に食べられる……ニャニャニャ☆』

 イスク、だからお前は黙っていろ。

 ともあれ、アルカのこの一言がギリギリかかっていた理性のストッパーを完全解除させるに至ったのだろう。コーベは頭を抱えては天を仰ぎ、天敵の存在を嘆いては悪態をついていた。

「あ~……あ~っ! 思い出すだけで腹の虫が収まらなくなる……っ! だっておかしいよ、あの眼! 皆一回は、あんな風に見られればいい!」

「あ、あの~……コーベさん?」

「……暴走した」

 流石にアルカほど酷い顔では無かったものの、彼の眉間には川の支流のようなシワが寄っていて、彼の瞳には充血した怒りが流れていた。濁流は一向に収まるを知らない。

「グループワークの時……いや、或いは飲み会とかでもいいよ。とにかく、男女が複数人居る状況! その内の男子が僕と草食系男子だけの時、あの恐ろしい悪魔は現れるんだっ! あの人たち、僕を排斥の目で見るんだよ……あの人たちはね、女の人が居る場に男が自分一人だけだったらいいな、じゃあどの男をまずこの場から消そう、あぁアイツだったら自分でも余裕で勝てそうだな、とか考えて僕を真っ先に追い出そうとネガティブな視線で見てくるんだよ! 別にそういう状況になったからって、急に草食系男子がモテ始める訳でも無いのにっ!」

 草と小動物しか登場人物が居ないのにこう言っては難だが、つまるところ彼が指したいのは弱肉強食の世界である。男なら例え草食系でも、女の子とあんなことやこんなことをしたいと邪な気持ちを抱くのが性だ。この気持ちを抱かないのは絶食系男子であるが、ソレはまた別の話。とりあえず彼ら草食系はただ単に自分から行動するのが面倒臭くて嫌なだけで、外部の成り行きで自分がハーレムになることはむしろ大歓迎なのである。だからそのようなシナリオのアダルトゲームは売れるし、俗に言う『やれやれ系』の主人公は日々量産され続けている。

さて、今回のこの事例について。この場合の草食系はもちろん例に漏れず、自分から行動を起こすことはまず無い。しかし彼らは心の内で密かに『男は自分だけだから女性たちは自然と自分に話しかけてくる』というシチュエーションを夢見ているのだ。しかしここで矛盾が発生する。自分から進んで他の男どもを排除しないと、ハーレムは成立しないのだ。行動しなくても良い状況を作るには自らが行動しなければならない。コレはジレンマだ。

そこでコーベの登場である。草食系からしてみれば、彼は頼みなら何でも聞いてくれそうなくらいに弱そうな言わば『草花系』だ。パシリだとか奴隷とも言う。つまり、彼だったら楽に従えられそうなのだ。ここから身を引いてもらうよう、排斥の視線を送れば退出してくれそう。そのように草食系男子から思われるのがコーベという草花系男子なのである。

 結果としてグループワークや飲み会の際、コーベは草食系男子たちから排斥の視線を向けられる。別に彼が何か悪いことをした訳では無いのに、彼は勝手に邪魔者にされるのだ。ただ存在するだけで罪だと思われる、そんな地獄をコーベは経験してきた。かなりしょうもない理由で。

「いわゆる肉食系の人たちはね、僕のことなんかアウトオブ眼中で女の人を口説きに行くから優しいよ? 僕は関係の無い空気、いや雑草のような存在なんだから、決して僕に酷い仕打ちなんかしないんだ。だけれども、草食系男子は僕に言外で帰れコールを浴びせてくる! だから僕は草食系男子が、菜食主義者が嫌いなんだよっ!」

「……菜食主義者はその名称が草食系男子と被ってるってだけで無実なんじゃ?」

 好きなはずのウイの突っ込みでさえも、彼はもろともしなかった。完全に錯乱している。

「草食系男子の中でも、力の上下関係とかあったんだ……私、知らなくてもいいことを知っちゃったよ。でもコレだと、コーベのことは草食系じゃ無くて別の呼び方をすべきかしらね?」

「そうだな、草食系の変態野郎どもよりも下に位置すっから……草男、とかか?」

『ソレって、ニャんか真顔でいニャがらネット上でアルファベットの二三文字目を連打してそうっ!』

 サキ、アルカ、イスクの二名と一匹が当人の気持ちも無視して言葉を吐いていた。そこいらのニートと同列に扱われるなんて、もしコーベが正常な精神状態だったら落ち込んでいたことだろう。

「あ~もうっ! そこ、何か僕のことをあーだこーだ無表情でお茶吹いてそうだとか言ってないっ?! あんな社会の●●と同じ目で見られるなんて僕はゴメンなんですけどっ!」

 因みにコーベが異常な精神状態だったら、このように暴走を一層激しくする。そしてまた、コレを楽しむのはやはりアルカだった。

「そうか……なら、俺にいい考えがある! おいコーベ、草男って名前が嫌なんだったらよぉ、お前も強くなって草食系の地位を勝ち取り、敵から対等の目で見られればいいとは考えないかねぇ? すれば排斥では無く対抗心または諦めの悟りを持ってもらって、幾分かお前の居やすい空間になることは間違い無しだろうなぁっ!」

 コーベが彼の方を向く。アルカが植物から草食動物へと進化しろと囁いている。果たしてそうなる方法はあるのかと視線だけで尋ねたら、彼はにやけた笑いを浮かべた。

「おぉおぉ、乗っかってくるかい! 流石は覚醒状態でアクティブになったコーベだねぇ……だがよぉ、俺がやってやれることはそう多か無い。どうすりゃ草食系男子にまで進化を成し遂げられんのか、お前のそのクソったれな脳味噌から搾り出して見せてみろよなぁっ!」

 アルカがコレでもかと煽る。コーベはコレでもかと釣られる。サキとウイは帰りの身支度を始めていた。花は花なりに、現状から脱却するための方法を、彼は全力で考えそしてアウトプットする。躊躇いも無く、力のままに。

「どうやれば……そうだっ! 種をいっぱい飛ばして、世代を重ねながら草食動物に進化すればいいんだよ!」

『ニャニャ! ソレはつまりニャるべく多くのねちょねちょした雌花にコーベくんの花粉を飛ばすってことだから、遂にこっち側の世界へと積極的に――』

「いやいやいや、前言撤回! 僕は決してこんな下ネタ猫かぶり時代遅れAIの同類なんかじゃないやいっ!」

 さすがにここは正常に戻った。イスクよりは嫌な目線の方が彼はお気に入りらしい。

『ってことは~、コーベくん×草食系男子複数人の弱肉強食系な薄い本を本人が公式に認めたってことで、つまりコーベくんの茎を摘み取らず直接はむはむとかじるように……ニャニャニャ☆』

「別にそんなことは一言も……ってイスク。もしかして聞いてない?」

 結局、その日中に彼女の暴走を止めることは出来なかった。


oveR-04


 中間テスト五日目の二限では、『環境科学』なる講義の試験が行われていた。もちろんサキ、コーベ、ウイの三人もコレを受けている。一昨日アルカから余計な水を差されなければきっともっとスラスラと解けていただろうに、と恨むほどの感触なのは言うまでもない。

(ここの答えは多分二番……ここは分からないからパス……こっちは進研○ミでやった問題……)

 コーベをクローズアップして見てみるも、出来はあまりよろしくない。無理な一夜漬けが却ってパフォーマンスを低下させている。適当な場所にプラズマ推進機構とでも書いてしまいそうだった。

 他の二人も同様に苦戦しているらしい。前の方に座っているサキは鉛筆を転がし始めたし、後ろの方に座っているウイからは負のオーラ力が伝播してくる。追試は必至の模様だ。

(ここは『カドニウム』で合ってるはず……ここは記述だから一旦飛ばして……計算問題はとりあえずマイナス二にしておいて……)

 因みに、正しくは『カドミウム』である。この問題に泣かされた人、多いのでは無いでしょうか。

 終了時間は刻一刻と迫っている。回答を早めに終えた途中退出者がぽつぽつと出始めてきた。荷物をまとめる音が隣から響いてくる。イライラが幾何級数的に積もる。焦りと不安に拍車がかかる。シャーペンの芯を折ってしまった。

(すぐ補給しないと……! あぁでも、ここの答えは三番で……)

 脳内のクリップボードに導き出した答えをコピー。解答用紙にペーストできないのが恨めしい。シャーペンに予備の替え芯を詰めた。いざ答案に向かってみると、二番なのか三番なのか忘れてしまった。また問題を読み直さなければならない。このトラブルによるロスタイムは何秒だろう?

 考え直した方が早いのか、思い出す方が早いのか。一分一秒も大切にしたい一方、どちらにすべきか悩む時間もとても惜しい。とりあえず問題文を読み返してみた。マズイ。不安で内容が全然頭に入ってこない。失敗した。いやどちらでも変わらないか? そう逡巡する時間もとても惜しい。

 人がまた一人去ってゆく。終了まであと五分を切った。まだ八割しか埋まっていない。精度もたかが知れているのに。

 焦りと不安に拍車がかかる。アクセルはもう踏み切っている。それでも拍車が更にかかる。前の人も席を離れた。シャーペンの芯がまた折れる。急いでノック。

 書いた字が躍り嘲笑う。間違った字は排除せねば。消しゴムで素早くソイツを消去。紙が歪む。切れてしまいそうだ。

 焦りと不安に拍車がかかる。もう無理だ、諦めよう。しかし九割は埋まったのだ。足掻けるだけ足掻いておきたい。あともう少し、もう一問だけ。あともう少し、もう一分だけ。右手が唸って、字が躍る。綺麗汚いは一切無視。クオリティーよりもクオンティティー。

 残り時間が三十秒を切った。時計の長針は二の数字に乗っかっているようにしか見えない。アナログでは分からない、デジタルの世界。ラストスパートをかけてみる。悩んでしまったら即飛ばす。答案用紙は手汗で濡れていた。まだ諦めない。足掻くと決めた。最後の一瞬が引き延ばされる。

 コーベが記述文に句点を打った。

 その空間にはチャイムの代わりに、<メックス>の発生音が響き渡った。

「――っ! こんな時に、まさか……」

 右脳と左脳が分離しそうなノイズが、その場全員の聴神経を刺激した。反動でコーベが声を漏らす。この音が聞こえるということは、大学の近くでとある猫が鋼鉄巨大化したということだ。本関大学のキャンパスは広い。講義棟は正門に近いので、そこ近辺で発生したのだろうか?

