いまけっこうグラッときてるでしょ?

 「片方の性別しか好きにならないのって、変態じゃない?」

 「そうかなあ」

 「ヘンだよ。それは……」 

 ルカはそう言いながら、パンをかじり、まだ熱いお茶を口にふくむ。

 「いみがわからないよ。へんたいだ」

 ルカはそう言って、おれを変態呼ばわりした。



 ダークエルフたちはおれに食事を出してくれるといった。

 革張りのイスとテーブルのある応接間のような部屋に通してもらう。

 彼らが出してくれたのは、バターの入ったお茶と、せんべいに似たパン、皿にのった何種類かのドライフルーツであった。それから粒の小さなポップコーンもあった。

 お城の中とはいえ、あんがい質素な暮らしをしているようだった。

 パンはスコーンに似ていた。食べているとのどが乾くが、味は案外よかった。

 ポップコーンは種の部分がゴリゴリ固く、残念ながらあまりうまくない。

 そんなものを食べているとのどが乾いたので、油の浮いた茶がありがたかった。

 

 「おお、食っておる食っておる」

 「食性はあまり我々と変わらないようだな」


 兵士たちは、おれが食事をしているのをのぞきこんで、ささやき合う。

 異世界人が珍しいらしく、彼女らは入れ替わり立ち替わり様子を見にきた。

 完全に珍獣あつかいであった。


 「与える食料に困ることはなさそうだな」

 「こんどは苔でも与えてみるか?」

 「苔は食わないだろう」

 「ちゃんと火を通したものを食うのは意外だ」

 彼女らはそう言いあった。

 

 「悪いね。気にしないで」

 ルカはちょっと迷惑そうに彼女らに目をやる。

 「ああ、うん……」

 「珍しがってるんだよ。みんなヒューマンなんて見るの初めてだから」

 「完全な珍獣あつかいだなあ」

 「ま、ぼくらにとっては完全に伝説上の生きものだからね、きみは……」

 ルカはおれに視線を戻す。

 「でさ、話戻すけど、とりあえずボクと寝ようよ」

 彼は真顔だった。

 冗談を言っている雰囲気ではない。

 「ば、バイセクシャルなの?」

 「なにそれ?」

 



 ダークエルフのルカに、その言葉を説明するのは手間どった。

 「ああ、なるほど。そういうことか……」

 五分ぐらい説明したところで、ようやく彼は理解したようだった。

 「ダークエルフだけじゃなくて、エルフは全種族そうだよ」

 と、彼は言った。

 「エルフは全員、性別に関係なく同衾する。きみの言うところの……」

 「バイセクシャル」

 「そうそう」

 「え、エルフ全員?」

 「うん」

 「エルフはみんな、男でも女でもどっちでもいいんだ」

 「っていうか、そもそも」

 ルカは小首をかしげる。

 「……性交の相手を性別でえらぶって発想がなかった」

 そう彼は言った。

 「ま、マジで? じゃあアイシャとかもそうなのか……」

 おれはいろいろ想像し、頭をかかえた。

 「いかん、いろいろ想像してしまう!」


 「やっぱりヒューマンって、変わってるね」

 「そうかなあ」

 「まあ、よその種族のスタイルをどうこう言うのはよくないけどさ」

 そう言ってルカはおれに気を使うそぶりをする。

 たぶん悪気はないのだろう。

 だが、どうやらおれはどうやら彼に変態あつかいされつつあった。




 「おい、聞いたか?」

 「ああ……」

 「恐ろしいな」

 

 ダークエルフの兵士たちがささやき合うのが聞こえる。

 話題はもちろん、さっきおれたちが話していたことである。


 「ヒューマンは同性同士は交わらないらしいな」

 「コボルト式か」

 「なぜそんな制限を?」

 「そのほうが繁殖効率がいいからだろう」

 「そこまで生産性にこだわるのか」

 「恐ろしいほどの効率主義!」

 「繁殖への執着!」


 彼女らの声はだんだん大きくなってきていた。

 かなり好き勝手言われている。

 「……悪いね、なんか」

 ルカがおれにそっと言う。




 「……で、けっきょく、きみはどうしたいの?」

 ルカはふたたび話を戻す。

 「ボクとの初夜は」

 「やらないと……ダメなんですか?」

 おれは問う。

 「うん」

 ルカは即答した。

 「新しくハーレムの一員になった男は、とりあえずほかの夫全員と一回は同衾しないとだめだ。うちはそういうルールだから」

 「マジっすか」

 「マジだよ」

 「わあお……本当に?」

 おれは兵士たちの方を見る。

 彼女らはこぞってうなずいた。

 「それが正式な結婚制度の一部だからさ」

 「ち、ちなみに、しなかったらどうなるの?」

 「え? 拒否するってこと?」

 「そう」

 「うーんと……」

 ルカは腕組みしてしばしうなる。

 まるで、そんなこと考えた事もない、とでも言いたげだった。

 「ええと、ごめんね。こんな言い方して悪いけど」

 ルカは首をふる。

 「死んでもらうしかないな」


 「げえっ!」

 「きみはすでに、ぼくらの防御施設に足を踏み入れちゃってるし、この建物の構造をいくらか目にしたわけだよ。軍事機密に触れちゃってるからなあ」

 「ひえー」

 「それに、きみは書類にもサインしたんでしょ? あそこに基本的なダークエルフとの婚姻のルールがぜんぶ書いてあったはずだよね」

 「読みませんでした!」

 「読まずにサインしたの?」

 「いえす」

 ルカはぴくぴくと顔をひきつらせる。

 「……すごい勇気だね」

 「褒めてもらえてうれしい」

 「…………」

 「……」




 「つ、つまり。おれはルカさんと……」

 「呼び捨てでいいよ」

 「……ルカと」

 「うん」

 「寝ないと……」

 「うちの家との婚姻関係が結べない」

 「そうなると……」

 「死んでもらう」

 ルカは笑顔になったが、目は笑っていない。

 「選択の余地は無いと思うよ?」

 「い、いやでも」

 「なあに?」

 「こういう形で初体験ってのは……ちょっとおれ的に」

 「え……?」

 「……」

 「まさかきみ……」




 「まことか、童貞」

 「信じがたい」

 「童貞が許されるのは百二十歳までだろう」

 「わははは! あまり言うてやるな」

 

 おれの話を聞いていた兵士たちは大喜びであった。

 彼女らは一気にテンションが上がり、はしゃいでいる。

 この種のうわさが好まれるのはここも一緒なようであった。




 「……わ、悪かった。大丈夫だよ。無理強いはしない」

 一方、ルカは急にやさしくなった。

 「泣かないでくれ」

 「な、ななな泣いてねえよ!」

 「わかったわかった、ボクの負けだ」


 そう、ルカは言う。

 よくわからないが勝った。

 童貞で勝った。

 むなしい勝利であった。


 「このさい、うまく口裏をあわせてあげてもいい」

 「ちんちんを入れなくても、入れたことに」

 「そういうことだね」ルカはため息を吐く。

 「……じつは、結婚前にほかの夫と同衾するのは、ボディチェックも兼ねてるんだけど、もういいよ。……きみを信用することにするよ」

 「いいの?」

 「うん。きみがお尻の穴にナイフかなんか隠し持ってて、それで襲ってくるとか、ぜったいなさそうだし、もういいよ。きみは暗殺者にしては間抜けすぎる」


 そう言って彼は、おれの肩をぽんぽんと叩いた。

 ルカはおれを警戒しないことにしたようだ。

 誰も信用しないとうそぶいていた彼も、

 おれの童貞力のまえにひれ伏したのである。

 むなしい勝利である。




 「でもまだ問題はある」

 味方になってくれたルカは言う。

 「ぼくはそれでいいけど、他の夫たちは納得しないだろう。ミフネの夫は他に11人いる」

 「11人いる!」

 「うん。彼ら11人がぼくみたいにきみに優しくなるとは思えない」

 「イナズマイレブン」

 「……何を言っているの?」

 「おれにもわかりません」

 「……とにかく、ダークエルフの仲間になって生きるなら、男性との性交は避けられないよ。これは社交なんだから」

 「社交!」

 「一緒にごはん食べる、みたいなものなんだから」

 「社交で男色!」

 「ぼくら、そういう文化だからさ」

 「文化!」

 「無理強いはしないけど、ボクを相手にするほうがいいと思うよ?」

 ルカはそうおれに提案した。

 ルカの提案を拒否して、口裏合わせをしても、おれの身の危険はなくならない。

 ことわざで言うところの、前門の虎、後門の狼というやつだ。




 「べ、べつの話題にしようぜ! ルカ!」

 おれは言った。

 とにかく話題を変えたかった。

 すこしでも暗い気持ちから逃げたかった。

 「べつの話題に変えたがるってことは……つまり」

 ルカが見透かしたように言う。

 「いまけっこうグラッときてるでしょ?」

 「きてません!」

 「やっぱりボクが手ほどきした方がいいと思うけどね。ハーレムの他の夫たちは……その……初心者向けじゃないから」

 「初心者向けじゃないって?」

 「きみが初めてでも、手加減とかしないと思う。同族モードで」

 「ハードモード!」

 「彼ら、乱暴なのが好きだからさあ、たとえばいきな……」

 「話題を変えたいのですがかまいませんねッ!」

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