おれよりもジャージのほうが丁寧に洗われている

 「着替えようか。服が汚れすぎてる」

 「アッハイ」

 「その民族衣装も悪くないけど……もう少し可愛い服を着た方がいいよ。男なんだから」

 「そういわれましても」


 ルカはおれの着ているジャージを見て、ちょっといやそうな顔をした。

 おれのジャージは、泥とか砂とか、食い物の汁とか、おれの汗などを吸収し、かなりいい感じに仕上がってきていた。

 この世界にきてから、ずっと同じジャージを着続けていたから無理もない。塩の結晶みたいなものが首のまわりで成長していた。

 ここ、ダークエルフの国が乾燥地帯だったのは幸いだった。湿った地方だったらものすごいフレグランスが発生していたことはまちがいない。


 「変わった模様の服だね……」

 「あ、これは汚れです、たとえばこれは市場で食べたすいとんの汁で」

 「説明しなくていい! ……服は洗わせておく。風呂も入るといい」

 「風呂!」

 「え?」

 「ついに!」

 「やけに喜んでるね」

 「ようやく異世界での文化的で最低限度の生活が!」

 「ボクからすると、きみのいた世界が異世界だけどね……」


 ルカがぱんぱんと手を叩くと、となりの部屋から六人のメイドさんがぞろぞろと現れた。

 メイドさんである。たぶん男だが。

 彼女ら……いや彼らか? 彼らは濃い青のワンピースを着て、エプロンと割烹着を足して二で割ったような白い前掛けをしていた。髪型はそろってきのこみたいなおかっぱ頭であった。

 ルカは肩を越すぐらいの長い髪をしていて、ひらひらした露出度の高い服を着ているが、それとは対照的であった。この世界のメイド服に当たるらしい。

 もともとメイド服は、女性の使用人にへんな気を起こさないようにわざと露出の少ない地味な服にしたという歴史があるという。この世界のメイド服も似たようなものであろうとおれは想像した。

 メイドたちの先頭に立っている一人だけが、髪を伸ばしていて、後ろでしばっていた。すんなりした頭の良さそうな顔をしていて、態度もしゃんとしている。他のメイドたちのリーダー的な位置だということはすぐわかった。

 ルカが彼に指示する。

 

 「この異世界人を入浴させて、服を着替えさせて、その服は洗って。彼は奥向きまで上げてやって」

 「仰せのままに」

 「書類の上ではもう当家に属する人間だが、まだ来たばかりだ」

 「はい、必要充分なだけ警戒します」

 「うん。最悪の状況になったら始末していいが、なるべく彼の身体に傷をつけないように。生きてる異世界人はとても珍しい。破傷風にかかって死なれでもしたら困る」

 「かしこまりました。では異世界人を移動させます。はこんで」


 メイドリーダーが指示を出す。

 するとメイドさんたちが示し合わせたようにおれをとりかこみ、ひょいと持ちあげた。ピクミンじゃねえんだから、と思ったが、面白いので黙っておいた。

 メイドさんたちはとくに重くもなさそうにおれを持ちあげている。すごい力であった、おれはできるだけ無抵抗につとめ、ミイラのように身体をまっすぐにした。

 ルカがおれの横から小さく手を振る。


 「ね、ねえ、このメイドさんたちも男の子なの?」

 「見れば分かるじゃないか」

 「人間の基準だと女の子に見えるから……」

 「そう。君たち、あとでスカートの中を異世界人さんに見せてあげて」

 「仰せのままに」

 「ちょ、見なくていいです! 見なくて!」

 「あ、メイドに手とか出さないでね。彼ら、うちの子なので」

 「出しませんよ!」

 「その気になるってこともある。見栄えのいい子が多いでしょ」

 「なりませんよ!」

 「あとで会おう、ハーレムの仲間を紹介する」

 「そのハーレムも全員……」

 「男じゃないハーレムなんかこの世にあるの?」

 「おれのいた世界では……」

 「ここはきみのいた世界ではないの」

 「ウッ」

 「ダークエルフ帝国の軍閥、アリコワ家の領地です。では異世界人さん、のちほどお会いしよう……ウィル、指示は以上である。即時行動」

 「御意にございます。即時行動」

 

 ウィルと呼ばれたメイドリーダーが、メイドたちにルカの指示をくり返す。

 なるほど、指揮系統があるんだなあ。中間管理職を飛びこえてルカが指示したりはしないのだ。そう思いながら、おれは部屋から運び出されていった。

 おれは彼らが運びやすいよう身体を硬直させ、ファラオのミイラみたいな姿勢で運ばれていった。そのときのおれは、まさにピクミンに運ばれるエサみたいなものであった。


 「あ、あのう……ウィルさん?」

 「なんでしょう。異世界人の……ええと、お客様?」

 「無言で運ばれると怖いのですが」

 「使用人のほうから必要性なく口を開くのははばかられます」

 「きびしい」

 「身分が違いますから」

 「そんなものかなあ。きびしくない?」

 「ルカ様はお優しいですよ。異世界人さんも運がいいです。ほかの軍閥だったらもっと悲惨な……すみません。しゃべり過ぎでした。申し訳ございません」

 「べつにいいんですが……」

 「いえいえ、出過ぎたことを言うとあとが怖いので」


 そのまま運ばれて廊下を何回も曲がる。

 敵が侵入するのを防ぐためなのか、それとも建て増しでもしたものか、城の内部はやたらとゴチャゴチャしていた。しかもところどころに武装した兵が待ちかまえている。怖かった。