 試験監督がテストの中止を告げ、すぐさま避難するよう指示を出してきた。前回のことが教訓になったのか、対応がかなり早い。一階部分へと逃げるよう促す旨の怒号が鳴る。建物の中ならば、そこが一番倒壊による被害が少ない。少し遅れて、学内に避難警報が響き渡った。

 とりあえずコーベはケータイの電源を入れた。アルカから何らかの連絡が入っているかもしれない。『起動中』の表記が煩わしかった。

「……コーベ、外で<メックス>が」

「だよね、やっぱり。アルカがすぐにでも動いてくれればいいんだけども……お、早速だ」

 後ろの席を立って寄って来たウイに声をかけられたと同時に、ケータイの電源が入ってはEメールを受信する。差出人はもちろんアルカで、地下の車庫まで来るよう書かれていた。

「ちょっと、何よこの状況は……! テストの次に戦闘だなんて、ハードスケジュールにも程があると思わない?」

 サキが前の席から二人の下へ歩み寄っては愚痴を零す。流石に疲れは吹っ飛ばされたが、でも追加の手当てが欲しくなる。

「とりあえず、逃げるフリして地下へ行こう。<メックス>をどうにかしない限り、単位を貰う前にお陀仏になっちゃうんだし」

「ん~……そうするしか無いのかしらね。文句はまだ山ほどあるんだけどな」

「……文句の言葉、相手には通じないんじゃ」

 初めてでは無いからパニックも比較的少なくて済む。三人は押さず走らずちょっと喋って、急ぎかつ落ち着いて第一研究棟の階段へと向かった。


 各自が車の運転席に座るまで、およそ五分を要した。素早くエンジンに火を入れて、メインシステムを起動する。イスクが画面に現れては起動シークエンスをこなしていって、完了するとアルカの声が聞こえてきた。

『おうよ、テスト終わってすぐに呼び出して悪かったな! 早速状況を説明するが、正門から東に百メートル、高炭街道上に<メックス>が一体出現したっ! 出撃ゲートは三番で、大体理学部脇の細路地に出る。くれぐれも大学の建物を壊さないようにしろよなぁっ!』

 本関大学の敷地は、頂点を南の護国通りに向けた逆三角形の形をしている。高炭街道は北の底辺に値する大通りで、正門の他に工学部や文学部が隣接している。その正門から百メートルと言えば、大学からとても近い場所だ。また今回、彼ら可変自動車騎兵隊<T.A.C.>が出てくる道路は工学部の南に位置する理学部の脇、東側の側辺となる裏路地。北東へ進めばすぐに接敵する位置取りとなる。

「うっわ~、地上に出たら間髪入れずに戦闘開始……今回も、武器とかはすぐに持ってきてくれるのよね?」

『あぁ、万全の準備が――』

『はわわっ、申し訳ございませんご主人様っ! ただ今、輸送機がメンテナンス中で動けニャいのです☆』

 アルカの言葉を遮って、イスクが全然気に病んでいないようなトーンで報告してきた。

「……もしかして、かなりのピンチ?」

 ウイの言うとおり、コレはかなりのピンチである。

 可変自動車に武装を積み込むスペースは存在しないため、基本的にどの機体も武装は外部からの供給に頼ることになる(例外として<フィールダー>の盾は変形に組み込まれている)。特に<ティーダ>のスナイパーライフルと<アクセラ>のV字ブレードはスペアの存在しない一点モノなので、複数個が至るところに置いてある他の装備よろしく街中の建造物の中に隠すと、一々そこへ取りに行く必要性が出てくる。

だから通常は梁山区にある御袖飛行場から輸送機を飛ばして二機の専用武装を投下させるのだが、今回はその輸送機が飛べないと来た。飛行場は大学から十何キロも離れていて、こちらから受け取りに行くのは絶望的だろう。第一、攻撃面では最も脆弱な<カローラフィールダー>をたった一機だけ残していくのが危険だ。

 戦おうにも武装が無い。この状況は非常にマズい。前回のようにホイールを有効的に使おうにも、威力はたかが知れている。決定打にはならないだろう。肉弾戦も論外だ。可変自動車は右ストレートねこパンチを何発もまともに食らってピンピンするように設計されてはいない。

「ソレで。アルカ、どうしようか大まかな見当はついてる?」

 コーベが他人任せに急かす。対してイカレ科学者はピアノを弾くようにキーボードを打ち、近辺の武装留置所を検索していた。

『あったぞっ! え~っと、コレはだな……出口から東に三〇メートル行けば、<ティーダ>と<フィールダー>はすぐに受け取れる。だが<アクセラ>は少し離れないと駄目だ! 具体的には、北におよそ二五〇メートル行ったところにある個人商店! 若干道が入り組んでるから、イスクのカーナビは詳しくさせてやるっ!』

「了解。僕はウイに付いていけばいいんだね」

「……了解。意外と近くに、物騒な武器が隠されてた」

「了解! 二人とも、しばらくの間は任せたからっ!」

 三人それぞれが返答をした。

 イスクの指示に従って、三番ゲートへとハンドルを切る。エレベータ室に入ったら前回と同じく、四隅に警戒色をしたポールが立っている長方形のステップが、三つ縦に並んでいた。各自ポジションに車を持っていく。

『それじゃあ、<T.A>C.>の出撃と行こうかっ!』

 赤いパトランプがグルグル光る。アルカの合図を皮切りに、ステップが素早い上昇を始めた。


 oveR-5


「……ここみたい。<オーバーロード>」

 ウイがそう呟くと、音声認識のロックが解除、シートが移動して操縦桿が生え、モニタの表示も変化する。<ティーダ>の変形シークエンスが始まった。

 まずは車体を引き延ばすように、フロントフェンダー部分とフロントドア部分、リアドア部分に三分割。露出したエンジンルームとシリンダはそのまま胴骨格と太腿に。そのうち胴部分を隠すように、ボディルーフが上へとスライドして胸を覆う。頭部もソレに伴っていた。

 バンパーは左右に分けて前に突き出すように回転させ、中身を引き出して腕にする。そしてその腕を後方へと持っていき、その後本来あるべき位置へ動かすことにより胴体背部を形成。合わせて脚部も更に引き延ばされる。

 鳥趾型の爪先が展開。接地のために足が広がる。肩のボンネットがせり上がり、小羽のようなセンサを伸ばす。頭部の羽根型アンテナも同時に起こす。ツインアイ用のバイザーを展開。

 こうして変形は完成した。

「うわ、ホントにご近所だ……<オーバーロード>っ!」

 続いてコーベが叫んで、<カローラフィールダー>も変形。複雑な過程とは裏腹に、見逃してしまいそうな一秒足らずの出来事だった。

 現在二人は本関大学から東に三〇メートル、アルカの言っていた武装が設置されている月極駐車場に居た。ここから理学部実験棟がはっきりと見える。こんな場所に物騒なモノが隠されているなんて、考えただけで日常が非日常でスリリングな毎日となってしまいそうだとウイは感じた。テロリストか何かが突然ここを占拠したらどうなるだろうか。大学にある薬品としてのウランとは規模が違う。今度からここを何も思わずに通ることは不可能な気がしてきた。

「アルカ、到着したから武器を出してくれる?」

『おう、了解した! ソレとだな、ちょっとサキの方に伝えることがあるから、お前たちから少しばかり目を離すことになる。なるべく早めに接敵しろよなぁっ!』

「……了解」

 ウイが短く反応すると、彼は一方的にすぐ回線を切ってしまった。

「よろしくの一言くらいは欲しいんだけどな……ところで。今度の武器はどこから出てくるんだろうね?」

 前回に引き続き、先ほどもアルカは提供方法について言及しなかった。説明不足にも程がある。もしやただ単に、彼はウイ達に対して脈絡無しに兵装を出現させるサプライズをしてみたいだけなのではないだろうか?

 そんな疑問が彼女の頭をよぎった途端に、重々しいモーター音が重なって響く。その正体は何かと視界を広く保っていたら、駐車場のアスファルトから鉄製のアームが五本ほど生えてきた。

「……正解は、こんなところから」

「作るのにいくらぐらいかかったんだろうね、コレ……?」

 今回も二人は言いたい放題である。アームのうち一本は先端にコンバットナイフが取り付けられているだけだったが、残りの四本は二つずつに分かれて大きな肩部装甲をホールドしていた。ベージュの色からして、その装甲の方が<ティーダ>用らしい。

「……イスク、どうやって装備するの?」

 ウイが呼びかけるとすぐに、彼女は画面端に登場した。

「はいは~いっ! ん~とね、あのアームに向かって立ってくれればこっちでやっておくニャ! あ、でもでもっ! コーベくんのはそのまま掴んじゃっておーけー! やさしく握って下さいね☆」

「イスク、最後の一言は一体何なの」

 約一名が花粉のように愚痴を口から舞わせながらも、二機は指示通りに動いてみた。<フィールダー>が手にしたナイフは機体の腕よりは少し短い程度の刃渡りで、その鋭さは一目見ただけでも十二分に想像できたが、<ティーダ>の装甲は兵装のようにはまるで見えなかった。二つある立方体の側面一か所ずつに、やや厚みを持った菱形が数枚重なってくっ付いたようなフォルム。ソレをちょうど小羽部分を覆うようにして装着する。鉄で鉄を打つようなアタッチメント音が鳴り、ほんの十数秒で作業は完了した。

「……コレだけ?」

「みたい、だね……」

 もうアームは動かない。武装の取り付けは全て終わった、ということだ。つまるところ、<カローラフィールダー>はたった一本のナイフだけ、<ティーダ>は良く分からない鎧のようなモノを使って相手を倒せとアルカは言いたいらしい。

 どう考えても、心許ない。

「……イスク、このトゲトゲしてない肩パッドの使い方を教えて」

『ニャんか世紀末を一瞬期待してたのに裏切られたことへの恨みがひしひしと感じられる気がするようニャしニャいようニャ……とりあえず、マニュアルを転送しておきますね☆』

 瞬時にデータが送られてくる。ソレを表示してはすぐに読み終えて、ウイが一言だけ零した。

「……コーベ、お気の毒に」

「えっ……ちょ、何ソレ?」

 いきなりの宣告だったからか、コーベがかなり戸惑っていた。そこで彼女の言葉の理由、<ティーダ>の肩部追加装甲が一体何だったのかを彼に説明すると、妙に納得した表情を見せてくれる。

「アルカってどうもさ、僕に無理難題を押し付けて遊んでる節があるよね……」

 発狂時の燃料投下然り、<T.A.C.>のリーダー役然り。今回も彼が貧乏くじを引かされていた。特にサキが別行動なのがミソである。彼ももう落胆するか諦めるかしか無かった。

