第11話「開幕戦:VS山梨(後半)」

 後半、多喜城たきじょうFCの交代は1枚。イエローカードをもらっている右SBの森尾に替えて、SBもCBも出来る高校生、飯田が同じポジションに入る。

 対する山梨はボランチの叶に変えてCBの奥田を投入、右SBも守備的な選手に替える事で、中盤からパスの供給元である石元に、がっちりマンマークを付ける作戦に切り替えた。


「おい、今替わったやつらの動きをチェックしなおせ、チェックが終わったら、15分から行くぞ」

 ベンチ横で軽くアップを始めた山田 芳裕よしひろに向かって、清川監督の指示が飛ぶ。

 山田は「はい」と短く返事をすると、体を動かしながら試合をチェックする。その目つきは、普段の眠そうな目と同一人物とは思えない、鋭いものだった。



 試合は山梨のルイス・ゴンザレス監督の思惑通り、石元が自由に動けなくなった事と、攻撃のアクセントとして良い動きをしていた右SB森尾が守備的な飯田に替わった事で多喜城が攻撃のテンポを崩し、次第に攻め入られるシーンが目立ち始める。

 石元に2枚のマークが付いたことで、アリオスは空いた左サイドでボールを受けられるようになったのだが、アリオスがポストプレーでボールを落としても、そこに上がって来れる選手が居ないため、攻撃が実ることはなかった。

 CBのバリッチに加え、森と千賀ちがのダブルボランチが上手く相手FWを完封はしていたが、そこを飛ばされ、バイタルエリアからのミドルシュートを撃たれると、どうしても一歩反応が遅れるシーンが目立った。

 後半4本目のミドルシュートがクロスバーをはじき、スタンドに飛び込んだ所で、清川監督は満を持して山田の名を呼んだ。


 運動量の落ち始めた平山に替わって山田がピッチへと足を踏み入れる。山田はそのままFWの位置へと軽く走り、いつものようにポジションにつく前に大半の指示を終えていた。


 多喜城のゴールキックから試合が再開。ボールはいきなり山田の足元に収まる。右のFWの位置に入ったはずの山田は、いつの間にか右の攻撃的なMFの位置まで下がってきていた。

 代わりに中央、アリオスに近い位置で相手DFラインとの駆け引きを続けているのは、多喜城FCのダイナモ福石。

 前半から平山とアリオスにさんざん動かされた相手CBには、この運動量は脅威となった。

 そこを狙い、右サイドの山田から鋭いクロスが上がる。惜しくもアリオスの頭には届かなかったが、前半にはなかった右サイドからのクロスを見せつけられ、山梨の守備陣は焦りの色を隠せなかった。


「フク(福石)5m下がって。アリオスサイドに流れない。テル(石元)はもっと動く。ナオキ(千賀)、ボールを奪ったら前に仕掛けるんだ」

 ポジションに戻る味方選手に次々と指示を出しながら、自分自身はゆっくりと散歩でもするように歩く。その間にも山田は鋭い観察眼を向け、相手DFの穴を探り続けていた。

 相手ゴールキックは山田の頭上を高々と超え、千賀と競り合った山梨の選手の足に収まる。

 しかし、すぐさま森と千賀、そこに加わった山市の3人で取り囲み、ボールを奪い返す。

 マークするべき対象が前半のアリオス、石元の二人に、山田を加えた3人になった山梨は、常に数的優位の状況を作り出す事が出来なくなり、その3人の間をフリーマンとして縦横に動きまわる福石の動きに引っ張られて、マークの受け渡しが段々と大きなズレを産む。

 山梨のディフェンスは、次第にラインコントロールまで乱され、ズタズタになっていった。


 それでも、次に攻撃をしかけたのは2点ビハインドの山梨だった。

 福石のドリブルを上手く体を入れて止めたDFが一気に前線へとボールを運ぶ。山田の指示で前線へと攻撃参加していた、本来右ボランチの千賀が居るべきスペースに入ったボールは相手FWが余裕を持って足元に収める。

 指示をした以上、その上がったスペースをカバーすべき山田は、まだ前線でゆっくりランしていた。

 結果、相手FWと後半から入った右SBの飯田 和也が1対1の場面を作られてしまう。センター付近になだれ込んでくる相手選手の2枚目3枚目の動きに合わせて守りに入った多喜城の守備陣には、もう一枚そこに付ける余裕はなかった。


「イイダ、ディレイして」

「ヨシヒロ(山田)! ナオキ! 戻れ!」

 バリッチと森の指示が次々と飛ぶ。しかしこれが公式戦デビューの飯田は、相手の攻撃を遅らせて、味方守備陣の戻りを待つべきところを、焦ってボールにタックルをしかけた。

 当然のように予想されていたタイミング。他の選手は詰めていない。

 それは相手FWにとって練習通り、予定調和のタックルといえる。飯田の脚がボールに触れる直前、足の甲でヒョイと持ち上げられたボールは飯田の後ろに落ち、滑りこむ飯田の上を軽々とジャンプした相手は、ゴールへ向かって真っ直ぐにドリブルを始めた。


 全速力で走り、やっと追いついた千賀が、シュート体勢に入った相手選手の足元に体を投げ出す。

 何とか微かに足先に触れたボールは微妙にコースが変わり、ゴールを左にそれてラインを割った。



「ヨシヒロ! ナオキに上がるよう指示をだすならちゃんとカバーに入れ!」


「フクが無謀に突っかけたのまでボクの責任にされちゃ困るよ、イチ(森)。それに……」

 山田は小さく千賀を指さすと、口の脇に手を添えて愚痴をこぼす。


「プロなんだから、上がれって言われたって状況判断くらい自分でしてもらいもんだよね」


「……このっ」


「おっと」

 千賀を馬鹿にする言葉に詰め寄ろうとした森に向かって、押し留めるように両手を前に立てると、山田は自分のポジションへ軽く走っていった。


 その背中を見ながら森はピッチ全体を見回す。

 このチームは上のリーグのチームとはぜんぜん違う。ポリバレントな選手、つまりなんでもこなせる一流のプレーヤーなど居ない。

 しかし、それぞれに何か尖った武器を持ち、お互いのその凸凹を補いあうことによってチームを形作っているのだ。確かに山田は代表にも選ばれた上手い選手だが、運動量もスタミナも守備も、他の選手には全く敵わない。


 このチームが勝ち進むにはお互いの武器を認め合い、信頼することが何よりも必要なんだと森は考えていた。


 後半38分。

 してはいるものの、なかなか追加点が取れない状況に業を煮やした山田がドリブルで2人をかわして中央に切り込む。アリオスに付いていたDFが山田に引きずられたのを見て、そこにボールを出そうとした山田は、しかしパスを出す直前に相手DFに潰された。

 そこはぎりぎりペナルティエリアの中。

 ペナルティキックを獲得したと確信し、立ち上がりながら手を上げるが、主審は首をふってノーファールを主張する。

 ボールは短く繋がれ、山田の上がってきたサイドから一気にカウンターを受ける事になった。

 しかし、それを予期していたようにカットしたのは、千賀だった。


 ボールを奪いに行くのではなく、ボールが来る場所にいち早くポジションを取ってカットする。

 そんな不思議な守備をする、危機察知能力を持ったボランチ、それが千賀がプロになれた一つの武器だった。


 上手くボールを奪い、そこを起点に千賀のパスが森から福石、石元へと綺麗につながる。


 逆サイドでボールを持った石元は、ゴール前のオフサイドポジションに、まだ山田が残っているのを見つけた。


「ヨシヒロ! じゃま!」


 叫びざま、思い切って振りぬいた石元の左足から、ボールは美しい放物線を描く。全ての選手の頭上を抜け、ゴール右上隅のバーにぶつかったそれは、その勢いのままGKを回りこむように地面を飛び跳ね、ゴールに突き刺さった。


 一歩も動けなかった相手GKの後ろで、未だに振動を続けるゴールの中にボールが点々と転がる。


 この日の試合を決定づける3点目を告げるホイッスルが鳴り、スタンドからは石元へ向けたチャントが地鳴りのように鳴り響いた。




 試合後のロッカールームは試合中のスタンドに負けず劣らず賑やかだった。


「ワタシ、2テン! ワタシ、2テン!」

「見た?! 僕のシュート! 見た?!」

 カタコトの日本語で興奮を隠し切れないアリオスと、それに輪をかけて興奮する石元を中心に、選手たちは大騒ぎをしている。


 上半身裸のまま、一人ベンチに座ってシューズを履き替えている山田の頭上に、清川監督の影が落ちた。


「……なんですか?」


「お前、全然ダメだったじゃねぇか」

 目を合わせない山田に、容赦の無い監督の声が影のように覆いかぶさり、山田の手がピタリと止まる。


「全然とは心外ですね。ちゃんと試合の流れは引き戻しましたし、無失点で3-0なら――」

「お前の言う『キヨさん以上の答え』ってのはそんなもんか? もしそうなら、俺をなめてもらっちゃあ困る」

 山田は動けない。顔も上げられない。

 今日の自分の動きが清川の思い描いていた、いや、それ以上に自分の考えていた成果には程遠いことは、自分が一番良く分かっていたのだ。

 黙りこむ山田に、清川の追撃が落ちてきた。


「仲間を駒のように動かすってのは悪くねぇ。だがな、それならまず信頼されろ、そして仲間を完全に理解して、気持ちの動きまで察して動かし切れ。それが今のお前に足りねぇもので、俺がお前に望むものだ」


 背を向けて去る清川に、やはり目を上げることの出来ない山田は、ロッカーの壁に拳をぶつける。賑やかなロッカールームの中、そこだけ暗い影がこごったようなベンチで、彼はがっくりと肩を落とした。


 こうして、昨年40試合で4勝、7得点しか上げられなかった多喜城FCの開幕戦は3-0での勝利と言う結果を残す。

 それはこれからの快進撃を暗示させるに十分な成果だった。

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