カワード
ジークは玉座の間の扉を開き目の前の状況を確認した。中央に鎮座する脳みそのみの水槽、おびただしい数の化け物の死体、部屋の片隅で止血を試みているネネリーと死体のようにだらりと四肢を投げ出したような格好で治療を受けているネロ。状況はあまり解らないがネロがやられたことは解った。
「良くわかんねーが取り敢えず、そこの水槽、お前が元凶か?」
ジークがそう問い詰めると憤慨したロウェーネ女王の声が部屋に響いた。
《この無礼者!自国の女王の名を知らぬのか!まあ良い、何人、私に刃向かおうが同じことさあ、くらうがいい!》
培養器具の近くにある無数のスピーカーからけたましい音声と共に妙な音波が流れ体が勝手に硬直した。
《どうだ動けまい。その音波はBRNに直接感覚操作を掛け強制マヒを起こさせるものだ。》
「フーン、ボクには効果がないようだが・・・まあ良い、スピーカーを壊せばいいんだな。」
いつのまに培養器具の目の前に立っているネロ、刺された背中から流れた血が白いスーツを赤色に染めるが彼は青白い顔で不適に笑っていた。
瞬間、銃声と共にスピーカーは消し飛んだが絡まったコードに擦ったのか小さな爆発が起きている。
逃げないと引火するのは解っているのだがマヒが残って思うように動けないし声も出せない。
ネロはというと量子ウィンドウを開き、どこかと連絡を取っている、ネネリーはこちらを見て動かないはずの体を這うようにネロに近づこうと必死だった。
そんなネネリーに気がつきゆっくりとネロは近寄り、液体まみれの頬を優しく撫でるとネネリーはホッとしたように意識を飛ばした。
「ネネリー、動かなくて良い、ボクのために止血をありがとう、結局開いてしまったがな。ジーク、一回死んでくれ。そうすればマヒも解けるだろう。病人は一人でも少ない方が良いからな。」
と相変わらずネロは人の人権を無視して銃弾を脳天にぶち込み本日二度目の死を体験するジークであった。
目が覚めて体の痺れも足の傷も治っていることに化け物だなと感じながら己の任務を遂行するために培養器具に近づくがネロにふと名前を呼ばれ振り向くと銃を投げられて慌ててキャッチする。
「対量子ショック硝子に改造してある銃だ。それでボクを撃つかその培養器具に入っている醜い女王を撃つかは君の自由だ。最後の選択だ選べ。」
女王は喉であるスピーカーを潰されたため培養器具の液体をゴボゴボと沸騰させたように気泡を作るだけである。
ジークは殺意も怒りも悲しみも感じさせないその辺を歩くような足取りで培養器まで近づいた。
そして何も移さない瞳で醜くしわの寄った脳みそを見て銃を構えた。
そして数分、目を閉じて考えた。これがなかった見回りで見た悲惨な状況や地下室のバーなどが生まれなかったのではないのだろうか?
母も商家として恵まれては居たが貴族に虐げられていたのは幼いながらも理解はしていた。老いを捨て醜い自分を誤魔化し何年も何十年もこの先何百年も好みにくい機械に搾取されるのだろうか?