「だってわざわざ<フィールダー>と<ティーダ>のそれぞれにこの役目を振るんでしょ? まるでトドメを僕に――」

「……ねぇ、逃げたくなってこない?」

 突然降りたその言葉に、どうしてか彼は困惑していた。

 この場合、『逃げる』とは<メックス>との戦闘を放棄し他の住民同様にシェルターへと引きこもることを指す。彼はアルカの計らいを快く思っていなかった、しかしだからと言って『逃げたくなってこないか』とは突拍子が無かっただろうか。

「え、っと? ウイ、ソレってどういう……」

「……深い意味は無いけど」

 しれっと答える。彼女はただ頭に浮かんだ言葉を口にしただけだ。何の含みも持たせずに、思いついたことをちょっと言ってみただけ。対するコーベからは、直線のような声が返ってくる。

「そう……いや、ここで逃げるのはゴメンかな。あの悲しい猫たちを止められるのって、何だかんだで僕たちだけなんだし。ソレにもう、<フィールダー>に乗るって決めたから」

 この真剣なコーベを聞いて、ウイは思わず笑ってしまった。

「な、酷いよウイ……」

「ゴメン、冗談に本気で答えるなんて思わなかったから」

 口調に普段ある彼女の静けさは、その時だけ少し潜めていた。

 確かにウイは人付き合いが苦手で、冗談を言うような人柄では決して無いが、ソレでも先ほどの彼はあまりにもナンセンス過ぎた。『ハハッ、まさかそんな訳無いじゃないか』と軽くあしらう場面だったのに、あぁも真摯に答えてくれるとは。思わず彼女も考えてしまう。

「……でも、そっか。決めたんだから、向き合うのは当然」

「でしょう? だから僕もサキもウイだって、機体から降りちゃいけない、決意を曲げちゃいけないってことは分かってる」

 彼の言葉を耳にして、ウイは小さく安心した。自分は今ここに居て、まだ自分の決めたことを放り投げていない。コーベの一言は、このことを分からせてくれた。

 不意にコーベが言葉を紡ぐ。

「ウイも、あんな風に笑うんだね」

 一瞬だけ、ほんの僅かに、彼女の意識がぐらりと揺れる。

「……言うほど私、いつもと違う顔をしてたの?」

「うん。ちゃんと楽しそうだった」

 もう一度、ウイは小さく安心した。

 同時に、コーベのことを『面白い』と感じた。

「……笑ってるのに楽しくない、って人は多分居ない」

「まぁ、そりゃそうだけどさ」

 先ほどの冗談に対する反応もそうだ。彼は常人の発想をしない。他人に分け隔て無く『好き』と表現できるところからもそのことは分かるが、今回で改めて実感できた。コーベに足りないのは本当に過去の記憶だけで、ソレさえ補えれば彼は多くの人から好感を得られただろうに。

 記憶が無い今の状態でも、彼にはサキとウイ、そしてアルカが付いている。

 少しだけ、ウイは笑顔を零した。

「……サキが待ってるかもしれない。もう行こう?」

「そっか、そういえばこんなところで駄弁ってる場合じゃ無いんだったっけ……アルカに怒られそう」

 武装受け取りから二分が経過していた。そろそろ<メックス>の破壊活動も大学構内へと広がる頃だろう。急いで向かわなければ、可変自動車に乗って戦うという折角の決意も台無しになる。

「それじゃあ。行こっか、ウイ」

「……うん、分かった」

 脚部ホイールで走行しながら、二人は<メックス>の下へと進んでいった。


oveR-06


 最初に捉えたのは、報道ヘリの墜落現場だ。

 高炭街道は片側二車線の広い道路で、沿線にノッポな雑居ビルが軒を連ねているにもかかわらずヘリコプターが着陸するのに十分な空間を有している。この報道ヘリも、おそらく道路上に居る<メックス>に極限まで近付こうとして返り討ちにあったのだろう。

「自業自得、だけれども……」

「……辺りに死体とかは転がってないから、多分皆とっくに逃げてる。安心して」

 コーベの心配に、ウイがフォローを入れた。<ティーダ>の両目を覆っているバイザーは、こういう時に役に立つ。

例えどれだけ愚かな行為を犯したモノであっても、コーベ達にとって死んで欲しくない『守る対象』であることに違いはなかった。命はなるべく多くが助かるべきである。ひとまず彼は安堵の溜息を漏らした。

「……ソレで、どう仕掛けるつもりなの?」

 鋼鉄の猫は今、トレーラーのコンテナを口で弄っている。とてもモノを破壊する目的があるようには感じられないが、あの顎がいつシェルターに傷を付けるのか予測できない。新芽はなるべく摘むべきで、出る杭はなるべく打つべきだ。

「無実のネコちゃんを殺しちゃうって、かなり理不尽なことだけど……素直に正面から行こう。挟撃をしようにも、相手はウイよりも僕の方を相手にするだろうし」

 コーベの言うことには一理あった。単調な射撃と変則的な斬撃とでは、後者の方に対応した方が生存率は上がる。ナイフの軌跡は前足で捉える必要があったが、砲撃は背中の分厚い装甲で受け止めるのが一番効率のいい戦い方になる。いくら<メックス>でも、コレくらいのことは本能的に分かっているはずだ。

「……了解。それじゃコーベ、射線から離れて」

「うん。やってみようっ!」

 <カローラフィールダー>が目標に対し、楕円軌道を描いて接近。正面からと言っても、そのまま真っ直ぐ飛び込んでは受け身を取られて有効打になりにくい。まずは向かって左斜めから切り込んで相手の向きを変えさせ、新たに横となった元正面の角度から砲撃をかます。コンビネーションの段取りはこうだった。

「……イスク、起動の補助お願い」

『了解しましたニャっ!』

 ウイが機体のモードを変更させる。鳥趾の足で地面を頑なにホールドし、問題の肩部装甲を展開させた。重ねられた菱形が鶴の折り紙を開くように広がり、ソレ自体が大きな翼のように変化する。しかし飛行用の羽では決して無くて、羽根の代わりに薄いシリンダ状のマイクロミサイルが百発ほどマウントされていた。

 シールドを前面に押し出して、<フィールダー>が敵に肉薄。コンバットナイフを一振りしてみるが、鋼は容易に貫通させてはくれない。刃こぼれをしてたった一本しか持っていない武器を台無しにしてしまっては困るので、攻撃を一旦諦めては気を付けて半歩身を引いた。<メックス>はまだコーベを見てくれている。

「ウイ。今っ!」

 合図の掛け声が届くのは、UHF波の伝わる三百万キロメートル毎秒の速さ。更にウイの反射神経速度が一四〇メートル毎秒で、そしてミサイルの速度が六八〇メートル毎秒。当然、ここに相手がガードを張るような隙は存在しない。

「……ファイア!」

 マイクロミサイルが十発ほど、羽根から猫へと旅立ってゆく。着弾には一瞬で事足りた。後は弾頭が猛威を振るい、あの鋼鉄を業火で炙るだけだった。

 ダメージは軽微と言ったところか。

 このことが、コーベのことを気の毒に思わせる要因である。<ティーダ>の装備している肩部接続式翼型マイクロミサイルポッドは<メックス>の装甲を貫通させられるだけの威力を持っておらず、基本的には『装甲を傷ませる』ことを目的として運用する支援火器だ。だから今回の戦闘では<フィールダー>の保持しているコンバットナイフがメインとなる訳で、本来攻撃には一切向いていない防御型の機体が攻撃の要となっているのだった。完全にアルカの嫌がらせである。

「この次は、っと――やるよっ!」

 <フィールダー>の右手を敵の左脇腹に回り込ませて、殴るようにナイフで一突きした。この程度ではまだ撃破できない。貫通したはいいのだが、ソレはただ風穴を開けたことに他ならなかった。<メックス>内部の損傷はゼロと見て間違いは無いだろう。

 尻尾が<フィールダー>の右腕を薙ぎ払った。体にまとわりついたゴミを弾くような力加減で済んだので、機体の損害は見受けられない。ひとまずバックドアで相手を押し倒し、ウイに砲撃の要請を出した。

「……結果はさっきと変わらないんじゃ?」

「いや。こうすればもっとマシにはなるはずっ! <フィールドウォール>!」

 その短いやり取りの合間で、コーベはすかさず<フィールドウォール>を形成。この技は<カローラフィールダー>のみが使用できる防御タイプの特殊技だが、今回は巨大な猫を覆い隠すように、<メックス>を密閉して守るかのように展開していた。

「後はやってみれば……三〇発くらい、お願い!」

「……分かったけど」

 不本意そうな言葉を言いながら、彼女は指示通りの弾数を放った。コーベは何を考えているのか、このままでは敵も被膜に守られて、いたずらにミサイルの三分の一を浪費してしまうだけである。つい先ほどに決意を示した彼のことだからと信じはしていたが、正直彼の頭の中にある策は彼女には想像できなかった。

「でも。コレでいいんだよねっ!」

 分子を剥ぎ取った際の電磁波を器用に扱って、コーベは<フィールドウォール>に<メックス>一匹大の穴を開けた。三方を防がれ一方から矢が飛んでくるので、当然鋼鉄は身動きが取れずに回避も出来ない。今度は今しがたの三倍の量が猫を襲い、爆風も同じく三倍だった。

 着弾のタイミングで、コーベは穴を再び閉じた。

 こうして、爆風の籠る密閉空間の完成である。逃げ場を失った熱はむやみやたらと<メックス>に八つ当たりし、ソレでいてなかなか消えてはくれない。小さな空気穴程度は確保していたのが一因だ。

ちょうど十秒ほど火あぶりにあったら、今度は一酸化炭素の風呂が待っていた。いくら巨大鋼鉄化したとは言え機械になった訳でもなく、コアに居るのはまだ生きた猫だ。だから酸素を必要としていて、<フィールドウォール>を破ろうと必死に足掻いている。ようやく風呂から上がることに成功した頃には、もう猫の脳味噌の中にあった酸素が底をつきかけていた。まさしく中毒者のソレのように、挙動が確実に鈍っている。あと一撃でチェックメイトだ。

 しかし<メックス>を追い込んだそんな時に限って、天とイスクは余計なことばかりするのである。

『はわわっ、別の<メックス>が新たに出現しちゃいました! 場所は一五キロ離れた先、北関区の南部外縁です☆』

「ねぇイスク。その情報って今必要なのかなぁっ?!」

 北関区と言えば現在彼らのいる中央区の北に位置する行政区のことだが、ソレら二つの区は川端区というまた別の区を挟んでいて、そんな場所での出来事を伝えられてもすぐには行動を起こせるはずが無い。どう考えても、コレは余計な情報である。

コーベが愚痴をぶちまけている間にも、近くにいる手負いの<メックス>は抵抗を続けようとしていた。早急に対処せねばならない。まずは再接近すべきなのだが、どこを刺せばトドメになるのだろうか?

