トラップ

 一歩でも動いたらそこで負けだ。

双方、殺気立った雰囲気を醸し出す、ジークは息をのみ理解した。

ここは戦場だと、ブリタニアで経験した戦場以上に野蛮な裏社会の本性を彼は垣間見ている。

そそくさとネロのところまで非難するがネロは涼しい顔をしているので止めろよと目配せをすると、

「止めたって無駄さ、それより見てろ。」

それっきりネロは黙って二人を見据える。

ジークが視線を戻したのを皮切りに二人は互いに得物を交える。

キィンと耳障りな金属音が響く、両者一歩も譲らずナイフと脇差は乱舞し、互いの急所を確実に狙い、弾く!

アリシアは体格差を感じさせない身軽さで躱すが重遙は力技ではじくことを主体としている。

だがこの二人の決定的な差は経験。

これだけはどうにもならないのである。

だがそれを感じさせないアリシアの猛攻撃、恐らく何かの能力持ちなのだろう。

「流石ね。一年前とは変わって能力制御ができてて安心したわ。」

生意気に笑うアリシアを余所に重遙はさらに降格を吊り上げ瞳孔を開ける。

「小生、子供に手を上げる大人げない奴には成りたくなかったのですがあんたは違う、超えるべき壁だ!参る!」

ドッと地面が揺れたかと思うと重遙が踏み込んだ地面だけ地割れを起こしている。

それを感心しているネロと嬉しそうに燥いでるネネリーに正直状況が呑み込めないジークだった。

「訳が分からないって顔だな。あいつらは元々一年前からの好敵手でこうして顔を合わせるたびに喧嘩を吹っ掛けるのさ。後、うちの遺伝病使いの中で随一の戦闘狂だ戦いの参考にしろよ。お前の不死身も何かヒントになるはずだから、おっとまずいな。」