それだけは御免だ。
頭の中が混同し兎に角死にたくない、自分は何者なのか知りたい一心でジークは泣きながらトリガーを引いた。
ズドンと銃声が鳴り響き手が痺れるほどの痛みが走る。
だがトリガーを引く指は止まらない。むしろ一発ごとに何か胸を空く感覚が心地よい、弾切れになるまでトリガーを引いたがまだ足りない硝子は割れ、液体が飛び散り脳みそだったものが肉片になってコードだらけの床に水たまりを広げる。
「もう良い。これ以上は君の尊厳を失うだけだぞ。」
静寂に包まれた玉座で凜としたネロの制止の声が響いく。だらりと力が抜けジークはその場に座り込み失禁した。
初めて人を殺したわけではないのに何故新兵のような恐怖心と焦燥が脳を支配する這ってでも此処を出なければ、今この瞬間、世界を敵に回したことだけは頭にある。
ではどこに逃げればいい?迷子のようにネロを見上げるだが彼はネネリーを抱えながら冷酷に見下ろしている。
「尊厳なんてとっくの昔にないんだ。俺は親友を手に掛け、この国のトップを手に掛けた。今更、何が残ってるって言うんだ!」
フッとネロは笑い踵を返し言い聞かせるように呟いた。
「そんなこともう解っているんじゃないか?親友を殺そうが国のトップを手に掛けようが逆らってもこの世界の仕組みと父親の事を知りたいんだろう?だったら前に進め、女々しい考えで立ち止まるな。行くぞ。」
そう言い残し、ネロは量子転送で消えた。
ネロの言うとおり根本的には父親やこの性根の腐った世界を変えたいというちっぽけな正義感で立ち上がったに過ぎないが立ち上がった以上成し遂げないといけない。
ジークは両頬を叩くと立ち上がり、ウィンドウを開きコンタクトを取った。
「決心は付いた。転送を頼む。」
『漸く・・・か、まあ良い。
外に出て港近くまで歩いて行け、怪我人の保護を頼む。こっちは止血が終わってネネリーも体のしびれを解いているところだから手が足りない。』
「了解、じゃあな。」
端末を切り玉座の間の扉を開け中央の窓を蹴破り飛び降りた。
ここから走って林を抜ければショートカットになることを知っているし、サボり癖があるジークにとってはこの城から抜け出すことは容易だ。
草をかき分け、森を抜け、崖を飛び越えたら港はすぐそこだ。
この平和な時代に嘗てこれほどの屍や負傷者が倒れている時刻を見たことがあるだろうかジークの眼下に広がるのは一般市民や自分と同じ騎士の制服を着た精鋭部隊の屍だった。
死体を踏みつけないよう細心の注意を払って一歩一歩進んでいくと茶髪の着物の青年と自分の上司、リゼッタ・アベラールが倒れているのを見つけた。
直ぐさま彼女に駆け寄りたい衝動をグッとこらえていると後ろから殺気を感じ咄嗟に振り向くと赤い目をした銀髪の少年が鬼の形相で刀をこちらに向けていた。
「貴様、新手か?」
両手を挙げて敵意がないことをジークは示したが銀髪の少年は顔をしかめてさっきを放ったままである。
小一時間、沈黙が流れたが双方、沈黙を破るきっかけもなければ殺気立っている相手に対し刺激を与えるのも気が引けるジークだった。
仮に何らかのアクションを起こし自分が殺されても生き返るのだから良いのだが如何せん目の前の手負いの見方を傷つけず峰打ちにして運ぶにしても男子二人を背負えるほどジークに力はない。
かといってこのまま黙視を続けられるほどジークの精神は成熟していない。
「信じられないかも知れないが聞いてくれ。俺は君の敵じゃない。ネロに雇われた助っ人だ。だから信用しろとは言わない、君の仲間を迎えに来ただけだ。」
苦し紛れに話を切り出すと相手は刀を向けながら、ジークに近寄り、静かに目を細めた。
「信用はしない、だがあの酔狂な雇い主の命ならしかたあるまい。
重遙殿を背負え、そこの茶髪の剣士だ。それ以外のことをしたら即座に切り捨てる。」
背筋が凍るほどの殺気を放ち脅す青年にたじろきながらも彼の言うことに従う。
ジークは切られる事は慣れているが殺されることは慣れるはずもない。
生きている保証はあるかも知れないが何時父親のように蒸発してしまうのかも解らない。そんな恐怖がふと頭を過ぎり、身震いするが今はリゼッタをよけて茶髪の青年を背負う事に集中する。
一方、OBJECTアジトでは怪我人の治療が忙しなく行われていた。
女医のラーニャが体のしびれを解くプログラムを直接ネネリーのBRNの中枢神経プログラムにハッキングを仕込んでいる最中だ。
BRNには各体の神経、脳、眼球、分泌液、血液など自由自在に弄れるようになっている。もちろん他人からのクラッキングによる殺人や殺人命令なども多発している。裏社会の者もこれを所有し独自のネットラインを引いて干渉を避けている。
では裏社会のBRN統制はどのように行われているのかというのは後々説明することにする。
一方ネロはというと血の入った真空パックをチューブにつなげて針で腕から輸血を受けている。
その様子を呆れたように電子霊体のノインは見ていた。
「君の体は人より少し頑丈で治りも早い、それは君自身の細胞活性が盛んに行われているからだよね。しかもその細胞は遺伝異常により酸化を防ぐ、人類でこれほど魅力的な細胞はないよ。だからって何故無茶をするのかな?」
ノインの小言に対しネロは青白い顔のままニヤリと口角だけ上げる。彼にとって死とは思考停止と同じだ。
五体満足でなくともたとえ首だけになろうとも己の目的達成のためなら無茶も犠牲もいとわないだからこそ人が集まるのだ。
「死に場所くらいは自分で決めるさ。第一、このボクを誰だと思っている。裏社会組織、オブジェクトのボスだぞ。そう簡単にくたばってたまるか。彼奴を葬るまでな。」
ノインはもう何も言うまいと目を閉じ、両手を挙げて降参した。
「やれやれ、僕の雇い主は相当傲慢らしい。でもそこが良い。」
二人が雑談していると敷居のカーテンが開かれ銀髪メガネの白衣をまとったいかにも女医らしいラーニャが入ってきた。
二人を見るなり、ネロの肩を掴んで立たせた。
若干不安げにネロを見つめ、重たい口を開く。
輸血パックが若干揺れ、投下される血液が涙のようにしたたり落ちる。
「お願いだからあの子を不安にさせないでよ。あんた仮にも保護者でしょ?