アルカは確か、核である生きた猫が鋼鉄の中のどこに収まっているかは個体差があると言っていた。例えるならば、ゆで卵の黄身のようなモノだ。重力に従って巨体の中にある白身に沈むかのように、猫は鋼鉄化した際の体勢における『下側』に存在する。野生の猫を<メックス>に仕立てる装置である<MBC>発動時に、依代となる猫が歩いている状態だったら<メックス>の腹から胸のあたりに収まるし、お座りしている状態だったら脚の方、ゴロゴロと仰向けになってニャーニャー鳴いていたら背中の方に片寄るのだ。

 そして今回の<メックス>だが、どんな体勢で生成されたのかを観測していないのでコアがどこなのか分からなかった。頭か胸か、はたまた尻か。こんな時、<ティーダ>の<グラビテーテドタイド>や<アクセラ>の<アクセルガスト>は便利だ。とりあえず<メックス>の体の全てを葬り去れるのだから。対して現在、<フィールダー>は心許ないナイフ一本だけ。『命(タマ)とったらぁっ!』と叫びながら特攻する専用の装備である。いくら酸欠だからって、あの巨体のねこパンチをまともに食らえばK.O.間違いなしだ。避けようにも避けられる間合いを取ってしまっては逆にこちらの攻撃が届かない。とりあえずランダムに刺してみようにも、ソレは運任せも甚だしかった。

「どうしよう……って悩んでる合間にも敵さんは動いてる! あ~もう、『助けて下さい』って世界の中心で叫びたくなるよっ!」

「……コーベ、ひとまず深呼吸」

 大きく吸って大きく吐いても、ナイスアイデアは降ってこない。とりあえず酸欠<メックス>の右前足を受け止める。追いつめているはずなのに防戦一方だ。ウイのミサイルももう役に立たない。どうすればいいのか、完全に詰まってしまった。

 そんな時に、突如人型の何かが降ってきた。

 ソレは、着地が華麗だった。大きさは<メックス>に引けを取らない四メートル級だったが、スマートなフォルムのおかげで鈍重には感じられない。むしろ優雅な印象を与えられる。両足にはエッジの利いたハイヒールを履いていて、両手には透き通った緑の意匠が組み込まれたショートソードを携えていた。スカートは動きやすいように短くカットされ、しかしパフスリーブはその存在をオミットされていない。綺麗な潔白のドレスを身に纏い、髪はボブカットに揃えられている。

 マツダ<アクセラ>。サキが間に合ってくれた。

「二人とも、遅れてゴメンっ!」

 コクピットの中で、サキが手を合わせながら謝っていた。ヒール部分のショートダガーと両手にある双剣の受領に手間取っていたのだろうか。そう言えば、アルカも途中から彼女のサポートに付くとやかましかった。

「大丈夫だよサキ。まだ間に合ってるから!」

「……遅れた分は、お願いできる?」

 コーベとウイが彼女を歓迎する。<アクセラ>の攻撃スピードなら、敵の迎撃を許さずに圧倒できるかもしれない。サキが来てくれたことにより、戦況は変化してくれそうだった。しかし彼女はその歓迎を素直に喜ばず、謝罪をもう一文だけ重ねてきた。

「ソレと……ゴメンっ、<メックス>をもう一体連れてきちゃった!」

 路地裏の陰から、まだ新しい鋼鉄製の猫がぬっと顔を見せてくる。

 現在この関市に存在している<メックス>、その数は計三体。

 サキが来てくれたことにより、戦況は悪い方向に変化したのだった。


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 左前足を受け止める。質量任せの一撃に、<カローラフィールダー>といえどもよろけてしまいそうだった。頼みの綱となる<アクセラ>は<アクセラ>で、追加で登場した新しい<メックス>と格闘中。<ティーダ>に至っては両機とも接近戦を繰り広げていることから、フレンドリー・ファイアを避けるためにも動けずじまいだった。

「コーベ、今どんな状況なのっ?!」

「簡単にまとめると。<ティーダ>のミサイルはあくまで牽制用で相手の装甲を脆くする程度、そして僕の<フィールダー>は武装がナイフ一本だけ! だからトドメはサキしか刺す手段を持っていない、って状況っ! でもコアの猫がどこにいるのか、どこを刺せばいいのか分かりあぐねてて……」

「何よソレっ?!」

 こうして改めて現状を確認してみると、彼らは劣勢を強いられていることが痛いほどよく分かってくる。

『ハッハーっ! 何ともピンチになってきたなぁっ! 一体だけでも十分苦戦する相手が三体、しかもこちとらの装備は不十分と来た! さぁコーベ、お前だったらこの状況をどう打開するよっ?!』

「――っ、アルカうるさい!」

 右前足を薙いで無効化。戦況はやはり厳しかったが、落ち着いて考えようにも隙が少なくて考えられない。

「……コーベ、私とスイッチ。この戦況をどうするか、アナタが落ち着いて考えて」

「うん。分かった!」

 応答してから間髪入れずに、<フィールダー>が後退した。代わりに<ティーダ>が羽を広げ、一発ずつ撃って猫に対応する。

 さてどうしようか。コーベは思索を巡らせた。

 まず、果たして三体という数は多いのか。彼が思うに一〇体や二〇体ならば絶体絶命であるが、三体程度だったら各個撃破で対応できる。しかも今回は三体のうち一体が手負いで、一体はここから見えもしないような位置に居る。そう難易度は高くないはずだ。三体とは決して多い数では無い。

 次に、どの<メックス>から倒せばいいのか。コレについては、とりあえず相手の絶対数を減らすことが最優先である。またわざわざ遠くの敵から叩いても、近くの敵によってこちらがやられてしまっては元も子もない。よってコーベとウイが戦っていた<メックス>を一番目、サキが連れてきた<メックス>を二番目、そして北関区に存在する<メックス>を三番目に撃破するのが最も効率が良い。

 最後に、誰がどれを倒すのか。決まっている、全て<アクセラ>が対応すべきだ。理由はこの機体しか現在攻撃力の高い可変自動車が居ないから、ということの他に、<ティーダ>の特殊技である<グラビテーテドタイド>が使えないことも挙げられる。この技を使用するのに必須なスナイパーライフルが装備できないアクシデントは、このような場合に最も影響を及ぼすのだ。北関区の一体は遠いので、まだ考えなくても十分だろう。

 フォーメーションの大まかな流れは決まった。

「ウイ。ありがとう! 大体は固まったよっ!」

「……手短に、説明お願い」

 見たところ、ミサイルの残弾は三〇発程度のようだ。早く指示を受けてとっとと始末しなければこちらが持たないということは、彼女も重々承知している。コーベは回線をサキにも繋げ、二人に連携の概要を伝えた。

「コレから説明するよ。とりあえず、二手に分かれようって思ってる。サキがダメージの大きい<メックス>を撃破して、そしてウイと僕がもう片方の奴をけん制する、って感じに。まずは頭数を減らさないと、何も始まらないから。そしてサキが<メックス>を倒し終わったら、すぐにウイと僕が抑える方をやって欲しい。二人でダメージを削ってはおくから」

 さっきの思考をまとめた結果が、このコーベの案だ。冒険をせずに、堅実に。三人一斉に一体の<メックス>に総攻撃~、だとかの思い切ったことをする余裕は無い。コレが一番妥当だろうと彼自身は考えていたが、そんな中でサキは一点だけ弱みを突いた。

「ちょ、っと! フォワードが私一人だけ、ってのも酷くない?! コーベの一人でも、こっち側に寄越して欲しいんだけどっ!」

「そ、ソレはそうだけどさ……分かったけど、援護は僕じゃなくてウイじゃダメなの?」

 わざわざ名指しで、彼女は彼をサポートに付けるよう選んだ。常識的に考えて、ウイが支援に回った方が防御型なんぞよりも数倍役に立つ。どうしてなのかコーベが尋ねたが、彼女自身もそう深くは考えていないらしい。

「そりゃ、え~っと……アレよ、アレ! ウイは頼りにできるから一人で任せられるけど、コーベは何か危なっかしいから私の目の届く範囲に置いておきたい!」

『おいサキさんよぉ。ソレは男を独り占めしたい、ってことでいいんかね?』

「違うわよアルカ、飼い犬をリードで繋いでおくようなモノっ!」

「僕は犬なの……?」

 しょぼくれたコーベとは対照的に、サキは何とかして自分の連れてきた<メックス>と渡り合っていた。しかしこの状況も、いつまで続くのか予想が立たない。横を見れば、<ティーダ>の方も時間の問題だった。

「……私は、サキのアイデアでも構わないけど。その代わり、さっさと終わらせてね?」

「オーケー、ウイ! 張り切ってやるから、コーベも置いてけぼりにならないように!」

「結構キツいことをまた……ソレじゃあウイが単機でけん制、サキと僕が二人掛かりで<メックス>二体の各個撃破! さぁ、やってみよう!」

『うん、分かった!』

 二人の了承を耳に受け、コーベは手負いの<メックス>に再接近をかける。もう一方の巨体においては、<アクセラ>と<ティーダ>が立場をスイッチ。マイクロミサイルが鋼鉄を襲い、休む暇もなく装甲を傷めつけた。鷹は獲物を逃がさない。自分の体が朽ち果てるまで、狙ったモノには悲惨な将来をプレゼントし続ける。

「今から処分する<メックス>は弱ってる! そうよね、コーベっ?!」

「うん。合ってるよサキ! そしてまた足を止めるから――」

 ついさっきと同様に、受け答えをしながら<フィールドウォール>で相手を包む。しかし今回は、彼から穴を開けるのではない。身動きを取れなくさせることのみが目的だった。

「こーして私がメッタにする、っと!」

 <アクセラ>が包装ラップに空気穴を開けるように、突く・蹴るなどの暴行を敵に加えた。

右踵で相手の眉間を刺しては、左手で相手の右肩を貫く。左踵で相手の首筋を切り込んでは、右手で相手の左前脚を切断する。装甲が傷んでいるから、まるでホールケーキに入刀するかのように面白く斬れる。<フィールダー>の壁のおかげか、断末魔の叫び声は騎士のドレスを汚さない。

右足、左手、左足、右手。この音符四つを一小節に、駆けるようにしてリズムを刻む。装備していたヒールエッジとショートソードの連撃で、鉄の猫をコレでもかと刺しまくった。

 基本的に<フィールドウォール>は防御用の『壁』となるが、コレには特徴に由来する相性が存在する。ミサイルによる爆発には強くて、剣による刺突には弱いのだ。

原理として、<フィールドウォール>は街の建造物などの表面から電磁波で剥ぎ取った数ミクロメートル分の分子を、それぞれの分子間力を強めることによって集中し凝縮させて『しなやかな布のような』膜を形成する。だから耐久力が無くて、その代わりに応用性に富むのである。ということは、極めて強力な刺突や銃撃など圧力を一点に集中させられるタイプの攻撃に対しては十分に機能しないのだが、逆に爆発のような圧力が広く拡散する手の攻撃には対象を覆うことによって対応できる。

今回の場合、後者がウイにやった支援で前者がサキにやっている支援だ。対象を包み込むことによってミサイルの爆発を内部で完結させられるし、またわざとヒールエッジなどで刺突をさせれば風船の中に閉じ込めたようにちょうどいい足止めとなる。

 <メックス>の抵抗すら見られなくなったのは、大体四〇撃目を数えた頃だった。

「イスクっ!」

『はいはい☆え~っと……うん、サキちゃんはちゃんと撃破してるニャ!』

「なら良かった! ソレじゃ、次行くわよっ!」

 威勢よく<アクセラ>がもう一匹目掛けてアクセル。コイツを早く処分しないと、北関区にいる<メックス>の都市破壊を食い止められない。そう急ぐサキに、コーベが何か言いかけていた。

一方の<ティーダ>は元々対象から離れて攻撃していたので、砲撃を中止するだけで巻き添えを食らわずに彼女を通すことを許せる。ちょうど残弾も底を突いていたので、肩部装甲をパージした。

猫の鋼はウイがかなり削ってくれていたので、サキが機体をただ飛び込ませるだけでも十分効果が見込める。だから<アクセラ>は真っ直ぐ進んでいったのだが、しかしそのため、敵の攻撃に対する回避運動をまともに取ることが出来なかった。満身創痍だが抵抗の炎は消えることを知らず、<メックス>の鉄製左ストレートを食らいそうになる。

「え――ダメっ!」

サキが急ブレーキを利かせて受け身を取るが、他の二機よりも打たれ弱い<アクセラ>では焼け石に水だ。装甲は必要最低限の防御力しか有していないので、一発受けただけでも大ダメージになることは確約されていた。事故車扱いになってスクラップにされる運命が、腕を広げて待っている。

「いきなり飛び出さないで……っ! サキ、危ないよっ!」

 先ほど言いかけていた、赤信号が見えなかったのかと言わんばかりの一言を伴い、咄嗟の行動でコーベは<フィールドウォール>に使う電磁波を応用してみる。両手で放り投げたように今しがた殺処分した鉄の塊を動かして、盾として<アクセラ>の目の前に持っていった。例え死体でも鋼で出来ているのだから、少なくともサンドバック代わりにはなるだろうと考えての行動だ。無いよりはきっとマシである。

 だがその猫の変死体は、同種の猫にとっては十字架のような存在らしかった。

「ふぇ、止まった……の?」

 サキが驚いて、思わず言葉を落としていた。

 まだ生きている方の<メックス>の殴る前足が、屍となった方の<メックス>の直前で止まっていたのだ。伸ばしきったら届かなかった、だとかでは無くて、足を動かす途中で時を止めてしまったように見える。自らの信仰を捨てられなくて、聖母の偶像を壊せなかった信者と同じ目をしながら。

「……コーベ、どこか弄ったりした?」

「いや。そんなヤバそうなボタンとかはどこも……。アルカ、何か知ってる?」

 四人の中では最も<メックス>に詳しい科学者に訊いてみるが、彼自身も良くは分からない素振りをしていた。

「知らねぇよ、まさかこんな結果になるなんてな。けれども、コレは仮説だが……この猫たちは、同士討ちが出来ないのかもしれない。同一の個体を識別できて、また互いを尊重できるのかも……しかし、そんなことが人間以外にも? 奴らにも倫理・道徳は存在するのか……?」

 彼がそう考察をしている間にも、死体であった<メックス>は溶解を始めてしまった。<フィールドウォール>の中で、ボウルに注いだ鈍色の牛乳よろしく底に溜まる。仕方が無いのでコーベがソレを解放してやると、アスファルトの割れ目を流れて土へと還っていった。完璧な証拠隠滅行為なのか、それとも環境に配慮しているのか。

 ハッと気付いて、左ストレートの流れを再開された。<アクセラ>が急いでバックステップ、しかし僅差で命中してしまって転倒する。ややひるんだ後に起き上がる頃には、<ティーダ>と<フィールダー>が二機がかりでその猫を押さえつけた。

「コレ、もしかして転がることの方に対して受け身を取るのが正解なの?」

「……多分そうだけど、グダグダ言ってないで」

「早くこっちを何とかしないと、もう持たないって!」

 装甲もしっかりしている<カローラフィールダー>はまだいいが、遠距離狙撃を前提とした<ティーダ>にこのような肉弾戦を強いらせるのには無理がある。しかも現在は非武装状態だ。逆に跳ね返されてしまうのも時間の問題。やることは、あと一つしか残されていなかった。

「サキ。コンデンサーは満タンだよね?」

「えぇ、準備はオールクリア! 合図は任せたわよっ!」

「……ソレじゃ、離すからお願い」

 ウイの一言に反応して、二つの機体が飛び跳ねて後退する。途端にその鉄塊は晴れて自由の身になったが、だからと言ってそう易々と逃げられる訳も無い。この時既に、サキは機体の腰を引かせ、クラウチングスタートの姿勢を取らせていた。もちろん両手にはショートソード。排煙筒からは攻撃的加速性の香水を匂わせていた。

「さぁ――一思いに行くわよっ、<アクセルガスト>!」

 <アクセラ>が全身をバネとして使い、<メックス>目掛けて飛び込んだ。

 腕は前面に突き出して、ショートソードを先頭とした弾丸のような体勢を取る。スピードは180km/hの十数倍。ソニックブームも去ることながら、敵との衝突時に発生した摩擦熱による相手の溶解も凄まじかった。

 ヒールで反動を抑えながら優雅に着地。

 最早ドレスを汚す血液すら、蒸発して残っていなかった。

「ふぅ……一丁上がり、っと」

 そこに居たはずの<メックス>は、跡形も無くドロドロに溶けて消滅していた。二匹目の無力化もこうして成功。

「ソレで。残るはあと一匹だね……どうしよっか?」

「決めるのはコーベでしょーが。でも、確かに困ったわね~」

 最後の<メックス>はここから一五キロメートルも離れた場所に位置している、とイスクは報告していた。単純計算、時速六〇キロで飛ばしたとしても到着まで一五分は必要だし、かと言って射程の広い武器を使おうにも<ティーダ>専用スナイパーライフルは現在手元に無い。後先考えなかったツケがここに回ってきたのか、八方塞がりもいいところだった。

「ねぇアルカ。何かいい武装とかあったりしない~?」

『さらっと気楽に虫のいいことを言ってくれるな、お前……』

 コーベの完全なる他人任せ思考に当たって、彼はげんなりとしていた。しかしそんなこともお構いなしに、ウイが催促を仕掛けてくる。

「……で、何か無いの?」

『だから気楽に言うなってなぁ……あ~、アレがあるか』

「……アルカだけに?」

『つまらん、没。ともあれお前ら、まずは<T.A.C.>に合体しろ』

 お返しのつもりなのか、彼もさらっと言ってくれた。しかしそんなアルカを傍目に、三人は言葉の内容をやけに不思議がっていた。

「えっ、<メックス>が大型化してなくても合体って出来るの?」

『あぁサキ、その通りだぞ? っつーか、どうしてそんなにも呆気にとられてるんだお前ら』

「いや。合体には条件とかがあったりするのかな~、とか考えてたから……」

 このコーベの意見は一般的だ。大体の戦隊モノだって相手が大型化してようやくロボットが出てくるし、他にはピンチになった時に限って合体したりするシナリオがよく見受けられる。で、今回は<メックス>の巨大化もまだ起こっていないし、九死に一生を得るような戦況は今しがた突破したばかりである。どこにも合体しなければならない要素は無い。しかし我らが変態イカレ科学者は、そんなメカモノの常識をいとも容易く打ち破ってしまった。

『別にお前らが非合体の単機状態で戦っているのは単純にサイズ差の問題なだけで、可能ならば最初から合体して威力高めの技を乱発するのが一番いいんだからな? 合体なんて要はエンジンの回路を繋げて機体を大型化させるための機構でしか無ぇんだから、特別な条件もクソもへったくれも血も涙も努力も友情も勝利だって、何にも必要ないことくらいちぃーっとばかし頭回しゃオランウータンがごはんがス○ムくん食いながらでも分かることだろーがよ』

 ボロクソなまでの言われ様だった。

「ねぇアルカ、男のロマンはどこへ行ったの?!」

『ん~……ロック解除のキーワード入力、あの叫びあたりに集約させておいた。効率を重視しねーと社会でやってけねーぞ?』

「……ソレ、国立大学の講義でテストに出ない無駄話をやたらとしたがる教授職のセリフじゃないと思う」

 とのウイの突っ込みで一旦話を区切り、三人はとりあえずアルカの通りに合体をしてみることにする。緊迫感も迫力もないが、やってみなければ何も進まない。

『……<オーバーファミリア>』

『おい、元気ねぇぞお前ら』

 三人揃って抑揚のない合言葉で、男のロマンはとうとうなりを潜めてしまったのであった……。


oveR-08


 そして二、三分後、合体した<T.A.C.>は本関大学から北西へ一キロメートルほど離れた場所に立っていた。そこは大学前よりも比較的栄えている雑居ビル街で、歩道を広めに取られた片側一車線の県道が一本、南北方向に通っている。交差点はいくつか見受けられたが大きな曲がり角は無くて、雄々しく居座っている止根山脈がよく見えた。

「で、こっからどーしろってーのよ」

『簡単に言うと、そっから砲撃をしてもらうっ! コレから武装を出してやっから、補助機器との同時運用で殺処分してやれよなぁっ!』

 やる気スイッチの入ったアルカが、やかましい口調で騒ぎ立てる。が、言った内容に三人は疑問を抱いた。

「アルカ。砲撃って……北関区はまだ十キロ以上離れてるんだよ?」

「……ソレと、補助機器って何のこと?」

『まぁ、まずは説明を受けろって! 今から提供する兵装はクラスター弾タイプの砲弾専用ランチャで、弾頭は<メックス>に接近すると拡散して鉄片をまき散らす構造だ。ソレを補助機器のコイルガンを使って加速させる! すればどれだけ離れてようがクロネコヤマトの宅○便よりも早く届くし、敵のコアがどこにあろうとお構いなしに蜂の巣だぁっ!』

 散布する子弾が爆発性のモノで無ければオスロ条約も適応されないし、また外付けの多段式コイルガンによる加速をするのであれば十数キロも越えられる。とても理に適った攻撃方法だが、主にコイルガンがどのような状態で出てくるのかが想像できない。

「ねぇアルカ。どんな風に――」

『よーしっ、じゃあ展開させるから受け取れよっ!』

「話を聞いてよっ!」

 そんなコーベの悲痛も厭わずに、七階建てのビルから長銃身のキャノン砲が伸びてきた。正確には観音開きをした壁面から、銃口を天に向けつつ砲身が横にスライドするように提供。また目の前ではアスファルト面が上昇して、斜め上を向いたバレルが形成される。恐らくこの元道路の構造物がコイルガンの砲身で、ここに発砲したクラスター弾をくぐらせることによりブーストさせるのだろう。とりあえずサキが機体を操作してキャノンを受け取っては構えるが、まさか道路の中に弾丸を通すなんて彼らは夢にも思っていなかった。

「……どこからどんな風に武装が出てくるのか、イスクにでもガイドさせる機能が必要だと思うけど」

『あぁん? だから見りゃ分かるだろって言ってんだろーが』

 ウイの提案もアルカがすぐさま却下。そこまで面倒臭い作業でも無いと思うのだが……。

「でもでも、敵が目の前に迫ってるような緊急時に、どこにあるか分からなくて対応できなかったらこっちもやられちゃうでしょう?」

『そ、ソレもそーだけどよ……しかしだな――』

「この場合、ワクワク感よりも効率重視。そうだよね、アルカ?」

 サキとコーベのこの説得は、彼になかなかのダメージを与えた。負けてアルカの方から折れる。

『あ~……わーったよ。機能を増設すりゃいいんだろ? チッ、コレで俺のささやかな楽しみが失われる……』

 ということは予想通り、ウイとコーベがミサイルとナイフを受け取った時もこの変態イカレ科学者は彼らのことを嘲笑っていたことになる。ワクワク感を覚えていたのはイカレ科学者の方だった。いっそのこと末代まで恨んでやろうかとコーベは一瞬考えたが、アルカが妥協してくれただけでも彼なりの進歩なのではないかとふと思ったので止めにした。ソレに、そういえばあと一つ追加して欲しい機能があることを思い出したのだ。

「ねぇアルカ。ついでと言っては何だけど、<メックス>のコアになる猫がどこに隠れてるかも一目で分かる機能とか付いたりしないかな?」

 コレは重要な案件だった。わざわざ相手のあらゆる場所をちまちまと攻撃するのも非効率的だし、つい先ほどだってこのことが原因で苦戦していたのだ。もしこの機能が実装されれば、街の被害だってもっと小規模に抑えられるかもしれない。考えようによっては戦うにあたって必須の要素だ。

『何言ってんだかねぇ、ンな戦うにあたって必須の要素が未搭載な訳無ぇだろがよぉっ!』

 しかしアルカはこう吐いた。確かに、どこに<メックス>のコアが存在するのかを見極める必要性が出てくるのは<T.A.C.>開発段階でも十分予見できるはずだ。搭載されていないはずが無い。

「……だったら、ソレはどこに付いてるの?」

 ウイがそう訊いてみると、彼はおもむろに画面越しの彼女のことを指差した。

『説明してやれ、イスクっ!』

『了解しました、ご主人様☆』

 現在討伐しようとしている<メックス>が登場した時以来の、可愛らしい声と絵が三人の意識の中に飛び込んでくる。

『<メックス>のコアは、あくまでもネコにゃん一匹です。例えメタルアーマーに包まれていたとしても、生命活動は継続しています。つ・ま・り、生きているので身体もあったか~いニャのです。ここまで説明すれば、頭のいいウイちゃんだったら分かるよね☆』

「……あ、<ティーダ>の温感センサ」

『ぱんぱかぱ~ん、正解ニャのですっ! まさしく<ティーダ>の両肩にくっ付いてる小羽状のセンサこそが、みんニャの欲しがってるコア探知機です! ソレにあるサーモメータで<メックス>の身体を分析すれば一か所だけ温度の高いところが見つけられるから、そうすれば核となるネコにゃんも一発で発見できちゃうのです☆』

 要はセンサのちょっとした応用だ。正確な狙撃をする際に必要となる外気温などのデータを観測するためにも、<ティーダ>には肩に各種センサが備え付けられている。とても充実したその装備を使うことにより、鋼鉄の檻の中に隠れている一匹の猫を見抜くことが出来るのだ。

「にしても、何でアルカはウイにこのことを説明しなかったのよ?」

『いや、流石にそんくらいは分かるかとてっきし……まぁいい! この機能の欠点は、外部の鉄が猫の体温と同じ温度だったら見分けがつかないこと、また対象があまりにも離れすぎている場合――つまり今回――は観測できないこと、の二つ。こんな時は<メックス>ソレ自体をメッタにするか、或いはそこら辺の適当な監視カメラから録画映像を引っ張り出してくるしか無いっ!』

「あ、逃げた」

「……情けない」

 自らのミスを紛らわすかのように、アルカが説明を加えてきた。ソレを非難したのはいつものサキとウイだ。

ちょうどここで話にも区切りがついたので、そろそろ遠く離れた<メックス>への砲撃準備を始める。ウイが各種データから弾道を計算し、サキが<T.A.C.>をコイルガンバレルの端まで動かし、コーベがそのバレル内に弾丸を通すようキャノン砲を構えさせた。

『さて、そろそろ撃ち始めないと<メックス>が六件目の建造物を壊しちまう! だから後一分以内には、全ての準備を終わらせとけっ!』

「こっちは了解。だけど――」

「……後二分じゃ、ダメ?」

『長引かせればその分だけ街の被害が大きくなるが、ウイはソレでもいいってんだな?』

「……次に廊下でアルカとすれ違ったら無視する」

「ホラ、不貞腐れてないでさ。私も手伝ってあげるから」

 サキとウイの二人掛かりで弾道を計算、結果はコーベに回って入射角をいじる際の諸元になる。コレに合わせて機体の方も一歩二歩と動いて微調整。両足のつま先を縦に五分割したうち、二番目と四番目を起こしては地面に突き刺しアウトリガにする。こうして合体後はなりを潜めていた<ティーダ>の鳥趾が再び姿を現し、また狙いも定まって準備が完了。アルカの指示からちょうど一分後だった。

『な、だから一分で終わるって言ったろ?』

「よし。サキ、ウイ、蹴りをつけよっか!」

「了解っ!」

「……了解!」

『さぁ、兵装を複数同時運用する際の安全ロック解除ワードはモニタに映したから――って、『そんなことは言ってないだろ』と突っ込めよこーゆー時はっ!』

 多段式コイルガンに地下からの電力をみなぎらせる。磁界に異常無し、砲弾専用ランチャも異常無し。弾道の先にも障害物は無く、北関区に設置されたカメラが捉えた鋼鉄の猫は呑気に破壊活動をしていた。

「ソレじゃあ、やって仕舞うよ! <エクシーガステップ>っ! <スプリンタプランタ>、<カタパルトテレバレル>――」

 連続入力のコマンドの後、弾丸が通る順にコーベが武装名を叫びセーフティを解除。引き金は最後のワードを吐くのと同時に。

「<オーバーファイア>っ!」

 撃鉄が弾を押し出した。

 クラスター弾はバレルに沿って、道を外すことなく突き進む。勢いを落とす要素は無い。次に空中に出たときも、弾丸は道を外さない。横風はソレに干渉できない。横風は道から外れる手助けが出来ない。だから軌道は安定しているのに、コイルガンが弾道を更に矯正していった。全長二五〇メートルを捧げて、或いはありったけの電磁の愛情を注いで、弾が通るべき未来の道を安泰にさせる。まるで手塩にかけて育てる親のように。

 だから息子も期待に応えて、新天地へと音速を超えて向かっていった。


 北関区にて。

 そこに出現していた<メックス>は、瓦礫を口で転がしていた。車か何かのスクラップだろうか、輝くカーマインが鼠色の舌の上で踊っている。唾液は一切分泌されないので、路面はとてもよく乾いていた。

 そんな頃、頭上から高音が聞こえてきた。コレは飛行機でもヘリコプターでも無い。『キーン』でも『ブロロ』でも無い音だ。もっと早くて、もっと風が悲鳴を上げそうな物体。聞き覚えのない音だった。

 ドップラー効果に則りながら、音は徐々に低く大きく変化してくる。発生源も見えてきた。色はおそらく白で、先端が尖っている。翼の無いグライダーのようだったが、よくよく見ると円筒形をしていた。<メックス>がじっと目を凝らしてみると。

 次の瞬間には、その物体は遠近法により巨大化していた。

 <カタパルトテレバレル>。構造は円筒状で、全長二五〇メートル、高さは一端が一五メートル弱でもう一端がおよそ六〇メートル。コーベ達が使ったコイルガンの名称で、特徴は『ソレ単体では銃にならない』ということ。あくまでもバレルでしか無く、薬室も無ければ引き金も無い。他の銃火器の射程を非常識なまでに拡大することに主眼を置いていて、だから中に通された弾丸はコレによって加速のみがなされる。彼らのいる中央区からこの北関区まで砲撃が届いたのも、また驚異的な速度でこの猫を襲うことが出来るのも、全てはこの多段式コイルガンの賜物だ。弾が突然大きくなったのも、すぐ目の前まで近づいて来たからである。

さて、絶体絶命の<メックス>はまず逃げようと思った。この砲弾が当たったら、彼女は確実に死んでしまう。

次に、逃げることは不可能だからせめて防御しようと考えた。この速さはとてもじゃないが回避できない。反射神経の優劣以前の問題だった。

そして、防御しても無駄だから避けようとした。前足で頭を守ったところで、身体のどちらのパーツも貫通してしまうことは目に見えていた。彼女は他の個体と比べて鋼鉄巨体化には適応している方なので、どれくらいの攻撃を防げるのかを心得ている。