 本当におれは風呂場に向かってるのか? もしかしてこのままどこかに運びこまれて、内臓抜かれてミイラにされちゃうとかじゃないの? いや、そういうのはダークエルフに対する偏見だ。いかんいかん。しかし不安だ。

 ひとことも発さずに真顔でおれを運ぶメイドさんたちに不安がかき立てられる。

 彼らに対する不信感がピークに達したあたりで、ようやく風呂場に着いた。

 そこは磨かれた大理石でできた部屋だった。学校の教室ぐらいの広さで、脱衣かごやおけのようなものが置かれた棚と、石でできたベッドのようなものがあった。ミイラを作る台でなければ、マッサージ用のベッドであろう。

 そして、クリーム色の石を彫って作られた湯船があった。真ん中ぐらいまで水が張られている。大浴場という感じではないが、水が貴重なのだろうからしょうがない。

 メイドさんたちはおれをベッドのへりに座らせ、服を脱がしにかかる。

 しかし初めて見る「ジャージ」に戸惑うみなさん。


 「これ、どうやって脱がすんだろ……」

 「え、わかんないよ……」

 「あのう、自分で脱ぐから大丈夫です」

 「お客様にそんなことをさせるわけには」

 「服ぐらい自分で着脱しますよ!」

 「す、すみません。お客様にそんなことをさせてしまって……」

 「ここの人は服の着脱も自分でやらないのですか?」

 「そういうわけじゃないですけど」

 「おもてなしです。そういう習慣なんです」

 「どういう習慣ですか!」

 「ここでは、鎧を着て来訪されるお客様が多いので……アーマーの着脱は従者が必要ですから、身分の高い方にはそういった補助をつける習慣なのです」


 ウィルがそう説明してくれる。

 彼は口には出さなかったが、おそらく監視やボディチェックの意味も含まれているのであろう。その証拠に、おれが自分で服を脱ぐと言ったとき、彼の顔つきが変わった。

 部外者をそう簡単に信用しない部族なのだ、しょうがない。

 ……しかし、風呂ぐらい一人で入らせてくれ! 

 そう思いながら、おれは自分でジャージを脱いだ。恥ずかしかったが、脱がせてもらうよりはだいぶ精神的にいい。彼らは下を脱がしてくれると言ったが、おれはその申し出をかたくなに断って、自分でジャージのズボンを脱いだ。

