やがてむなしい異世界チート

 「あ、けっきょくその民族衣装にしたの?」

 あいかわらずジャージを着ているおれを見て、ルカはそう言った。

 「まあね」

 おれはあいまいに答えた。

 この異世界に来てから、ほぼずっとジャージを着ている。鎧もちょっと着たけれど、くっそ重くて臭かったのでもう着たくない。

 「さて、きみを他の夫たちに紹介しなければいけないけど、ウィル?」

 ルカは目も合わせずにウィルに問う。

 「いま誰が城にいる?」

 「アドニスさまと、マルコさまと、キオさまだけです」

 ウィルは即答した。

 「そうなの? ネストルは?」

 「ネストルさまは私邸におられるはずです。お呼びしますか」

 「いや必要ない。ニコは」

 「帝都の方に、お戻りになるのは来月のご予定です」

 ウィルはとくに何か確認するでもなく、すらすらとルカの問いに答えていた。きっと、城内の重要人物の行動はひととおり頭に入っているのであろう。

 すごいなあ。とおれはウィルを尊敬した。こういうことができなかったから、おれはニートになって、あげくこの世界にまで来ることになったのだ。

 しかしルカはべつに感心する様子もない。

 「しょうがないな。……アドニスか、いま会いたい気分じゃないが」

 「アドニスさま、異世界人さんがお着きなのはもうご存じの様子です」

 「……会わせないわけにもいかないか」

 「お呼びしますか」

 「いい、こちらから行く」



 「始めにマルコに会わせるよ。ミフネの12番目の夫だ。ちょっとクセがある性格だが、とてもおとなしいから安心していい」

 そうルカはおれに言う。

 「マルコはきみといちばん年が近いはずだ。仲良くなるといいけど……」

 「ち、ちなみにおいくつ?」

 「107歳だったと思うけど……」

 「な、なるほど」

 「だいぶ若いから、ちょっとマナーに問題がある。家柄はいいんだけどね……」

 ルカはおれを安心させるかのように言った。

 その年齢で若いなら、さしずめおれは幼児である。しかもおれはマナーもなっておらず、あまつさえ家柄もよくない。そう思った。

 しかし、家柄なんて言葉がサラッと出てくるあたりに文化の差を感じる。

 「ナジェには会ったことがあるよね? マルコは彼女の弟にあたる」

 「えっ」

 「何か問題が?」

 「ナジェさんって、ミフネさんの奥さんですよね」

 「実質そうなる」

 「その弟さんとも?!」

 「ボクがミフネに勧めたんだ」

 ルカはにこにこしている。彼におれの驚きは伝わっていない。

 「ナジェの実家は、われわれの勢力下で最大の有力貴族だ。統治もうまくいっているし財政状態もいい。血縁関係を強めておいて損はない。逆に、裏切られると、戦略上非常にまずい」

 「政略結婚」

 「うん、ミフネは乗り気じゃなかったが、ボクが押し切った」

 ルカはなんでもないことのように言った。

 「戦略上、必要な結婚だ」



 「やあマルコ、久しぶり」

 「お、おじゃまします」

 マルコの部屋は、本だらけだった。本棚がいくつも置かれて壁はほとんど見えない。

 室内に入っていくと、本棚に隠れるようにして置かれた長椅子に、髪の長いダークエルフが寝ころんでいるのが見えた。彼は図版入りのぶ厚い本を読んでいた。

 「マルコ、元気?」

 「おー、ルカか……」

 マルコは寝ぼけたような返事をして、おっくうそうに本にしおりをはさんだ。

 「そっちは?」

 彼は身を起こし、いくぶん警戒するようにこちらを見た。

 マルコはかなり童顔で、背も低かったのでかなり幼く見えた。

 銀の眼鏡をかけていて、近眼のせいかこちらを怪しんでいるのか、目つきは悪かった。前髪は定規をあてたようにまっすぐそろえられていて、軍服のような記章つきのシャツを着ていた。

 中学生の女子ぐらいに見える顔だちと格好であった。

 「異世界人だよ。聞いてない?」

 「ああ……言ってたね」

 マルコはとくにおれに興味がなさそうだった。

 おれはむしろ安心した。いろいろ質問されるより気楽である。

 「座れば」

 マルコは長椅子の横を空けてくれたので、そこに座った。

 「へぇ、これがヒューマンか…………」

 彼はじーーーーっとおれを見た。

 近い。

 ほおに息がかかる。

 「変わった耳だね。丸い」

 「そうかな」

 マルコはおれの顔を、まるで彫刻でも念入りに観察するように、ぺたぺた触ったりためつすがめつ眺めたり、鼻をつまんだりした。おれはとりあえず動かないでいた。

 「髪の匂いも不思議」

 マルコはおれのうなじをくんくん嗅ぐ。

 さっき風呂入ってよかったなと思う。

 「マルコ、それは失礼だ」

 「いいじゃない。減るもんじゃなし」

 「い、いいよルカ、別に……」

 おれはそう言っておく。

 「いいのかなあ」

 「このほうが気楽だから……」

 本心だった。社交的な会話よりこういう風に観察されたほうが気分的に楽だった。おれは話がうまい方ではない。

 それに、マルコも見たところ社交的なタイプではない。というか、完全に彼はいわゆるコミュ障だ。なんとなく親近感を感じた。

 「ヒューマンって、形態的にはあんまりエルフと違わなそうだね」

 ルカは観察のあと、そう結論づけた。

 「オスなんだよね?」

 マルコはおれを指さし、ルカに問う。

 「ダークエルフの男より骨ばってる」

 そう言いながら、彼はおれのジャージの前を開ける。

 「ちょっ」 

 「この服はおもしろい」

 「失礼だからやめなさい。マルコ」

 ルカがしびれを切らしたように言う。

 「今日は顔を見せただけだ。もう出る」

 「ああそう」

 ルカはおれの手を引いて強引に立ち上がらせる。

 「また、あとでね」

 ルカはちょっと怒っている様子だったが、マルコはまったく気にしない。

 マルコは立ちあがり、おれの耳を軽く噛んだ。

 「ひえっ」

 「ばいばい」

 それから彼は長椅子に寝ころんで、読書の続きに戻った。

 「まったく……」

 ルカはおれを部屋の外に引っぱっていく。



 「すまなかった。彼が失礼を」

 廊下に出てから、ルカはおれに謝った。

 「いや、気にしなくていいよ」

 唾がついた耳が少し冷たい。

 「……でもちょっと気が変になりそう」

 「すまない。マルコは少し、というか、かなり相手との距離感にうといところがある。性分なようで、叱っても直らない」

 「いつもあんな調子?」

 「いつもはもう少し無愛想だ。きみが気に入ったようだ……」

 「喜んでいいのか悪いのか」

 「彼が自分からあんな事をするのは珍しい」

 よくわからないが、おれがじっと観察されていたことで、彼とのあいだにある種のコミュニケーションが成立したのかもしれなかった。

 「しかし、変わった人だね」

 「本人の前では言わないが、マルコはあれで有能でね」

 「そうなんだ」

 「きみも体験したとおり、彼は社交はまるでだめだが、記憶力が天才的なんだ。数字がからむ分野にも強い。とくに商人たちとの交渉になると、がぜん才能を発揮する」

 「そうなの?」

 「彼はあまり相手に気を使ったりしないからね。商人たちがおべっかを使ってきたり、泣き落としのようなことをしてきても気にしない。贈り物をもらったり接待されたりしても、とくに響かない。数字と利害だけで交渉する」

 「ああ、空気読まないんだ」

 「彼は実家ではつまはじきにされていた」

 「うっ……つらい」

 「だけど、役割しだいだと思った。だからボクがうちに引き入れた」

 「政略結婚で?」

 「そうだよ。他家との結びつきの強化、人材の引き抜き、そしていざというときの人質、それが結婚というものでしょ」

 ルカは当たり前のように言う。

 「……あ、愛は?」

 「え?」

 「愛はないのですか?」

 「ん? 愛って?」

 「結婚に愛はないのですか? 恋愛結婚とかは?」

 「あはは、恋愛は個人の問題だろ? 結婚は家の存続がかかった問題だ。家の方が大事に決まっているじゃないか。ごっちゃにしてはこまるよ。異世界人さん」

 「ええええ……」

 「恋愛はミフネの自由だ。好きなように相手を見つけたらいい。彼女がメイド長に手を出しても、どこかのウッドエルフにご執心でも、まったくかまわない。ナジェは怒っているけど、ボクはかまわない」

 「ち、ちなみにおれは……?」

 「きみ? きみと婚姻関係をむすぶ理由?」

 ルカはおれの顔を上目づかいで見る。

 「そ、そうです」

 「きみは異世界人だから珍しい。家にハクがつく」

 「……それだけ?」

 「家系に異世界人がいれば物珍しいし、有力な召喚士たちとのパイプがあるというアピールになる。家の格が上がる。ダークエルフは珍しいものが好きだ」

 「それだけの理由?」

 「うん」

 「愛は?」

 「……まったくないわけではないんじゃないかな。いくら何でも嫌われていたら連れては来ないだろう。きみの前にもミフネは生きた異世界人に何度か会っているが、帝国に連れてきたのはきみが初めてだ。嫌いではないはずだ」

 「…………」

 「なにを浮かない顔してるの?」

 「………………ううう」


 異世界人だというだけでおれには価値がある。

 それが異世界チート、それにおれはあこがれていたはずだ。

 なんの努力もなく他の人から評価されるのにあこがれていたはず。

 なのに、なぜむなしいのだろう。


 「ほら、つぎに行こう」

 ルカはおれを引っぱってゆく。


 

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