だから防御は無駄だと悟り、一か八かで弾丸が左肩のあたりを通過するよう半身を捻ってみた。

 最後に、弾が無数に割れたので絶望した。

 数は十、百――いや、千は下らないのではないか? ソレら全てが、彼女の装甲と同じ鉄の塊だった。違うのは、一つ一つが欠片になっていてとても鋭いことくらいだろう。そんな鉄片の群体が音速を遥かに超越する運動エネルギーを伴って彼女を犯してくるのだから、どう考えてもかわしようが無かった。

 まるで植物の堅い種子たちが、親となる花の想いの下、風に運ばれ異邦の地へと飛来するように。ということはその砲弾は、言わば『播種機』の役割を担っていた。

 <スプリンタプランタ>。爆発性を伴っていないクラスター爆弾、または射程を広めに設定された散弾砲とでも言うべきか。通常の散弾銃は短銃身で主に近接のケンカ・ショットでの運用を想定されているが、このキャノン砲は銃身を長くすることで遠距離砲撃を視野に入れている。仕組みとしては、先端に搭載されたスピードガンで予め設定された目標物との距離を逐次測り、間合いが縮まってきたらオートで拡散して砲弾に搭載された数多の鉄片を播き散らす。広範囲にダメージを与えるので命中率はほぼ百パーセント、相当の重量がある鉄を相手にぶつけるので威力も申し分無い。

 結局<メックス>は回避にも防御にも失敗し、穴だらけで歪で動かない、鋳造に失敗した下手な金物と化してしまった。そんな作品は再び金型に流し込むのがいいに決まっているので、物体はドロドロに溶けて地面の鋳型に流れて行ってしまった。


oveR-09


 環境科学の再試験が行われたのは、<メックス>処分から一週間後のことだった。提出された答案用紙を教授が回収する暇も無く避難してしまったので、講義を受けていた全員が再テストをすることになったのである。ある者は完璧だったはずの答案を白紙にさせられたために阿鼻叫喚とし、またある者は絶望的だった完成度の答案を白紙にさせてもらった上に追加で一週間も試験勉強ができるのだから狂喜乱舞であった。勿論ウイ、サキ、コーベの三人は後者なので、モチベーションも下がることなく自信を持って回答することが出来た。<メックス>万々歳である。

 その再試験が終わった後、サキはウイを引き連れて、コーベの束の間の休息を邪魔してやる。

「ホラ、そう突っ伏せてないで。コーベ、中間テストも全部終わったから小さな打ち上げでもやろうと思うんだけどさ。当然、このウイも一緒にね。で、この後は大丈夫?」

「ゴメン。僕の方はまだテストが一個だけ残ってて……ソレは次の時間の奴だから、終わり次第二人を探して参加するよ」

「そっか……なら、仕方ないか」

「……分かった。頑張って」

「うん。ありがとう、それじゃまた後でね!」

 彼が教室から去ってゆく。他の聴講生たちも既に捌けていて、教室の空気を二人で独占している状況だった。ガラスを透き通ってくる日光が眩しい。今日は晴れている。夏もそろそろ深まってきた。

コーベに取り残されたウイとサキは、とりあえずどうするかを少しの間だけ悩んでは。

「コンビニでも行って、何か買おっか?」

「……うん、そうしよ」

 この二人もまた、教室を去っていった。


「ウイ、まだ悩んでるの~?」

「……まだ待ってて」

 本関大学内には、コンビニが正三角形の各頂点に居座るようにして三件存在する。現在彼女たちが居るのはその中でも東端にある店舗で、その中ではウイがアイス売り場の前で決めあぐねていた。

「たかだか二〇〇円程度のラクトアイス一つ選ぶのに、そこまで真剣になるかなフツー?」

「……たかがアイス、されどアイス」

 彼女の目は本気だ。その先には無数の氷菓が並べられていたが、その中でもチョコクッキーかチョコモナカか、或いはホー○ランバーかで悩んでいるな、とサキは大まかな当たりを付けていた。

「ねぇ、ウイってもしかしてチョコとか好きだったりする?」

「……チョコ以外は、お菓子じゃない」

「えらく前衛的なことを言いますね、ウイさんや……」

 そういえば、彼女はこの前も甘いモノを食べたがっていた。口ではこう言っているものの、目の前にチョコレートの使われていないスイーツとか置いたら無我夢中で頬張りそうだ。身長や顔立ちなどにどこかあどけなさを残しているウイが、そんな風に食べているところを想像すると――。

 チョコミントのカップアイスに手を伸ばそうとして、前屈みになった彼女の空色の眼鏡が少しだけずり落ちた。

「……あ」

 すぐに気付いて、欲しいアイスを手放してから眼鏡の位置を両手で元に戻す。冷蔵庫の方を見ているので当然ウイは俯いていて、その姿は幼めの彼女によく似合っていた。

「ウイってさ……男の子にモテてたりしなかった?」

「……そんなことは無かったけど。サキ、どうして?」

 首だけこちらに向けて、斜め三〇度傾げる。頭がどうにかしてしまいそうだった。

「いや、コーベがアンタのことを好きだとか言う理由が何となく分かるな~、と」

「……サキって、そういう人だったっけ」

 決してそうではないと信じ込んでいたのだが、サキは首を横に振れなかった。だって女の子だもん。

「……ソレはソレとして。サキは何を買うか、もう決めたの?」

 ウイが商品を手に取りながら尋ねてくる。彼女が目を向けてくれるまで待ちながら、サキは右手に持っていたモノを見せてやった。

「うん、この通りね」

 テトラパックには、暖色系の文字で『灼熱』だとか『トロピカル』だとか銘打たれている。夏季限定の果実系ジュースだ。サキは気分が良さそうに笑顔を浮かべていたのだが、コレを見たウイの反応はあまりよろしくなかった。

「……なんか、不味そう」

「ウイ~、そんなこと言ってると悪の大企業に消されちゃうわよ~?」

 笑顔でウイを小突いて誤魔化すことで、裏の権力だとかの魔の手から彼女を何とか守り抜こうとする。世の中、言っていいことといけないことがあるのだ。

「……サキは、そういうのが好きなの?」

「ん~、まぁフルーツとかの酸味が好きなのは否めないけどね。でも、まだ飲んだことが無いから試しに飲んでみよう、って思って」

「……勇気あるね、こんな得体の知れないモノを」

「そうかな? コレくらいだったら普通だって。味の想像もつかないようなモノに挑戦するよりかは」

 的を射ていない、納得しづらいと言いたげな表情を、ウイは彼女に向けていた。どうやら未知の領域に進んで突っ込む気持ちを理解できないらしい。ソレのおかげで、サキは彼女との大まかな接し方を把握する。

「とにかく、お会計を済ませちゃおっか。アイスが溶けたら勿体無いから」

「……うん、分かった」

 サキが出入り口の方へ進むと、とことことウイが彼女に隠れるように付いてきた。立ち話が少しだけ長く続いたのに、手に持っていたアイスを新品と取り換えなかったウイのことを、とてもいい子だとサキは率直に感じた。


oveR-10


 今の時間帯は授業中だからか、総合棟三階にある屋上テラスは人がまばらで快適だった。日当たりも良く風通しが他の場所とは段違いなので、端の方のパラソルに腰を掛けると初夏の暑さを忘れることが出来る。アイスも溶けることはまず無さそうだ。

「それじゃあ、コーベがまだだけど……中間テストが終わったことに、乾杯!」

「……乾杯?」

 呟きながら、ウイがアイスの蓋を開ける。

「あ~、食べ物じゃ乾杯は出来ないのか……まぁいっか、考えるのはパス。嫌なテストともしばらくオサラバだしね」

 一度背伸びをしてから、サキが紙パックにストローを差す。中味を一口含んでは、何とも言えない表情を浮かべた。

「……お味は?」

「何だろう、こう……想像してたのよりも酸味が少ない」

「……マンゴーだから仕方が無い」

「まさか、ウイはそのことまで見越してたの?」

 チョコミントをぱくりと食べる。図星なのだろう、どうやらサキの言うとおりらしい。

「分かってたんなら言ってよ~……」

「……いや、マンゴーが好きな人も居るから」

『そして穢れを知らないマンゴーが好きな紳士諸君も世の中にはいっぱい居るはずだニャ!』

 二人のケータイを通じて、イスクが会話に参加してきた。向こうからの端末へのアクセスはそう難しくないらしい。とりあえず二人は携帯電話の電源を切っておく。周りに人が誰も居なくて良かった。

「はてさて、何か邪魔な下ネタ猫かぶり略して下ネコが乱入したけど……どうだった? 今回の試験」

「……軒並み平均点、だと信じたい」

「私も同じく。アレの襲撃もあったから、あんまり時間が取れなくて」

 アレとはまさしく<メックス>のことだ。三人がパイロットであることが外部にバレると話が大事になってしまうので、関連するワードはアルカから口止めされていた。

「と言っても……出来が悪かったのは、概ねあの変態イカレ科学者のせいだけど」

 その一言を声に出してサキははにかんだが、ウイの方はどことなく困惑していた。サキの背景の方を見やりながら、下手な愛想笑いを浮かべてくる。

「ウイ、こーいう風に友達と話すのって初めてだったりする?」

 彼女の顔が、今度は驚きを表した。コレも図星なのだろう。ウイの表情がころころと変わるので、サキは少し面白く感じていた。

「やっぱり。……と言っても、私もそんなに回数を重ねちゃいないけども」

 喉が渇くので、トロピカルジュースを一口飲む。

「……どうして分かったの?」

「何か、苦手そうにしてたから。食べ物を挟んでする一対一の会話では、食べながら話してもいいんだよ?」

 続けて驚いた顔をしながら、アイスを一口ぱくりと食べる。聞き分けが良いと言うよりは素直だった。

「そんなに急がなくてもいいから。ホラ、唇にアイスが付いてる」

 ハンカチを取り出して、ウイの口元を拭ってやる。あまり同年代を相手にしている感覚は無かった。

「……ありがと」

「どういたしまして。時間はまだたっぷりとあるからね。どうせコーベもすぐには試験終わらないだろうし」

「……友好的だね、サキは」

 ウイが一口ぱくついた。細々しい声だったが、しっかりと聞き取れた。

「ゴメン、ちょっと馴れ馴れしかったかな?」

「……ううん、むしろ有難い。私、こういうのは苦手だから」

 ジュースを飲む。サキは心境の一部を吐露した。

「私も本来、こーゆーのは苦手なんだけどね。例えば公園で知らないおじいさんおばあさんに『今日は晴れてますね』なんて声掛けられても、煩わしいなって思っちゃうし。だから、私もウイと同じようなモノなのよ」