地面がへこみ、砂塵が舞い上がり、煉瓦がミサイルのように降り注ぐまさに戦場を具現化させた戦闘風景。

ネロでさえもネネリーを抱えて避けるので精いっぱいのようだ。

各言うジークも流れ弾に当たり打ち所が悪かったのか一回死んでしまって身動きが取れない。

それでも尚、彼らは戦い続ける。

剣戟はやまない、獣のような息を吐き、唸り、今にも互いを食い殺さんという野生じみた衝動に突き動かされていた。

そのすさまじい戦闘は一瞬の隙で逆転する。

アリシアが膝をつき、バランスを崩した。

恐らく体力の限界が来たのだろうその証拠に彼女の額には大粒の汗が滴っている。

たったそれだけのことで重遙は鬼の首を取ったように嬉々として首元に刀を差し向けた。

「勝負ありですな。」

重遙も若干息が上がっているが笑みを作れるほど余裕はあるようだ。

「ノン、誰が降参だって?」

刀を素手でつかみギラギラとした瞳の奥にまだ闘志は消えていない。

まだやる気かと周りが身構える中鶴の一声が響いた。

≪十分だ。アリシア、能力者をここまで追い込むのは想定外だ。これ以上やればお前の体が持たない。≫

「でも!まだ私は動けるわ!」

少女のくすぶる闘志を宥めるようにネロが近寄り方を叩く。

「また投薬か?十代でその動きが取れるのは恐らくBRNの規制解除プログラムを打ち込むか前回のようにアドレナリン注射だろそれ。」

痙攣して震える足を見てネロはとっさにアリシアを横抱きにする。

もちろん暴れられないために足をしっかりホールドしてだ。

「あー!狡い!狡い!ネロに抱っこしてもらうのはネネだけなのに!」

キーとヒステリーを起こすネネリーを重遙がまあまあと宥めてネロは鉄扉の前までスタスタと歩く。

「勝負はついた。色々話を聞きたいが良いか?」

無言の肯定とも取れる鉄扉が重い音を立てながら開場された。

「ペールが許しても私は絶対に貴方たちが幾ら払おうが協力しないんだからね!」

ベーッと子供らしい抵抗をしているアリシアに誰かさんを重ねてため息をつくネロであった。

鉄扉をくぐると薄暗いレンガの洞窟が広がっており、まるでここだけ異質の空間のようだ。

牢獄のように湿り気を帯び、カツコツと靴底の音がわざとらしく響く。

ふとネロがアリシアに道を尋ねる。

「また書斎を変えたんだろう、あいつの用心深さは裏社会でも有名だからな。それでどの煉瓦を崩せばいい?」

アリシアの背中を支える手を放して右横の壁をコンコンとワザとらしく叩く。

相変わらず捻くれた知り合いの娘はツンと顔をそむけたまま、答えない。

「こらー!答えろ!そしてネロから降りろー!」

今にも飛びついてアリシアを引きはがそうとする堂々巡りに痺れを切らしたジークが口を開く。

「何度も何度もいい加減堂々巡りはやめろよ!」

宥めていた重遙もさすがにお手上げといわんばかりに両手を上げため息をついた。

拗ねていたネネリーも一理あるという風に黙り、ネロはアリシアに向き直り再び問う。

「ワイズリーの書斎を教えろ。これが最後だ。これで答えないのならばクラッキングをかけて無理やりにでも情報をすべて引き出すぞ。」

ネロの凄みにアリシアは怯み顔を青くし漸く口を割った。

「わ、解ったわよ。下から二段目のチョークで傷つけてある三角煉瓦を蹴りなさい。そうすれば道が開けるわ。」

それっきり彼女はフンと鼻を鳴らし喋らなくなった。

「罠かもしれないからジーク、お前が蹴れ。」

え?俺?と理不尽な命令を言い渡されたジークが不満げにネロに向き直る。

「なんでいっつもこういう役回りなんだよ俺は!」

嗚呼くそと悪態をつきながらもジークは三角煉瓦を思いっきり蹴る。

ゴウンと鈍い音を立てて壁が生き物のように開け、そこには場の空気に不釣り合いな西洋扉が現れた。

ネロが用心深く、空いた手でノックを三回する。

軽い音を立てて扉が開くと薄暗い部屋の中にそいつはいた。

「やあ、待ちくたびれたぞ。ネロ、重遙、それと新入り君。」

ヨレヨレのワイシャツと白衣を羽織って無造作なぼさぼさ髪、ビン底を思わせるような眼鏡をかけた中年の男が悠々と椅子に座っている。

「お前、親父について何を知っている!」

感情的になるジークを羽交い絞めする重遙。

「離せよ!俺には聞かないといけないことが山ほどあるんだ!」

その様子にクスクスと挑発的に男は笑う。

「いやー、若い頃のフリードそっくりだ。自己紹介が遅れたね、吾輩の名はDr.ワイズリー君のお父さんの昔の同僚さ。今の所属は一応ユニオンに属しているがそれは生計を立てるためであって今でも活動は裏社会中心さね。」

こんな不摂生な奴が同僚だと?!と驚きを隠せないジークを余所にネロは話を進める。

「で、なぜユニオンの奴らがフランク王国に戻っている?風のうわさでは南米開拓で資金をたんまりもらってバカンス中だと聞いたが・・・。後、いい加減娘を大切にしろよ。」

語気を強めて静かな怒りを表しているネロにたじろきながらワイズリーは顔をしかめる。

「それについてはノー・・・コメントとも言えないようさね。」

首元にダガーを突き付けながらネネリーが無言で迫ってくる。

それを止めるためにアリシアに目配せを彼はしたがネロが相変わらず拘束しているので動けないのである。

「わかったわかった、話すさね。我がユニオンがここフランク王国に拠点を築いていることは周知だろう?バカンスに飽きて帰ってくる奴らもいるんだ。それで拠点に戻っている奴らの数は少数だ。名簿は吾輩のデスクにチップがあるから好きなように扱ってくれ。」

それだけ言い終えると彼は困ったように「早く解放してほしいさね」と呟くが緊張状態が続いている。

「もう一つの質問に答えていないぞ。これから先、人体実験をやめるかだ。」

更にネネリーが殺気立つので冷や汗をかくワイズリーに返答を迫るために近づくネロ。

「わーった!わかった。娘には手を出さん人体実験も辞めるさね。そいでそこの坊ちゃんもなにか吾輩に聞きたいでござんしょ。」

「ネネリー離れろ!」

突然、ネロが声を荒げネネリーを引っ張って後ろに隠すがネロの腕を素早くまくりワイズリーはその腕に何かを投薬した。

使い捨ての注射器をネロは引き抜きワイズリーを睨む。

「ネネリーに何を投薬しようとしていた?・・・ぐっ。」

膝をつくネロをあわててネネリーが支えるが片手で制し後ろにいるよう諭す。

「一時的なジャミングさね。量子転送、君ら独自のBRN断絶。それが今回の目的、フランク王国の継承権を揺るがすほどの宗教戦争さね。第三皇女を徹底的に叩き第一次皇女様が即位なされるまで君らの足止めをする。それが吾輩たちの目的さ。」

本性を現したなとネロは呟くと今まで黙っていた重遙がただならぬ殺気を放ちながらネロたちの前に立つ。

「ネロごときを封じたくらいでいい気になるなよ。小生がまだいるぞ。」

そこには見たこともない裏社会の鬼が殺気を放ちとてもいい笑顔で立っている。


 かしらかしらどうしてかしら・・・

一つの国が破壊され首は挿げ替えられる。

もう一つの国も食いつぶす気?

三者三様、思惑は踊る

さぁ真実を勝ち取るのはだぁれ?

「棺ちゃんだめよ。そんなことをしたら汚くなっちゃうわ。」

姉が妹を呼ぶクローンの廃液の中で彼女は洋服が汚れるのもお構いなしに笑顔でクローンを嬲る。

「・・・・うー、こいつ・・・しっぱいさく・・・殺してあげてる。」

緑色の廃液がべったりと返り血のようにほほに付着しているので妹は不快感に悪態をつく。

それを優しく姉はハンカチで拭い去り優しく諭す。

「大丈夫よ。神様がたとえお父様の研究を許さなくてもきっとあの人は神になるお人よ。」

だって私たちを作ったのだからと彼女は恍惚と続ける。

彼女たちの左目は互いに金色、右目だけ互いに姉は赤色、妹は大色と違う色を宿しているこれは生まれながらのものであり彼の研究の産物でもある。

果たして、表社会の目的とは

裏社会はそれを阻止できるかはジークとその仲間たちに託された。

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