男の娘らしさと人は言う、あいつの顔が目に浮かぶ

 もうこの旅も終わりに近づいてきた。

 仲間たちはみなそれぞれの理由で去っていく……。

 完全にエンディングっぽい雰囲気だ。


 でも、本当にこのまますんなり終わるのか……?


 「さあ博士殿、こちらへ」

 「うん」

 ダークエルフたちに案内され、エコー先生は兵舎に向かって歩きだした。

 ああ、とうとう最後の旅の仲間がおれのもとから去っていく。

 そう思いながら、おれはその後ろ姿を見つめる。

 彼はふいにきびすを返した。

 「いよいよぼくらも道を分かつ時がきたわけだけど」

 「え、ええ」

 「お互いの道が衝突しないことを願うよ」

 そう言って、彼はおれをじっと見つめた。

 「前にも言ったけど、ぼくは戦争を起こすつもりだ」

 「……ほかに方法はないんですか」

 「ないね」

 エコー先生は首をふる。

 「戦争ほど科学を発展させてきたものはない」

 彼はにっこり笑った。

 「本当に変わってしまいましたね」

 「うん、変わることができた」

 君のおかげだ、と彼は言う。

 「ぼくが起こす戦火にきみが巻きこまれないことを……祈ってる。こういう言い方が、ヒトに造られたぼくに許されるならだが……祈っている」

 「それって……」

 「ん?」

 「いっけん良いことを言ってるようですが……」

 「うん?」

 「祈ってるってことは……」

 おれは苦笑いする。

 彼もおなじように苦笑した。

 「とくに具体的に守ったりしてくれる気は」

 「うん」

 「まったくないってことですね!」

 「グッド」

 エコー先生はおれを指さす。

 「やっと言葉の裏側の意味が読めるようになったね。成長だ」

 彼はそう言って、兵舎のほうにふたたび歩き出した。

 「きみはダークエルフの身内になるのだから、安全でいられるよ」

 「でも……」

 「……妙なことをしなければね」

 おれは自分が妙なことをしてしまう気がしてならなかった。

 おれはいつだってそうしてきたのである。




 とはいえ、彼ともたもとを分かつことになったわけだ。

 このままだと、エコー先生は大陸全土を巻きこむ大戦を起こしてしまうだろう。

 彼はそのつもりのはずだ。

 止めなきゃ!

 ……でもおれに何ができる?

 無理!

 あんな異世界チートの人を、ただの人間のおれが止める?

 無理!

 バトルしたら絶対負ける! 

 だってあの人、身体にサブマシンガンとか電磁ライフルついてるんだもん!

 異世界チートだもん!

 もうバトルじゃ無理!

 戦いが無理なら!

 説得しかない!

 エコー先生が、この世界の人々への愛に目覚めてくれるしか。

 彼に愛を教えるしかない!

 「愛だ!」

 おれは言った。

 「……この世界の愛を集めないと」

 だが……。

 あるのか……?

 この世界に、愛って。

 「愛がどういうものかおれにはわからん!」




 「きみ……大丈夫?」

 「え?」

 「あたま」

 きゃしゃな体つきのダークエルフが、おれの顔をのぞきこんでいた。

 ルカであった。

 「あたまは大丈夫かって訊いてるんだけど」

 「お……おおお…………」

 「だいぶやばいのかな?」

 ルカはおれの顔をますます近くでのぞきこむ。

 目線はおれより頭ひとつ下。

 細い手足、きゃしゃな身体つきだ。

 黒っぽい肌のせいで細いシルエットがいっそうはっきりする。

 「ああ……ロリだ」

 「は?」

 「褐色ロリだ」

 「意味がわからないよ」

 ルカはおれのひたいに手を当てる。

 その手はひんやり冷たかった。

 「あ、まずいやつだこれ。汗かいてない」

 ルカはおれの熱を確かめながら言う。

 「あ、愛ですね……」

 「大丈夫じゃないね、きみ」

 ルカはちょっと後ろに下がる。

 「熱にやられてるね。早く日陰に行こう」

 「日陰……」

 おれはぼんやりして言った。

 「日陰で何を? 何か性的なことを?」

 「いいから黙って! ちょっと! 水もってきて! すぐ!」

 ルカがおれの手を引く。

 おれは倒れた。




 日陰に寝かされて、頭に水をかけられた。

 塩味のする水をガブガブ飲まされてから、ようやく自分がやばい状態だったと自覚した。熱射病であった。

 「自覚なかったの?」

 「なかった」

 「ふーん」

 おれはひたいの汗をぬぐう。

 さっきまでは汗も止まっていた。やばかったのかもしれない。

 「しかし、変わった服だね」

 ルカはおれのジャージをぐいぐい引っぱる。

 「なんでできてるの?」

 「ポリエステル」

 「なにそれ?」

 「うまく説明できない」

 「あとで着てみていい?」

 「ああうん」

 「……あ、でも洗濯しないとね」

 ルカはすんすん鼻を鳴らす。

 おれは気恥ずかしい思いをする。

 そういえば、この世界に着てからこのジャージしか着てねえ。

 「汗臭いですかね」

 「まあ多少はね」

 ルカの髪は果物のようないい匂いがした。

 「き、きみもミフネさんの部下なの?」

 「部下?」

 ルカは妙な顔をする。

 「まあ部下っていえば部下……かな」

 「どういうこと?」

 「ふつうに言えば……夫だけど」

 「は?」

 「ボクはミフネの夫だよ。第一夫。聞いてない?」




 「お、男? 男ォ?」

 「失礼だな。どう見ても男でしょ」

 ルカは自分を指さしていう。

 「なんでボクが女に見えるの?」

 いや。

 匂いとか骨格とか、完全に女だ。

 「い、いや。だって……」

 おれはまだ状況が理解できていなかった。

 ああ、いわゆるボクっ娘なんだな、とかそんなことを思っていた。

 「……あ、そっか」

 ルカはふと納得したように言う。

 「ヒューマンの男女差って違うんだ……」

 彼女、じゃなくて彼は、おれをしげしげとながめた。

 「男にしては大きいもんね、身体」

 ルカはおれの身体をぺたぺた触る。

 「骨ばってるし、わりと中性的だよね」

 「え……?」


 おれはまだ、その時は状況が分かっていなかった。

 たんに、ダークエルフの男女差は人間のそれとはまったく別で、ほとんど逆といっていいものなのだった。

 それゆえに、おれの身体は彼らの基準では「女っぽい」のであった。

 身体が大きく、筋肉質であるほど女性的なのだ。

 しかし、そのときのおれにはまだよくわかっていなかった。


 「ほ、ほんとに男なの?」

 「……こうすればわかってもらえる?」

 ルカはおれの手首をがっしとつかんだ。

 そして笑顔で、おれの手を股間に持っていく。

 細い腕にもかかわらず、万力のような力であった。

 「あ……ある」

 おれはつぶやいた。

 まちがいなくそこには。

 いわゆるあれ。

 「ほら『ある』でしょ。納得した?」

 おれは無言でうなずく。

 えへへ、とルカは笑う。

 あった。

 ラピュタは本当にあった。


 男だということは納得した。

 強引に納得させられた。

 が、おれの本能は混乱し続けていた。

 ルカの外見が完全に美少女だったからである。

 

 混乱の中で、おれはふいに思いだす。

 もといた世界の記憶。

 我が友。

 「おれは本当は美少女だったんだよ!」

 抱きまくらのカバーをかぶって、友人はそう叫んでいた。

 「おれは美少女だあああああ!」

 その叫びはおれの耳に焼きついている。

 「どうしたの?」

 ルカはおれをじっと見ている。

 完全な美少女の外見。

 ああ、あいつ。こうなりたかったんだろうなあ……。


 「あ……ああ、友達のことを思い出しただけ」

 「友達?」

 「もとの世界にいた友達だよ」

 「ふーん」

 ルカは白けた調子で返事をした。

 「……ボク、198歳なんだけどさ」

 「は、はい」

 「うそ、ほんとは202歳。サバ読んだ」

 ルカは白い歯を見せて笑う。

 おれはうまい返しが思いつかず、黙っている。

 「200代になったときって、けっこうショックだったんだよね……」

 ルカは爪をいじくる。

 彼の爪はきれいに整えられ、磨かれていた。

 「200年生きてて、友達って一度もいたことないな」

 「そ、そうなんですか」

 「誰も信用できないからさ」

 ルカはじろりとおれを見た。

 「ボク、だれも信用してないからさ。覚えておいてね」

 そう言って彼は、可憐に笑うのだった。

 「武器持ってたら今すぐ全部見せて。あとで隠し持ってるのが分かったら殺す」

 とっても可憐な笑顔なのだった。

 「ひいっ」

 「許可なくボクの視界から出たら殺す。毒やほかの危険物も使ったら殺す。魔法使える? 使ったら殺す。あと走ったら殺す。もちろんボクを攻撃しても殺す。とりあえず、そのぐらい」

 「ひええ……」

 「いますぐボディッチェックするから、服ぜんぶ脱いで。口開けて中見せて。両手開いて、指伸ばして。あ、可愛い指輪だね」

 ルカは手慣れたしぐさで、おれを丸裸にする。

 「ゴメンね。誰も信用しないんだよね」

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