閑話(ホリデー)
ブリタニア国から脱出し数日が立ったオブジェクト一味を乗せた輸送艦に偽装した要塞はゆっくりと着実に次の目的地に帆を進める。
現代の量子技術を駆使すれば一瞬で目的地に着けるはずなのだがなぜ態々彼らは水陸両用の要塞を使っているのかというと、量子転送にはリスクが伴うからだ。
そのリスクというのは体を構成している量子を電位変換しデータとして目的地に送信するのだがネットの海を介するので他人の頭の中にたまに誤作動を起こし受信されるケースもあるので表社会でも裏社会でも積極的には使われない。
だからこそこうしてローテクな移動手段に頼らざる負えないのが現状だ。
今回は一人一人、休息日の様子にスポットを当てたいと思う。
ネロの場合、彼は朝から自室でくつろぎながらウィンドウを見ている。
かれこれ一時間くらいは見ているであろうがネネリーが入ってきたことにも気が付かず熱中している。
ネネリーはため息をつきながらネロの肩を掴んだ。
「ねぇ、休憩しようよ、ネロ。」
ネロはゆっくり振り向き苦笑した。
「もう少ししたら今の作業が終わるからチャットでもしていろ。今ついでにセットアップするから開いてみろ。」
ネネリーはBRNが苦手であるからその練習もかねてと提案してみた。
ところがネネリーは膨れっ面で黙っている。
「どうした?チャットを覚えれば同い年の友人が作れるぞ。」
「むぅ!そういうことじゃないもん!ネロとお茶したいの!」
ポカポカと力なく胸をたたくネネリーの頭を少し撫で、わがまま娘の機嫌を直すために言葉を選ぶ。
「なぁネネリー、チャットの練習をする約束をしたら少しだけ休憩しよう。それならいいだろう?」
膨れっ面だったネネリーは少しだけ機嫌を直したのか叩くのをやめて顔を上げた。
「・・・じゃあ約束よ。チャットの勉強するから休憩するの。」
「嗚呼、約束だ。それじゃ茶を入れてくるが紅茶でいいのか?」
ネネリーは少しだけ考えた後、勢いよく顔を上げて元気よくココアがいいと笑って答えた。
ネロは承諾し、いそいそと自室にある簡易キッチンで湯を沸かす。
一方その頃、ほかのメンツはというと各々、自室か談話室にこもりきりである。自室に籠りきり組の中で一番静かな芳孝の部屋はというと。
量子ウィンドウを開き、NPC相手に詰将棋をしている。これが彼の日課である。
そこへ手持ち無沙汰な重遙が茶菓子をたかりに来るのが通例だが今日は来ない。珍しいこともあるものだなと少し物足りなさを感じながら淡々と駒を進めていると、ドタドタと騒がしい足音が響いてきた。
嫌でもわかるこれは奴の足音だとため息をつきながら、座布団から立ち上がる。
と同時に襖が勢いよく開く。
「やあやあ、辛気臭い顔して将棋さしてますかい?」
のんきな親友、重遙が満面の笑みで立っていた。
「確かに将棋はしていたが、辛気臭い顔はしていない。それで何の用事だ?また菓子か?」
ため息をつきながら芳孝が問うとヘラヘラしていた重遙は真剣な顔つきで答える。
「いいや、今回ばかりは一つ、芳孝殿に行っておきたいことがありまして来ました。」
改まった重遙にまたよからぬことを考えているなと眉間にしわを寄せる芳孝。
そんなことお構いなしに彼は後ろ手で隠していたものを突き出した。
「じゃっじゃ~ん!闇ルートから仕入れた玉露ですぜい!これを芳孝殿とその部屋奥にしまってある栗羊かんが食べたいと思ってましてね。いやね、ほんのちょっとでいいんです切り分けてくださいな。」
宣言撤回、やはり奴は茶菓子を集りに来ただけだった。
はぁと盛大に芳孝がため息をついても悪びれず、おじゃましまーすと軽く鼻歌を歌いながら簡易キッチンにスキップをしながら行く。
こぼこぽと軽い音を立てながら良い香りのする緑茶が注がれていく。