治療中、譫言のようにあんたの名前を呼んでたわよ。ネロ、ネロって・・・
ずっと不安げに言っていたから治療済んでいるからすぐ行ってそれ付けたままで良いから。」
ネロの肩を掴む手を強めて泣きそうな顔を必死にこらえていた。
そんなメロドラマのようなワンシーンをぶち壊したのはノインのわざとらしい咳だった。
「コホン、お二人さん、いちゃつくならよそでやってくれない?後、シゲ達が遅いし通信も切ってるようだからお姉ちゃん、行って来たら?」
怨みの籠もった眼光がノインを睨む、だが彼は量子分散して逃げてしまう始末。
そんな二人の言動を見てネロは我関せずといった態度でスタスタと部屋を後にした。
気絶した成人男性を抱えることは幾ら鍛えている軍人でも不可能である。
そこで背後で殺気を放つ銀髪少年に協力を仰いだ。
「不死身だけが本当に取り柄なのだな。嗚呼、試すようで悪かった、話はネロに聞いてる。坊主は左肩を持て、拙僧は右肩を持つ、勘違いするなまだお前を信用したとは思っておらん。」
要するに役に立たなければ斬り殺すと目が語っている。此奴はネロ以上に茶髪野青年に入れ込んでいるとジークは見た。
親友を殺した自分への皮肉だろうか?とジークは茶髪の青年の肩を担ぎながら白んできた空を見つめる。
とんでもない組織に入ってしまったものだとジークは溜息をつく。
二人が重遙を持ち上げると同時にBRNの直通信が入った。
『あーあー聞こえますか?
お三方、そこから数歩移動してポインターを立ててください。
あ、新人君はタカさんの両手を握って量子転送されてくださいね。でないと自力で此処まで来てもらうことになりますから。』
互いに顔を見合わせ苦虫を噛み潰したような顔になる。
誰が好きこのんで男の両手を握らないといけないのか、しかも方や名前も知らない、方や完全に信用していない者同士でだ。
指示どおり移動したはいいものの互いに嫌悪感丸出しでにらみ合うが折れたのはジークだった。両手を挙げ為す術がないと目尻を下げ幸福の意志を示してみた。
それに対し、相変わらず殺気を放つ銀髪の少年は不服そうに舌打ちをし、懐から長細いアンテナを取り出し地面に突き刺した。
『準備は整ったぞ。転送を頼む.』
そして、気を失っている茶髪の青年をアンテナ付近に寝かせ、渋々ジークの前に両手を差し出した。
ジークがどうもと手を取ろうとすると少年は固く閉ざしていた口を開いた。
「勘違いをするなよ、オブジェクト全員がたとえ貴様を認めようがネロが殺すなと言われていても拙僧の邪魔をするなら容赦しないからな。」
彼は言い捨てジークの手を握りつぶす力を目一杯込めて握った。
「いてて、そっちこそ俺の邪魔をするなら容赦しないぞ。」
二人がにらみ合っていると何時の間にかあの水陸両用の要塞の内部にいた。
二人の間に量子霊体の赤紫色の髪の少年が割ってはいる。
『ハイハーイ、喧嘩はそこまで、二人ともネロがお呼びだよ。ホラいつまで仲良しでお手々を繋いでいるのかなぁ?』
その言葉で双方我に返り、後ろに飛び退くように手を放す、その様子をにやにやと眺める少年が憎らしいが量子霊体は質量場あるものの人間のように痛覚が無いので攻撃しても無駄だとわかりきっている。
簡単に言えば意志のある砂粒でできた人形を相手にしていることだ。
ジークが黙っていると銀髪の少年はスタスタと去っていく茶髪の青年は無事に転送されたのだろうか?
