この世界のやつらはおれの尻を何だと思ってるんだ?

 「悪く思わないでね」

 おれが武装してないのをきっちり確認してから、ルカは服を着せてくれた。

 「思うよ!」

 おれはいちおう抗議しておく。

 この異世界にきてから、この種の抗議は通ったことがない。



 「ふつうのボディチェックだよ」

 ルカはしれっとした顔で言った。

 そう、彼はまったく悪いと思っていないし、悪気もないのだ。

 「歯ぐきの横まで指をつっこんでぐにぐに調べたじゃないか」

 「うん」

 「そこまで調べなくてもいいだろ!」

 「武器、隠せるじゃん」

 「ふつう隠さないだろ!」

 「え?」

 「えっ」

 「……ぺっ」

 ルカは何か吐きだした。

 一瞬、おれの態度に腹を立ててツバを吐いたのかと思ったが、違った。

 彼が吐き出したのは、金属でできた小さな鞘だった。

 「ふぉくはひ」

 ルカはそう言って、おれにくちびるをつきだしてみせる。

 彼の口の間には、ノコギリ状の刃物があった。

 「……毒針」

 彼はにっと笑う。

 「は、ははは……」

 おれの世界の常識は、

 この世界の非常識なのであった。

 「あははは、ね? 隠せるでしょ」

 「わはははは!」

 おれもとりあえず笑ってみた。

 笑うしかない。



 ルカは鞘をひろって拭いて、丁寧に刃物をおさめた。刃の中央には穴があけられていて、黒い油のようなものが塗られていた。

 「……きみも同じように武器を隠しているかもしれないし、それに塗られた毒は死ぬやつかもしれないし、それで殺されるのがボクやミフネかもしれない。その可能性が消せないなら、始末した方がいい。ぼくらはそういう考え方をする」

 ルカはカードローンのお姉さんみたいな笑い方でいう。

 「……脅すわけじゃないけどね」

 「脅してるんですね?」

 「かもね」

 そう言いながら、ルカはおれの手をにぎる。

 「さあ、城に行こうか。案内する」

 彼はおれの手を引いて、城の方にみちびく。

 問題なし、ということらしい。

 「やれやれ」

 おれはため息をついた。

 「尻の中も調べられるかと思ったぜ」

 「あ、それはあとでね」

 ルカは笑顔で言った。

 「……やるの?」

 「やるよ?」




 尻か。

 また尻かよ!

 この世界のやつらはおれの尻を何だと思ってるんだ?

 そう思いながら、

 ルカに手をひかれて坂を上っていく。

 動くとまた熱射病がぶりかえしてくるようだ。

 ようやく肛……じゃなくて城門にたどり着いたときには、まためまいが初まっていた。

 目の前に巨大な鉄の門があった。

 太陽にカンカン照らされているから、さぞ熱かろう。

 門の前には兵士が並んでいて、こちらを見ている。

 おれは鉄板焼きを思い浮かべた。

 「焼肉……」

 そうつぶやいて、おれはまた倒れた。



 「おーい、大丈夫?」

 ルカがおれを受け止める。

 「ほんとに弱いね」

 「た……頼む……早く日陰に……」

 「うわー……弱ッ」

 ルカはおれの弱さにむしろ感心している様子だった。

 「よく今まで生きてたね……どんなところで育ったの?」

 「とりあえず砂漠じゃないね……ここより涼しいとこだ」

 おれは言った。

 「クーラーもあったし」

 しゃべるだけでも口の中が乾いてくる。

 「クーラーってなに?」

 「部屋を涼しくしてくれるものだ」

 「ふーん、そういう種類の奴隷かなんか?」

 「……」

 おれはツッコミを入れる気力もなかった。

 怖いよお前ら。

 そう言いたかったが、しゃべる気にならなかった。

 ナチュラルに奴隷って発想が出るのかよ。

 怖いよ。

 ダークエルフ怖え……。

 そう思ったが、何も言わなかった。

 「へえ、けっこう育ちいいんだ。貴族?」

 おれが黙っていたら、ルカは勝手に納得した。

 「貴族のくせに戦闘訓練受けてないの? ヘンなの」

 「……水を」

 「はいはい」

 ルカはひょいっとおれを持ちあげる。

 そのままお姫様抱っこの状態でおれを城の中に運び入れた。

 腕は細いのに信じられない力であった。

 逆らわないようにしよっと。

 おれはそう思った。

 郷に入りては郷に従え、

 長いものには巻かれろ、

 そのふたつが、おれが異世界の冒険で得た教訓だ。



 

 ドラクエなんかに出てくる城ってさ、

 だいたい、入ってまっすぐ進めば王様がいたりしますよね。

 階段とかあがって。

 だが、ダークエルフの城はそんなのんきな構造はしていなかった。

 正門から城に入って、いきなり壁があった。


 「敵兵が突入してきたとき、勢いを殺すために、城の入り口近くに壁を作る」

 ルカはおれをお姫様抱っこで運びながら、城について解説してくれる。

 壁の左右に細い廊下があった。

 「壁にぶちあたった敵兵は……分かれてこの廊下を通る」

 「なるほど」

 「一列にならないと通れないから、陣形がくずれる……でね」

 廊下はカーブしていて、しかも暗い。奥が見通せない作りだった。

 そのまま廊下を抜けると……。

 急にひらけた空間に出た。

 ヤリを構えた兵士たちが、おれたちを囲んでいる。

 「ひっ」

 おれは思わずルカにすがりついた。

 「こんなふうに廊下を抜けたところで囲まれて、槍でひとりひとりメッタ刺し」

 「ワーオ」

 「各個撃破ってやつだね」

 「な、なるほど」

 「ボクがいなかったら、きみが今そうなってるとこだよね」




 「異世界人をボクらの城に入れるのは、初めてだ」

 ルカはそう言った。

 「言い忘れたけど。歓迎する」

 城のエントランスにあたる部分は、ちゃんと明かりがとられて、わりあい明るい雰囲気だったので、おれはほっとした。

 ちゃんとみがいた石がしかれているし、壺などの調度品もいくらかはあった。

 全体的に質素だったが、陰惨な感じはしなかった。

 おれたちは隅にある長椅子に腰かけた。

 兵士のひとりが水さしとコップを持ってきて、無言でおれのそばに置いた。

 「ど、どうも」

 おれは会釈をしたが、彼女は無言で立ち去った。

 「気にしないで、悪気はない」

 水差しに入っていた薄い茶のようなものを飲んでみる。

 ハーブティーみたいな味で、正直うまくはなかったが、のどの渇きは楽になった。

 「具合はよくなったかな?」

 「あ、ああ、ありがとう」

 おれは茶を飲んだ。

 「ところで初夜の話だけど」

 おれは茶を吹いた。

 「もったいないなあ。貴重な飲み水が」

 盛大にむせるおれを見てルカは言う。

 「……げほ、いきなりそんな話題を出すから」

 「……で、初夜の話だけど」

 「う、うん」

 のどを落ち着かせるために、おれはまた茶を口に含む。

 「とりあえず今夜ボクとやろうか」

 茶が全部リバースした。

 「もったいないなあ」

 「…………今、なんと?」

 「だから今夜だってば。ボクとやるの」

 ルカは笑う。

 くったくのない笑顔だった。



  友よ。

  故郷の友よ。

  元気にしていますか。

  美少女にはなれましたか。


  なにもあいさつせず、異世界に旅立った不義理を許してください。


  いつか、きみの言っていたとおり、

  生きるということは、思ったのと違うことばかりですね。

 

  おれのあこがれていた異世界ハーレムも、だいぶ思ったのと違うようです。




 「どーしたの? 異世界人さん」

 ルカはおれの顔をのぞきこむ。

 「あ、今からにする?」

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