「……じゃあ、どうして私には?」

「う~ん……何となく『好き』だから、かな?」

 次のウイの表情は、呆気に取られたモノだった。

「……サキのコーベ化?」

「いやいや、あんな告白魔の変態植物なんかと一緒にされちゃ困るんだけど……でも、スタンスとしてはソレくらい適当でもいいと思うんだ」

 今度はしばらく思案する顔。他方サキはまた飲んでいた。

「ウイはね、私ごときに力入れすぎなのよ。そりゃあんまり親しくない人とだったらそうなっちゃうのも仕方ないけどさ、でも私とかコーベには『何となく好き』ってくらいのフィーリングで十分。どうしてか、思い付く?」

 首を振った。

「お互いに記憶喪失だから。最初に三人で顔合わせした時、私が仲良くしようって言ったでしょ? ソレの理由もコレのこと。他人と会話するってことは、つまり相手の情報を得るために自分をさらけ出すってことなんだけど。でも私たちはその提供する自分について忘れちゃったから、人と話すのがあんまり得意じゃないのよ。けれど、自分を忘れた者同士ならば敢えてさらけ出そうとしなくてもいい。お互い様だからね」

 一拍置くように、ストローを咥える。

「自分の本質的な部分って、考えて出せるようなモノじゃ無いよ。人格の基盤を忘れちゃったのなら深く考えない方がより自然に本質が出てきて話せるし、もしあまり考えていないことで、薄っぺらい人間だ~、とか言われるのが怖くてもね、お互いがそうだったら自らを意図的にさらけ出していないことを両方が気にしないから」

 単なる偶然なのだろう、サキ、ウイ、コーベの三人は小学生以前の記憶を有していない。ある程度形成されていたはずの自我を忘れているのだ。現在三人が知っているのは、経験則という色眼鏡を通して一二歳から付き合ってきた自らで、本質的な性格は何ら把握していない。だからこそ、三人の間では何も考えずに喋っていた方がコミュニケーションは成立する。

 もう一口トロピカルジュースを含んで、サキは一つ付け足した。

「とは言ったけれど……ウイとはさ、その私が把握していない本質的な部分で友達だと思えるのよね」

 ウイが疑問を表情と視線で表現する。サキは飲むのを一旦止めた。

「……何ソレ」

 反対に、ウイはアイスを食べる。

「う~ん、何て言うんだろう……とても話しやすいというか、さっきの持論とはまた別の意味で、フィーリングでウイとだと過ごしやすいっていうか」

 なかなか的確な言葉が見つからない。敢えて言うなら、『感覚的に話そうとする』と『感覚的に話しやすい』との違いだろうか。前者は自発的に身体の力を抜いている状態であるのに対し、後者は自然と身体の力が抜けている状態だ。この二つのうちどちらの方がより楽かとの問いがあれば、まず間違いなく後者が正解であるだろう。そして、サキ自身は一緒に居て楽だと感じる相手のことを友達だと認識していて、ウイがどうしてかまさしくそのような相手である、ということなのだろうか?

彼女の中での友達の定義が何なのか、自身でもはっきりとは決めていない。無意識に、ウイのことを友達だと感じている。ソレがどうしてなのかを説明しようとすると、右のような理由が考えられる。もっとも真偽は定かではなくて、そもそもウイに対するこの感情は文章にできるのかも怪しい気持ちだが。

 しかし突如、ふさわしい単語が天から降りかかってきた。

「あ……私、ウイのことが『好き』なんだよ。多分」

「……もう一度言うけど、何ソレ」

「『好き』は『好き』だ、としか言えないんだけどね……勿論、ラヴじゃなくてライクの方だけどさ。何だろう、理論を超越した感情、とか? 楽しいから一緒に居たい、ってのが一番近いかな。そんな感じの意味合いで使ってみたんだけど」

 再びウイの思索する顔。脳に糖分が足りていないのか、またチョコミントアイスをぱくりと食べる。そんな彼女のことをしばらく眺めていると、俯きながらサキに話しかけてきた。

「……つまりある人が、一緒に居たい、『好き』だ、と思ってる人は、その人にとっての友達なの?」

「うん、その通りだよ。そして、私はアナタのことが『好き』」

 優しく語りかけてあげると、お返しとしてスプーン一杯のアイスが差し出された。いつか逸れてしまいそうだったが、どうにか頑張って、サキの目をちゃんと見ていてくれている。

「……私、今まで話し相手くらいしか出来なかったから。こういう時にどうすればいいのか、ちょっと」

 ウイも、サキと同じ気持ちでいてくれた。そのことが、彼女にはとても嬉しく思えた。

「ねぇウイ、今すぐ全力で抱きしめていい?」

「……流石にソレは」

 拒否されたことに少しだけ落胆しながらも、しかし彼女のアイスを一口貰えて幸せだった。チョコミントの味は、忘れられない甘さと爽やかさをもたらしてくれる。

「……サキは、優しいから」

「ありがと。ソレじゃ、私のジュースも飲んでみて」

 思わず笑顔を零しながら、紙パックを差し出した。ウイが受け取っては一口吸う。こちらはどんな味を感じたのか、サキは気になって訊いてみた。

「……甘くて、おいしい」

「そう。ソレは良かった」

 返された紙パックを受け取って、サキはもう一口飲んで味を確かめる。確かに、甘くておいしい。ウイと同じ気持ちを共有できたことに、一つの大きな喜びを感じた。

「……ところで、サキにとってのコーベも『好き』なの?」

 思わずむせる。

「っ……! 心臓が止まりそうになることをいきなり言わないでよ~……死ぬかと思った」

「……ゴメン。で、どうなの?」

 再びアイスをぱくついているところから、軽い気持ちで尋ねたらしい。確かにガールズトークと言えば男の話題だが、だからと言ってどうしてここで植物の名前が出てくるのか……。

「……何だったら、アルカとイスクについてでもいいけど」

 真剣に考え込んでいたことに、彼女に指摘されて初めてサキは気付いた。そんな自分のことをバカバカしく思いながら、ややハードルが下がったので変態イカレ科学者と下ネコへの気持ちをウイに吐露する。

「そうね~……アルカはこう、生理的な嫌悪感をひしひしと覚えるんだけれども、別に話すくらいだったら構わないよ。教授モードの時は、何だかんだ好感持てるし。イスクのことは、ちょっとやんちゃなペットくらいに思ってる、かな? 基本悪さしかしないけど実害が出る訳じゃ無いし、ソレに電脳化されたってだけで元はただの猫なんだしね」

「……サキ、二人のこと結構見下してる」

 今度はサキもウイも一緒に笑った。

「でも、どっちもそんなに嫌いじゃないわよ? この調子で行けば、多分悪友くらいの関係になる気がする。この二人はそんな感じね。んで、コーベのことは……」

 空を仰ぐ。パラソルの端からお天道様がこちらを微笑ましく見守ってくれていた。祝福の風が心地良い。

「放っとけない、かな?」

「……だから、何ソレ」

「何をしでかすか分からなくて……危なっかしいのよ。予想を裏切ってばかりで――」

「あ。居た居たっ!」

 傘の陰から、予期せずコーベが登場した。僅かに息を切らしていて、走ってここに来たことが見て取れる。

「あぁ……でも、一緒に居て楽しいって思えるくらいには『好き』かな。だから、ウイももっと気楽に接せばいいんじゃない?」

「……うん、そうだね」

 柔らかく、ウイが笑ってくれた。空色の眼鏡が、二人の気持ちと調和している。

「待たせちゃってゴメン。ところでさ、二人で何の話をしてたの?」

「アンタには関係の無い話よ。とりあえず、そこにでも座って。にしても、ここまで走ってきたの?」

「うん。二人を待たせちゃってたから」

「……コーベ、ちょっと話の邪魔になった」

「なっ……いきなり酷いよそんな!」

「女の子が二人の時は、なるべく割り込まないべきなのよ。そうよね、ウイ?」

「……うん、その通りだね」

「二人して~……僕は蚊帳の外状態?」

「……コーベだから、しょうがない」

「そうね、コーベだからしょうがない」

「いい加減不貞腐れていいよね?」

 ウイ、サキ、コーベの三人で、パラソルの下仲良く駄弁る。この時間が、とても楽しい。その上に雲は一つも無くて、梅雨の中日だからかとても気持ちがいい。てるてる坊主のお蔭だろうか、だとしたらこの時も富士見が彼女たちの仲を持ってくれたことになる。

 晴れているから、笑って話せる。

木の葉も緑を深めていて、次の春には綺麗な花を咲かせてくれそうだった。


『コーベくん、君は今両手に花で傍から見ているだけでかなり不快な超絶リア充の女ったらしとして照葉樹ニャみにギラギラと輝いてるニャ!』

 そんなイスクのノイズが聞こえて、とりあえず彼はケータイの電源を切った。


oveR-Ext.


 電話のコール音が耳元に届いてきたので、彼は無感動に受話器を取った。時刻は午後一一時、はしゃぐ気力ももう残っていない。

「もしもし」

『もしもし、夜分遅くにゴメンね。タクだけど』

「あぁ、タクか。どうした、こんな遅くに?」

 正直、彼は眠かった。一方のタクは元気そうだ。

『そっか、そっちはもう夜なんだっけ』

「……お前、今は国外へ出張してなかったか?」

『だから国際電話でかけてるんだけどね。料金高いから早速本題に入るけど』

 世界に名が知れ渡っている科学者様のセリフじゃ無いな、と彼は内心思った。次にタクから来る言葉は予想できている。

『送られたファイルを見たけど、<メックス>が味方を攻撃できなかったって本当なの?』

「あぁ。俺も最初は信じられなかったがな、映像を何度見返してもそうにしか見えない。アイツらには仲間を想うだけの頭があったってこった」

『そりゃ、猫はそこまで頻繁に共食いをする生物じゃあ無いけど。でも喧嘩だってするし……いや、或いは攻撃する理由が無かったのかな? どっちにしろ、もう少し調べてみたいからさ』

「計画をシナリオPに移行させるんだろう? 大丈夫だ、準備は出来ている」

 あの機体はもう動かせる状態にある。ソフトウェアの方も、コンディションは良好だ。

『ありがと。ソレにしても……やっぱり信じられないよ。人間以外の動物にもそんな行動ができるなんて』

「そこまで驚くことでも無いんじゃないのか? アイツを電脳化した際に、回路さえ与えてやれば自発的に人間と同じことを考えるのは判明済みだろうに」

『ソレはその回路に大きく依存しているのかもしれないし……とにかく、まだ情報が足りない。<メックス>化の方も続けたいけど、次回はそんなことよりも――』

「あぁ、分かってるさ」

 彼は自室のデスクトップPCに目を向けた。

「『アスタル』を出撃させる、だろう?」

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