 恥ずかしくない、恥ずかしくないぞ、同性なんだ。

 そう自分に言い聞かせる。

 服を手渡すと、彼らは申し訳なさそうに脱いだジャージを受けとった。


 「す、すごい」

 「これが異世界のアーティファクト……」

 「うわあ、ヘンな服」

 「失礼だよ!」

 メイドさんたちは、いろいろな汁で汚れたおれのきたないジャージを見てきゃあきゃあ騒いでいた。服に関心があるようだ。彼らにとってはジャージはそうとう珍しいらしい。

 これがまたひどく恥ずかしかった。

 そんな汚いジャージを見ないでください! 海に捨てて! そう叫びたかった。

 しかし彼らは職業柄か、それとも性別のせいなのか、たんに好奇心が強いのか、おれのジャージをとにかく調べまくった。

 「うわあ、この生地、伸びるよ!」

 「なんの布地だろこれ……絹でもないし」

 「ただのポリエステルです!」

 「ポリエステルってなんですか?」

 「ポリなエステルです……たぶん」

 「すみません。高度な錬金術の知識は私どもには」

 「すいません。てきとう言いました! おれにもわからないです!」

 「あっ、これで服の前が開いたんだ!」

 「それはジッパーです」

 「これ彫金ですか? 手でこれを?」

 「手じゃないと思います!」

 「これ、染色もすごいよね」

 「うん。色にまったくムラがないもんね。こんなに均一に仕上げるなんて」

 「けっこう使い込んでるのに色が抜けてない……」

 「よっぽど上等の染料で、糸の芯まで染め抜かないと無理だ」

 「ハイエルフの染色ギルドじゃないとできないよね」

 「うん。これは下級職人には無理なやつだね……ハイエルフじゃないと無理」

 「すごく高級な服ですね?」

 「ちがいます。ただのペットボトル再生です! たぶんそれ学校で買わされるやつです! べつの異世界人のお下がりです!」

 「あの……そろそろ風呂を」


 衣服を預かられ、ようやく入浴とあいなる。

 彼らは全裸のおれを湯船に横たえる。

 正直、ひとりで入りたかったが、またややこしくなるとイヤなので、おれは無抵抗に徹することにした。柔軟性は大事である。

 入浴前に指輪を外された。そのときだけ少し抵抗したが、けっきょくなかば強引に指輪は預かられた。返ってこなかったらどうしようと思い不安になる。

 とはいえ今は風呂だ。

 正直、風呂には入れないことはかなり苦痛だったから、うれしい。

 風呂の湯はかなりぬるかった。しかし文句はない。湯船につかり、とりあえず顔を洗う。苦い味が舌の先に触れた。

 「うえっ、何このお湯! 苦え!」

 「あ、これは飲用水じゃないです」

 「えっそうなの? 苦い海水みたいな味がする」

 「飲むための水は貴重品だから、別です」

 風呂の湯は、ものすごい浮力だった。

 力を抜いてみると、おれの身体はあおむけに寝るような形で浮きあがった。風呂の湯の浮力が強すぎて身体が沈まないのだ。ちんちんが自然に水面から出るぐらいの浮力である。

 塩や、他のミネラルが大量に熔けているのだとのちに知る。

 「身体、洗っていきます」

 「え、マジで」

 四人のメイドさんが湯船を囲み、ブラシでおれの身体をゴシゴシ洗い始めた。馬の毛でできているというブラシはけっこうゴワゴワしていた。

 風呂の湯に含まれている成分のせいか、とくに石けんなど使わなくても汚れはゴリゴリ落ちていく。

 介護っぽかった。

 風呂でメイドさんにかこまれて身体を洗ってもらうとかいうと、わりとエッチな感じである。そう想像するでしょう? おれもそう思っていた。

 が、実際にはわりと「介護」って感じであった。メイドさんの性別を抜きにしても、エロ要素はない。彼らは非常に手慣れたしぐさでシステマチックにおれを洗い終え、真水で流し、身体を拭いた。


 風呂を出ると、ウィルが指輪は返してくれた。

 「かわいい指輪ですね。手入れしておきました」

 「ああ、よかった」

 「大事なものみたいですね」

 「……まあね」

 「湯船の水につけると、変色したりしますから」

 彼はそう言ったが、たぶん指輪も調べたんだろうな。と思う。

 仲間のクムクムからもらったこの指輪は、笛になってるらしいが、吹いたことはない。吹いていいのはやばいときだけで、吹くと大変なことになると彼女は言っていた。

 クムクムどうしてるのかなあ。

 彼女はシンと仲良くなったりしているのだろうか。

 ちょっとモヤモヤしているところに、ウィルが服を持ってきた。

 「お衣装はどうしましょうか? いくつか持ってこさせたのですが」

 彼がもってきた服は、白いワンピースみたいなものから、ナイトドレスっぽい服や、ひらひらの丈の短いチュニックまで、いろいろあったが、すべておれの、つまりおれのいた世界の基準で言うと、女性用のデザインであった。

 勘弁してくれ。

 そう思った。

 うすうすこういう流れになる気がしていたが、考えないようにしていた。

 「衣装部屋にあとでご案内しますが、衣装合わせのお時間があまりとれないものですから、僭越ながらお持ちしました」

 もしおれがそういうの好きだったら、ウィルのこの言葉に大喜びし、お着替えタイムを楽しんだことだろう。そういう新しい自分を開拓するのもアリかも知れない。だが、おれは拒否することにした。

 「……さっきのジャージを着ます。濡れててもいいです」

 「えっ」

 「ここならすぐ乾くと思うし……パンツと肌着だけください。お願いします。本当に心からお願いします」

 「は、はい……」

 衣装部屋で肌着だけ探した。

 肌着もやっぱりヒラヒラのやつが多かったが、かろうじてノースリーブTシャツとローライズのトランクスに似た麻の肌着があったので、それを着た。

 こうしておれは、ようやくパンツをはくことに成功した。

 旅も終わりになりかけて、ようやく。

 「ちょっと地味すぎません?」

 「いや、これがいいです……」

 「でも……これとかはどうですか?」

 「妙に複雑な構造の下着をおれに勧めないでください」

 ウィルが勧めてくる性的アピールの強い下着を拒否していると、ほどなく、ジャージがやってきた。

 「お待たせしました!」

 「念のため蒸留水を使いまして、ていねいに手洗いしておきました!」

 メイドさんたちの汗だくの笑顔が重かった。

 とてつもなく繊細な手洗いによって、完全にきれいになったジャージがそこにあった。たぶん、あらゆるジャージの中でもっとも丁寧に扱われたもののひとつであろう。

 「どうやって乾かしたの?」

 「はい、手で風を」

 ……汗だくの笑顔が重かった。

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