『ああ、シゲさんのこと?大丈夫だよ。彼は気絶しているだけだし、医務室に直接転送しているから今頃腕利きの女医が診ているから心配ないよ。』
ジークは考えを読まれ唖然としているとノインはクスクスと笑い手をそっと握るフリをする。
『僕はこの要塞の制御装置であり、裏社会のネットワーク統括を任されてる。どんな防壁だってハッキングできるし、なにより僕はBRNの権化のような者だからねぇ。隠し事なんて無駄だよ。さ、我らのボスがお呼びだ一緒に行こう。』
そう言い、ノインは踵を返した。慌ててその後を追うジーク、この後更に深い世界の闇を知ることになる。
それでも彼は進むのだろう。親友を手に掛け、強大な権力に立ち向かい辛勝だが活路を見出した彼ならばこの先に何があろうとも真実にたどり着けるそうネロが見定めたのだからノインはそう心の中で彼を見守る決意をした。
まどろみの中、ネネリーはぼんやりと意識が戻ったがしびれがとれ病み上がりなので起き上がることができず首だけを動かして左右の視界を確認すると左にネロが髪の要所を片手にベッド脇のいすに座っていた。
ネロが本から顔を上げるとネネリーが不安そうに見つめていることに気がつきそっと頭に手を置き諭すように撫でてゆっくりと語りかける。
「大丈夫、無事終わったぞ。何もやれないことを悔やむな。次がある、お前はまだ僕の傍にいていいんだ。」
その言葉を聞くとネネリーは泣き出して布団に深く潜った。そして嗚咽紛れに謝罪を繰り返した。
「ごめんなさい・・・ネネ・・ヒック・・が弱いから・・ネロが傷ついたんだ・・・ヒックごめんなさい。」
そっとネロは布団をはがしてネネリーを抱き起こして顎を持ち上げて目を見つめた。
「お前は嘆くことしか知らない訳ではないだろうネネリー、強くなりたいのなら何をすべきか解るよな?」
まるで洗脳のように暗示のように言い聞かせるネロの冷たい瞳にネネリーは余計に恐怖を覚えたが涙を袖で拭い、ネロの頬に唇を寄せ、顔を上げて言った。
「ネネはどこまでもネロの見方だからネロも裏切らないでね。」
ネロは穏やかな顔でネネリーの頬を撫でて満足そうに頷く。
「それでこそボクが見込んだネネリーだ。これからもその調子で期待している。」
二人が笑いあっていると隣のベッドから呻き声が聞こえ、ネロがカーテンを開くと無事転送されてきた重遙が夢にうなされているようだった。
此奴のうなされは毎度のことだが彼女を呼ぶまでもないそっとしておこうとネロはカーテンを閉めようとした時、タイミング良く病室のドアが開いた。
壊滅した街を呆然とリゼッタは見ていた。嗚呼、私は結局、何一つ守れなかったのだと彼女は地面に頭を垂れ、絶望に浸る。
目をかけていた部下、守るべきはずの住人達、自分たちが見ていた景観、自分自身が無力だから何一つの奪われてしまったそれが事実である。
BRNのメールサーバーに処理速度が追いつかないほどの各国からの重役や国際政府の議員から通達が来る。
その文面には女王陛下の死と実質的な統治は私が代理で国際政府から派遣される新たな統治者が来るまで人民には女王陛下の死は伏せろと言うことだった。
所詮私たちは世界の駒かと自嘲気味に笑う、無機質なメール文に怒りを覚えながら国中に一斉放送を流した。
『意識のある者に告ぐ、息のある者を至急、騎士団寄宿舎医療室へ運べ、繰り返す、テロ組織は撤退したようだ。負傷者を全員、騎士団寄宿舎医療室へ運び込め!』
リゼッタの呼びかけによろよろと意識のある者が立ち上がり負傷者を背負う、彼女も周りに倒れている部下や民兵に声を掛け、息のある者を運んだ。
あっという間に医療室は満杯となり騎士団寄宿舎の空き部屋や軽傷の者達の部屋を借りることとなった。
リゼッタも茶髪の青年に斬られた箇所を治療して貰い医務室の一角に佇んでいた。
俯いているとふと影ができたので彼女が顔を上げると狐面の男が立っている。
『何しに来た情報屋、貴様の欲しい情報はないし、なにより統治者を亡くし国に居座る義理もないだろう。』
相手をあしらうようにリゼッタが隔離チャットで伝えると狐面はニタリと目尻を下げ口を三日月のように弧を描かせ笑った。
その面がまるで素顔だというように彼の笑顔に畏怖を抱きながらリゼッタは半歩、後ずさった。
『いやいや、女王陛下の死さえ確認できたら良いのですよ。お宅が入れ込んでいた少年は向こう側に下ったようですし、これ以上面白い特ダネがありましょうか?』
向こう側に下った少年という単語がかのじょの琴線に触れたのか顔を真っ赤にして憤慨する。
『誰が!入れ込んでいただと!ふざけるのも大概にしろ。』
何時もの穏やかな敬語口調ではなく、唯、団長として統治者代理として必死に振る舞おうとしているが最も信頼を寄せていた部下が自分自身を裏切った事実に動揺を隠せていない。
『まあまあ、私が言えた義理ではありませんが落ち着いて、そのお詫びと言っては何ですが一つ特ダネを、と。』
この男の言うことは殆ど信用できないが情報を提供してもらえるなら耳を傾けても良いだろうと少しリゼッタは冷静に答えた。
『その話に乗りましょう。それで特ダネとはどういうことです?』
『奴らの狙いはお察しの通り、国の脳核生存についてです。各国の主要者は勿論、脳核技術に関わった科学者も抹殺対象でしょう。幸いこの国には女王陛下以外の脳核に関わった人間は居ませんでしたからあっさり引いたのでしょう。それで次に奴らが狙うであろう場所に目星が付いたんですよ。』
顔に手を覆いひょっとこの面に変えた英はリゼッタの顔に近づいてそうレスした。
「・・・・何が言いたいのです?」
そういぶかしげに彼女が呟くと口元に人差し指を当てて英の仮面の奥の瞳が笑う。
そしてそっとリゼッタに耳打ちをした。
「いやね、次はフランク王国の国立図書にある禁書量子論文と人体実験についての物証を探しているというものでしてね。彼らが唯のテロリストだったら何かしらの脅迫を直接国際政府否、全て相手取り出すはずなのにそれがないということは彼らの目的は一つ、文明そのもの衰退または脳核実験による被験者の復讐と言っても過言ではないでしょう?」
彼の言葉には一理あるだがどこで女王陛下が脳核だけの存在だと知り、何故一番最初に此処ブリタニアを狙ったのかは謎である。
「情報ありがとう御座います。このことは上へ報告しておきますから悪しからず。」
そう素直にリゼッタが謝礼すると彼は狐面に戻り窓に足をかけてまいどありと呟いて飛び去っていった。
そこは病室だというのに妙に冷え切った空気が流れていたという。
「・・・・無事だと良いのですが。」
彼女は窓の向こうを見やり、ぽつり虚空に呟いた。
とある地下室にて双子の少女が積み木をトウのように積み上げている。
ふと青いリボンを髪留めにした妹が三角形の形の積み木を頂上に積もうとすると怪訝な顔をした赤いリボンを髪留めにした姉が諭す。
「駄目よ。まだこれは早いわ。それよりこっち。」
姉が差し出した正方形の積み木を妹は払いのけ首を静かに横に振る。
「・・・終わる。ブリタニア終わる。」
珍しく饒舌な妹に気を良くしたのか姉は優しく妹の頭を撫でて微笑んだ。
「そう、お父様の計画に一歩近づいたという事ね。良いわその塔はその積み木で完成にしましょう。彼らにはもっと真実に近づいて何が間違っていて何が正しいのか見定めてもらわないとねぇそうでしょう?」
姉はクツクツと喉をならして笑い、妹はそんな姉をどこまでも無表情な顔で見ていた。
双子が遊んでいる部屋のドアが開き二人同時に振り向くと彼女達の父がリンゴと聖書を持って立っていた。
「さぁ二人ともお勉強とおやつの時間だ。」
「まあお父様、その手にあるのはリンゴいえ、智恵の実だと言いたいのですか?」
姉がそう聞くと父親は嬉しそうに二人を抱きしめ言い聞かせるように呟く。
「この本を読んだのだね。私は嬉しいよ。」
笑う父親を余所に妹はリンゴを珍しそうに眺めにおいを嗅いでいた。
「実物を見るのは初めてかい?」
「・・・・とっても・・良いにおい。」
軽く夢心地な妹を抱きかかえながら父は椅子に座り姉も膝に乗るように指示する。
そして二人が膝に乗ると本を片手で開きリンゴは二人に預け、静かに語りかけるように朗読を始めた。
人間の愚行の歴史と進歩を彼は高らかに語った。
一方で此処は水陸両用の要塞の医務室の一角に重遙が寝かされていた。
ぼんやりと視界が開けて起き上がろうと手を着いたが中々腕に力が入らずベッドに仰向けに倒れる。
仕方なく、重遙は仰向けのままBRNを起動してとある場所に繋いだ。
三回目のコールで相手の応答が返ってくる。
『もしもし、お久しぶりです。重遙さん。』
ネット通話の相手は重遙が最も愛しいと思う妻、竹中葉月だった。
「嗚呼、遅くなって済まんな葉月、漸く一仕事終えたところだ。」
控えめにいって彼の妻は慎ましく、それで居て華美な服装や装飾を好まないが芯の強いたおやかさが自慢の妻である。
電話の向こう側から微笑んでる妻が想像できて思わず口角がつり上がる。
『まあ、それでは近いうちにお帰りになるのですか?』
「否、まだ当分はそちらに戻れそうにない。」
彼女の顔が悲しく歪むのを想像すると心が痛むが故郷、日ノ島の戻るには後、3、4つの国を回り、目的を達成せねばならない。
延命技術の破壊とそれに関する情報の回収、残念ながらブリタニア国には全くといって良いほどの収穫が無くノインが国の要所をハッキングしたりしたが空だったという。
『・・・仕方がありませんよね。葉月は何時までも待っています。ですのでどうかご無事で帰ってきてください。』
「嗚呼、約束しよう。小生は必ず五体満足で葉月のもとへ帰って抱きしめると、それで良いな。ではお休みなさい。」
『ええ、お休みなさいませ、重遙様。』
此処まで健気な嫁をもらい自分は幸せ者だなぁと重遙がにやけていると不意に病室のドアが開き、銀髪の仏頂面な同僚がズケズケと入ってきた。
「オイオイ、着替え中だったらどうするのだ。」
不機嫌な同僚こと芳孝は溜息混じりにボスから伝言を伝える。
「うら若き乙女じゃあるまい、第一、貴様の汚物を見たら目が腐る。それと目が冷めたのなら広間へ来いということだ。では先に行ってる。」
用件だけ伝えると彼はスタスタと病室を後にしようとしたので重遙は無理矢理手を掴んで引き留めた。
「待たぬか。何をそう憤っておる?」
不機嫌な顔を更にしかめて、無言で睨む芳孝を余所に面白いおもちゃを見つけたようににこやかに問いかける重遙。
「別に・・・。」
「いいや嘘だな。ははん、さては新入りガキに要らないと見た。どうだ当たりだろう?」
図星だと言わんばかりに手を振り払い、病室を出て行く芳孝を微笑ましく重遙は見送る。
そして別途から降り、凝り固まった肩を少し揉んで呟く。
「父親似で正義感が強いが臆病なところがあるか・・・そりゃ思慮深い芳孝殿は一番嫌いな人種だろうな。さて手並み拝見させていただこうか。」
ほくそ笑み、彼もまた病室を出た。
不老不死の技術を阻止する一味をのせた要塞は海を渡り、次なる国へと歩を進める。
果たして彼らの行き着く先に望む未来はあるのだろうか?
それでもジークは進みつつけるのだろうたとえネロの手に踊らされているだけであっても彼の親友をその手で葬り、国の頭をすげ替えたのだから。
後戻りはできない、後悔もできない歩みを進めることしかできない彼の運命は如何に?
第一章 ブリタニア国編 完結
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