隣で羊かんを切り分けて皿に盛っているとやれ小生の分が小さいだのなんだのと文句を言うので仕方なく二切れ盛ってやって差し出す。
そうすると奴は子供のように喜び、茶と共に畳の間に行った。
芳孝も茶を入れて自分用の洋館を切り分け畳の間のちゃぶ台の上に置く。
何気ないいつものことなのだが機嫌のいい親友の笑顔を見て自然と肩の力が抜けた。
たまにはこんな時間もいいものだそうつぶやいた芳孝を見て安心してお茶をすする重治だった。
小休止もそこそこでネネリーとネロはチャットの練習をしている最中である。
「それでここを押してから話すと相手に聞こえるようになるからやってみろ。あとはチャット相手を探すだけだが・・・心配することない。ボクの知り合いに頼んでおいたから安心して話してみろ。」
ネロに促され、恐る恐る通話を開始するネネリー。
「・・・もしもし、聞こえますか?」
二、三分、通信中という通知がきて繋がった。
『もしもし、ちゃんと聞こえてますよ。初めまして。』
応答したのはネネリーとそう年も変わらない少女であった。
この少女はネロの友人にあたる人物の娘であり互いにBRNが苦手な二人を練習相手に選びあわよくば年が近い者同士、交友関係を築けたらという魂胆だ。
「こ、こちらこそはじめまして、ネネはネネリーっていうの!よろしくね。」
最初こそ戸惑っていたがどうやら打ち解けれそうだとネロはだんまりを決め込んだ。
『こちらこそ、矛盾不知っていいます。よろしくね。』
自己紹介もそこそこに二人はすぐに打ち解けて互いの生活や愚痴などをこぼす仲になっていた。
「でね、ネロったらネネというものがありながら、いつも誰かにデレデレしているんだから!」
『あはは・・・でも羨ましいなぁ。知進とはそんなにゆっくり何かすることはできないから。』
寂しそうにウィンドウの遠く離れた向こう側の少女がほほ笑む。
そのことにネネリーは踏み入ってはならない話題を出してしまったと後悔する。
だが彼女には同年代の友達を作ることはおろか周りは大人と血生臭い死体、聞きたくもない暴言ばかりで友達を作ることはできないとあきらめていた矢先
今回もこれで終わりだと謝罪をし、端末を切ろうとした時だ。
『ううん、ネネリーちゃんが悪いわけじゃないよ。私も知進といる時が短いだけで全然会えない訳じゃないから気にしないで。』
その後、二人は夕食ぎりぎりまでチャットを楽しんだ。
最後に残りのメンツだがラーニャは独自の研究に没頭している。ノインは自由気ままにネットの海を浮遊していた。
『今日も異常なしか・・・あらしの静けさみたいで気持ち悪いなぁ。杞憂で終わってくれればいいんだけど。』
一抹の不安を胸に彼は現実世界に戻った。
最後に主人公であるジーク・ベッセルだが彼は自室として割り当てられた部屋ですることもなく、ベッドに寝転がっていた。
初めてではないが人を殺した実感、友を手にかけたという事実が頭によぎって何もする気が起きないのである。
真っ白に発光している天井を見飽きたので起き上がると体がけだるいので背伸びをする。
気分は乗り気ではないがあいさつ回りにでも行くとするか。
大丈夫、自分は殺傷されても生き返りがあると言い聞かせながら冷たい扉を開いた。
と同時にBRNに一通のメールが入っていることに気が付く。
恐る恐るあけると二言。
ラウンジに集合。
新入りの顔合わせ。
とだけ書かれていた。二個目のファイルを開くと艦内のマップが目の前に広がり最短ルートの案内が表示されている。
どうやらこれをたどっていけばいいらしい。
まだ見ぬオブジェクトメンバーとの顔合わせに足取り重くラウンジに足を向かわせるジークなのであった。
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