アイオライトの心臓
識島果
プロローグ
産婆を恐れさせたのは、どす黒い痣だった。
ちょうど左の指先から手首までを、深い深い暗闇の沼に浸したような、異常な痣。変色した部分の皮膚はがさがさと硬化して鱗のようにひび割れ、赤子に似つかわしくない禍々しさを放っていた。足を縺れさせながら、長老である老ザハンを呼びに走ったのは父。今年九十八になる老ザハンは、生まれたての赤子を一目みるなり、かすれた嘆声を上げた。喉がひゅうと鳴り、口はそのまま噤まれる。その場で老人は目を固く閉じ、長い思索に耽っているように思われた。やがて目を開けて、動揺しきって顔を青くした夫婦を見遣ると、何事か呟き、まだ柔らかな赤子の頰を痛ましげに撫でた。そのあとで、長老は扉を閉て切り、灯りを小さくするよう夫婦に指示した。
「不幸な子じゃ」
老ザハンはしょぼしょぼと瞬きをした。それから、一呼吸おいて、
「この子は死ななくてはならぬ」
と重々しく告げた。秋も近づいた夏の夜のことだった。
少年ロクドはこのようにして生まれてきた。
この話は、聞き飽きるほどに父が繰り返しロクドに語って聞かせた。つめたく、厳しい口調で。それはロクドに自らの運命を受け入れさせるためのものだったが、いつでもその声は父自身を納得させようとする響きに満ちていた。少なくとも、ロクドにはそう感じられた。ロクドは敏い子どもだった。
必ずしも死ぬ必要はないのだ、と幼いロクドは思う。その後、老ザハンが語った内容はこうだ。ロクドは生まれながらにして恐ろしい呪いをその身に受けている。このネルギの村の土の中にひっそりと眠っていた禍の種、それをロクド一人が引き受けて生まれたのだと。そしてロクドがネルギの村に留まれば、この地に共鳴したその呪いは必ずや芽吹き、穢れと災厄を齎すだろうと。だから、ロクドは死ぬか、この村を永遠に去らなくてはならない。少なくとも、十三の歳を迎えるまでには。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます