おれ、反乱を扇動するの大好きなんです
「なにいいいいい! 媚薬を盛られたあげくよってたかってはがいじめにされて強姦される寸前だっただとぉ?」
「はい」
「なるほどなあ。……よし、斬ろうか」
シンはずいと前に出て、抜刀して本格的に構えた。
「いや殺すのはちょっと」
「ずいぶん甘いこと言うねえ!」
シンはじりじりとすり足で前進する。
この世界は治安があまり良くない関係で、みんな殺しに対してフランクである。
おれは巻き添えになったらたまらないと思ったので、後ろに下がって壁と一体化した。戦うのが無理なのはもう学んでいる。
「くそ、まずいことになったな……」
キオはマルコをかばって後じさった。二人とも戦う気はないようだ。だが、アドニスは違った。
「……やむなし」
アドニスは壁ぎわに下がり、戸棚を足の横で蹴る。
「ちょっとこれは、その、あれだね……黙ってもらうというか」
戸棚の裏から長いものがすとんと倒れてきて、アドニスの手におさまる。剣だ。
「死んでもらわないと困る」
彼は殺気をみなぎらせて、剣を突きたてるようにしてシンに突進する。
シンはすべるように距離を詰める。
「おらぁ」
「ぐはっ」
一撃で倒されるアドニスさん。
攻防は一瞬で終わった。アドニスはみね打ちをあっさり頭の横に叩き込まれていた。絶対超痛いやつだ。
「死んではいないと思うんだが……」
シンはおれを見て言う。
「どうする。殺すか? おまえやるか?」
シンは笑顔でカタナをおれに差しだした。
「そんなフランクに提案されましても」
「犯られたら殺りかえしてもいいんじゃねえの?」
「い、いや、いいです。殺さなくて」
「まじかよ。いいのか?」
そう言いながら、シンはアドニスの剣を抜け目なく足で踏んで拾えないようにしていた。さすがに油断がない。あー、こういう奴じゃないと異世界で戦うとか無理なんだなあ。そう思った。
「じ、純潔は奪われなかったので」
「へ? ああ、ケツの話ね。ならええわ」
シンはカタナを納めた。
「あ、お前ら動いたら斬るからな」
シンはほかの二人のダークエルフにくぎを刺す。
「う、うう……」
アドニスはこめかみを押さえてうめいている。
「弱くて良かったなあ。ダークエルフの兄ちゃん」
シンが彼に言う。
「もし強かったら斬ってたよ。ハンパに強いと殺すしかねえんだ。みね打ちとかやってるヒマないし、強いのに恨まれるのってキッツいから……あ、動くなよ?」
けっこうエグいことを言うシンさん。しかも意外と強いことが判明。あー味方で良かった。
「……っていうか、媚薬ってどこにあんの? 欲しいんだけど」
シンは部屋をきょろきょろ見まわしている。スキのない動作と横顔がステキ、毛並みも尻尾もステキ、きらきら輝いて見える。
「い、いかん、何を考えてんだおれは」
おれはぶるぶる頭を振った。
……どうも、飲まされた媚薬のせいで意識が妙な方に行く。
だれにでも惚れそう。
「おい丸耳、おまえ大丈夫か?」
「え?」
「頭だよ、あたま、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないかも」
「じゃあ、いつも通りだな」
「……で、笛吹いたの、まさかお前か?」
「はい」
「いちおう聞くけど、笛の意味は分かってるよな?」
「いやとくに」
「アホかあああああ!」
シンはキレた。
「わかんねえで三回も吹いたのかよ!」
おれは実際には二回しか吹いてないのだったが、事情を説明するのも面倒だったのでそこは流すことにする。
「おれ、笛を吹くの大好きなんです」
「ふざけんな!」
「でも、音は鳴らなかったよ」
「オレらには聞こえるんだよ!」
シンは自分の大きな耳を指さす。
「来ただろうが! おれが! ふもとの酒場でメシ食ってたけど、聞こえたからカベ全部ぶっこわして最短距離で来たよ! そしたらお前だよ! なんかそんな気はしたけどよ!」
「こ、光栄です」
「あれはコボルトの反乱の指示だよ! だから、ほかの種族に聞こえない音にしてあるんだよ!」
「マジで」
「音が聞こえたコボルト全員が今こっちに向かってるはずだ」
「なんてこったい」
「笛の音をいちど聞いたコボルトは、その場ですぐに職務放棄して音のしたほうに集まる。二回鳴るのを聞いたら、みんな近くにある武器になるものを持つ。三回鳴るのを聞いたら、もう臨戦態勢ってことだ」
「えらいことや……せ、戦争じゃ」
「戦争だよ! 三回も笛が吹かれるのは、同胞が権力者に殺されてるとか、そういうものすごい弾圧が行われてる場合だ! おまえ、吹きすぎ」
「殺されるところだったんですよ」
おれは真剣にそう言った。
「尻が破れて死ぬところだったんです」
「そうか、ならしょうがないな」
周囲が騒がしくなってきていた。
コボルトらしき怒声と、それにかぶせるようなダークエルフの怒鳴る声が、そこかしこから聞こえてきた。
「あー、集まってきた……」
「料理長! 料理をしてくださいよ!」
ウィルの声がした。
見ると、廊下を前かけをしたコボルトがのしのし歩いていて、それにウィルがしがみついて、ずるずる引きずられている。
「ねえ料理長、夕食の準備は?」
「ダメだダメだ! 今は働かない!」
料理長と呼ばれたコボルトは、持っていたおたまを振りまわす。
「反乱の指示があったからな」
「なにも聞こえませんでしたよう」
「エルフには聞こえないのだ。とにかく、反乱の指示があった以上。お前らエルフのために働くわけにはいかん!」
「なんで? いままで仲良く働いてきたじゃないですか!」
ウィルは泣きつくが、料理長の職場放棄の意志は固いようだった。
「ここか? 何があった?」
料理長が部屋に入ってくる。
「なんだ? なにがあった?」
ほかの料理人らしきコボルトもずいずい部屋に入ってきた。みな包丁やらめん棒やらトマトやらを手にしてそわそわしている。
「だれが弾圧されているんだ?!」
「……黙っとけよ」シンがおれに耳打ちする。
「めんどくさいことになるから」
そのあとも、庭師みたいな格好のものや、単に通りすがりらしきもの、シンのように本格的な武器を持ったものまで、続々と集まってきた。彼らはお互いにわいわい声をかけながら、弾圧された同族を探しまわる。
「あっ、菓子だ」
「食おう食おう」
「いかんぞ、掠奪は!」
「もう食ってしまった」
「なら、しかたない」
「ならわしも」
「わしもわしも」
残っていた菓子をもしゃもしゃ食いはじめるコボルトたち。
「おいおいお前ら! 解散しろ! 持ち場に戻れ!」
「だめだ! 入るな入るな!」
もちろんダークエルフも黙ってはいない。衛兵たちが割って入ってコボルトたちを追い払おうとする。
あたりはデモ隊と警官の衝突のごとき様相を呈してきていた。いつの時代でもこういった現象は起こることのようだ。
「あっ肩に手をかけた! 暴力だ」
「暴力をやめろ!」
「お前たちがものを壊すんだろうが!」
「あっ大声を出した! 恫喝だ!」
「どうかつをやめろ! 暴力反対!」
「貴様らがカベを壊したんだろうがッ!」
集まってきた衛兵とコボルトが激しく言い争う。部屋の中はだんだんぎちぎちになってきていた。
「えらいことや……異種族同士が対立している……せ、戦争じゃ……」
「そうなる指示をお前が出したんだよ! さっさと逃げるぞ」
シンはおれを人混みから引っぱりだして、廊下に出る。
「こっちだ!」
彼について廊下を駆け抜ける。まだ薬が効いていて身体がふらついたが、シンについて必死に走った。あと少しだ。あと少しで出口へ向か
「おらぁ」
「ぐはっ」
突然部屋から飛びだしてきたダークエルフが、すくい上げるようなラリアットでシンをぶっ飛ばした。
「ぐはああああっ」
シンは昔のバトルマンガみたいなノリで盛大にふっとび、天井にぶつかり、はね返って床にバウンドして転がった。
「シンー! 大丈夫かー!」
おれは叫んだ。
シンは大丈夫ではない。揚げたエビみたいな感じで床に転がっている。ドラゴンボールで言うとヤムチャみたいな感じになっている。
「いい度胸だな、人の男をさらう気か?」
目の前にミフネさんが立っている。ガウンを着て髪をまとめていた。
「あ……ミフネさん」
「おう、久しぶりだな。なんで全裸なんだ? 誘いに来たのか?」
「ちがいますよ!」
「すまん……寂しい思いをさせて悪いが、今は忙しい」
ミフネは話を聞かず、おれの肩に手を置く。
「コボルトがまた反乱を起こしたようだ。妙だな。最近は大人しかったのだが。まあ、お前の身は守ってやるから安心するがいい」
ミフネはおれをひょいと持ちあげ、小脇にかかえた。
そして、おれがさっき必死で走った廊下を逆方向に戻っていく。
「心配するな、わたしがついている。わはははは」
おれはこの状況にたいしてどういう態度をとるべきか決めかねていたが、とりあえず、顔に当たるミフネの横ちちの感触に意識を集中することにした。
それが、おれのできる最善のことだった。
他にできることないし……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます